第98話 袋小路に逃げる時点で駄目

 登場人物


 六郎:素手で魔法を叩き落とすという、脳筋を極めし主人公。


 バルバトス:ポッと出のアダマンタイト級冒険者。【黒焔】とか言う格好いい二つ名まで持ってる。ちょー強い。はず。


 支部長&ギルバート:太っちょブラザーズ。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 支部長を追いかけた先は、ギルドに併設された修練場。

 そこで待ち受けていたのは、ギルバートとそれに雇われたアダマンタイト級冒険者。【黒焔】の二つ名を持つ強敵。


 行け【黒焔】! 下馬評の「カマセ」を覆す活躍を見せてくれ!


 ☆☆☆





 一瞬で六郎の前に現れたバルバトスが、その大剣を思い切り薙ぐ。


 躱した六郎だが、肌に感じるのは確実に燃えるような熱量だ。


 黒焔をまとったバルバトスの猛攻は、六郎に反撃の隙を一切与えない。


 振り下ろされ、振り上げられ、横に薙ぎ――どれをとっても必殺の一撃に、マトモな武器を持たない六郎は躱し続けるしか術がない状況だ。


 まるで焔の嵐とでも言うべき猛攻だが、それを躱す六郎は笑顔だ。


 疾さに慣れてきた六郎が、一瞬の隙を付きバルバトスへ棒を突き出す――が、それに超反応するバルバトスが大剣で棒を切り裂いた。


 まるでバターを切るかの如く、真っ二つに斬られた棒を六郎が仕方がないとばかりに、間合いを切りながらバルバトスに向けて投擲。


 それすらもバルバトスに切り落とされ、完全に無手の六郎。


 いや――


「さてと。あとは鉄扇くらいしかねぇの」


 ――最早相棒とも言える鉄扇を片手に、六郎は相変わらず笑顔のままだ。


 鉄扇を右逆手に構える六郎。その姿にバルバトスが顔を顰める


「そんな小さな棒切れで、この状態の俺様と戦おうってのか?」

「棒切れやと思うんなら、早うかかってこい」


 笑う六郎に、「舐めるな」とバルバトスが再び床を弾けさせて急接近。


 右手で振り下ろされるその一撃――

 六郎が逆手に持った鉄扇を、右腕に添わせてバルバトスの右拳へ突き出す。

 振り降ろしの中程で止められた一撃。

 頑丈な身体で指こそ折れては居ないが、バルバトスの顔が苦痛に歪む。


「どげんした力自慢? 同じ片腕同士ぞ?」


 笑う六郎に、顔を顰めるバルバトス。普通に考えて右の拳を押し潰されているのに、それ以上押し込めるはずがない。 


 だがバルバトスの性格上、挑発に乗らないと言う手はない。

 吹き上がる闘気が黒い焔になり、六郎を押し潰さんとゆっくりと剣が下がり始め――


「戯けが――」


 込められた力に六郎が笑い。体を捌きながら右の手首を返した。

 バルバトスの剣を握る右拳を支点に、上下が入れ替わる六郎の右手。

 鉄扇の要でバルバトスの右拳、もとい剣を押し込み、跳ね返るように鉄扇の要をバルバトスの人中(※)へと突き刺した。

 ※鼻の下。上唇との間。


「ぐっ――」


 人体急所への急襲に、一瞬身体が仰け反るバルバトス。

 その後ろ襟首を掴むのは六郎の左手。

 人中を突いた鉄扇の右手が、今度はバルバトスの足を払う。


 後ろに乗った体重。

 払われる足。

 それに倣うようにバルバトスが上下反転。


 慌てて受け身を取ろうと――バルバトスの後頭部に突き刺さる、六郎の右下段回し蹴り。


「ぐああああ」


 後頭部に走る衝撃に、バルバトスが地面を転がり頭を抑える。


 受け身を取って起き上がったバルバトス。だが僅かに揺れる視界――そこに映ったのは六郎の追撃。

 振り抜かれる鉄扇は、確実にバルバトスの目を潰す一閃。


 辛うじて後ろに倒れるように避けたバルバトス。

 へたり込む形の足を、笑う六郎が左手で掴み――

 そのまま一本背負い。


 バルバトスの顔面に迫るのは地面。

 それを嫌がるように、両手で地面を捉えれば――

 再び人中に走る衝撃。


 逆立ちの格好になったバルバトスの顔面に、六郎の右爪先が突き刺さった。


 その痛みと勢いに、バルバトスが吹き飛ぶ。


「くそったれ――」


 口元を抑えたバルバトスに迫る六郎。


 それを嫌がるように、バルバトスが再び大剣を振り下ろす――今度はで。


「そいは悪手ぞ――」


 笑った六郎が、バルバトスの右側に滑り込みながら躱し

 振り下ろされた瞬間の右腕へ向けて、鉄扇を振り下ろす。


