第111話 ケルベロスとかってさ、どうやって意思決定してんだろうね
登場人物
六郎:主人公。魔王が何か聞かない。聞いてもわからない……とう言うか興味がない。
リエラ:ヒロイン。魔王の存在と眷属とかの関係は知ってる。知ってるだけで、別にどうでもいい。
クロウ:帝国の皇子。故あって六郎たちと行動中。魔王とかいう御伽噺を前に一番気になってるのは、「また帰りが遅くなりそうだな」という自分の仕事への心配。
ジン:亡国の姫を守る騎士。魔王を前に実は一番テンションが上がってる。だって、ほら男の子だもの。物語の存在って憧れるじゃん。
☆☆☆
前回までのあらすじ
エアーズロックもどきの麓にあった巨大神殿。その中に眠っていたのは例のごとく魔王の一柱、大地を司るテラ。
今回の敵は、一人(?)で手柄が三つ分。テンション瀑上がりの六郎を皆はコントロール出来るのか。
☆☆☆
三つ首の獅子――テラが天に向けて上げた咆哮が再び空間を揺らす。
ビリビリと震える圧倒的な気配だが、四人全員がそれを前に顔色一つ変えることなく武器を持つ手に力を込めた。
「派手に行くわよ!」
リエラが床を杖で一突き。それが合図だったように三人が床を蹴る。
テラの周囲に出現するのは冷気を帯びた魔法陣。斜めにせり上がる巨大な氷柱が四方八方からテラへと襲いかかる。
その氷柱の合間を縫うように左からクロウ、右からはジン、そして真正面に六郎だ。
せり上がった氷柱がテラの腹を貫――くことなく、粉々に砕け散った。
「かったーい!」
防護壁ですらない、単純な身体の硬度だけでリエラが生成した氷柱を無効化したテラ。だが、それが砕けたからと、六郎達の加速が止まることはない。
キラキラと輝く氷の粒の合間から、クロウとジンが同時に飛び上がった。
そんな二人に向けて、左右の獅子がその顎門を開く――「うっそ」「やばい」――身構える二人の目の前に迫るのは、獅子が吐き出した巨大な炎球だ。
炎球が迫る二人は発生させた竜巻で、大剣の腹で、それぞれ炎球を受け止めたが、拮抗した時間はごく僅か。それぞれ炎に呑み込まれ地面へと叩き落された。
そんな二人を尻目に思い切り床を踏み切った六郎。
床を砕いた踏み切りは、一瞬で六郎をテラの目の前――へと飛んだ六郎を迎え撃つのはテラの左腕。
六郎渾身の振り下ろしを片手だけで受けるテラ。
黒く変色した掌と、六郎の刀の間で火花が散ったのは一瞬。テラの掌底に負けた六郎が、斜め下へと飛び出しと同じくらいの速度で吹き飛ばされた。
踏ん張りの聞かない空中にあって質量の差は埋めようがない。
それでも空中で上手いこと身を捩って、地面を転がりダメージを最小限にした六郎が即座に立ち上がる。
「莫迦みたく硬えやねぇか」
「あのね。そんな嬉しそうな顔しないで。結構ピンチよ?」
血の混じった唾を吐きながらも、嬉しそうな六郎。その隣で溜息をつくリエラだが、言葉とは裏腹に表情に暗さはない。
「炎を吐くとか聞いてないんだけど?」
「頭三つは厄介だな」
炎球に押し潰されたように見えていたクロウとジンも、転がって距離を取ったのだろう。今は六郎達より少し前で、若干焦げた服を払いつつテラを眺めている。
そんなテラが両刃剣を構えたかと思えば――再び姿が消え遅れてくる踏み切り音とほぼ同時に四人に迫る両刃剣。
リエラを抱えた六郎が、
引きつる顔のクロウが、
口を真一文字に結んだジンが、
後ろへ飛び退く全員の顔を、死の旋風が紙一重で撫でていく。
振り抜かれた両刃剣は、そこで止まらない。
背中まで回された右手から、左手に移ったその刃が再びの踏み込みと共に、リエラを抱えた六郎へ向けて突き出される。
線から点の攻撃への流れるような変換。
