第92話 賄賂は程々に

 登場人物


 六郎:キングオブ自己中。気に食わない奴は速攻であの世に送る。三途の川の渡守から、『コイツが居なくなるだけで、仕事が三割は減る』と言わしめる男。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 クロウが娼館に行ったら、部下の女の子が居ました。「それ、なんてエロゲー?」って展開には勿論なってない!

 彼らの胸中は今、「六郎。問題起こすよね」という来たるべき未来への焦りで一杯なのだ。


 ☆☆☆




 日が暮れた大通りを闊歩しているのは、今日も今日とて武装した集団だ。ゴロツキに冒険者、衛兵と民衆を脇に追いやり、我が物顔で通りを歩く様は、世界でも有数の商業都市である事を忘れさせるくらいに荒れ果てている。


「でよー。あの野郎の間抜け面、テメェにも見せてやりたかったぜ」

「ホントかよ? あそこは冒険者に護衛させてたじゃねぇか」

「冒険者なんか相手じゃねぇよ」


 バカでかい声で話すゴロツキ達が、「ガハハハ」と笑えば――


「誰が相手じゃないって?」

「ゴロツキ程度が粋がんなよ」


 ――それに絡んでいく冒険者と思しき男たち。


「ンだコラ?」

「やんのか?」


 通りのど真ん中で勃発した抗争に、民衆が呆れたような顔で通り過ぎる中、傍を通る衛兵はと言うと――


「おいおい、こんな所で喧嘩をするな」

「通行の妨げは罰金だぞ?」


 ――一応声はかけるものの、あまり止める気がない忠告を、ゴロツキも冒険者も聞いてすらいない。


 その証拠に、どちらの集団も当たり前のように衛兵にジャラジャラと音がなる小さな袋を手渡すだけで、今も睨み合いを続けたままだ。


 その袋を少しだけ開けた衛兵が分かりやすく笑うと――「仕方がない奴らだ。あまり派手にやるなよ」と二組に呟くとその周囲を隠すように陣形を組み始めた。


 他のゴロツキや冒険者が野次馬のように騒動を取り巻いていく中、他の衛兵が「市民の皆さんはもう少し離れて下さい」と民衆を更に端へと追いやっていく。


 市民を保護していると言えば聞こえが良いが、その実自分たちの不祥事から少しでも市民を遠ざけたいが故の行動だろう。だから――


「お前たちそろそろ止めないか!」


 ――最初に賄賂を受け取った衛兵は、騒ぎを取り囲み声だけは上げ続けている。その声に、更に衛兵や野次馬が集まり、通りの一角は即席リングの様だ。


 民衆を遠ざけ、止める振りはするが、適当にお茶を濁すだけの仕事。


 今日もそんな簡単な三文芝居で、臨時収入を得られると衛兵たちは思っていた。


 ……その男が現れるまでは。


 路地裏から出てきた一人の男。かつて滅びた東方の国の民族衣装もだが、それ以上に肩から羽織る派手な意匠の服が一番目を引く。


 長い髪をなびかせ、胸を張って歩くその姿に、脇に追いやられた民衆たちも自然と男の歩く道を開けてしまう。


 騒がしい一角と比して、やけに静かな男の周り。その異様な雰囲気に、衛兵の一人が眉をひそめた――



 ☆☆☆


 クラルヴァインの街に返ってきてから数日後の夜、六郎は大通りへ向けて一人歩いていた――


 リエラやジン、サクヤはサクヤのお付きが準備した夕餉の真っ最中だが、どうも物足りなかった六郎は、大通りの屋台で何かしらガツンとした食べ物を物色しに来たのだ。


 武器らしい武器も持たず、得物は腰に差した鉄扇一本。腕は小袖の中にしまい込み、称えた笑みは周囲を威圧する訳でもない。


 それでも肩で風を切って歩く六郎は、このクラルヴァインでも人目を引いている。


「傾くんも悪くはねぇの」


 感じる奇異の視線だが、存外目立つのも悪くはないと、六郎は襟元から出した右手で顎を擦り、満足そうに笑った。


 それなりに多い人波を抜け、細い路地から大通りへと抜け出した六郎を迎えたのは、ザワついた人波と若干の緊迫感だった。

 とは言え、この先に六郎の目指す串焼き屋があるのは事実。そして六郎はそれを欲している訳で。


 通りを包む微妙な緊張など何のその。先程までの路地裏同様肩で風を切って人波に逆流するように真っ直ぐ歩いていく。


「止まれ、この先は現在トラブル中だ」


 そんな六郎に突き出されたのは、衛兵が持つ槍だ。成程、トラブルというだけあって、集まった野次馬の数は中々のものだ。


「と、止まれ――」


 槍を突き出しているはずの衛兵の方が、慌てしまっている。それもそのはず、「止まれ」と言われているはずの六郎は、その言葉を完全に無視して今も歩き続けているのだ。


 突き出された槍が鼻先に触れるか触れないかの位置で、漸く止まった六郎が、真っ直ぐ衛兵を見据え――


「そこ、退いちゃらんね。通れんやろうが」


 ――更に一歩を進もうと足を前に出した。余りにも普通な声音だが、言っていることは「退け」と凡そ衛兵相手に言う言葉ではない。

 言われなれていない暴言に、顔を赤くした衛兵。


「き、貴様! 誰に向かって口を――」

「三度目はねぇぞ? 退いとけ……


 そんな衛兵の様子などどこ吹く風の六郎。淡々と言い放たれた言葉に、衛兵が生唾を飲み込んで僅かに穂先を上げた。それを手で軽くいなした六郎がそのまま前進――


「こぉら、そこん戯け。邪魔やけぇ退け」


 ――目の前で野次馬と化したゴロツキの肩に手を掛けた。


「ンだテメェは?」


 六郎が肩に手を掛けたゴロツキが、振り返りながら声を張り上げた。その声に釣られるように、周囲の野次馬達の注目が一気に六郎へ――


「次はねぇぞ。早う退け。邪魔じゃ」


 注目を集めて尚、平常運転の六郎を見て、野次馬達が俄に殺気立つ。六郎としてはいきなり後ろから頭蓋を叩き割らなかっただけ親切のつもりだが、ゴロツキや野次馬からしたら、命知らずの馬鹿にしか見えなくても仕方がない。



