第93話 考えていた物と出来上がった物は往々にして違う

 登場人物


 六郎:信じるのは己の道理だけ。という主人公。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 肉を食いに出かけたのに、肉を斬ることになりました。


 ☆☆☆






 大ぶりの肉が刺さった串焼きを頬張る六郎は、通りを歩く人々をボンヤリと眺めている。





 六郎は今、屋台の横に設けられたスペースで椅子に座り、串焼きを堪能している真っ最中だ。

 そんな六郎と屋台の前を行き交うのは、相変わらずの武装集団と、端を歩く市民達。

 先程の騒動から離れた場所にあるここだが、いつもより人通りが少ないのは、それだけ事件の影響が大きかったと言えるだろう。


 そんな無頼漢達を眺める六郎は、ボンヤリと冒険者達を目で追っている。先にギルドにでも意趣返しをしようかと、算段中なのだ。

 先程の騒動では、ゴロツキか冒険者か分からなくなってしまったので、今はしっかりと顔とタグを確認中だ。


 襲ってきた冒険者の首を落として、ギルドにでも送りつけてやろうか。そう考える六郎の前を通るのは――金色や、青みがかった銀、さらには朱金のタグと、中々に斬りでがありそうな人間たち……なのだが――。


 そんな彼らを眺め、肉を食いちぎった六郎は――


「ツマランの」


 ――ため息とともに呟いた。


 肩で風を切って歩くゴロツキや冒険者たち。金に靡いてそれらを見逃す衛兵たち。どいつもこいつもで、戦ったとしても欠片も面白くない。

 いやそれだけではない。何というか……とでも言うのだろうか。兎に角が面白く無いのだ。


 街に還って来た当初は喜んだ。戰場のようだと。


 だがどうだ――実際は戰場とは程遠い、何とも情けない空気が蔓延っている。

 何をしても、賄賂さえ渡せば見逃してもらえる。まさか仲間を殺されて、それでも賄賂一つで見逃された先程など、水を向けておいてなんだが「莫迦か」と言いたくなったものだ。