そして未だ宙を浮く六郎達への追撃。
その一撃を空中を蹴って躱す六郎――を追いかける様に薙がれる両刃剣。
突き出した左腕をそのままに、体幹だけで振り抜かれた一撃だが、それを六郎が刀でいなしながらスライディングで躱す。
リエラと六郎の頭上スレスレを、刀と火花を散らしながら通過する死の気配。
一瞬キツく目を瞑るリエラだが、「楽しくなってきたの」と呑気な六郎の笑い声だけが心強い。
体幹だけで振り回された両刃剣は、勢いそのまま六郎の左側に居たクロウを掠め、
返す下の刃が再びクロウ、六郎リエラ、ジンの順番に襲いかかる。
振り回され、回転し、突き出され……最早局所的な死の暴風域と化したテラ相手に、全員がただただ回避と防御に専念するしか出来ないジリ貧だ。
振り回されて止まることを知らない両刃の軌跡。それらがジリジリと壁や床を穿って舞い上げていく。
「ロクロー、後ろ!」
リエラの叫びにチラリと後ろに視線を飛ばせば、広い空間へと続いていたはずの通路がない。広がるのは壁だけでこのまま下がり続ければ、確実に壁に阻まれ逃げ場がなくなる。
「リエラぁ、合図ば出したらアイツん足元ば崩せんね?」
「え? そんな事しても――」
「エエけ、頼む!」
六郎の声にリエラが地面に向けて手を翳す――六郎の視線がテラの描く両刃の軌跡と踏み込みとを行ったり来たり。
「クロウ、ジン、抜けっぞ!」
その
それに合わせてクロウが竜巻でテラの体勢を崩せば、振りが鈍った両刃をジンが無理やり押し込んだ。
一瞬だけ崩れたバランスと、無理やり押し込まれた勢いで、テラの猛攻に僅かなラグが出来る。
だがそれも一瞬で、テラの踏み込みが、盛り上がった地面を平らに――なった地面スレスレを一気に駆け抜ける六郎達四人。
たった一瞬の剣筋のブレだが、事ここに及んでその隙は大きかった。
暴風域を抜けきった四人が、テラと距離を取り、再び構え――を取る四人の前で、テラも同じ様に両刃剣を再び構えた。
尊大で自信に溢れた様な表情に、リエラの額に青筋が一つ。
「もうアッタマきたわ……アタシより偉そうに――」
リエラが杖を掲げると、その背後に無数の青白い魔法陣――そこから繰り出されるのは、直進し、放物線を描き、縦横無尽に降り注ぐ水の暴力。オケアヌスが見せたあの魔法を完全再現したリエラを、ジンとクロウが「嘘だろ?」と言った表情で一瞬振り返った。
「ほら、余所見しない! アンタ達も戦うの!」
リエラの言葉に、居住まいを直してテラへと向き直るジンとクロウ。リエラの言葉通り、オケアヌスが放った魔法と言えど、テラの持つ硬質な身体には傷ひとつつけられていない。……が、それが余計リエラの自尊心に火をつけたようで……
「……アタシの手下のくせに、ご主人さまに噛み付いてんじゃないわよ!」
リエラが白く輝いたかと思えば、青白く光る魔法陣に薄っすらと黄色が混じった。
射出されているのは相変わらずの水だが、時折それらがキラキラと輝く。その超圧縮水流が当たったテラが、初めて痛がるような嫌がる素振りを見せた。
リエラが水に込めたのは、幾つもの小さな礫。鉱石だったり小石だったり、とにかく魔力で生成できる何の役にも立たないクズ石たちを、小さく固めに固めて水流に混ぜて飛ばしているのだ。
圧縮水流ですら高硬度のものを切断するだけの威力があるのに、加えて混じる礫の威力は、流石のテラをしても耐えられなかったようだ。
まるで生き物のように襲いかかる超圧縮水流に、テラの足が鈍った。
「ほら、行くわよ! 旧配下に、新配下三人の力を見せつけてやりなさい!」
高らかに笑うリエラに
「いつから女神になったんだ?」
「やだ……オジサンも仲間だと思って貰えてる感じ?」
