第106話 「ヤバい」って結構言うからあんまり実感ないけど、敢えて言うよ「ヤバい」って
登場人物
六郎とリエラ:主人公とヒロイン。最近三回目のテンプレを乗り越えた立派な猛者。
ジンとクロウ:降りかかるテンプレを止められなかった二人。まあギルド職員のせいなので仕方がない。
☆☆☆
前回までのあらすじ
毘沙門天っぽいのが六郎に降りてきました。これで異形が降りたのも先輩冒険者テンプレ同様三回目です。
☆☆☆
「びしゃもんてんン?」
クロウの間抜けな声にリエラは視線を動かさずに「そ。毘沙門天」と頷いた。
リエラの視線の先では、嬉々としてオークの群れを狩る六郎の姿。
ダンジョン入口前での騒動の後、無事に『原始のダンジョン』へと突入した四人を待ち受けていたのは、相変わらずの『アクセス権限復旧プログラム』と即座に出現した特殊層だ。
見た目はダンジョンの大部屋。巨大な部屋を埋め尽くすのは――無数のオークだ。豚に似た頭を持ち、雑食で大食漢。好物は人間というまさに人類の天敵とも言うべき存在。
以前、ゴブリンだらけの牧場という特殊層があったが、それのオーク版と言った所か。
無数のオークに加え、単純に能力の高いハイオークに、魔法を使うメイジ。そして完全武装したソルジャーといった上位種。見える範囲で確認は出来ないが、恐らくジェネラルと言った個体もいるのだろう。
そしてゆくゆくはキングと――
とは言え、種類が変わっただけで以前経験しているだけあって、四人に驚きも新鮮さもない。
リエラを含めた三人からしたら、蠢くオークの群れなどより、先程六郎が見せた異様な幻影の方が気になって仕方がないのだ。
故に――ロクロー。ストレス溜まってるでしょ? 一人で全部殺っちゃっていいわよ――というリエラの言葉に残りの二人も意義を唱えず、嬉々として暴れる六郎を眺めている。
吹き飛んできたオークの頭を軽く払ったクロウが
「びしゃもんてん……か……何ソレ?」
と眉を寄せて「ジンくん知ってる?」とジンを見た。
「お前が知らないのに、俺が知ってる訳ないだろ」
口を尖らせながらも、ジンは視線を六郎の戦いに固定している。そんな勉強熱心なジンに「だよねぇ」と肩を竦めたクロウが、再びリエラに視線を移す。
「毘沙門天……簡単に言うと武神。戦いの神様よ」
リエラの言葉に怪訝な表情で「戦いの……」、「……神様?」と小首を傾げ顔を見合わせるクロウとジン。
そもそも一神教で神様と言えば【女神】のクロウやジンには、別の神と言われてもピンと来ないのだろう。
今も「神様って女神様だけじゃないの?」「俺が知るか」と疑問を投げ合う二人に、リエラは大きく溜息をついた。
「説明が難しいわね……」
正直に異界の神と言っても良いのだろうが、今度はそれを説明する面倒臭さがある。顎に手を当て唸ったリエラが導き出したのは――
「とりあえず女神を護る存在。とでも思ってくれたらいいわ」
本当は女神ではなく仏の世界を護る神なのだが、それこそ意味が分からないだろう。故に彼らに分かりやすく説明するしかない。
「女神様を護るって事は……眷属の一人かな?」
「聞いたことも無いが……」
顔を見合わせる二人の発言に、リエラは小さく頷くだけで答えた。究極にズレているが、それでもある意味でハズレではないので、そのまま押し通すことにしたのだ。
後ろめたさ故に、頷きが小さくなっている事に、リエラ自身気づいてはいないが。
「眷属信仰なら、ジンくん達もそうじゃなかった?」
「ああ。俺達は女神様が従えたという竜だな」
頷くジンに、「あと海の向こうの大陸とかもそうらしいねぇ」とクロウが含みをもたせるようにボヤいた。
「で? あの暴れん坊青年が、女神様の眷属を呼び出したって事でいいんだよね?」
六郎を囲んでいたオークが仲良く吹き飛ぶ光景に、クロウが「ヒュ~」と口笛を吹く。
「そう……だったらまだマシだったんだけどっ」
杖を掲げたリエラの前方に出現する半透明の壁。それに打つかった巨大な炎が轟々と音を立て壁を破らんと燃え盛る。
棒立ちの三人を狙うように飛来した炎に続き、氷の槍や風の刃、複数の魔法がリエラの出した障壁を襲うが、それら全てが障壁に阻まれ霧散していく。
「本当の毘沙門天ならまだマシだったんだけどねっ」