「誰だテメェは!」

「偉そうにしてんじゃねぇよ!」

「テメェは、ロクローだったか? テメェを殺せば俺もギルドから――」


 ゴロツキに冒険者、種類を問わない野次馬たちから飛んでくる怒りの声。それを背に受けるように立ったゴロツキがニヤリと笑い


「退かせたけりゃ、退かせてみろよ――兄ちゃん?」


 六郎の胸ぐらを掴んだ――その親指第一関節を、六郎が一気に押し込む。


 騒がしいその場にあっても、掻き消せない骨の砕ける音。


「ぎゃあ――――」


 響いた野太い悲鳴を、かき消すのは――再び響いた枯れ木をへし折る様な音。


 砕けた指を庇うゴロツキの腕を捻り上げた六郎が、そのまま肘の関節を折り、肩を外して地面に引きずり倒したのだ。


「ぎゃあああ、腕、うd――」

「やかましか」


 喚くゴロツキの顎を踏み抜いた六郎。「ズドン」と言う音と舞い上がる埃が、周囲の喧騒を攫い、顎を踏み抜かれて絶命したゴロツキに全員の視線が一気に集まった。


「退け――」


 一瞬の出来事に、誰も彼もが口を開く事すら出来ず自然と六郎の行く道を開ける格好に――

 冒険者もゴロツキもやり合う事になれば、お互い死者を出すこともある。だが、骨を折り勝負がついて尚、殺しにかかるかと言われれば、否である。


 ゴロツキも冒険者も、別に人殺しがしたいわけではないのだ。単純に相手を痛めつけ、自身の優位に交渉事を進めたいだけ。そのために暴力を用いているに過ぎない。


 では六郎はと言うと――「立ち塞がるなら殺す」――単純な思考回路で生きている。親指の関節、肘、肩、それらを壊したのは一番近くにそれがあったからだ。


 骨を折ったことに意味など無い。敢えて言うなら、相手の腕を外す際、


 兎に角六郎の思考回路など、全く理解できない野次馬達は、何の躊躇いもなく命を奪った六郎の行動に完全に飲まれていた。


 それは槍を突き出した衛兵も、その近くにいた別の衛兵も同じだ。


 ただただ六郎の凄まじさに、息を呑み目を瞠るだけで、六郎を捕らえなければと言う意識が完全に欠落している。


「退け」


 短く言い放たれた六郎の言葉で、野次馬の波が綺麗に割れていく――その間を呆れた顔で進む六郎が、何かに気がついたように、ピタリと止まり一人の男に視線を投げた。


「な、何だよ――」

「ワシを殺せば――?」


 眉を寄せる六郎が視線を投げるのは、先程「六郎を殺せばギルドにどう」と、口をついて出てしまった男だ。


「あ、あれは――」

「殺すんじゃろう? 早うかかって来んか」


 手招きする六郎に、腰が引けた男が両手を上げて「こ、言葉の綾で――」両手を上げた瞬間、その手が千切れて宙を舞う。


「下らん――」


 六郎の鉄扇によって引きちぎられた腕から、夥しい量の血が吹き出し、数人の野次馬へと飛び散った。


「男が口にしたんなら、退くんやねぇの」


 悲鳴を上げる冒険者の喉に突き刺さる六郎の右足刀蹴り――喉を潰され肉を引きちぎられ、首と胴を分かたれた男が吹き飛び野次馬を巻き込み転がっていく。


 吹き飛び落ちてきた男の首に、通行人の一人が漸く悲鳴を上げた。


 その悲鳴が伝播するように、パニックに陥る通行人と逃げ惑う野次馬。その人の波に飲まれる衛兵たち。


 パニックを起こす人垣を尻目に、六郎が辿り着いた先は、呆けた表情で六郎を見る数人の衛兵と、彼らに囲まれている冒険者、ゴロツキの集団だ。


 最初に通りで諍いを起こした彼らだが、そんな主役を無視するように、人垣の向こうで別の騒動が起きた。


