第101話 陰謀と陰謀の間で
登場人物
謎の老人:クロウの叔父。老人と言うか初老というか。とにかく何か企んでる悪い人。
ジルベルト:謎の老人の手足となって動く影。魔王オケアヌスを媒体に生まれたと言う、自称「女神の敵対者」。そんな爺が、なぜクロウの叔父に仕えているかは謎。
クロウ:帝国の皇太子にして、ジンとサクヤの保護者。普段はだらしなくやる気も無いが、実力も頭脳もピカイチ。
☆☆☆
前回までのあらすじ
一夜にして革命を成し遂げたクラルヴァインの街は、これまた一夜にして帝国に新政府を打倒されていた。
☆☆☆
六郎やリエラが冒険者業に精を出していた頃。グラーツ帝国帝城某所――
真っ赤な絨毯の上を、一人の男性がゆっくりと歩く。白くなった頭髪を短く刈り込み、その上に緋色の
※ローマ法王が被ってる小さな白いアレ
通りすがる兵士たちが、その聖職者に敬礼をする中、男性は手を上げるだけでそれに応えていく。
男性が辿り着いたのは、一つの大きな扉の前――そこに控えていた一人の兵士が敬礼
「ユルゲン様、お帰りなさいませ。枢機卿会議お疲れ様です」
「ありがとう。ただの引き継ぎだけだがね」
ユルゲンと呼ばれた男性が笑いかけると、兵士が扉を開く――それに「ありがとう」と言いながら部屋の中へと消えていくユルゲン。
扉が閉められると、部屋は完全な静寂に包まる。恐らく特殊な防音装置でもあるのだろう。外の声は一切扉の中には聞こえてこない。
あるのは静寂と月明かりだけ。窓から差し込むそれが、執務机や豪華なソファを映し出している――
そんな月明かりに導かれるように、窓際に寄ったユルゲンが月を見上げる目を細めた。
「……私は『二人を連れてこい』といったのだが?」
ユルゲンの声が暗闇に響くと、何処からともなくもう一つの影が現れた。
「はい」
短く答える影の声。その悪びれる様子のない返事に、ユルゲンは苛立ったようにその眉を寄せてジルベルトを見た。
「クラウスに任せられた街を傾かせろなどと、言ったつもりはないぞ」
現れたジルベルトを睨みつけながら、ユルゲンが小さな帽子を外して机の上に置く。
「全て計画通りです。放っておいても彼らは御身の前に現れるかと――」
月明かりに照らされたジルベルトが深々と頭を下げた。その様子に盛大な溜息をついたユルゲン。
「二日前にクラルヴァインに兵を差し向けた事もか?」
ユルゲンがケープを外し、ローブを脱ぎながら吐き捨てる。ローブの下はシャツとスラックス姿だが、ジルベルト同様鍛え抜かれた肉体が服の上からでもよく分かる。
月明かりに照らされる碧い瞳は、射抜くように鋭い。
「計画どおりでございます」
再びの悪びれた様子のない返事に、ユルゲンも再び盛大に溜息をついた。
「確かに兵を使っては良いと言ったが、未だ戴冠式も終わっていない状態で、他の国へ攻め入るなど国際社会からの批判は免れないのだぞ?」
自分が会議に出席している間、協力者が兵をクラルヴァインへと派遣していたのだ。
既に皇帝への道は盤石と言えど、今この時点での侵略はあまり良い事ではない。加えて曲りなりににも【枢機卿】という聖職者の身分である。
それも本日引き継ぎを済ませたが、未だその任を降りた訳では無い。
あまり教会や民衆を刺激するのは、現時点では得策とは言い難いのだ。
そんなユルゲンの気持ちを知ってか知らずか、ジルベルトは相変わらず淡々としている。その事が更にユルゲンの神経を逆撫でにしてしまう。
苛立つようにユルゲンが戸棚の脇に設置されたワインセラーを乱暴に開く。出てきたワインのコルクを抜けば、部屋中に芳醇な香りが漂い始めた。
