第110話 RPGとかでも第二段階はお約束

 登場人物


 六郎:狼とか牛とか蛇とか河馬とか……獣相手でも容赦はしない。というか、人間相手と勝手が違って少し楽しかった主人公。


 リエラ:成長が止まらない六郎に溜息が止まらないヒロイン。


 クロウとジン:雑魚敵戦は体力温存中。次に控える大物では活躍するはず


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 六郎達が辿り着いた二つ目の神殿。それを前に、門番とも言える獣達相手に大立ち回りの六郎。お供の三人も一応戦ってたよ!


 ☆☆☆





 神殿入口に立つ四人の前に広がるのは、どこまでも続くような昏い深淵。入口から僅かに入り込む陽の光以外は、昏く先の見通せない黒。外の青空と比べると、そこだけ空間が切り取られたと言われても納得してしまう。


 ただ昏いだけならまだマシだった。開いた扉の先から感じるのは、明らかに強大な圧力。

 オケアヌスの時には感じる事が出来なかったそれは、この神殿の主が存命だという事を殊更に主張している。


 先の見えない深淵。その先から感じる異様な気配。その事実にクロウとジンは一瞬視線を交わらせた。


 根源的恐怖ともいうのだろうか。とにかく生物の本能としてこの先に進んではいけないと、二人の脳内では警鐘が鳴り響いている。とはいえ、その恐怖が何に対してかなど、彼らには言及のしようがなく――


「ホント……なんでこんなに真っ暗かねぇ」

「窓はあるはずなんだがな」


 分かりやすい暗闇へと溜息をつくクロウと、背を反らして神殿の正面に作られた窓のような意匠を眺めるジン。


 とにかく躊躇う理由を、見た目に分かりやすい暗闇に求めたジンとクロウだが、二の足を踏む二人とは対照的に


「考えても分からんもんは、どうしようも無かろう」

「そうね。どうせ入ったらまた明るくなるでしょ」


 二人を振り返った六郎とリエラは、既に神殿の中へと足を進めている。


「……あの二人が可笑しいんだよな?」

「そりゃそうでしょ」


 先の見えない闇。何があるか分からない建物。そして明らかにヒリつく肌。


 何か一つだけでも躊躇う理由には十分な筈だが、それをおくびにも出さないリエラと六郎はここに来ても平常運転だ。


 放っておけば神殿の主を倒してしまいそうな二人の勢いに、クロウもジンも諦めたように、神殿の中へ一歩を踏み出した。




 クロウ達が神殿へと入って間もなく、大扉が音もなく閉じれば四人を包むのは完全なる闇だ。

 すぐ隣の仲間の顔すら分からない。そんな闇に足元を警戒する六郎の歩みが摺足に変わった頃――四人の左右で小さな音を立てて灯る黄色の炎。それが、ゆっくりと前方へと伝播していく――「ボッ、ボッ」という音がやけに大きく空間に響き渡れば、完全な暗闇はいつしか黄色に照らされた異質な空間に。


