第90話 マッチポンプは十八番です

 登場人物


 六郎&リエラ:主人公&ヒロイン。最近リエラの過去に何かがあった事が少しずつ明らかに。


 ジン&クロウ:ダンジョン攻略のお供二人。正義感溢れるジンと、裏表ありまくりのクロウ。実は古い知り合い。


 トマス:六郎に焚き付けられた商人。クラルヴァインで一旗上げるために奮闘中


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 オケアヌスの死に関わっていたジルベルト。

 その存在も、ジルベルトの雇い主も知っている風なクロウ。

 それらを目の前に、六郎はまさかの「興味ない」発言。


 謎や秘密を前に、それを追求するどころか立ち塞がるなら真正面から斬り伏せるという、スーパー脳筋主人公。


 ちなみに目的も計画も無い六郎が立ち塞がっている方だが、自己中マックス六郎からしたら関係ない。


 それ征け六郎。全てを斬り伏せ白日の元に晒すのだ! お願いだから秘密ごと斬り捨てないでね……


 ☆☆☆





「やーっと帰ってきたー!」


 伸びをしながら声を上げたリエラ。その言葉通り、六郎達はクラルヴァインの街に戻ってきた。


 ゴブリン達の【牧場】で一泊、オケアヌスの神殿で一泊。二泊三日の行程だが、ダンジョン内部での時間経過がわからない為、少々時間は前後している可能性がある。

 その証拠に、「夜中では街に帰還できない」と神殿で一泊したその足で帰還したにもかかわらず、外には夜の帳が降り始めているのだ。


 慌ててクラルヴァインまで駆けた四人は、ギリギリセーフで城門を潜り抜けた。リエラが帰還の喜びを叫びたくなる気持ちも無理はないだろう。


 思いの外ハードな遠征になったダンジョンアタック二回目。その成果を喜びたい四人ではあるが――


「何だか出た時よりも賑やかになってなーい?」


「ガラが悪くなった……感じだな」


 苦笑いのクロウと、周囲を警戒するように視線を走らせるジン。二人が言う通り、クラルヴァインの大通りは、いつも以上に武装した人間が目立っている。


 衛兵、冒険者、そして見るからにゴロツキ。一般人も多数歩いているものの、どちらかというと道の端に追いやられている感が否めない。


「どこに行った?」

「こっちだ! お前は向こうから回れ!」

「逃がすな!」


 など、楽しさとは無縁で耳障りな怒声まで聞こえてくる始末だ。


 そんな大通りで一番耳目を引くのが――


「テメェか? うちの店にイチャモンつけてる野郎ってのは?」

「ああ? ンだテメェ!」


 ――屋台の目の前で揉めているゴロツキ同士だ。


 普通ならただの喧嘩と遠巻きに見たら良いのだろうが、数日前にギルバートと屋台の組合が揉めていると聞いたばかりだ。であれば、今も口論を続けるのは用心棒と嫌がらせのゴロツキ。という線が濃厚だろう。


 大通りで揉めるゴロツキ同士。


 裏通りならいざ知らず、大通り、しかも衛兵も少なくない数が歩いている。そんな目の前で喧嘩などしようものなら――


「お前たち、何を揉めている?」


 ――案の上数人で歩く衛兵の一人が声をかけ、ゴロツキ達がそちらを振り向いた。本来ならこれでお開きの筈なのだが、


「なんでもねぇよ、ちょっとした議論だよ」

「そうそう議論だ」


 笑いながらゴロツキが衛兵の肩を組むと――そのまま衛兵の手に


 その手をチラリと見た衛兵が、周囲の仲間たちに目配せ――


「うむ。議論か。やるならば、路地裏などの人目の付かぬ所でな」


 ――鷹揚に頷き、そのままその場を立ち去ってしまった。


「腐ってるわね」


 その光景を眺めるリエラが苦々しく呟いた。どうやら賄賂を貰いゴロツキ達の騒動を見逃しているようだ。


 そう思い周囲を見渡すと、似たような光景が至る所で散見される。屋台だけでなく、店舗型の商店の軒先などでも見られることから、至る所で商人同士の代理戦争が勃発しているのは間違いない。


