第99話 どんな事でも形から入るのは大事

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。基本自分たちのやりたいことに忠実。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 アダマンタイト級冒険者の首を手に入れた。


 ☆☆☆





 ボロボロになったギルド。塞がれた入口を横目に、脇に空けた大穴へと向かう六郎。そこから一歩外へ出た六郎を迎えたのは――


「お帰り。随分と派手に暴れたわね」


 路地の壁に背を預けてこちらを見ているリエラだ。その顔は呆れ半分、仕方がないと言った雰囲気半分だ。


「まあの。火の粉が降りかかるけぇ」


 笑う六郎に、リエラは「アンタが一番の火元なんだけど」と肩を竦めて笑っている。


「とりあえず――」


 リエラが六郎に手をかざせば、返り血まみれの六郎が一瞬で綺麗に。


「妖術は便利やの――」


 笑いながら、少し高いギルドの床から飛び降りた六郎にリエラが、「あら? アンタも怪我したの?」と目を丸くして驚いている。


 流石にこのギルドに、六郎に傷をつけられる人間が居るとは、思ってもみなかったのだろう。


「ん? おお、ん冒険者やら云うんがおってな」


 リエラの横に並んだ六郎が「まあまあ強かったわい」と笑う。


「まあまあって……冒険者のトップの一人じゃないの」


 六郎の身体に残るいくつもの傷に、回復魔法を掛けたリエラが、呆れ顔で六郎を見上げた。


「少し破れちゃってるし……服はサクヤさん達から買いましょうか」


 ため息混じりに歩きだすリエラに、六郎も頷いて続く。



 この時間にしては珍しく、ギルド横の路地に人通りが少ない。

 昼日中なのに、矢鱈と人の少ない路地。生首を持つ六郎に優しい環境だ。


「それで? ギルドの支部長は?」


 右隣を歩くリエラに、「ほい」と左手の首を見せる六郎。


「なにコレ? なんで?」


 立ち止まったリエラが眉を寄せて六郎を見る。


「コッチが支部長じゃ……ん? コッチやったかの……」


 先程殺したばかりというのに、既に顔が朧気な六郎。今も「どっちやったかの」と高々と上げた首を眉を顰めて眺めている。


「どっちでも良いわよ。兎に角、何故かギルバートもいてどっちも殺しちゃったんでしょ?」


 既に首には興味がない。そう言った雰囲気でリエラがシッシッと手を振る。


 満足そうに首を持つ六郎。

 呆れ顔のリエラ。


 普通ならそろそろ衛兵が来ても良さそうだが、相変わらず路地に人は少ない――いや、角に差し掛かった二人の前に現れた多数の衛兵。


 だが彼らは六郎達に「退いてくれ」と叫び脇をすり抜けていくだけだ。


 大挙して駆け抜けていく衛兵に、六郎が眉を寄せて振り返ると、ギルドに空いた大穴も無視して、大通りへと消えていく衛兵たち。


 人の少ない静かな路地。反して向こうに見える大通りはいつもと同じ……いやいつも以上に大盛況だ。


 行き交う人も、走る衛兵も――まるで世界が違うかのように。


「何かあらぁ?」


「そりゃだもの」


 肩を竦めたリエラが、そのまま角を曲がり、別の通りへと足を踏み出す。もちろんその通りも人通りは寂しいものだ。


「アンタがそこかしこで武装集団を殺しまくったじゃない?」


 六郎に視線を向けることなく話すリエラに、「そらぁ襲ってくるけぇ」と悪びれる様子もない六郎。


「それに感化された民衆が、立ち上がっちゃったのよ」


 乾いた笑いを上げるリエラが、六郎がギルドに突っ込んで程なくして起こった事件を説明し始める。


 端的に言うと、民衆が武装蜂起して元老院を襲っているのだ。


 六郎が殺しまくったゴロツキに冒険者、そして衛兵。

 それらの死体からどうやら武器をくすねていたらしい。

 昼日中のギルド襲撃を機に、そんな民衆が一気に元老院へ襲撃を掛けたのだ。

 その中には、今の腐敗した衛兵隊に嫌気が差したのか、何人もの衛兵が含まれているという。


「そんな訳で、今この国の中枢では革命の真っ最中なの」


 遠い目をして「流石のアタシをしても予想外だったわ」と呟くリエラ。対する六郎は――


「そらぁエエの。下剋上やねぇか。ワシも加勢してこな――」


 踵を返そうとする六郎の裾を「だーめ」と引っ張るリエラ。


