第104話 人を呪わば――

 登場人物


 六郎:主人公。意外に男女の機微に聡かったりする……


 リエラ:ヒロイン。悠久の時を生きる女神。男女の色恋は耳年増。本当つは人として生きてきた程度の知識しか無い。


 ジン:サクヤの護衛。清く正しい恋をする好青年。手とか繋げない。


 クロウ:爛れているオジサン。酸いも甘いも噛み分けられては……いない。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 クロウがヤンデレ部下に捕まりました。


 ☆☆☆



 クラルヴァインの街並みを朝の柔らかな日差しが照らし出す。

 ゆっくりと色づき目覚めていく街並みとは対照的に――


「フワァァ――」


 ――盛大な欠伸をかますクロウ。


「なんや。眠たそうやねぇか」


 城門横の壁に背を預け、眉を寄せる六郎に「いやぁ、ちょっとね」とクロウは歯切れの悪い返事だ。

 見るからに疲れ切っているクロウだが、体調管理くらいは個人の責任と六郎はそれ以上は追求しない。


 いや、何となく。だがそれを追求することはない。


 リエラも六郎も感づいてはいるのだ。クロウがだと言うことに。


 帝国が街を占領したその日に帰ってきた時点で、「あ、コイツ帝国の人間だな」という事に気がついた。そこに加えて昨日の衛戍司令官代理の挨拶だ。


 リエラはその露骨な視線に「あ、コイツら知り合いだな」と。六郎に至っては「あん時屋根ん上におった女子おなごやねぇか」と。完全に二人共、ユリアとクロウが何かしら通じている事は直ぐに気がついた。


 それでも本人が隠しているのだ、そこを追求するつもりはない。


 別に優しさではなく、ただ単純に興味がないのだ。二人共。クロウが何処の人間で、何を企んでいるかなど。


 ただ、クロウが彼女と一緒にいたのだろう。という事だけは分かっている。それだけで良いのだ。


 ……とはいえ……よもや自分たちのせいでクロウが部下にとっ捕まり、ほんの二時間ほど前まで、書類仕事に忙殺されていた事までは流石に知らない。


 振られた仕事が異様に多かったのに、隠された理由がある事などは、六郎やリエラは疎か、クロウですら知らない。


 それが、公衆の面前でクロウとの関係をイジられた、ユリアのある種照れ隠しな要素だと言う事など……。


 兎に角クロウの寝不足は、半分六郎達のせいでもある。


 だがこの寝不足に関しては、クロウも自業自得な部分があるのを自覚している。加えてリエラと六郎に勘づかれている事にも、クロウは薄々気がついている。


 気づいて尚突っ込んでこないのは、何故なのか……そこまではクロウも知らない。


 まさか単純に興味がないだけとは知らない。何かしら意図があって突っ込んでこないのだろうと言う勘ぐりで、一歩が踏み出せないのだ。


 反応して来ないという、不気味さはあるものの――


「フワァァ――」


 ――自重をしらない大欠伸は、クロウにどうする事も出来ない。


 とはいえやはり自業自得。加えてやぶ蛇になりそうな話題なので、今更その責任を六郎達に求めたりは――


「どうせ花街で遊んでたんでしょ」

「だろうな」


 ――諦めて受け入れようとするクロウの耳に届いたのは、リエラとジンのからかいだ。


 視線の先には、物資の最終チェックがてら、悪い顔でクロウを見るリエラ。そして六郎の隣で大剣の握りを確かめつつ、ジト目で見てくるジン。



 リエラの発言は、ジンに対してある種カムフラージになるのだが……。それでも昨日からイジられ続けたクロウ。その額に浮かぶ青筋から、寝不足のクロウには少々このイジりは堪えたようだ。


