第96話 言っとくけど君も見た目は若いからな。

 登場人物


 六郎:最近大斧を手に入れた主人公。ちょっとお気に入りだけど多分すぐ無くすか壊す。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ギルドに乗り込もうとする六郎を見つけたクロウに、告げられた衝撃の事実。


 チチ キトク スグ カエレ


 ☆☆☆





 六郎がギルドに突っ込むより少し前――


 大通りから少し離れた倉庫と思しき建物から、大斧を肩に担いだ六郎が現れた。


 よく目立つ六郎だが、クロウをして見つけられなかったのには理由がある。


「しもうた……


 少し歩いた先、倉庫を振り返った六郎が眉を寄せた。

 一瞬そちらへと踏み出そうとした六郎だが、「まあエエわい」と肩を竦めて再び前を向いて歩き始めた。


 六郎が振り返った倉庫は、あのゴロツキ屋敷とは達が拠点にしていた倉庫だ。


 逃したはずの女たちに追いついてしまい、「何でもする」と群がる彼女達を、あしらう六郎の前に現れた間の悪いゴロツキ達。

 これ幸いと、彼らに道案内を頼んで、倉庫まで案内してもらったのだ。


 結果はもちろんの事、この抜ける青空とは正反対の、赤一色にそまる惨劇だ。


 そんな凄惨な現場だが、戰場で寝泊まりを繰り返していた六郎からしたら、屋根と壁があるだけ立派な休息スペースだ。


 転がる死体とは別に、倉庫に残ったのは彼らが飲み食いしていた多くの食料と、粗末ではあるが、床よりマシな寝台。それらは六郎の疲れと腹を満たすことに一役を買い、今現在六郎が満足そうに歩く力を生み出す源にもなっている。


 ゆっくりと休み、そして腹を満たす程の十分な食料。その死体だらけの倉庫から出た六郎だが、討ち取った首を掲げてくるのを忘れ、先程の発言である。


 つまり六郎は、宿でも、娼館でも、もちろん路地裏でもなく、敵のアジトに居たことになる。

 クロウがどれだけ探しても、見つかるはずもない。そもそもが探す場所が違うのだ。


 気合も腹も十分に満ち足りた六郎が、開けた道へと踏み出せば、俄に騒がしくなる大通り。

 六郎という目立つ存在もだが、それが放つ異様な気配は圧倒的だ。

 戦いという異常に身を置かない民衆をしても、感じる異様な気配。皆感じたことが無いだけで、それが危険な事を肌で、いや生存本能で感じている。


 そん異様な気配を放つ六郎を、取り囲むように現れる衛兵の集団。


「まーた貴様キサンらか」


 上機嫌だった六郎のテンションは、急降下だ。

 ちなみに衛兵達からしたら、「また」と言われても今回が初めてだが、六郎からしたら同じ装備の連中に絡まれ続けているので、皆同じに見えて仕方がない。


「冒険者ロクローだな。派手に暴れてるらしいじゃないか」


 集団の隊長らしき一人の言葉に、衛兵が槍を構える。


「派手に暴れとったら何ね? ワシを捕まえるんか?」


 対する六郎は肩に大斧を預けたまま、面倒臭いといった表情を隠すことすらしない。


 そんな六郎を前に、衛兵達の口元がゆっくりと釣り上がる。


「捕まえてもいいんだが。もし、見逃してくれとイイイ――」


 言葉は最後まで紡がれる事はなかった。


 衛兵達の要求を前に、六郎の右腕が一瞬ブレたかと思えば、六郎を中心に暴風が吹き抜ける。

 その風に吹き飛ばされるように、上下に分かたれ吹き飛ぶ衛兵達。


 残ったのは、間抜けな音を立てて倒れる元衛兵の下半身達と――


「こげな具合になってん金の無心か……」


 ――無表情で吐き捨てる六郎の姿だ。


 足元に流れ来る血や消化不良。それらを跨ぎ歩き出す六郎の耳に――あら? そんなもんじゃない。人間アンタ達って――リエラの呆れた声が幻聴のように響いた。


 その幻聴に、自然と口角が上がった六郎は、「さっさと済ませて帰るかの」と、たった一日、二日会っていない相棒にやたらと会いたいと思う気持ちを胸に、既に視界に捉えたギルドへと足を速めた。