「キッカケはどうであれ、これはこの街の人達の問題よ。アタシ達が出る幕じゃないわ」


 短く溜息をついたリエラに、「そんなもんかの」と六郎も諦めたように並んで歩き始める。


 騒がしさを増す大通りから、静かな方へと歩いていく二人――不意にリエラが「あ、そうだわ」と、口をニンマリさせた六郎に向けて手を出した。


「? 何じゃ?」


 その様子に眉を寄せる六郎だが、リエラは「もう……分かってるでしょ?」と更に六郎へと手を突き出す。


「出すもん出しなさいよ」


 満面の笑顔のリエラに、「出すもんっち?」一瞬眉を顰めた六郎だが、漸く合点が言ったと、感嘆符を頭に――


「――そうそう、これこれ。首――」


 ――差し出したギルバート達の首を――


「――なわけ無いでしょ! 莫迦なの?!」


 叩き落とすリエラ。


「首はさっき見たわよ! それに首は要らないって毎回言ってるじゃない」


 眉を吊り上げプンスコ怒るリエラに、「おうおう、相も変わらず元気やの」と六郎は苦笑い。


「首じゃなくて、ギルバートのお宝よ」


 頬を膨らませるリエラ。その様子に笑った六郎が、「分かっとるわい」と大剣を地面に突き刺し、懐をガサゴソ――


「ほい。これん事じゃろ?」


 リエラに装飾でゴテゴテとした鍵を手渡した。


「ちゃんと分かってんじゃないの」


 それを受け取り、満足そうに笑うリエラ。

 その嬉しそうに輝く笑顔に「ホンに振れん奴じゃ」と分かりきっていた反応を六郎は、何故か嬉しく思えている。


 ひとしきり鍵を眺めていたリエラが六郎に向き直り――


「そうだ。ご飯行きましょ。トマスさんが新しく食堂を買収したのよ」


 完璧な女神スマイルを見せたリエラが、スキップしながら前を行く。


「美味いんけ?」


 大剣を再び担ぎ追いかける六郎に「」微笑むリエラ。


 その笑顔に数少ない通行人も、六郎の持つ生首を忘れ見惚れている。


「そらぁ楽しみじゃ」


 笑う六郎の横に再び並んだリエラが、「オススメはね――」楽しそうに笑いながら話しかけている。


 楽しそうに笑いながら歩く二人。そんな二人の脇を「おい、元老院が捕まったってよ」、「見に行こうぜ」と激しさを増す革命の足音が慌ただしく通り過ぎていく。


 革命のキッカケとも言える二人。

 革命を成し遂げようとする民衆。


 楽しく笑い歩く二人。

 怒りと恨みを熱に変え、燃え上がる民衆。


 どこまでも対照的な彼らは、お互いを背中に感じながら、それぞれの道を歩いていく――





「そういや、こん首はどないするんじゃ?」

「知らないわよ! どっかその辺に埋めてきなさい!」


 抜けるような青空。そこに立ち昇る不穏な黒煙と、楽しげな笑い声。どこまでも対照的な二つは、その日いつまでも響いていた。




 ☆☆☆


 後の世において【クラルヴァインの悪夢】と呼ばれる事件。その幕は、革命の狼煙を二人が高笑いで見物していたという話で締められている。

 ロクローによるギルバート商会襲撃から、クラルヴァインの街の腐敗、そしてロクローによる白昼のギルド強襲をキッカケとした民衆達の蜂起による元老院の公開処刑。


 日々をただ慎ましく暮らしていた市民からしたら、激動とも言える政治不安はまさに【悪夢】と言って差し支えないだろう。


 ただ、後世の歴史家は、【クラルヴァインの悪夢】は「この後の事件までを含めるべきだ」と挙って声を上げている。


 確かにその意見も最もだと思うが、『リエラとロクロー』という、この元老院公開処刑までを区切るべきだろうと私は考える。なぜなら、この【悪夢】こそが、を実現させる事になるからだ。


 兎も角、なぜ二人がこの様な事件を起こしたのか、今となっては謎のままだ。


 なぜ最初のギルバート商会襲撃でギルバートを殺さなかったのか。

 何を思って白昼堂々ギルドを襲撃したのか。

 なぜ王国と戦っている都市国家連合の力を削ぐようなことをしたのか。


 彼らの行動における謎は、今も議論が尽きることはない。


 一説には『何も考えてない行き当たりばったり』という物もあるが、行き当たりばったりで革命の火蓋を切られては、それこそ元老院にとっても【悪夢】だろう。


 理由はどうあれ、民衆をして【悪夢】を思わせた街の騒動は幕を閉じた。『リエラとロクロー』、その二人が起こした事件のうち、【国崩し】と二分する大事件への火種を残して――




