第91話 傍から見ると主人公の異常さが分かる

 登場人物


 クロウ:隠し事満載のオジサン。六郎に匹敵すると思しき実力者だが、今の所本気を見せたことはない。


 女性:クロウの部下。大体怒ってる。ほとんどクロウのせい。



 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 アンデッド化した魔王を倒し、一度街へ帰還した一行を待ち受けていたのは――


 六郎にとっての楽園と化したクラルヴァインの街だった。


 ☆☆☆



 クラルヴァインのとある路地裏――


 ギラギラと輝く魔導灯の明かりが、狭い通りを昼のように照らし出す。そんな通りに面した軒先に立つのは、露出が目立つ服を着た見目の良い女たちだ。


 見るからに怪しく、いかがわしい通りを歩く一人の男。ヨレヨレの服。伸び切ってボサボサの髪の毛。無精髭。一見すると浮浪者と思われがちな男だが、何処か隠しきれないオーラが漂っている――クロウは六郎達と分かれた後、風俗街をブラブラしていた。


 軒先を通る度かけられる声に、鼻の下を伸ばしたクロウが手を挙げ応えている。


「いやー。いいねぇ。表は荒れてても、こういう場所はまだまだ平和だねぇ」


 ニヤニヤしながら、辺りを見回していたクロウが「お!」と声を上げて立ち止まった。視線の先には、クロウを手招きする女性の姿。


 肩口で切り揃えられた濡羽のような艶のある黒髪。少し気が強そうに見える瞳は真紅に輝き、左の泣き黒子がまた妙な色香を醸し出している。


 露出はあまり多くはないが、髪と同じ黒く丈が短いワンピースから覗くスラリとした綺麗な脚は成程美しい。


 その綺麗な脚と気の強そうな瞳に吸い寄せられるように――


「やあ、麗しのレディ。今宵の月は、君の美しさに怯えて隠れてしまったようだ」


 ――歯を見せ顔を整えたクロウに、女性が「またまたぁ――」と頬を染め笑い返した……かと思えば、クロウの首に両手を寄せかけ――


「――こんな所で何してるんですか隊長?」


 ――一瞬で表情を消した女性が底冷えのするような声で、クロウの耳元に囁いた。


「げ、ゲゲぇ!」


 声を上げ、離れようとするクロウだが、それを女性は許さない。クロウの首に掛けられた腕には、今や青筋が浮かび上がり、心なしかミシミシと首が音を立てているようにも聞こえる。


もいなくなったかと思えば、報告もなしに娼館遊びですか? ……良いご身分ですね」


 冷めきった瞳の女性に、「ええ? 一週間? 何のこと?」とクロウは目を白黒させている。


「白々しい……兎に角、報告を貰いますからね」

「い、いやあ折角だし、ボクも他の客みたいに楽しませて欲しいんだけど――」

「――他の客と同様、催眠薬と魔法で昇天したいんですか?」

「それ本当の昇天じゃない?」

「よく気が付きましたね」


 そう笑った女性がクロウの首から手を離し、「もうお兄さんのエッチぃ!」と再び照れた様な表情でその肩を叩いた。


 ――ドゴン


 凡そ人の肩を叩いたと思えない音に、一瞬通りの喧騒が静まり返る。全員の目がクロウ達に向くが、まさかその音をこんな細い女性が出したとは思えず、再び喧騒が通りを包み込んだ。


「一般人なら死んでる奴だよ?」

「チッ、死ねばよかったのに」

「あれ? 空耳だよね? ね?」


 肩を抑えていたクロウの腕を女性が掴み「一名様入りまーす」声を張り上げる。抵抗する間もなく店の中へと引きずり込まれるクロウ。通りはそんな事などつゆ知らずと、相変わらずの喧騒に包まれている。


 ☆☆☆



 桃色の淡い光が照らす薄暗い部屋。そこに設置されたベッドの上にクロウはちょこんと座っていた。


「では、本当にダンジョンに居ただけなんですね?」


 目の前には先程の女性。髪の毛の色はアイスブルーに、瞳は琥珀色にそれぞれ変わり、泣き黒子も無くなった女性は、色香よりも少しだけ冷たい雰囲気を感じさせる。


 腕を組みクロウを見下ろす目も、部屋の照明とは正反対で何処までも冷たい。


「ボクとしても、まさかなんて思ってなかったんだよ……」


 何度目かになるクロウの発言に、女性は「ハァ」と大きく溜息をついた。完全に呆れたような、それでいて何処か寂しそうな溜息の理由は、彼女にしか分からない。


「しかも魔王と戦っていたと……? 馬鹿にしてるんですか?」

「いや、本当なんだって!」


 慌てて顔の前で手を振るクロウを、女性が胡散臭そうな顔で見ている。


「魔王と戦ってきた割には、隊長はピンピンしてると思いますが?」


「それは、嬢ちゃんの奇跡で治して貰ったからだよ。すんごい腕よ、あの子」


 自分の二の腕を叩いて見せるクロウに、女性が再び「ハァ」と大きく溜息をついた。


「それで、魔王の他には『アクセス権限復旧プログラム』でしたっけ? よくもまあそんな嘘を思いつきますね」


 完全に信じていないジト目で、女性がクロウに詰め寄った。その圧に負けて、ベッドの縁から真ん中ほどまで後ずさるクロウは、「だから本当だってば」と繰り返すしか出来ない。


