第四章 神 ミーツ サムライ
第100話 弱ってる所を叩くのは基本
登場人物
六郎とリエラ:主人公&ヒロイン。世界に落とされた召喚者と女神……なんだけど、世界を壊しそうな異物と魔神の間違いだと思う。
ジン:東の国の青年。今は亡き国を再興するため、サクヤと奮闘中。
サクヤ:東の国の王族。幼い頃からジンと共に頑張ってきた苦労人。
☆☆☆
前回までのあらすじ
ギルドとギルバートを潰していたら、街は革命の渦に巻き込まれてました。
☆☆☆
木漏れ日が差し込む静かな森の中。普段はモンスターが闊歩し、人を拒絶する空間に――
「おおい! そっち行ったぞ!」
「任せてくれ!」
似つかわしくない叫び声を響かせるのは、六郎とジンだ。
「こっちは片付いたわよ!」
そこリエラの声も加わって――
「こちらも終わりだ!」
――ジンが声に合わせたように、大剣を振り下ろせば、衝撃で木々が揺れ鳥が飛び立つ。
現在六郎達は、クラルヴァイン近くにある森へと来ている。
あのクラルヴァインの革命から早一ヶ月。六郎、リエラ、そしてジンはほぼ毎日街の外でモンスターを狩り、冒険者業に精を出していた。
今日の獲物は
そんな
「漸く手に馴染んできたな」
ジンが大剣の握りを確かめるように、何度か握っては離してを繰り返す。
「やっぱ武器が変わると違うものなの?」
水筒から口を離したリエラ。その視線の先には、ジンが持つ真っ黒な大剣だ。
「そりゃ勿論」
そう言って笑うジンが、大剣の腹を軽く撫でた。
六郎が【黒焔】を名乗る冒険者を殺して奪ってきた大剣。それをジンに「やる」と言って渡したのが、革命の次の日なので、かれこれ一ヶ月前の事だ。
最初は「少し短いか」だとか「柄の太さも違うな」だとか言いながら使いにくそうにしていたジンだが、元々持っていた大剣と比べるべくもない高級素材で作られた大剣だ。
使いながら柄の太さを調整したり、鍔部分を削って重心を変えたりと、試行錯誤しながらジンの手に馴染むように改良してきた。
「普通は、使い慣れた武器が一番なんだ。パッと手に取って、それで暴れられる方がどうかしてる」
呆れたような顔を向けられた六郎は、肩を竦め
「慣れじゃ。戰場では何でん武器にせにゃならんけぇ」
大したこと無いと笑う。
そんな六郎を呆れたように見るジンと、「仕方ないわよ。ロクローだもの」と笑うリエラ。
木々の合間を吹き抜ける風が、三人の火照った身体を冷やしていく――
「ねえ……そろそろ行ってみましょうか?」
ふと口を開いたリエラ。それが何の事かは、全てを言わずとも二人には分かったのようで
「お? 漸く本命け?」
「ああ。俺も大丈夫だと思う」
六郎もジンも嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、明日休んでから、ダンジョン攻略を再開しましょう!」
立ち上がったリエラに従うように、六郎とジンが毛皮を担いで森の外へと歩きだす。
六郎達が今までダンジョンアタックを控えていた理由は、一ヶ月前に遡る――
☆☆☆
――六郎達が
「そう云えば、クロウってどこに行ったのよ?」
拠点となる屋敷のリビングで、優雅に紅茶を飲んでいたリエラが、思い出したように顔を上げた。
ギルド支部長を殺し、革命の成功を見届けてから早二日。漸くダンジョン探索の再開をと思っていた矢先、クロウの姿が見当たらないのだ。
「知らん」
「俺も知らないな」
肩を竦める六郎と、頭を振るジン。サクヤも頭を振れば側仕えも皆が首をふる。
「あれ? ロクローの所に来なかった?」
眉を寄せるリエラに、「おお、そう云やあ」と六郎が手を叩いた。
「ギルドん近くん屋根ん上で、
ギルドに突入する前に、クロウの視線と気配を感じてそちらを見たら、見知らぬ女と何かを言い合っているのをチラリと見たことを思い出したのだ。
「クロウが逢引ぃ?」