 道理で街を歩く一般人の顔がくらい訳だ。そう思ったリエラの耳に――


「おい、が性懲りもなく店出してやがるぞ!」

「潰せ! アレは最優先だ!」


 ――知り合いの名を大声で叫ぶ、粗暴な怒声が響いてきた。


 路地裏へと消えていく男たちを見た六郎とリエラが目配せ。リエラの視線に込められた「どうするの? 助ける?」という思い。その視線を暫く見ていた六郎が口を開く。


「トマス殿どんの覚悟ば踏みにじりたくねぇんやが……」

「でも今の所、唯一の取引可能な商人よ?」


 眉を寄せる六郎に、リエラは肩を竦めてみせた。


 トマスは商人として自分で戦うと言っていた。であれば部外者である六郎達がトマスを助け出すのは筋が違うのではないか。


 トマスがこんな混沌とした街で、一端に商人として頑張っている。その手腕だけで安易に暴力に走る奴らと渡り合っているのだ。


 そこに六郎達が出ていけば、トマスは他の奴らと同等の商人モドキに成り下がる。であれば静観するのが筋だと六郎は考えている。


 とは言え、リエラの言う事も分かる。


 ギルドからも目が付けられている以上、トマスしか六郎達に物を売ってくれたりする人間は居ない。

 そのトマスに何かあれば、干上がるのは六郎やリエラだ。


「仕方ねぇの。とりあえず様子だけ見に行こうや」

「俺も行こう。トマス殿には俺の仲間たちも世話になっていると聞いた」


 同行を申し出たジンが「早く行こう」とその正義感溢れる顔を見せる中、クロウが顔の前で両掌を合わせて頭を下げた。


「ごめーん。オジサンどうしても寄る所があるんだよねぇ……」


 クロウのヘラヘラとした顔を一瞥した三人が顔を見合わせ――


「明日の朝には戻りなさいよ」


 ――意外にもリエラが一言残しただけで、三人はクロウを置いてゴロツキ達を追いかけた。


 残されたクロウがポツリと――


「イジられないと、それはそれで寂しいもんだねぇ」


 ――呟く言葉は、再び聞こえてきた怒声に掻き消され誰の耳にも届くことはなかった。



 ☆☆☆



「テメェ、何度言ったら分かるんだ!」


 メインの大通りから一つ筋を入った通りから、ゴロツキらしき怒声が響き渡る。


 その中心にはゴロツキ十数人に囲まれた、トマスと数人の人間達の姿があった。


 今もゴロツキから「ここで店をやって良いなんて誰が言ったんだ?」などの怒声がトマスに降り注いでいるが、当のトマスは微動だにせず、真っ直ぐにゴロツキを睨み返している。


「誰の許可も何も、この通りは自由商業区です。クラルヴァインの法律に則って、私達はお店を出しているだけです」


 ゴロツキの前で胸を張るトマスの後ろで、彼に付き従うような男女が「そ、そうだ!」と弱々しい声を上げている。


「テメェ、何度も言わせんな! 今は法律なんか役に立ってねぇんだよ!」


 叫んだゴロツキがトマスの顔面を殴り飛ばした。


 吹き飛んだトマスだが、服についた埃をパンパンと払っただけで再びゴロツキの前に仁王立ち。


「商品を買う気が無いのであれば、お引取り下さい。他のお客様の迷惑です!」


 毅然とした態度のトマスに、ゴロツキが一瞬たじろいだ。トマスの堂々とした態度を後押しするように、周囲にいる一般人からも「帰れ」との声が上がり始める。


 クラルヴァインの住人としても、様々な店にゴロツキがたむろしている状況は良しとしないのだろう。そして恐らくトマスの後ろにいる人間たちは、ゴロツキを雇う事もできない零細商店の人間か、もしくはトマスと志を同じくする商人たちだろう。