「ハァ……分かりました。そういう事にしておきます」


 諦めた様な女性が、「とりあえず、不在時に起きたことを報告しておきます」とクロウがダンジョンに潜っていた間に起きた事を話し始めた。


 ギルバート商会と屋台の組合が始めた抗争が、クラルヴァイン中に広がっている事。


 その争いに冒険者はもとより、近隣都市国家より多数のゴロツキが流入している事。


 そんなゴロツキに混じって、『王国の影』と思しき連中が散見されている事。


 その『王国の影』と取引をしているトマスと言う商人が頭角を現して始めている事。


 トマスを中心に、暴力に頼らない商業連合が出来つつある事。


「たった一週間で、よくもまあ色々起きたもんだ……」


 報告を聞き終えたクロウが、大きく溜息をついた。


「それにしても『王国の影』か……嬢ちゃんが伝書鳥の魔道具で呼んだのか、それとも混乱に乗じて来ただけか」


 呆けるクロウの顔には、「ホント何者だよ」と書いてあるかのようだ。


「それですが……現在リエラ・フリートハイム、冒険者ロクローについて目下調査中です。近いうちに結果が分かるかと」


 真面目な表情の女性にクロウが「さすが仕事が早い」と笑う。


「それで? 今ギルバートは――」

「失礼しますお客様。お時間が迫っていますが、延長しますか?」


 クロウの「どうしてる?」と続く言葉を遮るように、外からノックとともに声が掛けられた。


 扉に意識が移った女性に、コレ幸いとクロウが「いえ、なしで――」と口を開いた瞬間、


でお願いします」


 目の前の女性が、扉に向けて落ち着いた声を発する。


 状況が飲み込めないクロウが扉と女性を見比べる中、扉の向こうから逡巡するような気配が漏れ、「よろしいので?」それがついに言葉となって扉の向こうから響いた。


「ええ、お願いします」


 その言葉に扉が音を立てずに開かれ、一人の男が入ってきた。スラックスに白シャツと蝶ネクタイ。オールバックの何処にでもいるような給仕は、女性に向けて敬礼。


「ユリア、ご報告があって参りました。ですが、ここでは――」


 言いよどむ男性を前に、ユリアと呼ばれた女性が、「構いません。報告を」と促した。どうやら先程のやり取りは男性とユリアとの間で取り決められた暗号だったのだろう。


 そう納得したクロウの目の前で、ユリアは男性にクロウが見えるように脇に避けた。


「あれ? クラウス隊長! 何故この様なところに……」


 驚いた男性が声を上げるが、ユリアとクロウを見比べて何かに納得したように頷き、


「なるほど。隊長も隅に置けませんね?」


 ニヤリと笑う男性に「他の女性隊員には内緒だよ?」とクロウが何故か格好つけて返した。


「何を馬鹿な事を言っているんですか。隊長も悪ノリしないで下さい」


 視線だけで人を殺せそうなユリアに、クロウと男性が顔を見合わせ苦笑い。


「早く報告を――」


「そうでした。隊長と行動を共にしていた三人ですが、先程自由商業区でゴロツキを相手に暴れている所を発見……と言うか、隊長が見つかったならこの報告は要らなかったのでは?」


 小首を傾げた男性に、「そ、それもそうですね」とユリアは若干焦ったように頬を染め小さく咳払いをした。


「あれあれぇ? ユリアちゃん、もしかしてボクのこと探してくれてたの?」


 ニヤニヤするクロウに

「当たり前でしょう。隊長が雲隠れなんて、そんな恥ずかしい部隊は嫌じゃないですか」

 と努めて冷静に返したユリア。


 二人の様子を若干ニヤついて見ていた男性が、再び敬礼――


「では、これ以上はお邪魔になりそうな故、小官は任務に戻ります」


 ――ユリアから反論がある前に、男性は音もなく扉を抜けて消えていった。


 男性が消えて暫く、桃色の部屋に再びユリアの「ハァ」と言う溜息が響いた。だが今度のそれは、まるで安心したかのような、そんな雰囲気の溜息だ。だが、それに突っ込むほどクロウも大人気なくはない。


「どうやら本当にダンジョンに居たようですね」

「だから何回もそう言ってたじゃん」


 驚くクロウに、「信じられる訳ないじゃないですか」とユリアが冷たく言い放った。


「まあ魔王や『アクセス権限復旧プログラム』は置いといて、ダンジョンに居たという事は信じるしかないですね……実際隊長と行動を共にしていた三人も同じだけ行方知れずでした……し……? 隊長?」


