第102話 ヌルっと会話に入ってもビックリされないと結構辛い
登場人物
六郎:主人公。クロウが何か企んでることも、ジルベルトという未知の存在がいることも把握しているのに、それを追求する事はない。そのせいで陰謀に巻き込まれてるのだが……大丈夫か主人公。
リエラ:六郎同様自分の興味のないことには、とことん関心を示さないヒロイン。目下の興味はギルバートの宝物庫で見つけたロボット。
ジン:サクヤの護衛件、幼馴染。実は六郎とリエラのような気安い関係に憧れている。
サクヤ:ジンが仕える主君にして幼馴染。性格は真逆だがリエラとは意外に仲がいい。お茶飲み仲間件、愚痴仲間。もっぱら六郎の愚痴を聞くだけだが、その中に含まれている惚気に気が付きちょっと羨ましい。
クロウ:帰ってきた適当オジサン。コイツが居ないと、「戦闘狂」「ぶっとび人外」「真面目」と賑やかし担当がいなくて困ってたので助かる。
☆☆☆
前回までのあらすじ
ついに動き出した黒幕たち。彼らのめぐらす陰謀に知らずに巻き込まれている六郎とリエラ。
彼らに一つだけ言えるのは……あなた方が素行不良と言ったそれが女神様ですけど?
☆☆☆
打ち壊されたクラルヴァインの城門。それを抜けた三人の前に広がるのは――いつもと変わらない。いや、いつも以上に盛況なクラルヴァインの大通りだった。
軒を連ねる店々も所々に居を構える屋台も。通りの右も左も景気の言い呼び声や、楽しげな会話が響いている。
「あれ? 思ってた以上に普通ね」
「普通と言うか、ここ最近では一番の賑わいじゃないか?」
賑わいに呆気を取られたようなリエラとジン。疲弊して略奪の限りを尽くされていた街を想像していたのだろうか。
賑わいの一員として帝国兵が加わっているのも、二人を驚かせているのであろう。
普通に屋台で飲み食いする帝国兵と、彼らと談笑する民衆の姿は、『占領したもの』と『されたもの』と言う垣根を全く感じさせないのだ。
それどころか、つい最近までの腐りきった衛兵達に比べると、礼儀正しく気さくな彼らに、民衆側から近づいている節すらある。
意外な光景に二人が目を瞬かせる中、六郎は一人、「とりあえず腹が減ったの」と気にもしていない。
「アンタ……もうちょっと驚きなさいよ」
平常運転の六郎に、突っ込むリエラ。そんなリエラに「門番の様子から大体想像出来たやろうが」と溜息をつく六郎。
街を守る門番。
丁寧な応対で、武力を見せつけ威圧する事は勿論、横柄な態度すらもなかったのだ。
「そう云っても占領よ?」
「そうだよねぇ。街が占拠されたんだよ?」
「そうだ! サクヤ様の御身が――」
賑わう街の様子に毒気を抜かれていたジンが、誰かの声に反応して思い出したように肩を跳ねさせた。
「あ、そっちは大丈夫。民間人に被害は一切出てないよ」
「そうか」
今にも駆け出しそうだったジンが、ホッと胸をなでおろす。……誰も会話が成立していることには突っ込まない。それどころか、声が聞こえてきた後ろすら振り返らない。
平和で賑わう街並み。沈みゆく太陽。灯りだす街の明かり――帝国兵がいる事意外はいつもと変わらない日常だ。
「まあお腹も空いてるし、一旦拠点に帰りましょうか」
少し見慣れぬとはいえ、人々の日常を壊す事はよしとは出来ぬ。言外に含ませたリエラは振り向くことなく歩きだし、それに頷いたジンが続く。
「え、あの? ちょっ……オジサ――」
「それで? アナタはどうするの? クロウ――」
完全に登場をスルーされ、慌てふためくクロウを、漸く振り返ったリエラとジンは、どちらもジト目だ。
「気づいてたんなら……」
と口ごもるクロウに、「嫌よ。面倒くさい」とリエラが吐き捨てる。
「オジサンの扱い酷くない?」
「急に居なくなって、受け入れられるだけマシだと思え」
