第97話 章のボスが悪徳商人なわけない
登場人物
六郎:ウエポンマスターな主人公。いろんな武器を使いたいという男の子の夢を叶える。
支部長とギルバート:見た目がそっくりなので、どっちがどっちでも良い。
☆☆☆
前回までのあらすじ
ギルドに突っ込んだ六郎を待ち受けていたのは、冒険者という名のゴロツキだった。
それを倒した六郎はギルドの奥へ。
☆☆☆
ギルド奥へと続く扉の先は、意外なほど静かな空間だった。
扉の先に続く短い廊下と、その左右に分かれた幾つかの部屋。そのうちの一つは、六郎もお世話になったランクアップの試験会場だ。
どの扉からも人の気配がなく、唯一感じられるのは廊下の一番奥に見える頑丈そうな扉の向こうから感じる気配だけ。
一応と扉を開ける六郎の視界に映ったのは、壁が大破した個室だ。右を見ればギルドの入口が見え、左を見ると隣の部屋、その反対の壁に突き刺さった六郎の大斧が見える。
大斧を引き抜いた六郎が再び廊下へ。すぐ横には唯一気配が感じられる大扉だ。
どうやら歓迎されているような、一際強い気配に口角を上げた六郎が扉に手をかける。
石のような鉄のような、冷たく重厚感のある扉を押し広げると――そこに広がるのは、数段下がった円形の闘技場。
ゆっくりと短い階段を折りていく。階段も床も、壁も似たような素材で構成された闘技場――その中央には三つの人影。
一人は先程尻尾を巻いて逃げた支部長。
そしてもう一人は、背の高い偉丈夫。
全身真っ黒な出で立ちに、盛り上がった筋肉。白く長い髪を後ろに無造作に撫で付けた男は、眉毛のない顔で六郎をニヤニヤと眺めている。
そんな偉丈夫も気になる六郎だが、もう一人意外な人物が――
「なして豚がおるんや?」
呟いた六郎の言葉通り、白髪の偉丈夫を先頭に、その後ろに隠れるように六郎を覗くのはギルバートだ。
隣の支部長と雰囲気の似ているギルバートだが、まさかこんな所にいるとは思ってもみなかった。
「久しぶりだな。冒険者ロクロー」
「豚がワシん名ぁば呼ぶな」
腕を組み眉を寄せる六郎に、ギルバートは一瞬ムッとした表情を返すも、それを吹き飛ばすような高らかな笑いが闘技場に響き渡った。
「――ハーッハッハハハハ! 大層な言われようじゃねぇか?」
笑いながらギルバートを振り返る白髪の偉丈夫に、「口だけの男だ」とギルバートは面白くなさそうに吐き捨てている。
「それで? アイツを殺したらちゃんと金をくれるんだろうな?」
既に六郎しか見ていない白髪男が、腰を落とし背中に預けた大剣の柄を強く握りしめる。
「ああ。約束通り払おう。だから――さっさと殺せ!」
ギルバートの言葉に「へいへい、報酬分くらいは働くぜ」と白髪の男が六郎へと向き直った。
「テメェが【国崩し】か? 成程……多少はやりそうな雰囲気があるが、俺様からしたら雑魚だな」
「国崩しぃ? 急に出てきて訳ん分からん事ば云いよるの。そもそも主ゃ誰ね?」
「俺様が誰だろうと関係ねぇだろ? どうせ死ぬんだ――」
笑う男が発する尋常じゃない殺気に、味方であるはずの支部長もギルバートも顔が青くなる。
「そう云う訳にはいかん。名前が分からな、首ん価値が分からんめぇが。そいとも……雑兵と同じ扱いでエエんか?」
対する六郎も男に負けない殺気を放つ。
「テメェ程度が俺を殺す? 冗談にしては笑えねぇな」
六郎の言葉がトリガーだったように、白髪の男はその大きな体を地面スレスレまで曲げ――た瞬間その姿が消え去り一瞬で六郎の真下に。
地面を這うような格好で間合いを詰めた男が、背中の大剣を抜きざまに振り上げる。
体を開いて躱す六郎。
鼻先を掠めた一撃は、剣圧だけで暴風を生み出し、六郎が立っていた数段ある段差を切り裂いた。
「あ゛? 雑魚が一丁前に――」
振り上げた男の右腕に走る血管
「――避けてんじゃねぇよ!」
力任せに軌道を変えた横薙ぎ。
屈んで躱した六郎が、そのまま男に足払い。
