第105話 二度あることは三度ある
登場人物
六郎:酸いも甘いも噛み分けた主人公。色々な経験豊富。特に武器を振り回す経験なら誰にも負けない。
リエラ:長生きしてるだけのヒロイン。ダラダラと過ごしていたので経験はゼロ。色々ゼロ。
ジン:真面目に育ってきたので、お酒も嗜む程度。道を踏み外さない安定感のあるやつ。
クロウ:道を踏みしそうになる度、耳を引っ張られて軌道修正されてきた男。意外にウブ。耳を引っ張ってきたのは勿論――
☆☆☆
前回までのあらすじ
ちょっと一息。ダンジョンに行く前に、皆でクロウをイジりました。
☆☆☆
元気よく、そしてトボトボと……歩く六郎達の前に現れたのは、久しぶりに見る逆ピラミッドだ。
朝日を背に、煌めく逆ピラミッドには今日も朝早くから多数の冒険者の姿が見える。
「今日も大盛況ね」
「名目上帝国領だからな……。単純に帝国の冒険者が流れてきているんだろう」
周囲を見回すジンの言葉通り、見たことがない冒険者がそこかしこに見える。
よく「冒険者に国境はない」と言われるが、それは半分真実で半分嘘だ。
当たり前だが、冒険者というだけで、簡単に国境を越えられる訳では無い。
冒険者の身分は、ギルドがある程度保証してくれる為、国境も楽々越えられるなどと思われがちだが、現実はそう甘くはない。
ギルドが身元を保証してくれるのは、精々オリハルコンより上のランクの冒険者だけ。冒険者だからと誰でも彼でも身元を保証できるわけがない。
保証されるのは、ギルドへの貢献度が高い、冒険者全体でも一握りの人間だけだ。
一般的に上級と言われるゴールドやミスリルですら、他の人に比べれば、多少手続きがマシと言う程度である。
『原始のダンジョン』に潜りたくても、国境は簡単には超えられない。それが帝国領になった事で、国境越えの手続きが不要になった。
つまりこの混雑具合は、帝国で活動していた冒険者が、『原始のダンジョン』を求めて流れてきているのだ。
「じゃあ、あのギルド職員は?」
リエラが指差す先には、見慣れぬ冒険者に混じるギルドの職員数人。
冒険者達の列を行ったり来たり。
まるで監視でもしているかのような彼らも、今まで見たことがない。
「ああ。あれは、ある種の見回りだな――」
チラリとそちらを見たジンが、「俺も初めて見るが」と話し始めた。
他の地域から、冒険者が一気に流れる場合、冒険者同士の衝突を避ける為、暫くギルドの職員が派遣される事がある。
例えば、新たなダンジョンの発見。
例えば、開拓地への入植。
例えば、大量発生したモンスターへの対処。
その地域の冒険者以外が一度に集まる場合、往々にして地域の冒険者と揉めるのだという。
狩場の取り合い。
見栄の張り合い。
ローカルルール。
理由は様々だが、行き着く結果はいつも一つ。彼らは揉める。
故にそれを防ぐ為にギルド職員が、暫く揉めそうな地域で目を光らせるのだとか。
勿論ダンジョン内部までは手が回らないが……
「難儀な話じゃな。まあ、ワシらには関係ねぇやろ」
ジンの肩を叩いた六郎に、ジンが驚いた様な表情を返した。
一番関係ありそうな男の、まさかの発言に、ジンやクロウだけでなく、リエラも驚きを隠せないように、瞠目している。
そんな三人の視線など何のその。見知らぬ冒険者の列へと並ぶ六郎は上機嫌だ。なんせ、以前戦った【魔王】オケアヌスに匹敵する相手と、戦えるかもしれないのだ。
その闘争に思いを馳せれば、機嫌も良くなるというもの。
そして六郎としては「関係ない」と言ったのも本心だ。
どれだけ冒険者が増えようと、六郎達は結局『アクセス権限復旧プログラム』によって、遅かれ早かれ特殊層に飛ばされてしまう。
未だ見ぬ強敵との闘争の予感。
他の冒険者達を気にする必要もない。
それ故、こうして列に並んで順番を待つことも別にどうという事は――――
――どうという事は――――――
どうという事は――ある。
なんせ、いま目の前で少しだけ開いていた前の隙間に、堂々と横入りしてくる馬鹿者共がいるからだ。
「おうこら戯け。何しよんじゃ」
底冷えする六郎の声に、ジンとクロウが焦ったように「落ち着け」「舌の根はまだプルップルに潤ってるよ」と六郎を宥めるが――
「なあんだ兄ちゃん?」
振り返った冒険者達は、ニヤニヤと六郎へと挑発するような視線を投げかけてくる。
「ああ、もう。君たちも止めときなって」
「そうだ、お前ら今なら間に合う。後ろに並び直せ」
間に割って入るクロウとジンだが、男たちは二人に訝しげな視線を向け「なんで俺らが後ろに並び直すんだよ」と聞く耳を全く持たない。