「お前はいっつも楽しそうでエエの」
と呆れ顔のまま駆け出す三人。その背中に向けて、「ロクロー、アンタだけには言われたくないわよ!」と口を尖らせるリエラの声が響いた。
一瞬で間合いを詰めた三人へ、テラが水流を嫌がりながらもその両刃剣を振る――
「加速する前なら問題ないねぇ」
クロウが指を鳴らせば、無数に出現した風玉が、テラの肩口へと間断なく吸い込まれていく。
連続して当たる風玉に水流も加わり、振りを送らされた両刃剣。懐に入り込んだクロウに向けて開かれた顎門――を真下から蹴り上げるのは六郎だ。
無理やり閉じられた顎。その中で暴発した炎が煙となって牙の隙間から漏れれば、ジンの回転斬りがテラの足を払った。
斬り飛ばすまで行かなかった一撃に、「くそ」と顔を歪めるジンだが、それを待ってくれる相手ではない。
足元のジンを嫌がるように、テラが足を踏み鳴らせば、地面が輝く――隆起する地面を思ったジンが、慌てて距離を取ろうと――
「待っちょれ」
その肩に手を乗せるのは六郎。訝しむジンを待ってくれる訳もなく、輝いた地面が窪み、一気にせり上がった。
「今じゃ、ひっ飛べ!」
六郎の声に合わせて、せり上がる床の勢いに任せてジンが思い切り飛ぶ――
その跳躍はジンをテラの頭上へと運んだ。上を飛ぶ六郎とジンへ向けて振るわれる両刃剣。
それを宙で迎え撃った六郎が、「ぶちかませや」と言いながら、吹き飛んだ。
六郎の言葉に柄を力強く握りしめたジンが、そのままテラの頭上に大剣を突き立てるように落下――それを狙って開く顎門。に直撃するのはクロウが放った風玉だ。
狙いがズレた炎球がジンを掠め、ジンの大剣がテラの頭と頭の間に突き刺さった。
苦しげな声を上げるテラ。ジンを振り落とそうとその身体を振り回すたび、大剣に掴まったままのジンがブラブラと揺れる。
半端に刺さった大剣のせいか、はたまた柄に掴まるジンの体重か、ブラブラとジンが揺れる度、大剣の角度は垂直から平行へと近くなっていく。ゆっくりと斬れているので、良いと言えばいいのだが――
暴れまわるテラが足を踏み鳴らす度、地面からランダムに槍のような岩が突き出す足場に飛び降りるわけにはいかない。
そんな槍が襲うのは、耐えているジンだけではない訳で――
「ちょ、これ、危なっ」
言いながらも器用に躱していくクロウと、突き出す槍が分かっているかの様に、間を縫いながら駆ける六郎。
一際大きくせり上がった槍の先端を切り落とすと、それを足場に六郎が飛ぶ――目的地は今もブラブラと揺れるジンの大剣だ。
半端に突き刺さった大剣の柄に六郎の飛び蹴り。
奥深くへと突き刺さった大剣を蹴って、六郎が更に上空へ。
「おい、待て! 俺がまだ――」
ジンの非難は届かない。
完全に突き刺さった大剣。その柄に向けて六郎が回転しながら踵落とし。
大きく肉を抉り、血飛沫を舞い上げ、「せめて俺が降りてからに――」悲鳴と共に落ちていくジン。
その身体を運ぶのは、リエラが操作する超圧縮の水流だ。水流の圧力を調整し、ジンを載せた水の軌跡が一瞬で地面へとその身体を運んだ。
「リエラぁ! そん水鉄砲、ワシにもやってくれ!」
駄目な奴に駄目な物を見せた。そう思ったリエラだが時既に遅し。目を輝かせた六郎が、今も暴れる圧縮水流の軌跡を指差し笑いかけている。
「ああ、もう! これ一応攻撃用なんだけど!」
頬を膨らませるリエラが、六郎を足元から攫う――水流の上をベアフット水上スキーの如く滑走する六郎が「こらぁエエの!」と笑う。
とはいえ、六郎が走るより遅い水流ではテラからしたら格好の的で……振り抜かれる両刃剣が六郎を捉え――たかに思えた一撃だが、六郎は既に別の水流へと飛び移っていた。