伸び切った足を刈り取った一撃だが、男はその勢いを利用するようにクルクルと宙返りを放ち間合いを切った。
再び開いた両者の間合いに、白髪の男が一瞬だけ顔を顰めるが再び満面の笑みに――
「結構速えな。力はどうだ? 受けてやるから来いよ」
手招きする白髪男との間合いを、六郎が一瞬で詰める。
直進のエネルギーを、渾身の踏み込みでタメに変換。
腰から背、そして腕へと伝播するエネルギーに従い、振り下ろされた大斧――
を安々と迎え撃つ白髪男の大剣。
空気が振動し、二人を中心に円心状に衝撃波が広がる。
「中々の一撃だ……が――」
笑う男が、受け止めたままの大剣で六郎の大斧を押し返し始める。
「――軽いな」
弾き返された六郎の大斧。
ガラ空きになった六郎の身体へ繰り出される、大剣による袈裟斬り。
大剣の射程。
完璧なタイミング。
その一撃をバックステップで回避する六郎。
切先がそれより早くその胸を捉え――僅かに血が舞った。
バックステップで浅くなった一撃だが、白髪男は避ける六郎を追うように、振り降ろした大剣を切り上げながら前進。
それを上から迎え撃つ六郎の大斧――二度目の衝突は、六郎の大斧を男の大剣が砕くという結果に終わった。
「エエ剣じゃの」
服を割かれ、薄皮を斬られ、そして武器を砕かれて尚、六郎が笑う。
柄だけになった大斧――最早長いだけの棒を六郎がクルクルと回して男に向ける。
「では、少々――本気を出すかの」
再び消えた六郎が、男の真正面から棒による横薙ぎ。
それを受け止める大剣。
瞬間六郎の右手が棒を引き寄せ――
スライドし、右手付近まできた左手を押しだした逆の横薙ぎ。
それを辛うじてスウェイで躱した男。
の鼻先でピタリと棒が止まったかと思えば、そこからの刺突。
完全にブリッジの体勢で、男がそれをやり過ごして間合いを切る――男に六郎が肉薄。
一瞬で白髪男との間合いを詰め、今度は左中段回し蹴り。
六郎の蹴りを右腕で迎え撃った男が笑う。
「丸見え――」
闘技場の空気を震わせる衝撃の中、笑う男が顔を歪めて思い切りスウェイ――その鼻先を掠める六郎の右上段回し蹴り。
受けられた左足を一瞬で引き戻しつつ、右の上段を繰り出した六郎の体術は、男には左右ほぼ同時に蹴りが繰り出されたようにでも映ったのだろう。
「器用な奴――」
その一瞬焦った様な顔面に迫るのは、六郎の左靴底。
右上段を躱された後、地面に突き立てた棒を支点に、間合いを稼いだ六郎の飛び後ろ横蹴り。
それを顔面に受けた白髪男が、盛大に吹き飛んだ。
「なんじゃ? 二合ともワザワザ同じ術理にしたんに、反撃どころか躱しも出来んのんか?」
棒で肩を叩く六郎が、ツマラナイと言った表情を隠すことなく吹き飛んだ男を見ている。
六郎の言う通り、棒術も体術も、どちらも左右攻撃からの刺突だ。一度躱されたコンビネーションを、左右始点の違いはあれど連続で出す方が異常ではあるのだが……
加えて六郎は、男がワザと後ろに跳んで衝突の威力を軽減させたことも知っている。知っているが、単なる挑発だ。もう少し楽しめるかもしれないという。
とはいえ術理も挑発も、見ているだけの豚兄弟には分からなかったようで――
「おい! 何をしている! さっさと起きんかバルバトス! アダマンタイトのランクは飾りじゃないだろ?!」
吠えるギルバートに「ちっ、うるせぇな」とバルバトスと呼ばれた男が立ち上がった。
大してダメージがなく見えるそれだが、分かっていた六郎の表情は変わることはない。
代わりに――
「あだまんたいと……冒険者の頂点におる連中やな」
――六郎の興味は男の強さを証明するような称号に。
「そうだ! アダマンタイトだ! 【黒焔】のバルバトスくらい、貴様でも聞いたことがあるだろう?」
勝ち誇ったようなギルバートの言葉だが――
「知らん」
――実際初めて聞いた六郎からしたら、何のこっちゃである。
そんな六郎の言葉に、一番反応しているのはバルバトス本人だ。額に青筋を浮かべ、「し、知らねぇだ?」と頬をヒク付かせている。