「大体そこの兄ちゃんはウッドじゃねーか。どうせただの荷物持ちだろ?」
六郎の胸元に見える、ウッドランクのタグを指差し男が笑う。
笑う男を眺める六郎は、呆れて物が言えない。この期に及んで、このタグだけで相手の実力を測っているのかと。
確かに六郎は並び始めも、そして今も大して殺気を放っているわけではない。それは、相手があまりにも弱そうだからだ。
今からダンジョンで、先日の【魔王】レベルの強敵が待っているというのに、こんな小物の首など全く興味がないのだ。故にそこまで相手にするつもりなど無いのだが……。
「俺様達はミスリルだぜ? なんでウッド野郎の後ろに並ばねーと駄目なんだよ」
ゲラゲラ笑う男に、「俺もミスリルだ」と頓珍漢なツッコミで返すジンと、「それは今、関係ないかなぁ」と苦笑いしながらも男たちを止めようとするクロウ。
そんなカオスな雰囲気の中、六郎の視線は相手の首元へ――そこにはジンと同じ、
ミスリルならウッドに何をしてもいい。そう聞こえる言葉に――
「そん言い草やと、上ん
「そう言ってんだよ」
腕を組む六郎に、顔を寄せていく冒険者のリーダー格と思しき男。
六郎はチラリと視線をギルド職員へと向けるが――目が合った彼らは、騒動を止めるどころか、完全に視線を逸らした。見なかった事にするつもりなのだろう。
「なるほど。相分かった」
頷く六郎に、「分かったんなら謝れよ」と顔を寄せる男。
既に周囲は騒ぎを聞きつけ、結構な人だかりまで出来ているが、男も六郎も退かない。というか、六郎を退かせられるのはリエラだけだが、そのリエラが冷めきった瞳で男を見ているのだ。
つまり、止めるつもりが無いのだろう。
「そいは、実力が上やったらエエんやな?」
「さっきからそう言ってんじゃねーか。実力が上だから、俺のほうがランクが上なnnnnn――」
言葉を言い切る前に、男の首がグルリと一周回転。口からヨダレと「ぁ」と小さな吐息だけを漏らして男が膝から崩れ落ちた。
崩れ落ちた男が打ち鳴らす鎧の音だけが、朝の空気にやたらと反響して消えていく。
漸く事の重大さに気がついたのか、男のパーティーメンバーが、怒りを顕に腰の武器へと手をかけた。
「て、テメー! やりやがったな!」
「何してもエエっち、云うとったやねぇか」
悪びれる様子もなく肩を竦める六郎は、相変わらず殺気一つ漏らしていない。
その異常さに気がついたのは、ジンとクロウ。そして六郎が手を下した瞬間即座に人垣を離れた数人の冒険者だけだろう。
人を殺すのに、そしてこれから殺すのに全く殺気を纏っていないのだ。異常としか言いようがない。
「だからって殺さねーだろ!」
「知らん。主らん道理で語りなや」
今まさに剣を抜かんとする冒険者と、彼らに一歩近づく六郎――
「待て!」
――そんな騒動に割って入るのは、ギルドの職員だ。
周囲からは安堵の声が漏れるが、ジンやクロウからは「遅すぎる」と非難の視線だ。
「双方これ以上の争いは止めるんだ」
ギルドの仲裁が入った事で、男たちは「ちっ」と舌打ちをしながら、柄にかけていた手を降ろした。
「事情は大体聞いている。まず、ウッドランクのお前。喧嘩くらいなら良いが、殺しはご法度だ。お前の冒険者証は――」
ツラツラと罪状を述べるようなギルド職員を無視して、六郎は男達を見たままだ。
「――おい、こら! 聞いて――」
叫ぶギルド職員……だが、時既に遅し。六郎の左
ドラを叩いた様な音が響き、殴られた男は口から血と唾液を履きながら崩れ落ちる。
「て、テメー何しやが――」
口角泡を飛ばす猿のような男が、慌てて腰の剣に手を伸ばすが、それを抜く前に六郎の右上段回し蹴りが男の頭を弾け飛ばした。
飛び散る血と脳髄。
崩れ落ちる首なし死体の腰から、六郎が剣を抜きざまに一閃。
血飛沫に、一瞬目を閉じた男の首が宙を舞えば、最後の一人の背中から剣が生え血の華が咲いて散る。
一瞬で全員が物言わぬ骸と化し、今も死体から溢れ出す血や飛び散った脳髄に、ギルド職員達は声を上げる事も忘れ、顔面を青白く染めている。
散らばった死体を蹴り飛ばした六郎が、呆けながら自分を見る前の冒険者を一瞥。
「おう、前が空いとるぞ。早う進まんね」
腕を組んだまま、何事もなかったような六郎の言葉に、「あ、ああ」と頷いた冒険者が、六郎を気にしながらもその列を前へと進んでいく。
「ま、まて! 何を普通に並んでいるんだ! 我々はお前に『やめろ』と言ったんだぞ?」
衝撃の光景から復帰してきたギルド職員が、青かった顔を真っ赤に、六郎へと詰め寄った。
「応。『やめろ』やら云いよったの」
「聞こえていたなら、なぜ止めなかった」