「止まれ。これ以上は近づくな――」


 ギルドの前に陣取っていた冒険者の集団が、六郎を前に完全に臨戦態勢で口を開いた。


「さっき衛兵をぶっ殺してたのも見えてた……テメェがあのメッセージの犯人だろ」


 剣で六郎を指す男に、「めっせーじ?」と眉を寄せる六郎が、冒険者の言葉を無視するように一歩踏み出した。


「止まれ! それ以上進めば――」

「断る」


 制止を無視した六郎の二歩目――放たれる矢――は、六郎の目の前で掴まれる。


 それをへし折った六郎が、射手を一瞥。


「こん戯けが。こげな場所で弓なんぞ――」


 地面が弾け、六郎の姿が一瞬で射手の前へ――


「――射るんやねぇの」


 短く言い放った六郎の大斧が、射手を頭から真っ二つに。揺れる地面と舞い上がる砂埃に、冒険者達は一瞬たじろぐも、直ぐに体勢を整え六郎を包囲した。


「全員でかかrrrr――」


 掛け声の途中で首が舞う。大斧を片手に旋回した六郎が、その質量とリーチに物を言わせ、一気に数人の首や上半身を吹き飛ばした。


「ば、化けも――」


 怯んだ男の顔面を六郎が掴み、そのままギルドの大扉へ一直線に放り投げる。

 閂がされているのか、軋んだ扉が男を受け止め――た男を、扉もろとも六郎が回転して横薙ぎ一閃。


 爆発音と聞き間違える程の轟音は、ギルドの大扉を安々と破壊し、男の両断された死体もろともギルドの内部へ吹き飛ばした。


「たぁのもー」


 全く抑揚のない六郎の声が、やけに静かなギルドの中に響き渡った。


 陽光差し込むギルド内部は、その明るさに反して息が詰まるほどの殺気が漂っている。


 愛想よく笑う受付。

 賑わう掲示板の前。

 この時間でも盛況な併設酒場。


 いつもは賑わいと活気が支配しているギルドだが、今はシンと静まり返っている。


 カウンター奥や前に陣取る無数の冒険者。

 端に追いやられた掲示板。

 酒場の椅子や机はバリケードに。

 その後ろにも遠距離攻撃部隊。


 全てが六郎を拒絶するような空気を放っている。


「おうおう。ようけ居るの……」


 それらを見回した六郎が、眉を寄せた。


「女、子供は退いとけ。死にとうなければの」


 六郎が大斧で床を叩くと、建物全体が揺れ、梁の上から埃がパラパラと舞い落ちる。


 それがキラキラと陽光に輝く中、一人の男がカウンターの後ろから顔を覗かせた。醜く肥え太った男。ギルバートを彷彿とさせるような豚がキョロキョロと辺りを見回す。その小物っぽい仕草に加え、趣味の悪い帽子にがまた人の神経を逆撫でする、絶妙な男だ。


「お、お前ら! さっさとあの狂人を止めろ! 支部長命令だぞ!」


 そんな神経逆撫で男が、支部長を名乗りながら口角泡を飛ばせば、その場にいる何人かが武器を持つ手に力を込める。


 入口横のバリケード向こうで、矢をつがえ、杖を構える遠距離攻撃の部隊。そしてギルドの外からは衛兵たちの怒声が響いてくる。


 完全に包囲された六郎だが、全く意に介さず数人の冒険者へと視線を飛ばしている。


 彼らの多くが年若く、顔を青ざめガタガタと震えていることから恐らく本人の意志でここに居るのではないのであろう。


「どうしたもんかの……」


 見るからに人畜無害に見える彼らを前に、六郎は顎をさすり考え込んでいる。


 戰場であれば、出てきた以上子供であろうと容赦はしない。だがここは曲がりなりにも街中で、六郎は己に害なすギルドの支部長を殺しに来ただけだ。

 あとは、自分を狙うだの息巻いていた連中の相手でも出来れば良い。程度の考えでここに乗り込んできた。


 ギルバートと結託し、ギルドという絶対的な立場で他者に無理を強要する。そんな相手を殺しに来た六郎にとって、彼らに無理強いされてここに立たされている何人かの男女は、ある意味同じ被害者仲間だ。