掲げた杖で地面を一突き――地面が音を立て、遠く離れたメイジ集団の足元が激しく揺れたかと思えば、ヒビ割れた床がバラバラに隆起してメイジの集団を虚空へと突き上げた。
「こおら! ワシん獲物ぞ!」
ボトボトと落ちてくるオークメイジの姿に、眉を寄せた六郎がリエラを振り返れば
「うっさい! 加減をミスったの! そもそもアンタが後ろに攻撃を通したんじゃない!」
それに口を尖らせるリエラ。
どう見ても普段通りの二人だが、それが終わったリエラが「フゥ」と溜息を漏らす。
三人の視線の先では、六郎が更に磨きをかけた技でオーク達を屠っていく。
振り下ろされる戦斧。
回避の行動を利用した後ろ回し蹴り。
その軸足を刈り取らんと地面を這う槍の横薙ぎ。
片足で跳躍し、空中で上下を反転。
突進してきた別のオークの頭を掴んで、首を捩じ切りながら放る。
地面に突き刺さった戦斧の真横に着地――の足で柄を踏み抜けば、勢いでクルクル回りながら舞い上がる戦斧。
それを横目に突き出された槍を躱して掴み
宙で勢いよく回転する戦斧目掛けて、槍ごとオークを放り投げる。
回転する戦斧が飛んできたオークを真下から切り裂き、周囲に血飛沫を撒き散らす。
「次――」
笑う六郎相手に、オーク達も恐怖などないように一匹、また一匹と立ち向かっている。
「それで? 本当のってどういう事か教えて貰えるのかな?」
クロウの視線を感じながらも、リエラは六郎から目を離すことはない。しばらく流れる沈黙に、リエラが小さく首を振る。
「何て言えば良いのかしら……」
言葉を探すように、視線を彷徨わせるリエラ。実際にどう言えばいいのか分からない。
「……あれは毘沙門天の形を取った別のナニカ……」
呟くリエラに「ナニカって何?」と呆れた声を上げるクロウ。
「知らないわよ。そもそも――」
あの世界の神が、次元を越えてこちらに来られるとは思わない。『輪廻の輪』と隣接する六郎のいた世界。
隣接はしているがそこへ通じるパスは非常に狭い。それこそ人一人を通せる程度のパスだ。
そんな狭い通路を、毘沙門天のような強大な存在が通り抜けられるわけがない。仮に通り抜けていれば、世界を構成する境界は崩れ、混沌が支配する空間に変貌している。
そのくらい彼の者の存在というのは、大きく強いのだ。
『輪廻の輪』を構成する世界の何処かに、似た存在がいれば別だが、リエラが知る限りそんな者はいない。彼の者くらい強大な存在であれば、『輪廻の輪』を構成する世界を渡る事は出来るだろう。だが、そんな強大な存在をリエラは知らない。
仮に何らかの方法でこちらの世界に来たとしても、信仰を持たない神が存在を保つ事など出来ない。
そこまで考えたリエラが再び頭を振って
「そもそも女神の守護者が、あんなに禍々しい訳ないでしょ」
そもそもに続く異界の神への考察など話せるわけもなく……とりあえずもう一つあった理由を付け足す事で、リエラはお茶を濁した。
とはいえ、そのもう一つの理由も本当な訳で――
「確かに守護者っていうより、破壊者って感じだったねぇ」
――クロウに不自然さを感じられることなく伝わったようだ。
「本来なら、美しい日輪を背負った神々しい見た目なのよ」
思考の軌道修正をしたリエラが、先程見た黒い日輪を思い出して身を震わせる。
「考えられるとしたら唯一つ――ロクローが作り出した新たな神って事くらい」
「えっと……どういう事?」
呆けながらリエラを見るクロウに、リエラは考えられる事を、教えられる事を掻い摘んで説明していく。
六郎が羽織る振り袖が纏う神気。
それに殺された人々の怨嗟。
それらが六郎の覇気と相まって神気を変性させている事。
今際の際に死んだ者たちが感じた畏怖の念が、六郎の持つ神の概念と混ざりあった可能性。
「要は……青年の心に反応して象っていた神気に、人々の怨嗟と畏怖が混ざって新たな神が誕生したって事?」
「多分……と云うか、それ意外考えられないわ」
冷や汗を流すクロウに、「ヤバさが分かったかしら?」とリエラが盛大に溜息をつく。
「兎に角ヤバい存在ってのは分かったけどさ……」
クロウの視線の先、ジンは既に話半分で六郎の戦いに夢中だ。なんせ六郎が拾った大剣で敵を屠りまくっているから。
踏み込む度に、床を砕く六郎の踏み込み。
それがもたらす横薙ぎは、一太刀で複数のオークを切り裂いて吹き飛ばす。
