第109話 良く考えたらモンスター相手も人型が多かったな

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。つい最近絆を更に深めた。一般人からしたら歩く災害二人。


 ジンとクロウ:最近ちょっぴり仲がいい。ジンが吹っ切れたところがあるが、クロウとしては嬉しいやら寂しいやら少し複雑。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 女神の眷属とか良く分からない事が出てきましたが、覚えてなくても物語は楽しめます。


 ☆☆☆





「結局何か分かったのか?」


 一夜明けてダンジョンへと向かう道すがら、珍しくジンがクロウへと小声で話しかけた。

 聞いていることは勿論、六郎の宿していたモノについてだろう。一昨日ダンジョンからの帰りにクロウが「ちょっと調べてみる」と言っていた事でもある。


 そんなジンの質問に答えるのは――


「残念ながら全く――」


 ――肩を竦めるクロウの小声だ。


 分かった事と言えば、なぜ魔王が眷属と言われていたのか。と言う細かい設定くらいだ。その程度の知識で言えば、この大陸の人間なら「ああ、そういう人達もいるよね」くらいに浅く広く浸透している事でもある。


 よほど狂信的なアルタナ教信者出ない限り、眷属信仰だろうが、「結局女神様でしょ」という程度の認識だ。


「分からない事と言えば――」


 溜息混じりでクロウが見つめる先は、楽しそうに笑い合う六郎とリエラの姿だ。


「いつの間に仲直りしたの? あの二人」

「さあな。昨日鍛錬に出て、昼頃に帰ってきた時にはもう


 答えるジンも、何が何だかと言った雰囲気で肩を竦めることしか出来ない。


 六郎を心配して気落ちしていた筈のリエラだが、気がつけばいつものように六郎と楽しそうに会話を弾ませているのだ。


 二人からしたら、眷属や魔王以上に謎に包まれているが、


「まあ二人が調子良いならいいのか……な?」

「そうだな」


 そこに踏み込むほど、二人共野暮ではない。冷めた言い方をしたら、二人が本調子を発揮してくれたらそれで良いのだ。









 そんなある意味で通常に戻った四人を迎え入れたのは――


「なーんかこらぁ! デケェにも程があんぞ!」


 ――大草原の中に出現した巨大な大岩だ。小さな山程の大きさの大岩は、六郎達が立つ位置からだと見上げる程大きい。


 今日は特にトラブルなく入れた『原始のダンジョン』。勿論トラブルなく入れたのは入口までで、入った瞬間「待ってました」と言わんばかりに四人は特殊層へと飛ばされたのだが。


 飛ばされた先は、どこまでも続く草原と、その中に出現した巨大岩。抜けるような青空にも関わらず、静謐を湛えるその空間は、生物の気配どころか風すら吹いていない。


 絵画に閉じ込められたような錯覚を覚えるほど無機質に思える空間だが、足元に感じる草の葉の感覚は間違いなく本物だ。


 生物の気配を感じない大地。

 山ほどもある岩。


 それを見上げる六郎の、「上には何があるんかの」と楽しそうに笑う声が、やたらと静かな草原に響き渡る。


 そんな六郎の呑気な声を聞きながら、他の三人はただただ呆然と大岩を見上げていた。


「デカいな……もはや山だ」

「自分がちっぽけに感じるねぇ」


 空いた口が塞がらない。言葉通り、呆けたまま岩を見上げるジンとクロウ。

 街がスッポリ入ってしまいそうな程大きな岩だ。二人が呆然とするもの無理もない。


 今もポカンと口を開ける二人の横では、「エアーズロックみたい……」とリエラは一人別の意味でポカンと口を開いている。


 一頻りボーっと岩を見上げていた三人に、しびれを切らしたように六郎が口を開き


「いつまでも阿呆な面晒とらんと、早う行くぞ!」


 呆ける三人の前で六郎が岩の麓を指さした。その先に見えるのは、岩をくり抜いて作られた巨大な神殿だ。

 見た目はオケアヌスを封じていたあの神殿と変わらない。だが、岩の中に完全に埋まって……否、岩をくり抜いて直接作られた神殿は、巨大な岩の麓にあってより荘厳な雰囲気を醸し出している。