リエラの素っ頓狂な声に、「おうおう。乳んデケェ女子との――」と六郎が笑えば
「どうせ花街で引っ掛けた女だろう?」
ジンは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「アイツはいい加減な奴なんだ。どうせ怖くなって逃げたに決まってる」
吐き捨てる様なジンに、六郎とリエラは顔を見合わせ肩を竦めた。
リエラはクロウが消えたのは、恐らくコソコソ動いていた事に関係していると思って。
六郎は短い付き合いだが、クロウと言う人間がその程度の腰抜けではないと思って。
理由は違えど、「クロウが逃げ出したという事はない」そう思っている二人はもう一度ジンに視線を合わせた。
「ジン。主ゃなして九郎をそげん目の敵にするとね?」
片眉を上げる六郎に、同意するようにリエラもウンウン頷いている。二人共クロウがいつか裏切るだろうという気持ちはあるが、それは今ではない事と、裏切るのは六郎とリエラだけだとという確信めいたものがある。
そんな二人の視線を受けて、ジンは拳を強く握り締めた。
「アイツは裏切りものなんだ……あの時も逃げたから今回だって――」
「まてまて。熱うなるんは構わんが、話がいっちゃん見えてこんぞ?」
溜息をつく六郎に、「すまない」とジンが恥ずかしそうに顔を背けた。
「クロウの事は、私から話しましょう」
顔を背けるジンの肩に、手を置いたサクヤが口を開く。
「クロウと出会ったのは、もう十年以上前になります――」
語りだしたサクヤの話をまとめると。
行き倒れていたクロウを、サクヤの両親が見つけて助けた事が切っ掛け。
息も絶え絶えに「クラウ……」と名乗った事から、サクヤ達東の民に近しい者と思い、行く宛もないクロウをサクヤ達が受け入れた。
クロウは当時から強く賢かったため、周囲からの信頼も篤く、直ぐにサクヤの両親を補佐する様な立場に。
サクヤの両親……いや、彼らに付き従う東の民の悲願である興国が間近に迫ったある日、サクヤの両親二人が殺されたこと。
その日からクロウの姿が消えてしまったこと
「アイツは……アイツがサコン様やシズカ様を殺したんだ……」
震える拳。噛みしめる唇。ジンの言葉に、その場の誰もが下を向いている。唯一呆れ顔を浮かべているのは――
「それ本気で云って――ムグ」
呆れた声を出すリエラの口を六郎が塞いだ。
「ちょっと、何すんのよ!」
「止めちょけ。ワシらん出る幕やねぇの。それに――」
手をヒラヒラ振る六郎に、「それに――?」リエラがその先を促す。
「それに、十にも満たん童が生きるんには、相応ん理由がいるじゃろうて」
周りに側仕えの大人が居たとしても、親をなくした子供が生きていくには、並々ならぬ強い意志がいる。
六郎の言葉に、納得は出来るとリエラが渋々ながら頷いた。
「ワシらん出る幕やねぇんは確かやが……まさか
不敵に笑う六郎に、「そ、それは――」ジンが口ごもる。
「そいとも何か? 九郎が居らな、何も出来ん童んごたるっち云うんけ?」
六郎の口角が更に吊り上がる。それを見たリエラは「程々にね」と一応効くか分からないが、ブレーキを踏むことは忘れない。
「そんな事はない! クロウが居なくとも、俺達はやっていける」
ニヤニヤと笑う六郎に、ジンが怒りをぶちまけるように叫んだ。
「ほな、エエやねぇか。クロウがおらんでも。どこで誰と逢引しとっても。……裏切っても」
腕を組んでジンを見つめる六郎。その視線に、「そうだとも」とジンが力強く頷く。
「ホンなら、三人で行こうかの――」
伸びをする六郎に、「ちょっと待ってくれ」とジンが掌を向けた。
「クロウが居ないのはいい。……良いんだが……」
歯切れの悪いジンに、六郎が眉を寄せリエラは小首を傾げる。
「……良いんだが……」
言いよどむジンは周囲の人間を気にしているように、具体的にはサクヤをチラチラと見ている。