グラスにワインが注がれる音だけが響き渡る――呷るようにワインを一飲みしたユルゲンが落ち着きを取り戻したように、執務机の前に。
「それで? 言い訳を聞かせてもらおうか」
机の上で指を組むユルゲンが大きく溜息をついた。
「……順を追って説明します」
「手短にな」
再びグラスにワインを注ぐユルゲン。注ぎ終わるのを待って、ジルベルトが口を開く。
「まず、【女神の冠】。その入手に目処が付きました」
グラスを傾けようとしていたユルゲンが、その手を止め「真か?」と目を見開いてジルベルトを見た。
「あの二人組……彼らが鍵です。そのため今は自由に泳がせています」
続くジルベルトの言葉に、先程とは違う感情でワインを呷ったユルゲンが「それは良いな」と笑みを浮かべる。
「次に、兵を差し向けた件ですが…………【器】を見つけました」
ジルベルトの言葉に、眉を寄せたユルゲン。
「【器】は、リエラとかいう女がいるではないか?」
「いえ、アレは【器】にするには少々素行に問題があるかと」
抑揚のないジルベルトの声に「まあ、武勇伝が私の耳に届くほどだからな」とユルゲンが呆れた様な声で笑った。
「本来の【器】。東国の王族の娘……その所在を突き止めました」
「十年前、クラウスのせいで取り逃がしたあの娘か?」
「はい」
短く言い切ったジルベルトの言葉に、「それは良い。実に、な」と満足そうに背もたれに体を預けるユルゲン。
「なるほど……その【器】の娘がクラルヴァインにいて、あの二人とも関係があるのか」
椅子の上で指を組んだユルゲンが、ジルベルトの狙いに気がついたように、頷いている。
「【女神の冠】を手に入れさせた後、【器】を奪取し、それを追って私の前までこさせようと……そういう魂胆だな?」
薄く笑うユルゲンの顔を、月明かりが照らし出す。
「ご明察にございます」
うやうやしくお辞儀をするジルベルトに、ユルゲンは満足したようにもう一度グラスにワインをそそぐ。
「分かった。派兵の理由付けは私の方で何とでもしよう。それと――」
一瞬考え込んだユルゲンが、意味深に笑う。
「クラウスは、件の二人と関係があったと言っていたな?」
「はい」
ジルベルトの返答に、満足そうに頷くユルゲン。
「急がせるために、クラウスも派遣してやろう……タイムリミットは来年初めの戴冠式だ。そこで私の計画は叶う」
恍惚とした表情のユルゲンと、それを無表情で見つめるジルベルト。
しばらく目を瞑っていたユルゲンが、再びジルベルトに視線を戻した。
「お前は然るべき時に、必ず【器】を奪取せよ。しくじるな」
「御意に」
短い言葉を残してジルベルトの姿が闇に解けて消えた。残ったのは、月明かりに照らされるユルゲン一人。
ワインに口を軽くつけたユルゲンが、徐ろに部屋の明かりを灯す。
明かりに照らされるのは、執務机に豪華なソファ、壁際を覆う本棚と小さなワインセラー。そして――壁に掛けられたリエラと同じ意匠の僧服。……いやリエラが着ているものと比べると、豪華な見た目だが、それでも同じ教会に所属している物であることが分かる。
明るくなった部屋で椅子に座ったままのユルゲンが、机の上に紙を広げてペンを手に取った。
暫く紙の上をペンが走る音だけが部屋に響いていたが、ユルゲンが徐ろにペンを置き、机の上のベルを鳴らせば――
「ユルゲン様、お呼びでしょうか?」
――先程の兵が扉を開いて声を上げる。まるでそのベルの音だけは扉の外に聞こえていたかのように。
「ああ、すまない。これをクラウスに渡してくれ」
微笑んで入るが、鷹のように鋭い瞳と精悍な顔つき。とても老年に差し掛かっているとは思えない程だ。