 普段でも珍しくはない光景だが、あまりにも大きな騒動のため、渦中の三グループもいつの間にかそちらに意識を割いていたのだ。

 そうして人垣がパニックに飲まれて割れたかと思えば、出てきたのは一人の男だ。彼らが固まってしまうのも無理はないだろう。


「貴様らか。ワシん道を塞いどった戯け共は――」


 スタスタと歩く六郎が、衛兵の一人を押しのけ冒険者とゴロツキの間へ入っていく。


「――早う往ね。往来の邪魔じゃ」


 小袖の襟口から、片肘だけを出す余裕の表情の六郎に、ゴロツキも冒険者も顔を真っ赤に「誰だテメェは」「テメェがどっかに行け」と怒声でまくし立てる。


「聞かんか……ほんなら、死ね――」


 笑った六郎が、左手にいる冒険者の腰にある剣へと手を伸ばした――抜きざまに薙がれた一閃が、右手のゴロツキの首を綺麗に斬り飛ばす。


 振り抜きの勢いで繰り出した後ろ回し蹴りが、剣を提供してくれた冒険者の頭蓋を砕いて吹き飛ばした。


「や、やりや――がはっ」


 声を上げ、剣の柄に手をかけた別の冒険者の胸に深々と刺さる直剣。


 六郎の投擲が、狙い違わず一人の命を奪ったとほぼ同時に、ゴロツキの腰から新たな剣が引き抜かれ、又一つ首が宙を舞った。


「や、野郎!」


 漸く剣を引き抜いたゴロツキと冒険者を前に、六郎はつまらなそうに「はぁ」と溜息をついた。


「喧嘩しとったくせに、反応が鈍いの。童ん喧嘩でももう少しマシぞ?」


「うるせぇ!」


 間合いを詰めたゴロツキを襲う六郎の左中段回し蹴り。

 骨が砕ける音とともに、吹き飛ぶゴロツキ。

 それを目で追った一人の冒険者の頭を叩き割る六郎の直剣。


「狂人め!」


 一人の冒険者が放った矢は、ゴロツキと言う名の盾で防がれ、

 そのゴロツキの持っていた短剣が、弓冒険者の胸に突き刺さった。


 六郎が剣を振れば、冒険者の命が斬り裂かれ、

 六郎が蹴りを放てば、ゴロツキの命が吹き飛ぶ。


 諍いを始めたはずの二組が協力したにもかかわらず、終わってみればその場に立っていたのは六郎と――


「き、貴様! 我々の目の前でこんな事を仕出かしてタダで済むと思っているのか!」


 ――若干及び腰だが、槍を突き出した多くの衛兵。そして遠巻きにその様子を眺める民衆たちだ。


 人波に呑み込まれていた衛兵たちも合流し、今は中々の人数が六郎を取り囲んでいる。


「け、剣を捨てて大人しく投降しろ! いくら貴様でもこの人数相手では……おい、動くな!」


 槍を突き出されている六郎だが、そんな事など意に介さず、倒れたゴロツキの死体や冒険者の首を斬り落とし、「んー?」と眉を寄せ唸っていた。


「う、動くなと――」

「どいつん首が冒険者か、分からんなってしもうた」


 衛兵を完全に無視した六郎が、「ま、エエわい」と斬り落とした首を一箇所へ纏める。


「き、貴様何をしている――」


 完全にドン引きの衛兵が、掠れながらも声を上げるが――。


「そう云えば、主らやの」


 六郎が発した言葉に、衛兵が訝しげに首を傾げた瞬間、その首が宙を舞った。


 突然の出来事に、その場の誰もが反応できない。それもそうだ。街中で衛兵相手に喧嘩をするやつはおろか、それを殺すなど正気の沙汰ではない。


 呆けた衛兵たちが、事の重大さに気が付き槍を構えた頃には、更に衛兵数人の首が宙を舞っていた。

 流石の凶行に驚いた民衆たちもついには大通りから蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていた。