「決まっとろうが。あっこで終わらせちょっても、後で必ず報復に来るやろうが。後で殺すんも面倒くせぇけ、こん場で殺しただけじゃ」
事もなげに吐き捨てた六郎に、ギルドの職員も言葉を飲み込んだ。
じっさい遺恨を残したまま止めても、六郎の言う通り後日の報復はあるだろう。それを「そんな事はない」とは言い切れないくらいには、似たような事件を見聞きしたことがあるのだ。
「だが、殺す必要は――」
「そう思うんなら、初めっから止めんか。こいは貴様らの怠慢が招いた事でもあるんぞ?」
ギルド職員を睨む六郎の瞳は、どこまでも冷え切っている。だがそこにあるはずの物がない。……ジンもクロウも六郎から全く殺気が感じられないのだ。
「喧嘩程度ならエエっち思っとったんか? 戯けが。ワシがこん下っ端ん階級通りん強さやったらどうするんね? ウッドやら云う奴らなら死んでも良かったんか?」
六郎の冷めきった瞳に、ギルドの職員は完全に萎縮している。実際に六郎の言う通りだ。これが本当にただのウッドランクであれば、ウッドランクの若い冒険者が死んでいた可能性は高い。
そのくらい、本来はウッドとミスリルというランク間の差は大きいのだ。
「ユターっと高みん見物決め込んで、事態が思った以上にデカなってから出てきてみりゃ、上から物ば云うだけ」
六郎の言葉に覚えがあるのだろう、ギルド職員は苦虫を噛み潰したような表情を俯かせている。
「みすりるやら云う上級者が死ぬんは拙かったんか? ウッドやら云う下っ端ならエエんか?」
威勢が良かったはずのギルド職員は、すでに消え去りそうなほど小さくなっている。
「貴様らの怠慢ば棚に上げて、偉そうに上から物ば云いなや。虫唾が走るわい」
職員を睨みつけたまま、微動だにしない六郎。
騒動の大きさもだが、それ以上に六郎の異常さにクロウとジンが顔を見合わせ、リエラを振り返る。
二人の視線の先には――「まずいわ……」と呆けたまま、六郎を……いや、六郎の少し後ろを見上げるリエラ。
リエラの視線を追って、二人がそこに焦点を合わせるが、そこには何もない。いや、よく見ると陽の光に照らされ、朝靄のように僅かに空気が色をつけている。
ほんの少し。目を凝らせば分かる。その程度の靄だが――その靄に気がついている者はいないようだ。
皆が皆、今は職員と六郎との間に流れる空気に集中している。
皆の視線が集まっている故、職員も退くに退けない――
「……今回の事は見なかったことにしよう。だが、お前も絡まれないように努力を――」
「阿呆。何故ワシが努力せんならん。貴様らが管理しとるやら云うなら、貴様らが絡ませんように努力せえ」
頑張って出した職員の強がりは、六郎に叩き折られた。その完全なド正論に、何度か口を開きかけた職員だが、遂に諦めたようにその口を固く噤んだ。
「さっきの文句は聞かんかった事にしたる。次ワシに絡むような戯けが居ったら、貴様らの組織ごと叩き潰すけぇの」
そう吐き捨てた六郎が、ここに来て初めて周囲を覆う濃密な殺気を放つ。
昇り始めた太陽を持ってしても、掻き消せない強烈な死の気配――そして六郎の背後で靄が一瞬だけ形を作る。
朝靄が薄っすらと象るのは巨大な人型……それは巨大な男。右手に三叉戟を持ち、左手には宝塔。全身を鎧で覆い、黒い日輪を背負う男は、その視線だけで全てを圧倒するほどの圧力に満ちている。
だが、直ぐに霧散したそれは見間違いと言われても仕方がない程の一瞬だけ。
それでもその場の全員が、「い、今一瞬だけ――」と六郎の背後に顕れたナニカに圧倒され、呆けている。
「ジンくん見た?」
「ああ、一瞬だったが――」
顔を見合わせる二人のすぐ隣で
「ヤバい……ヒジョーに拙いわ……」
と呟くリエラ。
その視線には、何事も無かったかのように、「おおい、早う来んね」と眉を寄せる六郎が映っていた。
☆☆☆
後の世において「『リエラとロクロー』が仕出かした事件は何か」と聞けば、半数以上がこう答える。
――【神殺し】――と。
神を殺すなど、勿論それは当時の人の比喩だろう。だが、今も多くの文献に「ロクローが異形を背負っていた」と残っている事は非常に興味深い。
特に、『原始のダンジョン』前で、百を超える冒険者が同時に見たと伝わる事件は特に有名だ。
クラルヴァインを悪夢に陥れ、異形を降ろして見せた。
この事が続く事件の切っ掛けになり、今も一部の人間から【闘神】と呼ばれ、祀られる事になるなど、あの場に居合わせた誰もが思わなかっただろう――
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