腕でなく、腰で振る。
腰に充てがった大剣を、踏み込みながら振り回す。
左から右、打ち上げたら打ち下ろす。
一撃が次の一撃への予備動作。
言葉にすれば簡単で、実際に見るだけでも単純な動作に見えるが――
「なるほど……体捌きが妙だな……」
――呟くジンからしたら、得るものは多いようだ。
そんな勉強熱心な弟分に、仕方がないと笑ったクロウ。
「ヤバい存在ってのは分かったけどさ。青年だしそんなモンじゃなの?」
肩を竦めるクロウ。神器を纏う六郎が、良く分からない破壊神のようなものを降ろしている。六郎らしいと言えばそうなので、そこまで気にする必要はないと言いたげだ。
「あのね……問題大アリよ」
それを真っ向から否定するリエラは、初めてクロウへ視線を向ける。その視線に宿る真剣さにクロウも言葉を息を飲む。
「さっき、ロクローが冒険者を殺したじゃない? あの時どうだった?」
「どうって……いつも通りの早業で、殺気もださない――」
「それ」
クロウの言葉を遮ったリエラの視線は、先程にも増して真剣だ。
「人を殺すのに、殺気がないのよ――」
今も暴れる六郎に視線を戻したリエラ。楽しそうに笑う六郎は至って普通だ。
「それだけ相手が弱いって事じゃない?」
「それもあるけど、そもそも弱かろうが何だろうが、同族を殺すのよ? 明確な意志を持って……殺気の欠片も無いなんてあり得ると思う?」
視線を外さないリエラを見たクロウが、漸くその意味に気づいて「そういう事ね」と苦笑いを浮かべる。
「人を殺すのに、人と思っていないのよ。恐らく虫けら程度の認識じゃないかしら」
何度目かの溜息とともに「虫を殺すのに何も感じないでしょ?」と吐き捨てた。
「……人を辞めてるって事じゃん」
「まだ一応、片足くらいしか突っ込んでないわよ。それでも――」
「青年が人をやめちゃったら、それって新しい【魔王】じゃない?」
引きつった笑いのクロウ。事の重大さに頭がついていかないのだろう、今も「アハハハ」と乾いた笑いを上げて六郎を見ている。
「もしそうなったら、この世界はあの莫迦のせいで滅ぶわよ」
そう言いながらリエラは少しだけ複雑だ。
六郎が成しているのは、紛れもない神への存在進化の過程。六郎は人間であり、リエラは女神だ。いずれ別れなければならない時は必ず来る。
だが、六郎がこのまま神気を纏い続ければ、何れはあの幻影が示すような神と呼ばれる存在へと至るだろう。
同じ神同士であれば、別れる事なく何時までも一緒に居られる。
それはリエラが望む事ではある。望むことではあるが……
「そんなロクローなんて嫌よ」
ポツリと呟くリエラ。それは心からの吐露だ。
今の六郎は、己が作り出した新たな神に魂を掴まれている状態、いわば神に見初められたただの入れ物にすぎない。
六郎自身が神へと至るならば、背後に異形を顕現させる必要などないのだ。それが顕現する理由は、かの存在が六郎という入れ物を狙っているからだろう。
阿修羅や夜叉の時点で気がつくべきだったのだ。アレらも毘沙門天程とは言わずとも強大すぎて、世界の境界を越え、信仰なくして顕現できる様な存在ではない。
あの頃から六郎は、己が作り出した神に魂を狙われているのだ。少しずつその神を成長させながら、その相手に己の魂を狙われ続けている。
神に魂を、心を、喰われてしまっては、それは最早六郎とは言えない。
そんな六郎と一緒に居たいと言えるか……答えは勿論「否」だ。
リエラが好きな六郎は、例え相手が神であろうと、己の心を、魂を受け渡したりしない。己の心や魂を渡すくらいなら、神が相手だろうと牙を剥くのがリエラの知る六郎というただ一人の男。
この過程で神になったとしても、それはリエラの知る六郎とは別の存在なのだ。
とはいえ、六郎と神を引き離せば六郎は人間という存在を超える事が出来なくなる。その先にあるのはいずれ来る別れだ。
別れたくはない。
でも、その存在は認められない。
「答えなんて、初めから決まってるじゃない……」
呟くリエラの視線の先で、オークキングの首を斬り落とした六郎が「大将首じゃ!」と嬉しそうにその首を掲げていた。
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