「貴様! やりやがったな!」


 兜で顔が見えないが、その場にいる衛兵達の顔は憤怒に彩られているのだろう。肩を怒らせ槍を持つ手も怒りに震えている。


「動くな! 殺人の現行犯だ。我々と一緒に来てもらおう」


 怒り狂う衛兵に、六郎は短く「はぁ」とため息をこぼし、周囲を取り囲む彼らをぐるりと見渡した。


「何故ワシが主らについて行かねばならん?」

「当たり前だろう! 人を、衛兵を殺したのだぞ?」


 槍を更に突き出す衛兵を、六郎は「フン」と鼻で笑う。バカバカしいと。


「衛兵? こん役立たず共ん事け?」


「貴様、それ以上仲間を愚弄すると――」


「愚弄すると何ね? 往来を塞ぎ、童ん喧嘩にも劣る騒動すら収拾が付けられん。そんな弱卒なんぞ要らんめぇが」


 笑うでもなく、怒るでもない。淡々とした六郎の言葉に、衛兵たちは返す言葉を失っている。

 実際に六郎の言うとおりで、往来で起きた喧嘩を止める事すら出来ない衛兵に存在価値など無いのだ。


「それとも何か? ワシも主らに端金ば握らせばエエのんか?」


 ニヤリと笑う六郎に、衛兵たちが一歩後ずさる。


「金子ば握らされて、エエ気分で高みん見物しとったとやろうが?――」


 一歩退いた衛兵を尻目に、六郎が殺したばかりの衛兵の死体の胸元を弄る。すると――


「おうおうおう。出るぞ出るぞ、訳ん分からん小袋が大量に」


 吐き捨てた六郎が、衛兵の足元に向けて幾つかの小袋を放り投げた。辺りに響くのは、「ジャラ」と硬貨が擦れ合う独特の音。


「それやるけぇ、黙って消えや」


 腕を組んだまま衛兵を見つめる六郎。


「な、何を――?」

ば渡しちゃるっち云いよんじゃ」


 片眉を上げる六郎に、衛兵たちは顔を見合わせる。要は賄賂を渡すから今の惨劇を見逃せと六郎は言っているのだ。


「馬鹿な事を言うな! 我々がこんなもので――」

「『見逃せん』。やら云わんわな……そいは道理が合わんぞ? 今ん今まで見逃しとったやねぇか」


 底冷えする六郎の声と、視線に衛兵たちが凍りついた。否、六郎の言葉の意味に気がついたから、という方が正確だろうか。


 事実六郎は賄賂の受け渡しなどと思っていない。投げた小袋は、殺した衛兵の命の値段……もっと言えばそれを受け取る彼らの値段だ。


 それを受け取って、仲間たちの死を見逃せば、それ即ち自分の命の値段もこの小袋と同様という事を認める事にもなる。


 そんな奴らの事情など、六郎には知ったことではない。唯一言える事があるならば、賄賂を貰っていたのだから、俺のも見逃せ。でなければ――


「そいとも何か? 主らもワシん敵か?」


 ――敵として殺してしまうぞ。と。


 流れる沈黙。





「全体撤収……遺体を回収していけ」


 それを破ったのは一人の衛兵だ。六郎の狂気と保身、市民からの目。天秤がどちらに傾くかなど、自明の理だ。元々賄賂を貰い、市民からの評価など無いに等しい。加えて今は市民達もその姿を隠し、ある程度の証拠隠滅も図れるかもしれない。


 であれば、今はなにより命を守る方が優先だろう。


 悔しそうに、だが諦めたように六郎を素通りし遺体を回収し始める衛兵たち。それを横目に「ツマランの」と呟いた六郎が、振袖を翻し、人の居なくなった大通りを歩いていく。


 残ったのは血の臭いと、大量の死体。そして黙々と働く衛兵たちだけであった。

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