網の目の様に張り巡らされる水流。それを縦横無尽に飛び回り滑る六郎を眺めるリエラは、頬を膨らませたままだ。
攻撃力を上げようと礫を含ませた水流なのに、それを滑る六郎は全くダメージなど無いかのように、軽々と水に運ばれている。
リエラの目にも、六郎が足に纏う馬鹿みたいな硬度の魔力が見えているのだが、そんな無駄遣いするなと言いたくて仕方がないのだ。
とはいえ、立体的にテラへと迫る六郎に相手は完全に翻弄されている。今や飛び回る蝿を嫌がるだけのようなテラに、ジンやクロウの攻撃もその身を削っていく。
巨大なテラを取り囲む三人と水流。それらを振り払うようにテラが空へ向けて巨大な咆哮――両腕で掴んだ両刃剣を思い切り地面へと叩きつけた。
その剣戟は真っ直ぐ飛び、六郎を吹き飛ばし、地面を穿ち、水流を掻き消して飛んでいく。
距離のお陰か回避出来たリエラだが、流石に今の一撃に対抗できる攻撃は今のリエラにはない。
「……アレは流石にヤバいねぇ」
「まともに受けたら終わりだな」
そしてそれはクロウもジンも同じだ。
振り下ろす衝撃ですら周囲に甚大な風圧を巻き起こすその一撃。とりあえず一旦距離を取ったクロウとジン。
とりあえず防護壁を出すリエラ。
大剣を構えるジン。
腰を落とし回避出来るよう準備するクロウ。
そんな三人の前に、フワリと着地する六郎。羽織っている振袖以外は体中も含めボロボロだが、テラを前に「小細工なしか……嫌いやねぇの」と笑いながら刀を鞘に収めた。
「さて……真っ向勝負といこうやねぇか」
笑う六郎を「馬鹿なの? ねぇ馬鹿なの?」とクロウが引っ張るが、六郎はそれを無視しテラの元へと歩いていく――
迸る六郎の気配が、薄っすらと靄を形どる……以前クロウたちの目の前に顕れた毘沙門天の姿にクロウもジンも言葉を忘れてその口を噤んだ。
通常なら勝ち目など無い。と止めた方が良いはずだが、異形を顕現させる六郎を前にすると、もしかしたら……という期待しか浮かんでこない。
ゆっくりと歩いて近づいてくる六郎の意図を理解したのか、テラもその両刃剣を両手で持ち上げ大上段に構えた。
間合いはテラ。振り下ろせばその一撃は六郎を叩き潰す距離に、テラはその健在な四つの瞳を爛々と輝かせている。
「では、やろうか……ワシも本気じゃ――」
膨れ上がる闘気に、空間が歪んで毘沙門天の姿がより鮮明に。
柄に右手を添えて腰を落とす六郎を前に、テラがその口角を上げた。
振り下ろされる高速の一撃――地面を穿ち全てを砕く一撃が六郎の目の前に。
瞬間六郎の右手がブレた。
高速で繰り出された一撃は、全てを置き去りに、巨大な三日月の剣閃だけを残す。
力と力の奔流が空間を真っ白に染め上げ、遅れて歪んだように空間が収縮していく――
空間に響く甲高い金属音――「カラン、カラン」とやけに煩くリエラ達の耳に響いている。
「エエ……勝負じゃった」
光が晴れ、歪んだ空間が戻り、そこ残ったは、衝撃に耐えきれず折れた六郎の刀と――
腕が吹き飛び、弾かれた様に仰け反ったテラ。
その胸元には、大きく抉られたような斜めに走るキズ。
ゆっくりと崩れ落ちるテラ――その胸から思い出したように吹き出す大量の血飛沫。
弱々しくなっていくテラの呼吸と瞳の光。満足そうに笑っているように見えるテラに
「残月んごたる名残惜しさよの」
六郎も笑いかけながら、腰を降ろす。
「魔王ん名に恥じん強さ、楽しかったわい」
六郎の声に、大きく息を吐いたテラがその瞳を閉じる。その顔はどこか安らかで満足しているように見えた。
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