第95話 ところどころ謎も回収していくぜ

 登場人部


 クロウ:裏で色々動くオジサン。何か目的があるようだが……


 ユリア:クロウの副官。クロウの扱いを熟知する女性。クロウを弄りつつも献身的に支える。


 ……何かそれっぽい登場人物紹介が書けた。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ギルドを潰しに行ったら閉まってたので、通りすがりのゴロツキをいわしました。ちなみにゴロツキって書きすぎて、ゲシュタルト崩壊してます。


 ☆☆☆




 通りを風のように走る一人の男――クロウの顔に浮かぶのは、いつものような余裕の笑みではなく完全に焦燥だ。


 狭い路地にひしめく人々を嫌うように、クロウは壁を蹴って屋根の上に飛び上がった。


 最初からこうしておけば。と思うほど開けた視界に、一瞬情けない溜息をこぼしたクロウだが、今はそれどころではないと、その足を速める。




 いくつもの通りを飛び越え、勢いそのまま地面へと転がったクロウは、服についた汚れも構わずに、目的の扉を勢いよく開け放ちその中へ転がり込んだ。


 巨大な玄関ホール、そこを行き交うのはクロウにも見覚えのある人達。その一人を捕まえ「?」とクロウが口を開けば、給仕と思しき女性は眉を寄せながら奥へと続く扉を指さした。