 痛みはあれど、骨を折るほどではない一撃に――


「この非力やろ――」


 バルバトスが口を開いた瞬間、六郎が鉄扇を持つ手をそのままバルバトスの右肘下へと伸ばして手首を返す。

 バルバトスの外肘に掛けられた鉄扇。

 その先端を左手で抑えて笑う六郎。

「ヤバっ――」

 事態の逼迫さにバルバトスが気づいたときには遅かった。


 バルバトスの肘を極めた六郎が、左半身をバルバトスの右側に滑り込ませる。


「くそがーー」


 極められた肘を庇うように、バルバトスが身体を折れば、肘だけでなく肩も極まる。


 そして身体を折り、頭を差し出すバルバトスを襲うのは、六郎の右膝。


「ガハッ――」


 膝の勢いで身体を無理に起こされたバルバトス。待っていたのは「ゴキン」という骨が抜け落ちた様な音だ。


 外れた肩を六郎が更に引っ張れば、痛みに負けるようにバルバトスの身体がそちらへ傾く。


 その体重の乗った足を刈り取る六郎の無慈悲な足払い。


 再び回転するバルバトスの頭には――ダメ押しの左下段回し蹴りだ。


 最早受け身を取ることすら出来ないバルバトスが、吹き飛び勢いに任せて床を転がる。

 それでも即座に顔を上げるあたり、歴戦の戦士であることは間違いはない。


 が、その上を行くのが六郎だ。


 上げた顔。それを加速させるように、六郎がバルバトスの顎を下から蹴り上げる。

 無理やり持ち上げられた顔。それに従うように身体も一瞬宙へ。


 重力に従い、落ちてくるバルバトスの身体。

 それの下に潜り込んだ六郎の、足刀蹴り。


 上空へと為す術もなく打ち上がるバルバトス。

 飛び上がる六郎が、バルバトスの股ぐらと首に手を回す。


「くそ、はなせ……」


 バルバトスの言葉に力はない。既に頭を何度も打たれて意識が朦朧としているのだろう。

 だが弱っているからと言って、手を抜いてくれる六郎ではない。


 しっかりと固定したバルバトスの身体を空中でひっくり返すように真下に――


 空中を蹴った六郎が、重力加速度も味方にバルバトスの背中を思い切り地面に叩きつけた。


「ガ――ハッ――」


 肺の空気が一気に吐き出され、酸素を求めるようにバルバトスの口がパクパクと動く。


「疾さも力も上々。加えて身体も頗る頑丈……成程、戦いん中に身を置いとったっち言われてても納得できるわい」


 バルバトスを見下ろす笑顔の六郎。


「が……戦いん中に生きちょったんなら分かるじゃろ……? 


「う、うるせぇ……俺様は……最強の冒険者だぞ!」


 起き上がるバルバトスに「ホンに頑丈な奴じゃ」と六郎が呆れた笑顔を見せる。


「テメェ如きに――」


 叫びながら、左手に握った大剣を横に薙ぐ――

 それを屈んで躱した六郎の鉄扇がバルバトスの喉を突く。


「ぐぅぅ――」


 呼吸を乱されながらも、返しの一撃を振り下ろすが――

 難なく鉄扇でいなした六郎が、一瞬でバルバトスの背後へ。


 バルバトスの首にあてがった鉄扇を、両手で思い切り引っ張った。


 再び止まる呼吸に、バルバトスが酸素を求めて後ろへと倒れる。

 その顔面を踏み抜く六郎。


 ズシン――


 大きな音に闘技場が揺れる。


 パラパラと落ちるホコリと、床に頭をめり込ませてピクピクとしているバルバトス。


「な、なぜ……俺様は……最強の――」


 起き上がれぬまま呟くバルバトスの疑問に――


「そらぁモンスター相手なら、主は強かろうて。目にも止まらん強大な一撃。頑強な身体。使い勝手のエエ妖術――」


 指を折る六郎が、「それに思い切りもエエの」と付け加える。


「――が、相手はワシ……じゃ。何百年とのがワシらじゃ」


 そう言いながら六郎が、バルバトスの左腕を踏み抜く。乾いた音と、痛みに耐えるような僅かな吐息が闘技場に響く。


「呼吸、急所、関節。じゃ。それらん扱いも知らんのを、ワシらん国では最強などとは云わん」


 バルバトスの落とした大剣。それを拾った六郎が、その切先を真下に――バルバトスの首元へと向ける。


「そげな奴は――っち呼ばれとるの」

「なに……を言って――」

「修羅場ん数が違え……じゃ」


 笑う六郎の瞳に、バルバトスは見た事がない深淵を見ている。

 今まで自分は様々な危険を潜り抜けてきた。

 命の危機も両手では数えきれない程だ。


 そんなバルバトスをしても、見たことがない深淵。それを瞳に宿す年若い男。

 そんな深淵を宿す? こんな若造が?