 ☆☆☆


 燃え上がる元老院の庁舎。それを取り囲み沸き立つ民衆。


 革命の熱は、夜になってもクラルヴァインを眠らせることはない。

 至るところで武装した民衆が勝利の美酒を傾け、熱気に包まれた街は普段とは別の意味で賑やかだ。


 そんな賑やかな大通りに続く路地裏――以前、クロウがユリアに尋問された薄暗いそこを、歩く二つの人影。


「ちょっと、アンタももう少し忍びなさいよ!」


 小声ながら叱りつけるようなトーンで、リエラは隣を歩く六郎の裾を引っ張った。


「なにゆ――?」

「だから、シー!」


 眉を寄せ、声を上げる六郎の口をリエラが思い切り塞いだ。その行動に、不満ながらも腰をかがめて一応忍んでみせる六郎。


「何故ワシがコソコソせねばならんのんじゃ。殺した奴んモンは、ワシのモンじゃろうが?」


 とりあえず声を落とす六郎を


「どこのガキ大将の理論よ!」


 リエラは相変わらず小声のままで、叱りつける。


 照らし出される大通りに反して、二人の居る路地裏は最早真っ暗と言ってもいいくらいだ。


「大体お前んそん格好は何ね?」


 呆れた顔で六郎が、リエラの鼻下についた結び目を解くと――ハラリと取れる頬被り。


「ああ、何すんのよ!」


 落ちた頬被りを掴んだリエラが、再び


「なぁにが、『何すんのよ』じゃ。お前、見るからに阿呆な格好やぞ?」

「うっさい! こういうのは、形が大事なの!」


 口を尖らせたリエラが、「早くして」と六郎に手を両手を突き出した。


「ホンに訳ん分からん奴じゃ」


 リエラの「抱っこ」ポーズに溜息をつきながらも、抱きかかえた六郎が屈む――何かを待つようにじっとする六郎。少し顔の赤いリエラ。


 一際大きな歓声が上がった瞬間、六郎が一気に跳躍。そのまま窓ガラスを突き破り建物の中へ。


 辿り着いたのは、ギルバート商会の五階、ギルバートのプライベートフロアだ。


「さーて、お宝はどこかしらー」


 手をワキワキさせて、周囲をキョロキョロする泥棒スタイルのリエラ。それを見て「、エエんか?」と苦笑いの六郎。


 散々に荒らされまくったフロアを捜索すること暫く、二人の目の前に現れたのは、やたらと頑丈そうな扉だ。


 フロアを荒らした民衆たちが、何とかこじ開けようとしたのだろう。扉についた幾つもの傷は、それでも全ての略奪者を跳ね除けた証でもある。


 そんな扉に鍵を差し、ゆっくりとリエラが回すと――


 ――ガチャン


 やけに大きな音が、静かなフロアに鳴り響いた。


 六郎を振り返るリエラの満面の笑み。


「さてさてご対面――」


 扉を引いたリエラが、中に小さな光源を飛ばすと――


「こらぁ壮観じゃな」


 ――天井まで届かんほどの金貨や黄金、貴金属の数々だ。


 キラキラと輝くそれらに、眩しそうに目を細める六郎とリエラ。そんなお宝の山をかき分けながら、リエラが部屋の奥へと進んでいく。


「……あった……」


 は、唐突に出現した。

 然程広くはない部屋。それでも雑多に管理されていたお宝のせいで、入口からは見えなかった


「……やっぱり……知ってる……――」


 リエラが持ち上げたのは、球状の金属に、大きなレンズ。そして両脇に銃としか思えない武器をつけた物だ。


 酷くなる頭痛を振り払うように、それをポシェットに入れたリエラが六郎を振り返った。


「欲しいものは手に入ったし、帰りましょ」


 少しだけ思い詰めた様なリエラに、「そうか」とだけ答えた六郎は近くにあった、金貨の入った袋を一つだけ掴んだ。


 同じように金貨の袋を一つ掴んだリエラが、それをポシェットに押し込み、六郎の隣へ。

 二人でギルバートの金庫を出た瞬間、リエラが思い出したように――


「あなた達……これ、


 ――暗闇に向けて発せられた言葉に、一つの影がリエラの真後ろに現れた。


「……よろしいので?」

「いいわよ。幾つかは貰ったし、どうせ戦争にお金がいるでしょ?」

「……助かります」


 そう言った影が、「パチン」と指を鳴らせば、周囲の暗闇から何人もの人影が現れる。


「あ、そうそう。この手紙も王様に届けてね」


 リエラがポシェットから出した手紙を影に手渡す。


「それに、あなた達の頑張りと『臨時報酬をあげてね』って書いてあるから」


 泥棒被りのまま薄く笑うリエラに「……必ず」それだけ言うと、影は再び暗闇に溶けるように消えていった。


「さ、帰りましょ。今はアタシ達も街と一緒に、祝杯でもあげたい気分だわ」


「お前、格好つけんのはエエけど、そん頬被りんままや云うん忘れとらんか?」


「う、うっさい! 覚えてますぅ!」


 慌てて頬被りを取るリエラと、それを笑う六郎の声が静かなフロアに響いていた。







「酒盛りするんなら、ギルなんちゃらん首も並べたがエエんやねぇか?」

「だ、か、ら、首は要らないわよ!」





 ※

 これにて第三章終了です。

 ここまでお読み頂きありがとうございます。気がつけば次で100話です。これもいつも応援して頂ける読者様あっての事と感謝しかありません。


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 本当にありがとうございます。


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