第94話 いつかやるなら今日でもいいよね

 登場人物


 六郎:唯我独尊。傲岸不遜。気に食わない、即、斬。という理念を思い出し手が付けられない主人公。問題を大きくするという特技を持つ。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ☆☆☆


 見ず知らずのオジサンから、進むべき道を思い出させられた六郎。

 解き放たれた男が向かうのは――


 ☆☆☆



 夜も更け、様々な店々が軒先の明かりを消していく中、首を持った六郎は呆然と立ち尽くしていた。


「……しもうた。閉まっとるやねぇか」


 調子に乗って、絡んでくる輩――主に衛兵と冒険者たち――を丁寧に殺していたら、ギルドは既に閉館時間を迎えていたのだ。


 せっかく真正面からぶっ潰そうと意気込んで来たものの、明かりの消えたギルドに突っ込んだ所で、それはただの空き巣と変わらない。


 どうしたものかと、考える六郎は手に持つ三つの首を見る。


 串焼き屋で遭遇した冒険者達三人の首だが、それを持って通りを歩くと、彼らの知り合いや衛兵に絡まれまくった。どうやら中々顔が広かったようだが、六郎は見たこともない。


 そもそもこの三人と出会った時点で、ギルドの閉館時間は近かったので、そこから急いで向かった所で間に合ったかどうかは微妙だが……。


 それでも折角興が乗ってきたので、訪問したのだが、結果はお預けという面白くない事に。

 とはいえ、出来ることは無いわけで。


 大通りで、首を片手にウンウン唸る六郎。六郎が歩いてきた道の途中には、今も処理されていない死体がいくつも転がっており、それのせいで多くの民衆は既に外を出歩くことを諦めたのだ。


「うーん。どうしたもんか」


 顎を擦る六郎の耳に、バタバタと駆けてくる音が――


「テメェだな! 首を持って歩き回ってる狂人ってーのは?」


 ――走りながら六郎に声をかけてきたのは、見るからにザ・ゴロツキの集団だ。


 タイミング的にも衛兵かと思ったそれだが、まさかのゴロツキ達に六郎も目を丸くし、出現した男たちを眺めている。


「テメェが殺した奴らの中に、俺らの仲間も含まれてんだよ!」

「誰に手を出したか分かってんのか?」


 息巻くゴロツキ数人を前に、六郎は顎を擦りながら襲ってきた連中を思い出そうとするが――


「駄目じゃ。分からん」


 眉を寄せて小さく溜息をついた。確か襲ってきた連中の中に、ゴロツキと思しき連中はいなかったと記憶しているが、彼らの言を信じるなら、どうやら手違いか何かで殺してしまっているらしい。