 岩をそのまま壁や床にしたのだろう。継ぎ目のない高く伸びる壁とどこまでも続く床は例のごとく幾何学模様で覆われている。


 幾つも描かれた螺旋を連想させるその模様に黄色の炎が反射すれば、ジンとクロウが咄嗟に視線を逸した。


 眺めているだけで吸い込まれそうな錯覚は、依然オケアヌスの神殿で感じたそれと同じ作りのようだ。


 それを思い出したのか、リエラが杖を掲げると、クロウやジンを青い光が包み、ゆっくりと二人の肌に浸透していく――


 短く息を吐いたリエラが、「ロクローが大丈夫だから忘れてたわ」とケロリとした表情で二人の隣に立つ六郎を指さした。


「青年は何でそんなに元気なの?」


 幾何学模様の魔力から逃れたクロウが六郎をジト目で眺める。出てくるのは安堵の溜息よりも六郎の鈍感さへの不満だ。


「知らん。気合じゃろ?」


 眉を寄せる六郎が発した精神論に、「聞くんじゃなかったよ」と項垂れるクロウ。そんなクロウの視界には


「どれだけ耐えられるか勝負してもエエの」

「アンタ莫迦でしょ? 止めなさいって!」


 幾何学模様を直視する六郎と、その首根っこをひっつかむリエラ。


「馬鹿な事やってないで集中してくれ。だぞ」


 呆れ顔のジンが顎でしゃくる先には、一際明るく見える空間。


「いよっしゃ! 一番乗りじゃ」

「こら、勝手に行かない!」

「あ、気づいたのは俺だからな」

「ちょっとオジサンを一人にしないで」


 その空間から漏れ出る強大な気配など何のその。駆け出す六郎を追いかけるように皆が続く。



 ☆☆☆



「こらぁまた……デケェの」


「だよね、だよね。やっぱりそうだよね」


 巨大な異形を見上げる六郎と、それを見たくないと顔を覆うクロウ。


「聖典の記述とは少し様子が違うが……」


「なんでアタシよりエラそうにしてるの? ムカつくわ」


 ゴクリと生唾を飲み込むのはジンで、頬を膨らませてそれを睨みつけるのはリエラだ。


 四人の前に出現したのは、人馬一体の巨大な異形とその隣に突き立てられた巨大な武器。いや、正確には馬ではなく獅子か……。


 獅子を思わせる四足歩行の下半身と太い腕を組む上半身。そして獅子の頭部も全てが黄金色の毛で覆われ、威風堂々とした佇まいのまま、真っ黒な鎖に雁字搦めにされている異形。