「主ら――」


 そんな彼らに一人ずつ視線を合わせていく六郎。


「――お、俺達は冒険者だ。ギルドから言われたら断れない」


 六郎の真意に気がついたのか、少年が震えながらも口を開いた。


「な、何をしている! さっさと殺せ! お前ら全員冒険者資格を剥奪するぞ!」


 カウンターの後ろから吠える豚に、六郎が視線を合わせた――瞬間、支部長の周囲を固めていた冒険者が弾け飛び、ほぼ同時に豚の帽子とその後ろの壁も轟音とともに吹き飛んだ――六郎が放り投げた大斧が、狙い違わずに支部長の頭上を通過したのだ。


「次……そん口ば開いたら、貴様の番やぞ」


 底冷えする六郎の声に、支部長は青くした顔で、物言わぬ肉塊となった護衛達を一瞥。


「ひ、ヒェエエ!」


 悲鳴を上げた支部長は、そのまま頭を下げてカウンターの向こうから目だけを覗かせ、隣の男に何かをコソコソと耳打ちし、そのまま奥へと消えていく――


「テメェら、丸腰だぞ! やっちまえ! お前らも働けよ!」


 ――ニヤリと笑った男が、少年少女に叫ぶと、周囲から冒険者達が一斉に襲いかかって来る。


 そんな冒険者を前に「救えんの」と六郎が吐き捨て、床を穿つ跳躍。


 一瞬で天井まで到達した六郎が、今度は梁を蹴ってバリケードの向こうへ――


「なっ――」


 驚き呆ける遠距離部隊。

 その一人の腕を捻り上げ、隣の男に向けて放り投げる。

 肉と骨が打つかり砕ける鈍い音。


 吹き飛んだ男が弓を落とせば、

 それに向けて飛び込む六郎。


 左手で弓を掴み、床に付いた右手で身体を上下反転。

 前転の格好の六郎が、右手で床を押し跳ね上がった。

 飛ぶ六郎が、両足で別の男の首を挟み込んで――


 身体を捻れば、響くのは骨の折れる音。

 首を折られ、組み伏せられた男。

 矢筒から散らばる矢。


 それを六郎が素早く回収。


 右手に数本矢を持ちながら、器用に一本をつがえた。

 と同時にそれを射出。


 空気を切り裂く甲高い音と、吹き飛ぶ冒険者の頭。


 それに驚いた冒険者達が一瞬怯めば、一人、又一人と頭が弾け飛ぶ。


「と、止めろ! 何だあの弓は!」

「くそ! バリケードが邪魔だ!」


 六郎に近づこうとするも、自分たちが設置したバリケードが邪魔で、うまく前に進めない。


 そうこうするうちに、バリケードの向こうに陣取っていた遠距離部隊が順々に沈黙し、それとほぼ同じ数の近接部隊が、六郎の矢によって頭を飛ばされていく。


「しゃ、射線を開けろ! こっちも遠距離だ!」


 誰かの声でバリケードに張り付いていた冒険者達が伏せれば、カウンターの後ろから飛んでくるのは魔法に弓。


「悪手じゃ――」


 笑う六郎が、死体を放り投げて魔法を相殺し、飛来する矢を掴んで放ち返す。


 その一射で頭が飛ぶカウンター向こうの後方部隊。


「ば、化け物だ!」

「盾持ちは居ないのか?」

「馬鹿か! あんな精密射撃、こんな小盾じゃ意味ねぇよ!」


 完全に混乱の渦に巻き込まれたギルド内。


「とにかく伏せ――」


 伏せたまま声を上げた男の顔が吹き飛んだ。


 その光景に冒険者達がまさかと顔を六郎に向ければ、屈んだまま矢をつがえる六郎の姿。


 椅子や机、そのバリケードの隙間を縫う文字通りの精密射撃に、冒険者達は完全に青褪めている。


「ば、バリケードを破壊しろ!」


 漸くマトモな指示が飛び、カウンターの後ろから無数の魔法がバリケードに飛来する。


 燃え上がり、刻まれた机や椅子が吹き飛べば、そこから押し寄せる冒険者達――