 話しながら視線を上げたユリアの視線の先には、考え込むようなクロウ。


その様子を訝しみながら、ユリアが顔を覗き込んだ。


「ん? ああゴメン。ナルホドと思っててね」


 手をヒラヒラ振るクロウに「何の事でしょうか?」とユリアが更に一歩詰め寄った。


「いや、青年の行動がさ……」


 そう言って笑うクロウだが、その笑顔に力はない。驚き呆れの感情が強いので仕方がないことだが。


「青年……冒険者ロクローの行動でしょうか?」

「そ。さっき暴れてたって。それで、わざわざギルバートを生かしてた理由が分かったんだよねぇ」

「あのの理由なら見せつける為だったのでは?」


 小首を傾げたユリアに「それはただの手段かな」とクロウが肩を竦めて続ける。


「青年はさ……。舞台を――


 その言葉に眉を寄せるユリアに、クロウは六郎の狙いを説明する。


「ギルバートを襲撃した事で、屋台の組合が離反したじゃない?」


 頷くユリア。


「でもギルバートは健在だから、離反を抑え込もうとゴロツキや冒険者崩れを送り込むわけだ」


「実際にそうなってますね」


 その言葉に今度はクロウが頷いた。


「で、そうなってくると、街の至る所で喧嘩や脅し……まあ衛兵さんの仕事が増えるわけなんだけど――」


「現在衛兵及び議員のお歴々は、各勢力からの賄賂で全く取締をしていま……せ……そういう事ですか」


 気がついた事のに、顔を顰めるユリア。


「青年は。暴れても、殺しても、誰にも咎められない空間が出来るのを」


 頷いたクロウが「トンデモナイ男だよ」と大きく溜息をついた。


「そ、そんな事がありえるのでしょうか? 理由が分かりません」


「さあねぇ。ま、嫌いだからじゃない? 襲うって息巻いときながら、何もしてこないような腰抜けが」


 遠い目をするクロウを見つめるユリアは、言葉を紡げないでいる。


 脅して来たくせに、襲ってこないから殺す。


 意味が分らない。襲ってこないに越した事はない無いじゃないか。

 あらそいに発展しない方が、良いではないか。


 そう言いたげなユリアの表情に、クロウが意味深に頷き、口を開く――


「青年は求めてるんだよ……あらそいを」


 クロウの言葉に息を飲んだユリア。

 それではまるで、獣にも劣るモンスターのようではないか……

 忌避感の浮かぶ顔には、そう書かれているかのようだ。



「で、でも幾らなんでも派手にやりすぎると、衛兵に目をつけられる気がしますが」


「だから、これから数日でカタをつけるんじゃない? 今なら何処かでゴロツキの死体が転がってても、それが青年の仕業と思う人なんて居ないだろうし」


 ユリアが思いつく事など、六郎はとうの昔に考えついている。そう言いたげなクロウの言葉にユリアは遣る瀬無く下を向いた。


「……冒険者ロクロー……自分の目的のため、無辜の市民を巻き込むとは――」


 怒りに打ち震えるユリアの肩をクロウが優しく叩いた。


「それはどうだろうねぇ。青年は種を撒いたけど、それに水をやって育てたのはギルバート始め他の商人だよ」


 クロウの優しげな声に、「ですが――」と顔を上げたユリア。その頭を撫でるクロウが更に優しく語りかける。


「実際、暴力に頼らない商人もいるわけじゃない?」


 その言葉にユリアは再び下を向く。

 実際クロウの言うとおりなのだ。街を荒らしているのは商人達の方で、六郎に非があるとは言い切れない。

 そもそも今語ったのでさえ、クロウの予想なのだ。限りなく正解に近いだろうが、六郎が何を思って、この様な事態への布石を打ったのかは分からない。


 虐げられる市民のため。

 六郎自身の楽しみのため。


 どちらかなんて、六郎にしか分からないのだ。


 十中八九、六郎の楽しみのためだろうが、それでもゴロツキや悪徳商人が消えれば市民は喜ぶだろう。……多分。凄惨な街の様子にドン引きするかも知れないが。


「ま、一つの方向から見て『悪』だと決めつけるのは早いよ」


 クロウの言葉に「分かりました。取り乱して申し訳ありません」と小さな声のユリアが頭を下げる。


「とはいえ、街に獣が放たれたのは事実――」


 言いながらベッドに腰を降ろしたクロウが、「いや」とその言葉を否定して笑う。


「獣じゃないねぇ。逆だ。さしずめハンターって所かな」


「ハンター?」


「そ。ここは狩り場だ。ハンターは青年一人。残りは全部獲物――」


 クロウが肩を竦めて苦笑い。


「――ゴロツキも。ギルバートも。冒険者も……そしてギルドも」


「ギルドもですか?」


 驚きを隠せないユリアに、クロウが苦笑いのまま頷く。


「そりゃ、やるでしょ。青年だもの。勿論正面切っては嬢ちゃんが止めるだろうけど、何かしらの意趣返しはするだろうねぇ」


 もう苦笑いしか出来ないクロウに、「く、狂ってます」とユリアは苦笑いすら浮かべられない。


「とにかく数日は全隊員にターゲットから距離をとらせようか。必ず市民に紛れて、市民生活だけを行うように」


 言いながらベッドに身を投げ出したクロウ。その耳には「た、直ちに手配します」と慌ただしく部屋を出ていくユリアの声と扉の開閉音だけが残っていた。

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