 額に青筋を浮かべたままのクロウが


「嬢ちゃんみたいに、がいれば良いんだけどねぇ」


 悪い顔をしながら、六郎とリエラを見比べた。


 そんなクロウの発言に、「な、何言って――」と顔を赤くしたリエラと、仕方がないとばかりに溜息だけをついた六郎。


 不意に漂う微妙な桃色空間に、集まり始めた冒険者達も、ある者は興味深そうに、そしてある者は呆れた顔で、六郎達を遠目に眺めている。


「おやおやおやぁ? カマかけただけなのに、お二人の反応を見るとぉ?」


 ニヤニヤしながら詰め寄るクロウに、「ば、莫っ迦じゃないの?」と更に赤くなった顔をリエラが背けた。


 活気が出てき始めた大通りにあっても、負けない程の「あれあれあれぇ?」というクロウの煽りと、「はぁ? なんにもありませんー!」というリエラの叫び。


 騒ぐ二人に、門の前で待機している冒険者達だけでなく、門を守る帝国兵まで注目し始める始末だ。


 耳まで真っ赤なリエラだが、周りが自分たちに注目している事に気がついたのか、不意にポシェットの中を直視してまさぐり始めた。


「おやおやおやぁ。耳まで真っ赤ですなぁ」


 クロウの煽りにも反応せず、それ以上は何も話さないリエラ。


 その様子に勝ち誇った顔のクロウが、ターゲットを六郎へ――


「で? 青年。実際のところはどうなの? ほら、若い二人じゃない?」


 ニヤニヤと近づいてくるクロウの顔に、六郎が意味深に笑う。


「そうやな……、ではねぇんやねえか?」


 落ち着いた六郎の思わぬ反撃に、「へ?」と間抜けな声を上げたクロウと、「なになに? どういう事?」と少しだけ赤みが収まった顔を興味一色に染めたリエラ。


「なに……。お主からけぇの。どうせ、今ん今まで?」


 悪い顔で笑う六郎に、今度はクロウが「いやいやいやいや。犬もビックリの嗅覚!」と全力で首と手を振る羽目に。


「えー? なになに? やっぱりあの人とデキてんの?」


 嬉しそうに燥ぐリエラが、ピョンピョンと飛びながらクロウの近くを回れば――


「あ、ホントだ! 昨日、参事官が来た時に匂った香水と同じ匂いが薄っすらと――」


 ニマニマするリエラの反撃に、「しないよ? ねえオジサンはしないよ?」と自身の服をクンクン嗅ぎ回るクロウ。


 完全に形勢逆転の一手を打たれ、クロウは焦っている。


 実際今さっきまで一緒にいたのは事実だ。仕事をやり終え執務机で仮眠をとるクロウに、上着をかけてくれたのもユリアだ。

 だが、とはやってない。どちらかというと、絞られた方だ。


 それでも「こいだけ残り香があるっち事は、主も隅におけんの」と悪い顔で六郎が笑えば


「なによクロウ! あんたもやるじゃない!」

「帰ったらお祝いだな」


 とリエラとジンもそれに便乗してくる始末だ。


 完全に墓穴を掘った――いや、地雷を踏み抜いた――クロウがガックリと肩を落とせば、その肩を六郎が掴み


「そらぁ眠れんくても仕方がねぇの」


 と再び悪い顔で笑う。


 因みに六郎は、クロウがユリアとをしていない事も分かっている。

 日本にいた頃はなかったが、海を渡って傭兵業をしている時は、朝まで花街で遊んでいた傭兵仲間を腐る程見てきた。朝帰りの人間が持つ独特の雰囲気は良く知っているのだ。


 眠たそうなクロウの顔は、それとは全く雰囲気が違う。


 ようは、昨晩訳では無い。


 今やってるのは、単に自分とリエラにゲスな勘ぐりを入れられたので、その意趣返しに過ぎない。


 そして六郎に向ける「もう勘弁してくれ」と言う表情から、クロウも六郎の意趣返しに気がついている。


 リエラと六郎の関係に突っ込むから、自分とユリアの関係に突っ込み返す……しかも話を捏造して。


 完全な意趣返し……いや倍返しに寝不足のクロウのライフはもうゼロだ。


 そんなグロッキーなクロウが六郎に「もう突っ込まないから、こちらの事も放っておけ」と言外に含ませる視線を送れば――「そりゃアイツラに聞け」とばかりに六郎は肩を竦めて、今も燥ぐリエラとジンに視線を飛ばした。


 今から命がけでダンジョンに潜るとは思えない四人の前で、朝日に輝く城門がゆっくりと開かれる。


「さて、久しぶりんダンジョンじゃ」

「張り切っていきましょー!」

「ああ、特訓の成果をだすぞ!」



 先程までの真っ赤な顔は何処へやら。元気に腕を振り上げるリエラに、元気良く続くジン。


 開かれた門から、思い思いに人々が街道へと歩きだす中、一拍遅れて、クロウも「おー」と力なく腕を上げて応えて一歩を踏み出した。


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