 ゴロツキ達に向けて上がる「帰れ」のコールに加え、どこからともなく響いてくる甲冑が打つかり合うような音。


「衛兵さんコッチです!」


 誰かが衛兵を呼んだのだろうその声に、民衆のボルテージも最高潮だ。


 通りに現れた数人の衛兵、それを見たゴロツキ達の顔は――意外にも余裕そうだ。


「お前ら何をしている!」


 衛兵が声を上げるが、ゴロツキはそれを気にした素振りもなく、「いやいや衛兵さん、聞いてくださいよ」と衛兵の元へ。


 そのまま懐に手を入れ、何かの袋を取り出すとそれを衛兵に手渡しながら、何かを囁いた。


「む? それはいかん!」


 少々芝居がかった衛兵の声に、住民たちも叫び声を上げることを止め、その様子を見守り始める。


「そこな商人、お前の店で購入したものに不具合があったとこの男が言っているが、相違ないか?」


「な! そ、そんな事は――」


 寝耳に水の展開に、トマスが初めて慌てた顔を見せる。


「見苦しいぞ! しっかりと保証をするように!」


 それだけ言い残すと、やってきた衛兵はゴロツキを取り締まる事もなく帰っていく。


 わかり易すぎる賄賂に杜撰な対応。その様子を見ていた住人たちは全員怒りを通り越して呆れた表情だ。


 衛兵が居なくなり、静かになった通りにゴロツキの勝ち誇った笑い声が響き渡っった。


「頭と金ってのはこう使うんだよ」


 自身のコメカミを差しながら、ニヤニヤと笑うゴロツキA。その後ろで同じように笑っていたゴロツキBが「良い事を思いついたぜ」と目の前のAの肩を叩き耳元で囁く。


「そりゃいいな――」


 それを聞いたゴロツキAが周囲を見回し――


「お前ら、この店で物を買うなら――」


 ――再びトマスに視線を戻して殴り飛ばした。吹き飛び、商品に突っ込むトマスを笑うゴロツキ達。


「――こうなるぜ?」


 笑いながら自分たちを見るゴロツキに、民衆は顔を青くして目を逸らした。普通なら衛兵がどうにかしてくれる筈だが、今まさに目の前で不正を見たばかりだ。衛兵になど期待はできない。


 先程まで熱を帯びていた民衆たちのテンションは一気に下降。それを満足気に見ていたゴロツキ達が帰ろうと踵を返した瞬間、目の前に一人の男が現れた。


 派手な意匠の服を肩に羽織った黒髪の美青年――六郎だ。


「おう。そこん食料と水ば売っちゃらんね?」


 倒れ込んだトマスを引き起こした六郎。その顔を見たトマスが「ろ――」口を開こうとした瞬間、「俺もこちらの商品を貰おう」ジンがその横から声をかけた。


「お前ら何者だ? 俺達の警告を聞いてねぇのか?」


 声を張り上げるゴロツキを六郎は完全に無視、「金はここに置いとくぞ」そう言って硬貨を机の上に乗せると、落ちてバラバラになった食料と水の入った容器を拾い上げた。


「では、俺も――」


 それに倣うようにジンも硬貨を置くと、魔道具のような商品を掴んだ。


「テメェら――」


 ゴロツキが六郎の肩に手をかけた瞬間、食料や水が宙を舞い、枯れ木をへし折ったような乾いた音が通りに響き渡った。


「ぎゃああああああ」


 一拍遅れて轟くのは、ゴロツキが上げる野太い悲鳴――


 肩を掴まれた瞬間、商品を上に放り投げた六郎が、鉄扇で肘を極め、そのままへし折りゴロツキを引きずり倒したのだ。


 舞っていた食料や水が六郎の手の中に収まると、漸く状況を理解したゴロツキ達が腰の剣を引き抜き構える。


「て、テメェ、やりやがったな! 俺達のバックに誰がついてるか知ってんのか?」

「知らん。興味なか」


 そう吐き捨てた六郎が食料や水を「持っちょけ」とジンへと放り――目の前で剣を構えるゴロツキへ一直線。


 黒い軌跡がゴロツキの腕を通過すると、通りに響いたのは「ボトリ」という間抜けな音。

 剣を握ったまま地面に落ちたゴロツキの腕。それを見たゴロツキに漸く事実と痛みが襲いかかった。


「腕! 俺の腕がー!」


 腕を抑え蹲るゴロツキ。その首筋に閃く銀――。

「腕、腕gh」

 ゴロツキの悲鳴は声に変わる事なく、代わりに吹き上げる血飛沫が、辺りに地獄の到来を告げる。


「や、やりやがったな!」

「それしか云えんのんか……戯けが」


 問答する気など更々無い。そう言いたげな六郎が、直剣を肩にゴロツキに手招き。その仕草にゴロツキの顔面は見る間に紅潮し、「ぶっ殺せ!」と腕を折られたゴロツキAの掛け声とともに、全員が六郎へ向けて駆け出した。