「俺様を知らねぇだ? 俺様はテメェの【国崩し】だとかいうクソみてぇな称号を知ってるってのにか?」
震えるバルバトスを真っ黒な闘気が包み込む。
「雑魚のクセに舐めやがって――」
バルバトスが呟けば、その後ろに真っ黒な焔が幾つか現れた。
口角を上げた男が剣を掲げると、それらが空気を弾けさせながら六郎へと飛来する。
リエラの炎球と比べると、尋常じゃない速度――とは言え、ただ真っ直ぐ飛ぶだけの焔など、六郎からしたら脅威になるわけでもなく。
前進しつつ躱した六郎が、バルバトスに向けて棒を一突き。
それを躱しつつ回転したバルバトスが横薙ぎ一閃
横薙ぎを棒で受けた六郎が、勢いを利用して間合いを切った。
その様子にバルバトスがニヤリと笑う。
その理由は――
六郎が不意に体を開いた――そこを通過する複数の焔。
「ちっ、気が付きやがったか」
言葉とは裏腹に、そこまで悔しそうではないバルバトス。それもその筈、男の眼の前で焔が急停止。再び六郎へと向けて唸りを上げる。
「追尾式だぜ? 何かに当たるまで絶対に止まらねぇ。そしてココには何もねぇぞ?」
笑うバルバトスの前で、飛来し続ける焔を躱す六郎。
「オラオラ! 余所見してんじゃねぇぞ――」
そんな六郎に振り下ろされる大剣。唸りを上げる大剣と黒い焔。その猛攻を紙一重で躱し続ける六郎。
「オラオラオラ――」
完全に主導権を握ったようなバルバトスの猛攻。それが幾つか六郎の回避を潜り、その身体に薄っすらと傷をつけていく。
「逃げてばっかじゃ――」
叫ぶバルバトスの目の前で、六郎が思い切り跳躍。
天井へと逃れる六郎へと向けて飛ぶ黒い焔。
それらを置き去りに、六郎が一瞬で天井を蹴り再び地面に。
その近くにいた支部長の腕を六郎が掴んだ。
「へっ――」
呆けた声を上げる支部長を、六郎が思い切り振り回す。
その先には――唸りを上げて飛来する黒い焔。
「ぎゃああああああ」
黒い焔が当たった支部長がその火を消そうと、悲鳴を上げながら床を転がる。その支部長を脱いだ上着で叩くギルバート。
「こら、バルバトス! 早く消さんか!」
ギルバートの言葉に、「ちっ」とバルバトスが舌打ちすると、支部長を覆っていた黒い焔が消えていく。
「追うてくる上に、消えん焔か……妖術たぁ厄介じゃな」
言葉とは裏腹に笑う六郎。その様子にバルバトスが再び焔を発生させる。
「何余裕ぶってんだ? 二度目はねぇぞ?」
再び唸りを上げて飛来する焔――それらを靄を纏った六郎が殴り飛ばした。
「は?」
その様子に呆けるのはバルバトスだ。
六郎が焔を殴る、蹴る、すると黒い焔が霧散して消えていく。
「んだそりゃ?」
「いやなに。避けるんは飽いたけぇの」
六郎が腕を振るえば黒い焔が消えていく。その様子に初めて悔しそうな顔を浮かべるバルバトス。
ちなみに最初から殴らなかったのには、理由がある。
黒い焔の威力が分からなかったからだ。
六郎は魔法に込められた魔力を、見定められない。
故に、殴り飛ばすにもどの程度の魔力が必要か分らない。
魔力という未だ発展途上の能力を、無駄撃ち出来る程六郎は極めてはいないのだ。
故に支部長をぶつけてみて、威力を推し量ったのだが――結果として、追尾や消えないという恐ろしさはあるが、衝突時の威力は大した事ないと判断した。
であれば、簡単に迎撃できる。……実際は簡単ではないのだが。
とにかく相手の飛び道具は六郎に通用しない。
「どうした? もう終いか?」
笑う六郎に、バルバトスが青筋を浮かべながら口角を上げた。
「いいだろう……本気を。【黒焔】の由来を見せてやる」
そう言うと浮かんでいた黒い焔がバルバトスに降り注いだ。
黒い火柱が上がり、それが消えた後に残ったのは、黒い焔を纏ったバルバトス。
「行くぞ、【国崩し】――」
地面を穿ちバルバトスがその姿を消した――
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