 再び扉を勢いよく開けたクロウの視界に飛び込んできたのは――


「あら? クロウじゃない。まだダンジョンには行かないわよ?」


 ――ソファにもたれ掛かり、優雅に紅茶を飲むリエラの姿だった。


 ここはサクヤやジン達が拠点にしている家屋だ。厳密には商人トマスの拠点でもあり、サクヤ達は現在トマスを手伝いつつこの大きな屋敷で共同生活をしている。


 トマスとしても人手が増えて有り難い限りだし、サクヤ達からしても生活が安定するのでWin-Winの関係なのだ。


 そしてそこに紛れ込むのはリエラ。紛れ込むと言うより、トマスに『王国の影』との渡りをつけたリエラは、トマスからしたら恩人中の恩人だ。

 街にいる間、屋敷の一室を提供するくらい何てことはない。


 昇り始めた陽の光を浴びながら優雅に紅茶を飲むリエラは、それだけで絵になるほど美しい。


 一瞬リエラに見惚れたクロウだが、本来の目的を思い出したかのように頭を振る。


「嬢ちゃん、そんな所でノンビリしてる場合じゃないよ。青年が――」

「六郎が、ギルバートをぶっ殺しちゃったかしら?」


 優雅にカップを傾けるリエラの口から、物騒すぎる言葉が飛び出した。


 それに苦笑いを浮かべたクロウだが、再び真剣な表情に。


「いや、ギルバートなら良かったんだけど……」

「ああ。じゃあギルドの方かしら? ま、どっちからでもだものね」


 慌てる様子もなく、テーブルの上から焼き菓子を摘んだリエラに、クロウは目を見開いた。


 未だギルドに手を出したとは言い難いが、それでもギルドの入口に首を晒し、大扉に血文字で宣戦布告をしているとの情報が入っている。

 流石にギルドを相手に真正面からやり合うのは、リエラが止めると考えていたのに、まさかの容認するような発言だ。


 クロウの驚きは無理もないだろう。故に――


「一緒って……止めないの?」


 ――情けない疑問符だけが、クロウの口をついてしまっても仕方がない。


 呆けるクロウを一瞥したリエラは、再びカップを手に取り窓の外へ視線を向ける。


「止めるわけないでしょ? この街のギルドは、女神ジャッジでギルティよ。このアタシの世界には要らないわ」


 振り返ったリエラの顔は、どこまでも清々しい。


 正直『女神ジャッジ』が何なのか、クロウには全く分からない。だがリエラが六郎を全く止める気が無い事だけは分かる。


「ギルドも、悪徳商人も、街の衛兵も……あと元老院だったかしら? そいつらも要らないわね」


 紅茶を飲み終えたのか、ソーサーとカップが立てる「カチャリ」という音が嫌に大きく響いて消えた。


「そんな事したら、街が潰れるんじゃ……」

「どの道このままじゃ潰れるじゃない。それが今日になるか、一ヶ月後かの違いくらいよ。潰れたい奴らを救うほど、アタシは優しくないわ」


 心底興味がない。そんな表情のリエラがポシェットから一冊の本を取り出した。


「救うなら全部終わってから、無辜の市民だけね」


 それで私を崇めさせるの。そう続けながら頁を開き視線を落とした。


 もう話すつもりもない。そう言いたげな仕草に、クロウは「くっ――」と苦虫を噛み潰した様な表情でリエラに背を向ける。


 六郎を何としても止めようと、踏み出す足に力を込めた――


「あ、そうそう。止めたきゃ止めても良いけど……多分?」


 ――不意に掛けられた声に振り返ったクロウ。その目に映るのは、本に視線を落としたままのリエラだ。


「そんな暇ないって――?」

「さあ? 何となく。よ」

「勘?」


 訝しむクロウだが、リエラは相変わらず視線を上げることはない。


「貴方……色々裏で動いてるじゃない? てことは貴方にもくらいいるんでしょ?」


 話しながらパラリと捲られた頁に、クロウは押し黙るしか出来ない。


「街がこんな状況なのに、その上の人が放っておくかなーって思って」


 相変わらず本から視線を外さず話すリエラ。しっかりと読んでいるのか疑いたくなるが、リエラの視線はしっかりと文字を追っているように、ゆっくりと上下している。


 それ以上は何も言わないリエラ。部屋に訪れた沈黙に、再び頁を捲る音だけが小さく響く。


「……裏で動くとか、上の人とか、何の事かなぁ?」


 頭をかきヘラヘラ笑うクロウを、リエラは僅かに一瞥し、小さく溜息をついた。


「そ。じゃあアタシの勘違いって事にしておくわ」


 再び本に視線を落としたリエラが、


「止めたいんなら急いだら? 多分真っ昼間から突っ込むわよ……莫迦だもの」


 顔を上げずに言った言葉に、クロウは慌てたように踵を返して部屋を後にする。


 残ったのは再びの沈黙と、頁を捲る音――が、素早く何回か繰り返される――


「全っ然読めないんだけど。何なの。アニメとかで皆やってるの……あれ絶対雰囲気だけでしょ」


 頬を膨らませたリエラは、今度こそ読書に集中しようと、ソファに身体を深く沈めていく。



 ☆☆☆



 リエラと別れたクロウは、六郎を探して街中を飛び回っていた。