ユルゲンの言葉に、「かしこまりました」と兵士が敬礼とともに紙を受け取り部屋を後にした。
再び闇に閉ざされた部屋に、ユルゲンの小さな笑い声が響き渡る。
「いい。実に良い夜だ……」
グラスを片手に立ち上がったユルゲンが、窓のそばでそのグラスを傾けた。
「間もなくです……もう間もなく、あなた様をお迎え出来ます――女神様」
暗闇にユルゲンの勝ち誇った様な笑い声だけが、いつまでも響いていた。
☆☆☆
同時刻グラーツ帝国帝城某所――
屋根の上で月を見上げる男――クロウは手紙を片手に大きな溜息をついた。
いつものようにだらし無い格好ではなく、仕立ての良いシャツに、纏められた髪。無精髭の無くなった整った顔を顰めて、クロウはもう一度手紙を折り曲げて胸のポケットにしまう。
「――ユリアちゃんかい?」
視線も向けずに声をかければ
「探しましたよ。殿下――」
とユリアが音もなく屋根の上に現れた。
「殿下。殿下か……隊長の任を解かれ、陛下にもなれず、またこの身分に返ってきちゃったんだよねぇ」
自嘲気味に笑うクロウに、「何を拗ねてるんですか」とユリアが盛大に溜息をついた。
「そりゃ拗ねたくなるよ。父上が死んで、叔父上が次の皇帝に選ばれた」
月を見上げるクロウの横に、ユリアが「そうですね」と腰を下ろす。
クロウの言葉通り、つい先日皇帝が崩御し、次代の皇帝としてその弟であるユルゲン・マイアー公爵が選定された。
これによりマイアー公爵領は直轄地となり、グラーツ帝国次期皇帝は元々の公爵領と、皇族直轄地を手に強大な権力を手に入れることとなった。
「元々、父上と叔父上の考えは似ていたから、下馬評通りといえばそうなんだけどさ」
「では諦めますか?」
力なく笑うクロウに、淡々と話すユリア。
「それこそ、まさかだねぇ」
そのユリアを笑い飛ばしたクロウが、ゆっくりと立ち上がった。
「叔父上に任せてたら、本当に世界は焦土になるからねぇ。十年前みたいな事はゴメンだよ」
ユリアに笑いかけるクロウ。その笑みには確固たる決意が感じられる。
「それでこそです」
そんなクロウに笑みを返したユリアも立ち上がる。
「ですが、具体的にどうされますか?」
「決まってる。叔父上には舞台からご退場願うだけさ……人生という舞台から」
先程までの笑顔と違い、深淵を宿したようなクロウの顔にユリアは生唾を飲み込んだ。
「……流石にユルゲン公を暗殺するのは骨が折れるのでは?」
「そこはそれ。化け物には化け物をぶつけるさ」
再び笑うクロウが、胸ポケットから手紙を取り出してユリアに見せた。
「それは?」
小首をかしげるユリアにクロウが「辞令。衛戍司令官だって」と肩を竦めてみせた。
「わざわざ向こうが、クラルヴァインの街に行かせてくれるって言うんだ。その手を使わないなんてないでしょ?」
茶目っ気たっぷりに笑うクロウの言葉に、ユリアは何となくクロウの考えを感じ取り「さすが隊長らしい狡い手です」とジト目でクロウを睨んでいる。
その目に、「ええ? 深謀遠慮に長けるって言ってほしいな」とヘラヘラと笑う。
「ですが、それでこそ私の知るクラウス・グラーツです」
先程までのジト目は嘘のように、満面の笑みでクロウを見つめるユリア。
見つめ合う二人が、どちらともなく笑い声を漏らす。
「……それじゃあ行こうか。タイムリミットは年明け、戴冠式までだよ」
急ぐクロウがクラルヴァインに辿り着いたのは、六郎達が革命の事実を知る本の数刻前、帝国軍がクラルヴァインを占拠して間もなくの事であった。
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