 紛い物の暴力に、見せかけだけのハリボテ集団。見た目だけは溶岩の如きそれだが、実際に浸かってみたら微温ぬるま湯でしかない。


 自分が種を撒いたとは言え、結果としてあまりにも面白くない状況に、六郎はもう一度大きなため息をついた。


 相手は見せかけだけの無頼漢とは言え、問題なく暴れられる地。もっと喜んでも良さそうなのだが、どうも「ツマラナイ」と思えて仕方がない。


 咥えた串を上下に、椅子の上で胡座をかいた六郎が頬杖をつき――


「こげな街、一旦更地にした方がエエんやねぇか?」


 ――再び大きな溜息をこぼした。



「おいおい兄ちゃん、若いうちから眉間にシワ寄せてたら、一気に老けちまうぜ?」


 六郎の溜息に反応したのは、屋台の店主だ。寂しい頭に威勢のいい捩り鉢巻き。そしてまん丸と太った身体に似合うような人懐っこい笑みで、六郎の隣に腰掛けた。


「まあ、こんな街の状況じゃ眉間にシワの一つも寄せたくなるけどよ」


 前掛けを外して笑う店主が、六郎のように通りを歩く人を眺める。


が表に出てきただけなんだがよ――」


 呟く店主も六郎と同様に、つまらなそうに通りを眺めている。


「――最初に仕掛けた奴は何考えてたんだろうな」


 肩を竦める店主の言葉に六郎も「何……考えとったんやろうな」とポツリと呟いた。


 ギルバートをわざわざ生かしておいたのは、ギルバートが街を荒れさせると見越しての事なので、今の状況は六郎の狙い通りとも言える。


 街を荒れさせる目的はいくつかある。


 一つは冒険者を『原始のダンジョン』から遠ざけるため。

 街が荒れれば必然的に護衛に回る冒険者が増え、

 ダンジョン内で獲物の取り合いなどゴメン蒙りたい。


 もう一つは、街で自由に暴れられるように。

 衛兵などを気にせず、腹が立つ奴を殺しても問題ない環境を作りたかった。


 そして最後に――ギルバートを殺しても疑われないようにするため。


 ギルバートは商人だ。直接六郎を襲ってくるなら、返り討ちにできるが、そうでない場合は犯罪者になるという。


 そもそも六郎からしたら、ギルバートのような生かしておいても仕方がない人間を殺す事が犯罪になる意味が分からない。

 何とも面倒なシステムだと六郎は思うが、郷に入っては郷に従えと言うので、ある程度の事は許容しようと六郎は考えている。


 つまり……街が荒れ、混乱の最中にあれば、恨みつらみを引き受けるギルバートが殺されたとて、誰も六郎などを疑いはしない。


 そう思って撒いた種で、狙っていたよう花が芽吹いた。にもかかわらず、今はそれを眺めるのも面白くない。

 否、街の雰囲気だけではない。何処か……形容し難い何かが、六郎の心に引っかかっている。



「ま、俺には難しい事は分かんねぇからよ――」


 片足を膝に乗せ、その上で頬杖をつく店主。袖口から見える腕には小さくないが目立つ――


「――とりあえず生きていくわ」


 チラリと見やった店主の横顔は真っ直ぐで一点の曇りもなかった。


「……串焼き屋としてか?」

「あん? そりゃそうだろ。俺の肉串を食った奴に『旨い』って言わせたいだけで続けてるみたいなもんだからな」


 ニカッと笑うその顔に、六郎は漸く自分が詰まらないと感じていた理由に気がついた。


「そうじゃな……目的は単純やねぇと駄目やな」

「そうだぜ! 飯を食う。商売をする。何でも良いけど単純なほうが分かりやすいし、強えだろ?」


 笑う店主の腕のが魔導灯に照らされ痛々しく存在を主張しているが、この男がそれに屈する事はないのだろう。


 笑う店主の真っ直ぐな視線に、六郎は思わず笑みをこぼした。


 漸く自分が面白くないと、感じていた理由が分かったのだ。


 六郎が詰まらないと感じていたのは、街の状況でも、小物ばかりの相手でもない。


 自分自身の


 郷に入っては郷に従え。そう言えば聞こえはよいが、これではコソコソと策を巡らせ、保身に走る馬鹿のようではないか。


 いつからだ。

 何故だ。


 このように、当たり障りなく生きようとし始めたのは。


 下らない。策を巡らせ動きやすくする? 馬鹿な事を。己を動き難くしていたのは、己自身ではないか。

 そもそもギルバートを見逃した時点で、間違いだったのだ。


 街を荒れさせる? 目を逸らせる? ギルドにをする?