 安宿。娼館。路地裏。至る所を当たったものの、どこも外れで六郎の姿は影も形も無かった。


「あんな派手なのにねぇ」


 今は街の入口近くの屋根に陣取って、通りを見下ろしている。


 いざ探そうとすると、中々見つからない。そうでもない時は、勝手に目に飛び込んでくるくらいの存在感だと言うのに。


 唇を少し噛み締め、屋根の上から周囲を見回すクロウ。


 部下を派遣するか? いや、リスクが大きすぎる。今この街には『王国の影』も潜伏している。ここで部下を派手に動かせば、クロウの存在に目をつけられてしまう。


 クロウ単体で動く間は、「仲間を心配して探す男」で通るが、白昼で大人数を動員するには相手が悪い。


「ホント、どこ行ったんだか」


 ボヤくクロウの視界には、通りを歩く人々。民衆や衛兵と言った人々が多い。逆に冒険者やゴロツキはその数を減らし、一見すると街は平和に戻ったかに見えるのだが――


 それでも耳をすませば、喧嘩でもしているような騒ぎが聞こえてくるあたり、まだまだこの街は腐ったままなのだろう。


 とは言え、腐ったままの人間ばかりでもない。


 目を凝らせば必死に商売をするマトモな商人や、街の入口に向けて歩く冒険者の姿も見受けられる。

 彼らはこの騒動には加わらず、冒険者らしくダンジョン探索や、その他依頼に精を出すマトモな冒険者達なのだろう。


 彼らもギルド入口の宣戦布告を見たそうだが、口々に「趣味は悪いが、もっとやれ」と案外肯定的だったとか。


 マトモな彼らからしたら、『護衛依頼』だのと言ってゴロツキの真似事をする奴らと同列に語られたくないのだろう。


 とは言え、それに正面切って対抗はしていない。


 結局の所彼らは『冒険者』なのだ。ギルドあっての仕事で、ギルド相手に正面切って戦う事が出来なくても無理はない。

 普通はそうなのだ。


 支部長を敵に回せば、ギルドを敵に回すも同じ。良くて資格の剥奪。悪ければ犯罪者まっしぐらなのだから。


 とは言え、彼らの思いが分かるのと、それが納得できるかどうかはまた別だ。


「マトモな感性があるなら、止めて欲しいんだけど……」


 意気揚々と街の外へ出る彼らの背中に、クロウは苦々しく呟いた。


 そんな呟きが彼らの背に届くことはなく、クロウの髪を靡かせる一陣の風が溜息も攫っていく。


 頭を振ったクロウは、再び来た道を戻り始める。


 探して見つからない以上、現場で張り込んで抑えるのが一番確実だろうという考えだ。


 ターゲットの目前で止めるとなると、火がついた六郎を相手にする可能性が非常に高い。クロウとしては避けたい所だが、見つからない以上そうも言っていられない。


 考えているうちに、クロウはギルドの近くの屋根の上に到着した。


 大通りに面した扉には、デカデカと描かれた不気味な文字。クロウには読めないが、情報では「首を洗って待っておけ」と言う旨が書いてあるのだとか。


 その大扉前には数人の冒険者の姿。既に武器を抜き、目をギョロギョロと周囲を伺う彼れは既に臨戦態勢そのものだ。


 ギルド支部長を守るための、ある種の要塞と化した冒険者ギルド。



 聞く所に寄ると、宣戦布告を目の当たりにした支部長は、最初はビビり倒して我が家に逃げ帰ったらしい。

 ただ帰ったものの、結局冒険者で固めたギルドが一番安全だと気づき、今は冒険者達をギルドに呼び寄せ、その奥で震えているのだとか。


 話を聞いた時も、思い出した今も、何とも情けない男だとクロウも思ってしまう。


 とは言え、そんな男でも曲がりなりにも冒険者ギルドの支部長なのだ。それに手を出すのは流石に拙い。


 何度考えても拙い。


 こみ上げる頭痛を抑えるように、クロウが蟀谷こめかみを抑えた瞬間――通りが俄にザワツキ始めた。


「来た――」


 それを見た瞬間、クロウは身が縮こまる思いで生唾を飲み込んだ――。


「……何アレ……」


 纏う覇気がクロウの知るではない。

 知らない。あんな青年は知らない。


 格好はいつもと変わらない。振袖を肩から羽織り、派手な姿を隠すことなく堂々と歩く姿は、いつも通りすぎて憎らしくなるほどだ。


 見た目にいつもと違うのは、肩に見たことが無い片刃の大斧を担いでいるくらいか。それでも戦闘中に、何でも武器にする六郎である。見慣れないが、おかしい事はない。


 では、何が違うのか……


 六郎が現れた瞬間、確実に空気が変わった。今までも荒れ退んでいた空気であったが、それが飯事ままごとに感じる程の強烈な戦いの空気。


 たった一人……六郎が現れただけで、この一帯がまるで激戦区のような緊張感と、濃厚な死の気配に包まれている。


「――フー……」


 いつの間にか止めてしまっていた息を吐き出しながら、クロウは六郎へと再び視線を戻した。


「……今なら死神を信じられるかもねぇ」


 じっとりと掌にかいた汗を腰で拭う。


 そうこうしている間に、六郎を取り囲むのは「止まれ! 手配中の男だな」と叫ぶ衛兵の集団だ。クロウ自ら止めようと思っていたが、衛兵が止めてくれるならば好都合と様子を見ることにしたのだが――