 立ったままゴロツキに対峙する六郎。


 大上段からの振り下ろし。

 半身で躱して柄頭で喉仏を突く。

 骨が潰れる鈍い音――柄頭を力いっぱい振り抜き、死体を吹き飛ばす。


 喉を潰された死体が、数人を巻き込み転がった。


 半身になった六郎の背中を狙った突き。

 背中に担ぐようにした直剣の腹がそれを受け止める。


 その技巧に目を見開いたゴロツキの視界は、いつの間にか反転――そのまま意識を暗闇へと手放した。


 それに怯んだゴロツキの首が三つ、ほぼ同時に宙を舞う。


「同時だ! 同時にかかれ!」


 怒声に反応したように、六郎の左右から斬りかかるゴロツキ達。


 右から迫る一人と一瞬で間合いを詰めた六郎が、その腕を掴み勢いに任せて左のゴロツキ二人に思い切り放り投げる。


 団子状に転がるゴロツキ三人に向けて、六郎が手に持った直剣を投擲――固まった三人を貫通し、地面に縫い止めた直剣を見ることもなく、六郎は地面に落ちていた別の剣を拾い上げた。


「ば、化けも――」


 六郎の目の前で剣を振り上げたゴロツキ。

 だがその剣が振り抜かれる前に、六郎の横薙ぎが手首から先を斬り飛ばす。

 横薙ぎの勢いそのまま回転した六郎の右後ろ回し蹴り。


 ゴロツキの首が吹き飛び、勢い余ったそれが壁に打つかり潰れたトマトのように壁を真っ赤に染め上げた。


 潰れた頭、飛び散った血に、「ヒッ」と怯んだゴロツキの口を貫く六郎の直剣。


「男が戦に臨んで見っともなか声ば上げなや」


 直剣を引き抜いた六郎が、それを一振り。地面に血と唾液が飛び散る。


 初めに喉を潰された死体に巻き込まれた、ゴロツキ数人。


 顔を上げた先には、獰猛な笑みの六郎――彼らの意識はそれを最後にプツリと途切れる。





「主で最後やの」


 ゆっくりと最後に残ったゴロツキへと歩く六郎。初めに腕を折られたゴロツキは、腰が抜けたように、へたり込み後ろへと逃げていくしか出来ない。


 その足を縫い止めるように、六郎が直剣を突き刺した。


「ぎゃああああああああ」


 響く野太い悲鳴に、一部始終を見ていた民衆は、初めこそ六郎を応援していたが、今は顔を青くして目を逸らすだけだ。


「くそ、足……抜けねぇ――」


 地面に鍔がめり込むほど突き刺された剣は、片手しか使えないゴロツキの力ではどうする事も出来ない。


 直剣を抜こうとしていたゴロツキの手を六郎が踏みつけへし折った。響くのは変わらず野太い悲鳴だ。


 近づく六郎の顔に、ゴロツキが情けなく涙と鼻水を垂らすと――その顔に六郎がニヤリと笑う。


するわい。主らが莫迦ん集まりで助かったわ」


 六郎の言葉に、意味がわからないという表情を見せるゴロツキ。


「こん街を、暴力ん支配するにしてくれたとやろうが? これでワシも


 笑いながらゴロツキの頭を六郎が掴んだ――


「なに……主らん雇い主も直ぐに来るけぇ」


 ――そのまま力を込め、頭を捻り上げると、「ゴキン」と骨の折れる音が響き渡る。


「向こうで閻魔に宜しくの」


 笑った六郎が立ち上がり、大きく伸びをした。


「エエの。エエ塩梅じゃ。あんにもばやらねばな」


 血の臭いが立ち込める通りに、六郎の嬉しそうな声だけが響いていた。

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