「アレがあるという事は……」

「いるんだろうねぇ。次の魔王が――」


 気を引き締めるように頬を叩くジンと、肩を落とすクロウ。そして魔王と聞いてテンションが上がる六郎。


 テンションが上がった六郎が、意気揚々と草原を一歩踏み出すと――静謐を湛えた草原が急に活気づく。


 吹き抜ける風に混じるのは草を踏みしめる音と、明確な敵意。

 獣と思しき息遣いは、耳元にネットリとした殺気をまとわり付かせ、周囲に目を配せば、そこかしこで「カサカサ」と草原が揺れる。


「さあて……鬼が出るか蛇が出るか」


 楽しげに笑う六郎がもう一歩を踏み出すと、草の間から影が飛び出した。


 六郎の首筋に飛びかかったのは、大蛇サーペントだ。六郎を丸呑みに出来るほど大きな蛇が、その顎を最大に開きながら飛びかかって来くる。


「ホンマに蛇やねぇか」


 その顎を両手で捉えた六郎が、苦笑いをこぼしながらも、上下に顎を引き裂いて捨てる。


「次。どこからでんエエぞ?」


 口角を上げる六郎が草原へ向けて手招き。その意味が分かったのか、草原を突き抜けて飛びかかる二つの影。


 一匹は足を、もう一匹は六郎の喉笛を。


 それぞれが違う場所を狙った、狼に似たモンスターの連携攻撃。


 上下に分かれた連携に、六郎は一瞬だけその口角を上げ、


「犬っころんくせに――」


 脛を狙ってきた一匹の頭蓋を踏み砕き


「――やるやねぇか」


 喉笛を噛みちぎろうとするその顎を、下から打ち上げた。

 砕けた顎と牙の隙間から漏れる血飛沫。


 二匹が沈黙してなお、六郎を倒そうと無数の狼が襲い来る。


 引っ掻きを一歩踏み込んで、左腕で受け止めつつ腹部へ鉤突き。

 吹き飛ぶ狼が後続を巻き添えに転がる。

 真後ろからの飛びかかりは、屈んで躱し

 空振った狼の尻尾を掴んでぶん回す。


 右から飛び上がった別の狼にぶつかれば、頭蓋が砕ける鈍い音。


 既に事切れた狼を放り捨てる六郎目の前で、一匹が大口を開けて跳躍。


「芸がねぇ――」


 途中で口を噤む六郎。

 飛びかかりへカウンターをと思ったが、思いの外跳躍に伸びがない。


 それどころか――狼の口腔内に出現する炎球。


「犬っころんクセに妖術か」


 放たれた炎球を横っ飛びで躱せば、そこへ群がる狼。


 左右から襲い来る狼。

 右手の一匹との間合いを詰め、その喉笛に貫手。

 狼を突き刺したままの右手を、左からの一匹に思い切り振り抜く。


 頭が砕け吹き飛ぶ二匹の真後ろから、またも別の狼が跳躍。


「そいはさっき見たの――」


 そんな狼との間合いを六郎が一瞬で詰め、開いた顎を下から蹴り上げた。


 顎の合間から漏れるのは、煙と炎――恨みがましい狼の視線に、ダメ押しの左後ろ回し蹴り。


 骨が砕けた音とほぼ同時。盛大に吹き飛び、六郎の視界から消えた狼の真後ろから、巨大な牛が角を振りかざして突進。


 角を両手で掴んで突進を止めた六郎が、そのまま角を捻るように大牛を放り投げれば、大牛が狼を巻き込んで転がっていく。


「エエのう。畜生ち思うとったが、中々どうして悪くねぇ連携やねぇか」


 六郎の死角をつくように襲い来る獣達に、六郎も心なしか楽しさを覚えている。


 少なくとも冒険者などより、余程マシな戦いぶりだと思っている。


 実際に今この瞬間も、狼達は死角を突こうと一定の距離をウロウロとし、正面では大牛が突進の準備か、前足で激しく地面を掻いている。


 不意に感じた殺気に六郎が足を上げれば、そこには口を開けた大蛇。

 それに視線を落としながら、頭を踏み抜いた瞬間、狼が六郎の斜め後から飛び上がり、大牛が正面から突進。


 挟み撃ちに六郎が出した答えは、――

 斜め後方からの飛び上がりを無視して、前方の大牛の額へ向けて飛び蹴り。

 空気が振動し、額を陥没させた大牛が吹き飛ぶ。


 衝突の勢いで後方へ宙返りした六郎が、地面を両手で捉える。

 着地の勢いを肘でタメに変換。

 腕で地面を押しのければ、タメた勢いが六郎を高速で運ぶ。


 身を捩った六郎の両足が、失速し着地した瞬間の狼の頭を掴み

 勢いよく反転しながら地面へ――


 頭から地面に叩きつけられた狼の頭蓋が砕ける。

 その死体を蹴り飛ばし、避けようとした狼に肉薄。

 その腹を蹴り上げ、振り上げた足で隣の狼へ踵落とし。



 動きが止まった六郎を狙い、大蛇が足元から飛び上がる。

 飛び出した大蛇を掴み、鞭のようにぶん回して狼を二、三匹弾き飛ばし、最後は大牛へと叩きつけた。




「……何アレ……もう無茶苦茶じゃん」


 六郎の暴れっぷりを眺めるクロウは、先程の大岩を見上げていた時と同じ顔だ。

 モンスター相手に、飛び込んで一匹ずつぶん殴って倒しているのだ。クロウの様な感想になっても仕方がない。


 人間であれば、そんな六郎に恐怖を感じて出足が鈍る事もあるだろうが、相手はモンスターだ。死を恐れぬ魔物相手に、包囲されながら立ち回るなんて聞いたことがない。