 それが間違いだった。


 二、三言葉を交わしたかと思えば、大斧を担ぐ右手が僅かにブレた――遅れてくるのは周囲を薙ぐような一陣の風と千切れて吹き飛ぶ衛兵たちの肉体だ。


「こ、これが……本当の【国崩し】……」


 クロウは自然と顔が引きつってしまう。


 今初めて本当に六郎があのレオン・カートライト相手に勝利を収めたのだと確信した。そのくらい、今の六郎はクロウが知る彼とは一線を画している。


 覚悟と言うか、躊躇のなさと言うか。纏う雰囲気に影響を与える程の何かがここ数日の六郎に起きたのだ。


 ……それがまさか串焼き屋の親父に齎されたとは、誰も思うまい。


 兎に角止めねばと、クロウが足に力を込めた――


「ユリアちゃんかい? 今は立て込んでて」


 ――振り返らずに口を開いたクロウの背後に、現れる一つの影。


「隊長。緊急事態です」

「こっちも緊急事態」

「そのような些事は捨て置いて下さい」

「些事って――」


 振り返ったクロウの視線の先には、怒気を孕んだ表情で自身を見つめるユリアの姿。


「クラルヴァインはとうに傾きました。は終わりです」

「終わりって、まだ――」

「お父上が……のご容態が優れません」


 目を見開いたクロウが、「くっ――」と唇を噛む。


「今すぐ帝都へお帰り下さい。はこれにて終了です」


 ユリアが冷たく言い放った瞬間、全てを吹き飛ばすかのような轟音が響き渡った。音の方角を見れば、文字通り大穴があいたギルド入口が目に入る。


「せめて青年を止めてから――」

「駄目です。時間がありません」

「そんな事――」

? そんな事と仰りますか?」


 詰め寄るユリアの雰囲気は、いつものジャレついたではない。


「あなたがサクヤ嬢のご両親に大恩があることは承知しています。故に、がジン殿やサクヤ嬢に迷惑を掛けないか心配な事も承知しています」


 詰め寄るユリアの表情は、怒りの中に寂しさが見える。


「ですが貴方を信じ、貴方に賭けてきた我々を……民を蔑ろにするのは許せません。ここで投げ出しますか? その先にありますか?」



 その言葉にクロウが目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出した。


「……分かった。帰ろう……、本当にここも王国も焦土にされかねないからねぇ」


 力なく笑うクロウに、ユリアが頭を下げる。


「ご無礼と生意気を申しました。罰は如何様にでも」

「いや、忠臣の諫言だ。これからもボクが間違えそうな時は、側で叱ってくれたら嬉しいなぁ」

「分かりました。今度はグーで殴りますね」

「そこまでは言ってないよ?」


 いつもの調子が戻ってきたクロウに、ユリアが「フッ」と柔らかく笑った。


「一旦帰ろうか。まずは向こうを片付けよう」

「はい」


 悲鳴と怒号が飛び交うギルドに完全に背を向けた二人。ユリアを追い越したクロウがふと立ち止まり、ユリアを振り返った。


「ねぇ、ユリアちゃん……青年に勝てると思う?」

「いつになく弱気ですね。変な物でも食べたんですか?」


 毒を吐くユリアだが、クロウはそれに反応しないようにユリアをじっと見つめている。


「……正直申して分かりません。は、私程度には測りかねます。は……この世の物ではない気がします。はこの世界に存在してはいけないです。どこか別の世界の荒ぶる神と言われたほうが納得できますね」


 ユリアの答えに「だよねぇ」クロウも頭を掻いて苦笑いをこぼした。


「とりあえず帰ろうか」

「はい」


 今度こそ屋根の上から消えた二人。


 始めからそこには何もなかったかのように、ただギルドから響いてくる悲鳴が晴れ渡った青空に遠く響いている。

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