「クっ……どんな魔法だよ……俺は……俺様は負けねぇ! 俺様は最強だ」


 無理やり叫ぶ度、口から血が吹き出るバルバトス。恐らく既に内蔵が幾つかやられているのだろう。


「俺様は……あのレオン・カートライトでも――」

「そらぁねえの……レオンの強さが十やとしたら……そうじゃの……主ゃ三か、よくて四っち所じゃ」


 六郎の見せた笑顔に「クソが――」とバルバトスが最期の呟き。六郎は大剣をその首へと突き刺し、皮をねじ切った。


 首無し死体になったバルバトス。その胸元から黒光りするタグを取り出した六郎。


「ホンにじゃな。中々価値んある首じゃ」


 満足そうに笑う六郎が、そのタグを胸にしまう。


「さて――」


 顔を上げた六郎の視線の先には、完全に青褪め震える豚兄弟。


「ば、馬鹿な……アダマンタイトだぞ?」

「【黒焔】が負ける……?」


 震える二人に、六郎が今しがた手に入れたばかりの大剣を向ける。


「首、寄越せや」


 六郎の殺気に、慌てふためく支部長とギルバート。


「に、にににに逃げないと」

「なぜココには入口しかないんだ!」


 腰を抜かし這うように動く支部長。その後姿にギルバートが怒声を上げる。


 慌てる二人に大剣を引き摺りながら、ゆっくりと近づく六郎。

 大剣が床と擦れて上げる「カラカラ」という乾いた音に、二人の顔色は既に真っ白だ。


「まて、わ、私はギルドの支部長だぞ? 私を殺せばどうなるか分かってるのか?」

「知らん」


 なおも近づいてくる六郎に、支部長がへたり込んだまま後ずさる。


「わ、ワシを殺せば確実に冒険者証は剥奪だ! もう冒険者として――」

「なら問題はねぇの。新しかば手に入れたけぇ」


 笑う六郎が、懐から真っ黒なタグを取り出し見せびらかせた。


「そ、そういう問題ぎゃああ――」


 喚く支部長の足を六郎が踏み抜いた。先程までバルバトスと戦っていた影響か、手加減が上手く行かなかったそれで、支部長の足は折れると言うより粉砕。


 砕けてペラペラになった足から、所々骨が突き出し、それを涙目で擦る支部長と顔を青くして生唾を飲み込むギルバート。


「た、助けて――」

「断る」


 抑揚のない六郎の声を最期に、支部長の首が高々と宙を舞った。


 音を立てて落ちた首に、ギルバートも完全に腰を抜かし六郎を見ている。


「や、やめろ。金なら出す。幾らでも――」

「ほう? 貴様の命の値段ぞ? 幾ら出すんじゃ?」


 笑う六郎が肩に大剣を預けて屈み、ギルバートの顔を覗き込む。


「き、金貨十万枚――」

「……」

「き、金貨二十万で――」

「……」

「ええい! 儂の全財産で――」

「相分かった」


 立ち上がりながら笑う六郎に、ギルバートの顔も自然と笑顔に――


。交渉決裂じゃ」


 ――からの言葉でギルバートの顔に浮かぶのは、困惑からの絶望。


「な、なぜだ、全財産だぞ? ワシの――」

「貴様の全財産なら? それ以上が払えんのんなら、生かしておく必要なんぞあるめぇが」


 元々生かしておくつもりなど、毛頭ないのだが。


「そ、そんな……助け――」

「閻魔に宜しくの」


 笑った六郎の顔。


 次の瞬間ギルバートの視界は、クルクルと周りながら天井に近づくような――それを最期にギルバートの意識は途切れた。

 二度と戻ることのない意識。


 音を立てて落ちてきた首。

 その顔は恐怖に染まり、涙と鼻水にまみれた醜いものだ。


 その顔を一瞥した六郎が、ギルバートの懐を漁る。取り出したのは見るからに豪華な鍵だ。それを軽く放ると再び掴み、自分の懐へと忍ばせる。


 ……恐らくコレを持って帰らないと、リエラに怒られる気がしているのだ。ギルドと揉めた事より、衛兵を殺した事より、確実に怒られる気がする。


 そんな事を気にする自分に、悪くない気がしながら、転がった三つの首を拾い上げる六郎。


 髪の毛を器用に掴み左手に三つの首、右肩に戦利品の大剣を担いで意気揚々と闘技場を後にする。


 吹き込む風が上げる音は、まるで怨嗟の声のように、何時までも闘技場に響いていた。

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