 因みに彼らの言う仲間とは、六郎が串焼きを食べる前の話だが、六郎としてはその辺りの事は既に過去のことで記憶の片隅にすら無い。


「調子に乗りやがって。俺らと一緒に来てもらうぞ?」


 既に刃物を抜いて臨戦態勢のゴロツキ達が、六郎を囲むようにゆっくりとその間合いを詰めてくる。


「何故ワシが――」


 ついていかねばならん。そう言いかけた六郎は、思いついて口を噤んだ。


が前後するが、まあエエわい」


 笑った六郎が持っていた首をギルドの前にそっと置き、首を鳴らしてゴロツキ達に向かい合う。


「ほな、案内しちゃらんね」


 腕を組んだ六郎に、ゴロツキ達が一瞬顔を見合わせる。まさか「案内ヨロシク」などと言われると思っておらず、少々拍子抜けしたと言う所だろうか。


「へっ、殊勝じゃねぇか……だが、着いてきたからってテメェの罪が軽くなるわけじゃねぇぞ?」


 ニヤニヤと笑うゴロツキが、六郎へと一歩踏み出した瞬間、「相待った」と六郎が掌を向けてゴロツキ達を制した。


「何だ? 今更怖気づいたのか?」

「いんや。案内に五人も六人も要らんめぇが。誰か一人選びなや」


 差し向けていた掌を収め、再び腕を組む六郎に、ゴロツキ達が再び顔を見合わせた。


「全員で送っていってやるよ! テメェは既に色んな所から目を付けられてるからな。横から掻っ攫われたら俺達の面子が許さねぇんだよ」


「攫わるるっち? ワシが? 異な事を――阿呆な事を言うとらんと早う選べ」


 呆れ顔の六郎に、「何度も言わせんな!」とゴロツキが声を張り上げた。


 夜中の大通りに思いの外響いたゴロツキの声。僅かに反響したそれが消えたあと、次に響いたのは「ハァ」という六郎の大きな溜息だ。


「……ほな、ワシん方で一人選ぶわい」


 言うや否や一気に間合いを詰めた六郎の左鉤突きフック


 悲鳴はない。響いたのは骨を砕いた鈍い音だけ。

 今の今まで六郎と会話をしていた男が、その場に力なく倒れ伏す。

 倒れた口から流れ出るのは、血と唾液。


 ピクリとも動かない男を素通りし、「さて、誰にするかの」と見回す六郎に、ゴロツキ達は腰を落としてしっかりと柄を握り締めた。


「き、狂人め!」


 振り下ろされる剣。

 その柄を握る手に迫るのは、六郎が右の大外から振り抜いた鉄扇。

 骨を砕き、指を千切った一撃に、ゴロツキの顔が苦痛に歪む――

 六郎は勢いそのまま回転。

 左手で落下中の剣を掴んで、その刃でゴロツキの首を薙いだ。

 その表情が張り付いたままの首が宙を舞う。


 その首を見上げたゴロツキの一人を、上段から叩き斬る。

 曲がった直剣を放り投げ、もう一人を沈黙させれば、

 慌てたように斬りかかってくる二人のゴロツキ。


 どちらも大上段からの振り降ろし。

 それを左の男に肉薄し、間合いを殺す。

 振り下ろされた腕を掴んで一本背負い。

 投げ飛ばされたゴロツキの踵が、もう一人を叩いた。


「ぐあ」

「ぎゃ」


 片や顔面に踵が当たり、片や背中を地面に打ち付けられ、ゴロツキ達が発した言葉は、それが最期になった。


 踵が当たり怯んだ男の顔面を六郎が掴み、そのまま地面に転がる男の頭に叩きつけたのだ。


 骨と何かが潰れる鈍い音が盛大に暗闇に響いて消えた。


 残ったのは――


「う、うわああああ」


 ――恐怖に囚われた一人のゴロツキ。声を上げ、逃げようとするその襟首を六郎が掴んだ。


「何処行くんじゃ。案内してくれるんやろうが」


 襟首を掴まれ、半狂乱になった男が、「わあああああ」と叫びながらも、その手に持つ剣を振り回す――が、そんなチャンバラにも劣るような攻撃が六郎に当たるわけもなく。


「やかましか」


 一喝の元、掴まれた腕をへし折られる結果に。



 ☆☆☆



 ひとしきり悲鳴を上げたゴロツキだが、今は全てを諦めたように、ボンヤリとした表情で六郎を眺めている。


 件の六郎はと言うと――ギルドの入口前に、冒険者三人の首を

 地面に突き立てたゴロツキ達の剣。その切先に突き刺しているのだ。


 まるで百舌鳥の早贄の如きその異様さに、案内役に選ばれたゴロツキは恐怖が振り切って何も言えなくなった。と言うのが事実なのかもしれない。


「な、何してんだよ?」


 それでも聞きたくなるのが人の性なのか。勇気を振り絞ったゴロツキに返ってきたのは、予想を遥かに上回る回答だった。


「何っち……ギルドに対してんじゃ」