ガックリと肩を落としたクロウを睨みつけるジンだが、その瞳に宿る色は今までと少し違って見える。
「ま、何にせよ良かったわい」
クロウの肩を叩き、ゆっくりと歩きだした六郎に「青年――」クロウがその瞳を潤ませた瞬間――
「――主ん首ば斬り損なっとったけぇ」
振り返った六郎の笑顔に、「……オジサン泣いちゃうよ?」と再びクロウが肩を落とした。
「ほら、さっさとする! 置いてくわよ?」
とは言え、響いてくるリエラの声に何処か懐かしさを覚えたクロウが、一瞬噛み締めた唇を緩め、「途中でお酒買って帰ろうよ?」とヘラヘラ笑いながらリエラ達へと駆けていく。
「えー? 何でよ?」
「何でって、オジサンの復帰祝いに」
「お前が奢ってくれるならな」
「ホンなら一番高ぇ酒じゃな。トマス
「ええ? オジサンの復帰祝い、自分で出すの?」
賑やかな街の雰囲気に負けない四人の笑い声が、暗くなり始めた空にまで響いていた。
☆☆☆
「あ、皆さんお帰りなさい」
トマスの屋敷へと辿り着いた四人を迎えたのは、丁度買い物から返ってきたであろうサクヤだった。
買い物かごを片手に、両脇をこれまた荷物を持った護衛に護られたサクヤ。
彼女の無事な姿を見たジンが、「ご無事でしたか」そう呟けば、
「ええ。貴方も無事でなによりです」
とサクヤがジンに微笑み返す。
「それに、クロウも。……お帰りなさい」
クロウにも微笑みかけるサクヤ。その優しさに「サクヤちゃーん」とクロウが涙を流しながら近づこうと――するクロウを抑え込むジン。
「サクヤ様に近づくな。お前の適当さが伝染ると困る」
「ええ? 酷くない?」
二人の仲睦まじい様子に微笑んだサクヤが、「ここでは何ですし、中に入りましょうか」と屋敷へ続く門を潜っていく。
荷物を侍女に預け、料理を任せたサクヤが四人をリビングへと通す。テーブルを挟んで、二人がけのソファにそれぞれサクヤとジン、リエラと六郎が腰掛け、クロウは一人掛けに深く身を預けた。
屋敷の中も出た時と同じで、特に混乱した様子もなく皆が落ち着き粛々と与えられた仕事をこなすように、自然と出される五つの紅茶。
「分かってたけど……思ってた以上に普通ね」
ソファに腰を落ち着け、紅茶を口にするリエラ。ボヤいたリエラだが「まあ荒れてないに越した事はないんだけど」と複雑そうな表情で頬を膨らませている。
それはそうだ。実際に街が荒廃していたら、隣で欠伸を噛み殺している戦闘狂が、嬉々として今頃帝国兵の首を並べていた事だろう。
王国と揉めて、都市国家最大都市に革命の火種を撒いた。
この世界の発展を願って送り込んだ男が、この世界をぶち壊しそうなのだ。しかも自分も少なくない要因を担っているという酷さ。
他の
とはいえ、この世界でも最大の帝国と揉める事になれば、いよいよ「莫迦なの」と言われても反論出来ない気がしているのだ。
なので、街が荒れていないと言うのは、リエラからしたら有り難い限りなのだが……。
「ちょっと肩透かしよね」
口を尖らせ紅茶を飲むリエラに
「やはり似てくるものなのだな」
「青年だ。女の子版青年がいる」
ジンとクロウが身を乗り出して、ヒソヒソと苦笑いを浮かべれば
「おうおう、荒ぶる神も裸足で逃げ出す勇ましさやの」
六郎はニヤニヤと笑って、リエラの頭に手を置き、それをサクヤが微笑ましく眺めている。
「う、うっさい! 別にアンタみたく考えなしに暴れたい訳じゃないわよ」
顔を赤らめるリエラに「そう云う事にしといたるわい」と笑う六郎。
「とにかく……今のところ帝国の占領は人道的で問題が無いみたいね」
カップをソーサーに預け腕を組んだリエラに、サクヤが頷いた。
「そうですね。未だ数時間ですが、そもそも革命後の政府が……あの……アレでしたから」
紅茶を「フーフー」しながら言いよどむサクヤの言葉に、六郎以外の全員が顔を見合わせ「ああ、まあそれは……」と苦笑いで頷いた。