「笑ってるぞ……」


 唖然とするジンの視線の先では、狼を吹き飛ばし、新たに出現した河馬を放り投げた六郎が楽しそうに笑っている。


「莫迦なのよ。莫迦」


 言葉とは裏腹に嬉しそうな表情のリエラ。既に杖も仕舞って完全に観戦モードな彼女の前で、角を掴まれた牛が、馬鹿みたいに高々と放り投げられている。


 六郎が暴れ始めの頃は、少なくないモンスターがリエラ達に襲いかかって来たが、今は六郎が脅威とみなされているのか、現れるモンスター達は六郎へ一直線だ。


 偶に、ほんの偶に流れてくるハグレ程度のモンスターなら、ジンとクロウの敵ではない。


 大剣で両断され、風の刃で切り刻まれ、リエラたちの前にも少なくない死体が積み上がってはいるが、六郎の周りはその比ではない。


 今も岩のような肌をした河馬が殴られ、その肌が砕けて吹き飛んでいる。


 勿論モンスターたちも無謀に特攻ばかりかけている訳では無い。

 今もまた、河馬の背中から岩が射出されれば、大牛は角と角の間に雷玉を作って飛ばし、狼も口から炎球を飛ばして、大蛇も毒霧を飛ばす。


 岩は叩き落とされ

 雷玉は死体で防がれ

 炎は殴り消し飛ばされ

 毒は――そもそも遅すぎて六郎を捉える事すら出来ない。


 更に言えば、飛来する岩は、蹴り返されたり、掴まれて投げ返される始末だ。


 今も宙へ飛び上がった六郎を撃ち落とさんと、人の頭ほどの岩が高速で襲いかかる――が


 それを両手で掴んだ六郎が、そのまま真下へ投擲。

 毒霧を吐こうと口を開いた大蛇の顎に収まった岩が、その口を貫ぬいて地面を穿つ。


 着地した六郎に襲いかかるのは、無数の雷玉。

 その合間をすり抜け、いくつかには死体を投げつけ、今も雷玉を生成する大牛の一頭へ六郎が接近――


 一瞬で間合いを詰めた六郎が、その顔面を蹴り飛ばす。

 頭に引っ張られ吹き飛ぶ大牛。

 その先には別の大牛。

 ぶつかった二頭の大牛が、雷玉を暴発。


 数匹の狼が暴発に纏めて焼き払われた。


 モンスターが何か行動を起こす度、六郎の戦い方は最適化され、今やモンスターの攻撃すらも利用される始末だ。


「相変わらず無茶苦茶だねぇ」


 溜息をつくクロウの視界の端では、積み上がった死体に炎が引火し、音を立てて燃え上がっている。


「そのうちレッサーガルムの首根っこ掴んで、『早う妖術ば打たんね』とか小突き回すんじゃない?」


 クロウの冗談に、「それはない」と言いかけたジンだが、直ぐにその光景が想像できてしまい、「ないとは言えないな」と苦笑いのまま頭を振った。


「ジンくんならどう戦う?」


 投げられた質問に考え込むジンの目の前で、六郎が河馬を炎の渦へ上下を反転して放り投げた。岩の肌が重いのか、足をバタつかせる河馬が、炎に焼かれて断末魔の様な悲鳴を上げる。


「……素手では戦わないし、少なくとも魔力撃くらいは使うな」


 魔力を武器や体術に載せて、インパクトの瞬間放出する。

 その衝撃は爆発のようなエネルギーを生むため、剣の一振りで多数を仕留めることが出来る。基本多数のモンスター相手であれば必須の戦術だ。


 だが、そんな基本戦術などなんのその。


 魔力すら帯びず、しかも素手でモンスター相手に暴れる六郎は、リエラの言う通り「莫迦」なのだろう。だがジンもクロウも、その一言では済ませられない凄まじさを、改めて六郎に感じている。


 ぶん回され、遥か上空へと投げられた大牛。それが思い出した頃に、河馬の背中へ落ちて二匹が仲良く絶命した瞬間、六郎を囲んでいた獣達がゆっくりと距離を取り始めた。


 一匹、また一匹と戦線を離脱するように包囲から離れていく。最後に残った一匹の狼が六郎を見て一際大きな声で遠吠え――


 それに呼応するように、岩をくり抜いて作られた神殿の大扉が開けば、その狼の姿は忽然と消え去っていた。


 辺りに残ったのは、来た時同様、静謐を湛えた空気。


 風も吹かず、生き物の気配も無い。


 唯一来た時と違うのは、燃え上がる死体が上げる焦げた肉の臭いが、やけに鼻につくくらいだろうか。



「通ってエエっち事やな?」


 燃え上がる死体を背に、六郎が親指で神殿を指させば、「多分ね」とリエラが肩を竦めて見せ六郎の元へ――


「暴れるのは良いけど、血でドロッドロじゃない」

「獣ん相手じゃけぇ、仕方がなかろう?」

「ま、虫の体液じゃないなら良いけど」


 溜息をついたリエラの隣で、六郎が光に包まれ綺麗になっていく――

 隣同士、楽しそうに話しながら歩くリエラと六郎を眺めながら


「さて、ボクたちも行こうか」

「だな……次は大物だ」


 肩を竦めるクロウと、気合を入れるように息を吐き出したジン。彼らの視界の先には冥府へと続く門が口を開けて待っている。


 抜けるような青空をもってしても、その先が見通せないほどの深淵を湛えて。

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