 何を女々しいことを。


 舐めた奴は斬る。

 立ち塞がるなら叩き潰す。

 誠意には誠意を。

 敵意には敵意を。

 殺意には……殺意を――


 自分が何者か思い出せ。自分は――


「サムライなら、真正面から敵を斬ってナンボじゃな」


 ――ボソリと呟いた六郎に「うん?」と店主が首を傾げる。


「いやなに、こちらの話じゃ」


 そう言って手を振った六郎が、店主に真っ直ぐ向き直り椅子の上で深々と頭を下げた。


「感謝し申す――加えて無頼の一人として、こん街ん状況にお詫びし申す」


 急に頭を下げた六郎に。「い、良いって事よ」と、良く分かっていない店主の男は、それでも頭を掻きながらガハハハと笑う。


 頭を上げた六郎の顔は晴れやかだ。


 気の持ちよう一つで、ここまで世界が輝くとは思ってもみなかった。先程までは、みみっちく「どうすれば、上手く立ち回れるか」などと考えていた事が嘘のようだ。


 関係ないのだ。


 衛兵も。

 冒険者も。

 ゴロツキも。


 全員立ち塞がるなら、ぶっ潰せば良い。今まではそうしてきたではないか。前の人生然り、王国での騒動然り。


 そうと決まれば、全員叩き潰そう。敵ならば、立ち塞がるなら潰さねばならない。正面から。


 立ち上がり、尻を払う六郎に、「兄ちゃん、いい顔になったな」と店主が笑いかけた。


「おう、世話んなったの。ついでに串焼きをもう一本くれんね?」

「まいど!」


 笑顔の店主から渡された串焼きに、六郎は再び腰を降ろして、その味へと集中する。


「旨い」


 先程は感じなかった、旨さも心の持ちようなのだろうか。そう考える六郎の耳に――


「おい! 串焼き三本だ!」


 ――飛び込んできたのは、ガラの悪い声。


 そちらに目を向けると、冒険者風の男が三人。全員完全武装で、周囲を威圧するさまは、冒険者というより最早ゴロツキに近い。


 そんな冒険者たちは、「へい、お待ち」と店主が手渡した串焼きを、金も払わずに口に含む――――かと思えば、冒険者が「不味いな」と呟いて肉を吐き出した。


「こんなに不味いのに、金なんて払えるか! 逆に不味いもん食わされた賠償が欲しいくらいだぜ」


 ガハハハと笑い合う冒険者三人に、店主は「ま、不味かろうと金は払ってくれ」と顔を赤くし声を張り上げた。


「なんだ? 俺達が誰か分かんねぇのか? テメェ如きぶっ殺しても、誰も騒がねぇんだぞ?」


 剣呑な雰囲気を出す冒険者の一人と、周囲を威圧するように視線を飛ばす残りの二人。

 あまりにも典型的な馬鹿に、そしてそれを助長させてしまった己の失策に、先程まで気分の良かった六郎のテンションは一気に急降下だ。


 串についた肉を食いちぎり――


「おう、こらそこん戯けども。ワシがこん肉ば食い終わる前に、さっさと金だけはろうて往ねぃ」


 ――冒険者達に視線すら向けずに、六郎が静かに吐き捨てる。


「ああん? おい、兄ちゃん。それは俺達に言ってんのか?」


 今も肉を頬張る六郎の前を、囲むように立ち塞がる三人の冒険者たち。対する六郎は、椅子の上で胡座をかいたまま、今もまだ肉を咀嚼している。


「おい! 聞いてんのか! さっきのは――」

「やかましか。貴様ら以外に戯けが居るんなら、連れてきて見せぇや」


 視線すら合わせない六郎に、冒険者たちの顔面は見る間に紅潮し、既に腰や背中の剣に手をかけている。


「に、兄ちゃん止めときなって!」


 店主が屋台から声をかけるが、六郎はそれに手をヒラヒラと振るだけで何も答えない。逆に――


「二度は云わんぞ。ワシが食い終わる前に、早う金ばはろうて往ね。したら今回はこん肉串と店主に免じて見逃しちゃる」


 肉が一つだけ残った串を咥えたまま上下する六郎が、「貴様ら弱そうやけぇの」と初めて冒険者たちに視線を合わせて、ニヤリと笑った。


 別に挑発している訳でも何でも無い。六郎の本心であり、ここの店主には世話になった自覚がある以上、ここで暴れるのは少々気が引けているのも事実なのだ。


 とはいえ、そんな六郎語録など通じるわけもなく――額に青筋を浮かべた一人の冒険者が、剣を抜きざまに上段から六郎の頭目掛けて振り下ろした。


「なっ――」


 その振り降ろしの結果は、冒険者たちから漏れ出た間抜けな声だった。


 振り降ろした直剣は、六郎の人差し指と中指で綺麗に白刃取りにされ、それを押し込もうと力を込める冒険者の腕がプルプルと震えるだけだ。


「……時間切れじゃ」


 そう呟いた六郎が、最後の肉を食いちぎり、笑みを見せた瞬間、剣を振り降ろしていた冒険者が舌を突き出しながら上空へと浮き上がった。


 六郎の繰り出したインパクトをズラした喉輪に、圧迫された喉が出口を求め舌を口の外へと押し出したのだ。


 そのまま喉輪落としの要領で、冒険者を地面に叩きつけた六郎が、冒険者の腰にあった短剣を引き抜き舌を刈り取った。


「ん、ンンンー!」


 声にならない悲鳴を上げる冒険者を見下ろす六郎。


「味ん良さも分からん舌なら要らんめぇが」


 地面に落ちた舌を短剣で突き刺し、残りの二人に向き直る。


 一瞬の出来事に、呆けていた冒険者二人も漸く抜剣。だが、時すでに遅し――


 抜いたはずの剣は、腕ごと地面へと落下。それに気がついた二人を襲うのは、失くした腕の感覚と、焼けるような痛みだ。


「ぎゃあああ」

「腕、腕がああああ」


 騒ぐ二人の冒険者を蹴り飛ばした六郎が、舌を切り落とされた男の髪を引っ掴んで店主を振り返った。


「ではの、店主殿。世話んなった。また来るけぇそん時は、馳走になるわい」


 笑った六郎が、舌なし男の懐から財布を取り出し、屋台のカウンターへと放り投げた。


 そのまま振り返らずに、男を引きずり歩き出す六郎の背に――


「に、兄ちゃん。アンタ何者なんだ?」


 ――呟いた店主の言葉は六郎には届かない。


 六郎は蹴り飛ばした二人の髪の毛も引っ掴み、痛がる男たちを引き摺りながら大通りを歩き始めた。


 殺すつもりだが、流石に殺しは店主への迷惑の次元が違いすぎる。とその場を一旦離れようとの措置だ。

 自分が自己中心的で、傍若無人なことは自覚しているが、それでも譲れない道理というものもある。



 義理には義理を。

 恩には恩を。



 今は周囲から向けられる畏怖の視線も、「待て! 止まらんか!」と遠くから聞こえてくる叫び声も、甲冑の音も心地が良い。

 これが心の持ちようなのかと、六郎は自然と笑みがこぼれる。


 どうせ全部叩き潰すのだ。今か、明日か、その程度の違いでしか無いのだから。

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