 隣に突き立てられた両刃剣も、同じ様に黒い鎖が巻き付いている事から、これがある種の封印なのだろう。


「ホンで? こんデカブツを倒しゃエエんか?」


 六郎の声が口を開いて、異形を差した瞬間


『アクセス権限復旧プログラム。権限観測基準の状態を確認――』


 空間に響くの無機質な声。


『権限観測基準の状態良好。解放します――』


 その声に反応するように、異形を覆っていた鎖が砕け散り、異形が大きく脈を打つ。


『権限プログラムの難易度最高レベルにつき、枷も解き放ちます――』


 続く声で周囲を覆っていた幾何学模様が、一点を目掛けて逆再生のように戻っていく。


「助かる! けど、やっぱ助からないかも!」


 クロウの上げる情けない声に、リエラが六郎へ刀を放れば、ジンも大剣を構える。

 模様の持つ魔力からは逃れられるが、それは同時に相手も同じように全力で動けるという事の証左だ。


 異形から溢れる力が空間を脈動させる――


『其は、■■が遣わし一柱。大いなる恵みにして厄災。大地の守護者、繁栄の象徴、大地を震わす一歩、全てを飲み込む星の顎門アギト。名を――テラ』


 脈打つ異形が、組んでいた腕を解き放ち天に向けて巨大な咆哮――空気が、壁が、床がビリビリと音を立てて震える。


 その咆哮に四人が身体を踏ん張る中、テラと呼ばれた異形が隣に突き刺してあった両刃剣を抜き去り構えを取る。


「早い早い早い! まだ心の準備ってものが――」

「言ってる場合か! 来るぞ!」


 ジンの言葉通り、両刃剣を構えたテラの姿が消えたかと思えば四人の耳に「ダンッ」という何かが弾ける様な音。


 音を置き去りに、踏み切ったテラが六郎たちの前へ現れその手の両刃剣を横に薙いだ。

「ちょっと!」

 リエラが慌てて生成した防護壁。

 それもガラスが割れる様な音だけを残して弾け飛ぶ。

 勢い止まらぬ一撃を六郎とジンで受け止めるも、質量差から四人纏めて壁へと吹き飛ばされた。


 六郎に庇われダメージが殆どないリエラが、もう一度全員を包む防護壁を生成。


 砕ける壁と防護壁――が一瞬淡く輝けば、その輝きを破って六郎が飛ぶ。

 回復もそこそこだが、折角出来た隙を狙わないという手はない。

 両刃剣を振り切って無防備なテラへ、一瞬で間合いを詰めた六郎の横薙ぎ。


 金属が上げる甲高い音が神殿中に響き渡った。


「こいつぁ魂消たまげたの……畜生んクセに器用やねぇか」


 笑う六郎の視線の先では、右手で振り抜かれた筈の両刃剣を左手に持ち替えたテラ。


 壁を蹴って高速で飛び出した六郎の横薙ぎ。

 それを迎え打ったのは、背中で持ち変えられた、テラの両刃剣だ。


 振り抜いた右手の勢いを殺すことなく、背中で左手へ持ち変えた技能の高さは、六郎をしても舌を巻く程だ。


 踏み込みがない。体中を痛めている。とはいえ、タイミングバッチリの自身の一撃軽々と受け止められてしまった。


 それでも嬉しそうに「トビキリじゃな」と笑う六郎の刀と、テラの両刃剣でチリチリと火花が走れば、砕けた壁の間から飛来するのは無数の氷槍と風の刃。


 それに気がついたテラが、六郎の刀を力任せに弾き、その勢いを利用しつつプロペラのごとく両刃剣を旋回させる。

 回転する両刃剣で魔法を掻き消したテラが、未だ足元で体勢を崩している六郎へ向けて、両刃剣を突き立てた。


 紙一重で後ろへ飛び退き躱す六郎。


 テラが突き立てた両刃剣に力を込めれれば、床に入ったヒビの間から薄っすらと光が漏れる。


「――っ! ジャンプ!」


 ハッとした表情のリエラの怒声に、全員が上空へと避難する。


 壁を蹴って

 大剣を壁に突き立て

 リエラを抱えて宙を走り


 瞬間地面が大きく脈動し、ボコボコと崩れた床石が天をつくように伸びては縮む。


 それが収まった後の床はボロボロに崩れ、起伏の激しい山道のように凸凹だ。


「地形変わっちゃったんですけど?」

「足場が悪いんは相手も同じじゃろうて」


 地面に降り立ったクロウと六郎が、凸凹になった床の感触を確かめるようにトントンと足で床を叩いた。


 そんな二人の前でテラがその場で足踏み――凸凹だった床が一瞬で綺麗に。


「わあお。オジサンと組んで道造りで大儲けしない?」

「残念じゃが、アイツん首は今日ここで落ちるけぇ諦めぇや」


 最早何でも有りの魔王だが、それを前に軽口を叩くクロウと六郎がお互いに目配せ――

 二人が左右に分かれてテラへ接近すれば、二人を纏めて薙ぎ払おうと、テラが両刃剣を振り回す。


 その一撃を飛び上がり、そして地面を滑って躱すクロウと六郎。


 飛び上がったクロウが、腰に差した短剣を遂に抜く。

 逆手に持った短剣。それを持ったクロウが回転しながらテラの脇腹を薙ぐ。


 黄金色の毛の間から滲む血に、テラが初めてその瞳に敵意を宿しクロウを見――


「どぉこ見よんじゃ!」


 ――視線を外したテラの足元。その巨体を支える足に向けて六郎がスライディングの勢いで飛び上がり回転を加えた刀の一閃。


 足から吹き出す血に、テラの姿勢が一瞬崩れた。


「こっちもまだまだ」


 不敵に笑ったクロウが、風の刃を飛ばせば、嫌らしく脇腹に出来た傷へと全てが吸い込まれていく。


 脇から吹き出す血に、テラが怒りを顕に宙を浮くクロウへ向けて左拳を突きつける。


 鼻先スレスレの拳に、クロウの身体が巻き込まれたようにクルクルと――


「クロウ――!」


 叫んだジンの心配は杞憂に終わった。

 クルクル回転したクロウは、そのまま通り過ぎる拳と腕を切り刻む。


 クロウに切り刻まれながらも、拳の一撃は床を穿ち空間全体を揺らす。


 脈打つように畝る床に合わせて、六郎がテラの頭部へ向けて飛び上がり、その刃をテラの目へ――


 辛うじて瞼を閉じ、顔を逸したテラ。

 それでも六郎の一撃は、瞼を裂きテラに一瞬の隙を生んだ。


「「ジーンジンくん!」」


 叫ぶ二人に反応したジンが、一瞬でテラへ肉薄。床を穿つ踏み込みとともに振り抜いた大剣は、六郎が傷をつけた足を吹き飛ばした。


 崩れたバランスを立て直そうと、杖代わりに突き立てらる両刃剣――の切先に巻き付いた巨大な蔦。

 リエラの蔦でベクトルが変わった両刃剣が床を滑るように流れれば、その巨体が今度こそ傾いた。


 その大上段で煌めくのは、六郎が振り上げた刀――


 空中を蹴った勢いに、重力加速度も載せた六郎の一太刀。唐竹から叩き込まれたそれに、テラが慌てて身を捩る。


 身を捩った事で、肩口に叩きつけられた一撃。それでもテラの左肩から脇腹までを叩き斬る一撃に、テラが初めて苦しそうな咆哮を上げた。


 テラの身体を蹴り、刀を引き抜きながら距離を取った六郎が、


「硬ぇの……一刀で伏せらるっち思うとったんじゃが」


 悔しそうに咆哮を上げるテラを見上げる。


「いやいや上出来でしょ。ジンくんもナイスな一撃」


 サムズアップのクロウに、「おお、あいは良か一撃やったな」と六郎も笑い、ジンが照れたようにはにかんだ。


「はいはーい。三人ともまだよ……多分ここからが本番だから」


 リエラの言う通り、咆哮を上げ続けるテラの真下に巨大な魔法陣――それから光が立ち昇ったかと思えば、光の中から出現したのは頭が三つになり、毛の色も黒く変色したテラだ。


「……漸く聖典と同じ姿だな」

「オジサンもう帰りたいんだけど」

「いよぉし、手柄が三つもあるやねぇか!」

「三つとも持ってきたらぶっ飛ばすわよ!」


 油断なく構える四人の前で、黒く変色したテラが今日一番の咆哮を上げた――

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