「仕方なかろう。
肩を竦めた六郎の言葉に、リエラが目を見開いた。
「ワシからしたら帝国やらが来るんが遅すぎたくらいやわい」
溜息をついた六郎が、「弱った隣国なんぞ攻め放題じゃけぇ」と続ける。
「アンタの感覚がおかしいだけで、十分早いわよ。……早すぎるくらいよ」
呆れた顔のリエラが、「だって皇帝が崩御したばかりよ?」と眉を寄せた。
「国際社会からの批判は強そうだようねぇ」
遠い目をしたままのクロウが、紅茶に口をつけ「あ、美味しい」と思わず笑みをこぼした。笑ってしまったクロウだが、先に言った通り、あまり得策とは言えない派兵だ。
皇帝が崩御し、各国が哀悼の意を表明する中、その喪が明けぬうちから他国に侵略しているのだ。しかも哀悼の意を表明してくれた国の中枢都市へ。
皇帝の死すら目眩ましに利用するのか。と批判を受けても仕方がない行為だ。
「あ、それについては明日の朝一番で、帝国から派遣された衛戍司令官から挨拶があるそうですよ」
紅茶に「フーフー」と息をかけ続けていたサクヤが、ついに意を決したように――口はつけられない。
「衛戍司令官? 代官じゃなくて?」
眉を寄せるリエラの疑問は最もだ。衛戍司令官とは、永続的に置かれる駐屯地の司令官を意味する。
つまり帝国はここへ代官を派遣するつもりがなく、この地の統治機構をそのまま利用すると言っているのだ。
「上手いことやるよねぇ。恐らく明日の挨拶は『友好国の弱った防衛力を補填するため』とか何とか言って、占領を正当化するんだろうねぇ」
遠い目をしたクロウが「あーヤダヤダ」と愚痴をこぼす。
「何にせよワシらに出来る事は今ん所無かろう? もう少し早う帰ってきとったら、帝国兵やらと戦うんも面白かったかもしれんがの」
紅茶を呷り笑って立ち上がった六郎に、「もうちょっと香りと味を楽しみなさいよ!」とツッコミを入れるリエラだが、他の全員のからしたら突っ込む所が違う。と言った気持ちだろう。
もう少し早く帰ってきていたら……六郎と帝国兵がぶつかっていた可能性があったのだ。
「青年が遅くて助かったよ」
と苦笑いを浮かべるクロウに皆が頷いてしまうのも仕方がない。
「もしそうなってたら、この世界のナポレオンになってたかしら?」
他の人間には分からない事を言いながら立ち上がったリエラ。「いや、それはないわね」と自身の考えを否定しつつ、苦笑いで六郎を追いかけるように扉へ向けて歩き出す……いや、匂いに釣られて歩きだしたという方が正しいか。
六郎達が話していたリビングにまで漂う夕餉の香りに、唸る腹を抑えたジンも立ち上がった。
「サクヤ様、ひとまずお食事にしましょう」
サクヤの手を取ると、リエラ達に続いて扉へと向かいながら、「お前も早くしろよ」とクロウを振り返った。
その言葉に一拍遅れて立ち上がったクロウ――
「とりあえず、第一関門突破かな」
――小さく溜息をつき扉へと消えた皆の背中を追う。
クロウとしては、リエラや六郎が「やられたらやり返す」と帝国兵相手に暴れないか心配だったのだが、杞憂に終わったようで何よりと言った所だろう。
リエラも六郎も、別段国に対して思い入れがあるわけではないので、相手が礼儀正しくある以上揉める気など特に無いのだが……。
そんな二人の生態を知ってはいるが、それを完全に信じられる程、二人に信用が無いのも事実なのだ。
今は兎に角、関門を突破した安心で今晩のご飯は美味しく食べられそうだと胸をなでおろした。
とはいえ、ここからも問題は山積みだ。
「青年と嬢ちゃんには悪いけど、この世界のため化け物同士で潰し合ってもらうよ」
クロウの懺悔は誰にも届かない。消えるリビングの明かり同様、直ぐに暗闇に消えていくだけであった。
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