「その……俺の今の腕では――」
「ああ、足手まといってこと?」
あけすけに語るリエラに、一瞬顔を顰めたジンが大きくため息をついて肩を落とした。
「まあ端的に言うとそうなるな」
落胆しているかのようなジンは、サクヤに格好悪い所を見せたくなかったのだろう。
「確かにクロウがサポートしてた部分もあるしね」
頬を膨らませ考え込むリエラ。
「何を迷っとるか分からんが、腕が足りんのんやったら鍛えたらエエやねぇか」
腕を組んだまま眉を寄せる六郎に、「それしかないか……」とリエラも頷いた。
「とりあえず、暫く街の外で色んなモンスターと戦いましょうか。ロクローが渡した大剣の具合も見たいだろうし」
「いいのか?」
「良いも何も、最高難易度じゃない。次も魔王クラスが控えてると思えば、準備をするに越したことはないわよ」
六郎を見て「ね?」と微笑むリエラ。
「ワシは急いどらんけぇ何でんエエわい」
リエラの微笑みに、笑い返す六郎。
「すまない。恩に着る――」
☆☆☆
そうしてモンスターを相手に鍛錬を重ねる事一ヶ月――
モンスターだけでなく、特殊層でどんな地形に飛ばされるかも分らない事を考慮し、出来るだけ多くの場所での狩りに勤しんだ。
砂漠。
洞窟。
草原。
沼地。
そして森。
一泊二日での狩りを終え、街の近くまでようやく戻ってきた頃には、街道を歩く三人の影は大きく伸びていた。
時間が立つほど、伸びる影に三人の足は自然と速くなっていく。
「そう云えば、ギルドの再建ってどうなってるのかしら?」
「分からないな。現在の臨時支部でもある程度は回ってるから」
ジンの言う通り、ギルドの支部は潰れたが、早い段階で支部長の代理がたてられた。
今は政庁を間借りする形で、元の事務員や受付が臨時のギルドを運営している。
併設の酒場も、素材買い取り所もないが、それでも一応ギルドとしての体は成しており、現状困っていることはあまりないのだ。
「素材はトマスさんが買ってくれるしね」
小さく溜息をつくリエラだが、全く困っていないので今のままでも良い。どちらかと言うと、再建された方が困る節すらある。
……なんせ、理由はどうあれ六郎は現役の支部長の首を落としているのだ。
ギルドが本腰を入れて捜査を始めれば、ダンジョン探索に要らぬ影響が出るかもしれない。
そうこう考えているうちに、三人の目の前にはクラルヴァインの城壁が見えてくる。
「あれ?」
見えてきた城門と城壁に、リエラが眉を寄せる。
真っ白だったはずの城壁は、ところどころ煤のようなものが付き、内側には薄っすらと煙も見える。
夕日の具合かとリエラが首を捻れば――
「戦ん臭いがするの」
――隣を歩く六郎が獰猛に笑う。
「戦の臭いって――」
口を開きかけたリエラの目に飛び込んでくるのは、いつものように夕日を浴びた城門。そしてその前に立つ――
「あれ? 衛兵ってあんなだった?」
「いや、違うな」
「覚えとらん」
――門の前に立っているはずの衛兵だが、その姿がいつもと違う。
甲冑姿だが、甲冑の意匠も違えば、その内着の色も違う。
クラルヴァイン衛兵は赤を基調とした服だが、今立っている門番は黒だ。夕日に照らされて尚、黒いその内着は間違いなくクラルヴァインの衛兵ではない。
ゆっくりと門に近づく三人に、黒い門番が微動だにしないまま口を開く。
「帝国領クラルヴァインへようこそ」
「ていこくりょう?」
理解が追いつかないと言った具合に、リエラが辿々しく聞き返せば、
「はい。ここクラルヴァインは、本日
真っ直ぐ立つ門番が、堂々とした口ぶりで答える。
「帝国?」
「はい」
顔を見合わせる三人。その間を少しだけ涼しくなってきた風が吹き抜けていった。
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