「近づいてしまえb――」


 したり顔で振り下ろされた剣。

 それを躱しつつ六郎が右後ろ回し蹴り。


 吹き飛んだ男が、折れた椅子の足に突き刺さる。


「くそ、一斉にかかれ」


 死角を消すように、六郎へと近づく冒険者。

 それを前に六郎が笑い、へ向けて矢を放つ。


「どこに――へべぇ」


 撃ち抜かれた照明が冒険者達を押しつぶし、埃を舞い上げる。


「連携だ! 連携!」


 盾を構えて突進する冒険者。

 その盾を六郎が足で受け止め、後方へフワリと後ろ宙返り――


「撃て! 撃て!」


 空中にいる六郎へと向けて放たれる矢に魔法。


 六郎は笑顔のまま、宙で身を捩り魔法を避け、

「貰うぞ」と矢を二本掴んだ。


 宙に居るまま矢を咥え、もう一本をつがえた六郎。

 それを即座に射出。


 魔法使いの頭が吹き飛び、それと間を置かず別の魔法使いの頭が弾ける。


 着地した六郎が、別の矢を掴み眼の前の男に飛び蹴り。

 男を吹き飛ばし、着地した六郎は勢いをそのまま滑り込む。


 一人の冒険者の真下へと滑り込んだ六郎が、真下から男の顎を撃ち抜いた。


 弾ける血と脳髄が辺りに飛び散れば、戦意を喪失したように冒険者達の顔面は真っ白に。


「どけ、俺は逃げる!」

「やめろ、押すんじゃねぇ!」


 入口へと殺到する冒険者達――とかち合ったのは、痺れをきらせて突入を試みた衛兵たちだ。


「お前ら――」

「どけ! 早く逃げねぇと――」


 入口付近でお見合いをする二組に一瞬影が差した。――「逃げろ!」誰かの声は彼らには届かない。


 飛来してきた巨大な掲示板が、入口付近に集まっていた冒険者と衛兵を押し潰して出口を塞ぐ。


 僅かに掲示板が逸れた冒険者達の耳に――


「なん逃げようとしよんじゃ」


 ――聞こえてくるのは絶望の呼び声。


「童どもに戦えっち云うとったやろうが? ほんなら逃げたらツマランやろ」


 六郎が指す先には、六郎の精密射撃から逃れ、いつの間にか端で震える少年少女の姿だ。


貴様キサンらと同類に語られるんは我慢ならん。そん首だけ残して全員逝ね――」


 六郎の言葉と仲間の悲鳴を最期に、彼らの意識はプツリとそこで途絶えた。



「さて……」


 振り返った六郎を見た少年達は震えながらも、その武器を構える。


「お、俺達だって――」


 震える切先を六郎が手で押しのけ、少年の眼の前に立ち拳を振り上げる――


「こげな目に合うて、まだこん世界で冒険者として生きてぇっち思うか?」


 六郎の言葉に下を向きながらも頷く少年少女。


「お、俺達はこの街のスラムしか知らない。だから冒険者になって世界を見たいんだ。だから辞める訳にはいかない。退くわけにも――」


「そうか」


 ――短く言い放った六郎が、振り上げた拳を少年の横の壁に叩きつける。


 吹き飛ぶ壁に、差し込む陽光と血の臭いを吹き飛ばす爽やかな夏の風。


「そん覚悟が必要なんは今やねぇの」


 吹き込んできた風と六郎の言葉に、少年少女たちは目を白黒させている。


「命ば賭けるとやれば、主が本当にやりたか事に賭けや」


 それだけ言うと、六郎は彼らに背を向けギルド奥へと続く扉へと歩いていく。


「強うなれ。こん世界で生きてぇんならの」


 振り返らずに放った六郎の言葉だけが、明るい陽光と夏の風の中に乗って、彼らの耳に何時までも残っていた。

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