 振り返った六郎の顔は、夜の暗闇にあっても分かるくらいの満面の笑みだ。


「せ、宣戦布告?」

「応。お前を狙っちょる云う口上じゃな。こいでギルドん連中も、キッチリ守りば固めてくれるやろ?」


 そう言いながら、ギルドの大扉に、血で何かを書く六郎の声は何処までも楽しそうだ。


「く、狂ってる……」


 完全にドン引きのゴロツキは、ここに来て初めて自分たちが手を出してはいけない相手に手を出したのだと気がついた。


 ギルドと事を構える。

 それだけでも異常なのに、そのギルドに「ちゃんと守りを固めとけ」とわざわざ事前に通告するのだ。

 考えなし。馬鹿。阿呆。狂人。どんな言葉すらも当てはめられない存在に、ゴロツキの背中を冷たいものが流れていく。

 それは間違いなく痛みを主張する腕のせいではない。


「いよーし。出来たの……さすがワシ。中々に達筆じゃ」


 満足そうに腰に手を当て笑う六郎。その視線の先には――


首洗而待之首を洗て之を待て


 ――脅迫文がデカデカと描かれた大扉。


 普通なら「首を洗って待ってろ」などと言われても何の事だか分からないが、その前に突き刺された三つの首があるのだ。余程の馬鹿でない限り、ある程度の意味は分かるだろう。因みに漢文でデカデカと書いてあるが、その下にちゃんと翻訳を付けている辺り、六郎は以外にも冷静だ。


「さて、待たせたの」


 満足した六郎が、ゴロツキの襟首を引っ掴んで無理やり立たせた。


「早う案内せんね」

「い、嫌だと言ったら……」

「そん時は殺すだけじゃ。役に立たん奴なぞ生かしとく意味なんか無ぇやろ」


 抑揚なく言い放った六郎の言葉に、男が呆れたように歩き出した。どうあっても逃げられないという事が分かったのだろう。


 力なく進み出す男の後ろを、「早う歩かねば、夜が明けっしまうぞ」と六郎が続く。


 暗い夜道を歩く二人の男。広めの通り、裏通り、何処を歩いてもエンカウントするのは、ゴロツキばかりで、その度に六郎がそれを殺して歩みを進めていく。


 一緒に歩いているゴロツキは、既に生きた心地などとうの昔に放り捨て、今はただ無心に歩くだけに集中している。





「ここだ……」


 いくつかの路地を通り、暫く歩いた二人の前に現れたのは、かなり大きめな家だった。もはや屋敷と言っても差し支えない大きさに、ゴロツキ達の羽振りの良さが伺い知れる。


 夜中にあっても明かりが煌々と灯り、屋敷の外まで声が聞こえてくる辺り、彼らの時間はまだまだこれからなのだろう。


「そうか。案内ご苦労――中に入って、全員に伝えてきてエエぞ」


 六郎の言葉に、おずおずと頷いたゴロツキが門を潜り屋敷の中へ。


 ゴロツキが屋敷へ消えて暫く、騒がしかった屋敷が一瞬で静まり、どこか緊迫した雰囲気を漂わせ始めた。


「そろそろエエかの」


 そんな屋敷を見ていた六郎が、「たのもー」と大声で門を潜れば、出るわ出るわ入口扉から多数のゴロツキ達。


「テメェか、俺達に喧嘩売ってるって馬鹿な野郎は」

「わざわざぶっ殺されにくるなんてな」

「もう逃げられねぇぞ」


 剣をチラつかせるゴロツキ達に、六郎は溜息が止まらない。


「主ら、一々喋らんと戦えんのんか? 早うかかってこい……殺しちゃるけぇ」


 手招きする六郎に、襲いかかるゴロツキの集団。


 一番手前の男が殴り飛ばされ、数人を巻き込み転がれば、

 それに気を取られた男が股間を蹴り上げられて絶命する。

 落とした剣は、別の仲間の首を落とす凶器と代わり、

 吹き出す血に一歩を躊躇えば、次の瞬間視界が黒に染まる。


 開始からものの数分で、その場に立っているのは六郎一人。


 吹き抜ける夏の夜風を持ってしても、吹き消せない血の臭い。それを残して六郎はゴロツキ達が出てきた入口扉を蹴り破った。


 吹き飛ばした扉を追うように屋敷に足を踏み入れれば、横から飛来してくる一本の矢。

 それを掴んだ六郎が、弩を構え「なっ――」と驚きの声を上げたゴロツキへ投げ返す。

 音を立てて頭を吹き飛ばされたゴロツキが、力なく膝を付けば、別の部屋から飛び出してくる数人の男たち。


 それらを一瞬で返り討ちにした六郎が、屋敷の奥へと足を進めていく。


 角を曲がればゴロツキ――剣を避けざまにその頭を掴んで壁に叩きつける。

 部屋に入ればゴロツキ――振り上げた剣を蹴り飛ばし、追い打ちの後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。


「まるで害虫んごたるの」


 呆れて呟く六郎の言葉通り、結構な人数を殺したにもかかわらず、目の前にある大きな扉の前には、その行く手を阻むが如く、数人の男たちが待ち構えている。


「またガタガタ言われても敵わん」


 呟いた六郎が、一気に間合いを詰め一人の腕を捻り上げるとそのまま回転。

 ゴロツキを持ってゴロツキをぶん殴るという暴挙に出る。


 武器にされたゴロツキも、殴られたゴロツキも、仲良く絶命した所で、その死体を放ってもう一人の自由を奪う。


 慌てたように剣を振り上げるゴロツキ。


 その剣を体を開いて躱せば、その引いた右足の勢いのまま回転。

 右手で抜いた鉄扇がゴロツキの側頭部を捉えた。


 側頭部を陥没させ、吹き飛ぶ男が扉をぶち破って部屋の中へ。


 漸く死体を退け、起き上がろうとした男の胸を踏み抜いた六郎が、開け放たれた扉の中へ――


「テメェか? うちの子分たちを可愛がってくれたのは?」


 ――そこにいたのはベッドに腰掛け、女を侍らせる半裸の男。


 盛り上がった筋肉と、座っていても大きいと分かる身長。男が笑いながら立ち上がれば、その大きさは二メートルは軽く超えているだろう。


「俺はアイツらみてぇに甘くはねぇぞ?」

「なんでん良か。早うかかってこい。木偶の坊」


 構えすらしない六郎に、大男の額にクッキリと浮かぶ青筋。


「デケェ口たたくじゃねぇか――」


 振り下ろされた拳が、「ドン」と音を立てて空気を若干震わせる。


「――そういう口は、俺くらいデカくなってから――」


 笑っていた大男が眉を寄せる。殴りつけた筈なのに、六郎がピクリとも動いていないからだ。

 よく見れば、振り降ろしたはずの拳は、六郎の掌で受け止められている。


 拳を受け止めた六郎は、そのままゆっくりと掌に力を込めて握り締めていく――


「くっ――」


 少し焦った様な大男が逆の拳を振り下ろすが、結果は先程と微塵も変わらない。

 そしてその手も握り締めていく六郎。


「あ、くそ、離しやがれ!」


 男が手を引き抜こうと藻掻くが、六郎は一気に力を込めてその拳を握りつぶした。

 六郎の指の間から突き出す骨、吹き出す血、響く女たちの悲鳴。


「ぐあ、がああああ」


 拳を握りつぶしただけで終わる訳もなく、六郎はそのまま大男の手首を曲げていく――曲げられた手首に耐えきれないように、大男が膝を付き六郎に頭を差し出す格好に。


「何じゃ? 許しでも乞うておるんか?」


「あ、あああ。ゆ、許してくれ。頼む――」


 片眉を上げる六郎に、大男が懇願するように顔を上げる――が、


「断る」


 もちろん六郎が許すわけなどなく。短く言い放ちながら、その手首を一気にへし折った。


「ぎゃあああああああ」


 一際大きな悲鳴が響き渡れば、億劫そうに片耳を小指で塞ぐ六郎。


「骨が折れたくらいでガタガタ騒ぐな」


 鬱陶しいとばかりに、六郎はベッドに立てかけてあった大斧で、大男の首を弾き飛ばした。


 勢いよく宙を舞うその首。苦痛と恐怖にまみれた表情が床に転がると、女たちが悲鳴を上げながら失禁。


 六郎が大斧を肩に女たちを一瞥――


「早う往ね。主らは関係無かとやろうが?」


 ――吐き捨てられた言葉に、女たちはコクコクと頷くが、腰が抜けているのか這うように部屋を出ていくだけだ。


 その様子をため息混じりに見ていた六郎が、大男の首を近くにあった剣で突き刺した。


「さて、門扉ん所にでも突き立ててくかの――」


 折角ギルドに分かりやすくアピールしてきたのだ。それを使わない手はないと、意気揚々と首が刺さった剣を反対の肩に外へと向けて歩き出した六郎。


「斧はあまり使うた事ねぇの…」


 肩に担ぐ大斧を戦利品に、六郎は満足げに頷いて屋敷を後にした。


 因みに途中で女たちに追いついてしまい、「何でもするから助けて下さい」と懇願されて閉口したのはまた別の話。

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