第89話 教えてやろうと思ったら、相手が興味無い時の微妙な空気と言ったら

 登場人物


 六郎:主人公。三度の飯より戦いが好き。


 リエラ:ヒロイン。三度の飯もお金も好き。あと間食も。


 クロウ:怪しいオジサン。裏がある事を見抜かれてるのに誰も突っ込まない。三度の飯より女性が好き。でも部下の女の子が怖いので遊んだりしない。


 ジルベルト:影武者沢山の謎の爺。もう一人いる謎の爺とタッグを組んで何か企んでる。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 魔王オケアヌスをいわしました。


 ☆☆☆





 パチパチと音を立てて燃える薪を、リエラは眺めている。


 魔王オケアヌス。その異形を封じ込めていた神殿の一角で燃え上がる炎。オケアヌスを倒して暫くすると神殿内を照らしていた緑青色の炎が消え去り、代わりに中央に出現した


 一つは帰還用。もう一つは恐らく先に進むための物だろう。


 このダンジョンに初めて潜った時、飛ばされた特殊層とは何もかもが違う。あの時は巨大花を討伐後、ジャングルの景色が霞んでいき、何の変哲もないダンジョンの大部屋に変わっていた。


 それが今回に限っては風景が変わらない。つまりここは、ダンジョン内部に実在する空間。もしくはどこかの空間へと、一時的に転移させられているのだろう。


 考えた所で分からない。


「ホント……知らないことばっか――」


 ――女神なのに。自嘲気味に呟いた言葉とともに、足の上で組んだ腕にその頭を預けた。


 視線の先には炎に照らされる


「……初めて見たかも」


 穏やかな寝息を立てる六郎。その寝顔をリエラは初めて見た。

 あの白い空間輪廻の輪然り、旅の途中然り、六郎が目を瞑る時は座り込み、刀や己の腕に頭を預ける格好が普通だ。

 唯一寝転がるのは宿のベッドの上だが、それでも寝るのはリエラのほうが早く、起きるのは六郎のほうが早い為、六郎の寝顔など見たことが無かった。


 こんな所で寝転がるなど、余程疲れているのだろうか。


 そう言えば、初めて王都近くの森でゴブリンを倒した時に、「戰場で寝転ぶな」と苦言を呈されたこともあったなと、思い出したリエラは「アンタも寝てんじゃない」と苦笑いだ。


 そんな六郎が横になるということは、やはり最後の動きは六郎をしてもオーバーワークだったのだろう。


「……まさかこんな事になるなんてね」


 再び焚き火に視線を戻したリエラが、その炎をボンヤリ見つめる。


 思えば遠くに来たものだ。六郎をこの世界に派遣した当初は、こんなよく分からない事になるなんて思ってもいなかった。


 何も知らない中世日本のサムライ。馬鹿で大飯食らいでよく笑い、己の道理が第一の超絶自己中。

 そんな男が目の前に顕れてから、リエラの世界は文字通り一変した。


 王国と揉め、よく分からない組織に狙われ、今は都市国家最大都市で問題を起こしながら、更に世界の謎に迫る日々。


 あの白い空間輪廻の輪にいた時、想像出来ただろうか。いや、想像なんて出来るわけがない。


 そもそもこの世界が、自分の知らないことだらけなのだ。今までは疑問にすら思わなかった。管理者という立場に。自分が何も知らない事に。


 ……いや、『知らない』という事すら知らなかった。


 だが今はどうだ……管理者とは何なのか。世界を管理するという名目だろうか。疑問は尽きない。


 何故知らないことばかりなのか。

 何故それを疑問に思わなかったのか。

 何故自分の記憶は千年前からしかないのか。


 そして――


「なんで、アタシには魔王オケアヌスと?」


 ――つぶやき振り返った先には、既に動かなくなったオケアヌスの白骨。六郎に滅多切りにされ、至る所がバラバラに崩れ落ちているそれが再び動き出す気配はなさそうだ。


 再び視線を戻した先、揺れる炎を見つめるリエラが小さく溜息をついた。


 魔王オケアヌスと戦った記憶。あるというより、という方が正確だろう。更に言えば、戦っただけでなく姿の記憶もあるのだ。


 記憶の中のオケアヌスは、美しく輝く七色の鱗に、ジン同様鍛え抜かれた青い肌の肉体。黄金に輝く三叉の鉾と、どちらかというと神々しい雰囲気だ。


 その記憶はそこで途切れ、次に思い出したオケアヌスの記憶は、それと戦う前の記憶。


 神々しかったオケアヌスの身体が紫に染まり、七色の鱗は赤黒く変色していく。黄金の鉾は黒く禍々しいオーラを纏い、頭からは無数の角が生えてくる。


 降り注ぐ水系統の魔法は、魔王の名に恥じぬ強大なもので、天候を操り、地形を変える威力で記憶の中のリエラに迫っている。


 魔王オケアヌスに対峙しているのは、リエラだけでない。


 リエラの周りにも、そしてオケアヌスの周りにも多数の人。


 翼を持つその姿は、まさしく天使と言った所だが、リエラの周りにいる人は翼を持たず空を飛翔している。

 因みにリエラにも翼はない。


 空を駆け、オケアヌスを討伐する人々。多大なる犠牲を払いながら討伐したオケアヌス。

 それが何故この様な場所に封じられているかは思い出せない。


「駄目ね……考えても分からないものは仕方がないわ」


 もう何度目になるのか。そう自分に言い聞かせるように呟いたリエラがポシェットの中からベッドを――


 ――途中まで引きずり出されたベッドを、リエラがポシェットの中に押し戻して六郎の隣に寝転がった。


 床は硬いし冷たいが、何故だが今はこの男の隣に居たいと思ったのだ。

 妙な胸騒ぎの様な感覚。それが不安だという感情だとリエラは知らない。六郎の隣が安心する場所だということを、リエラは気がついていない。


 それでも束の間の安心を得たリエラから、静かな寝息が聞こえてきたのは、それからすぐだった。



 ☆☆☆



 リエラから寝息が響いて暫く、六郎がパチリと目を覚ました。自分にかけていた振袖をリエラに被せ、脇にある刀を掴んだ六郎が上を睨む。


 足音を立てずに焚き火の前から移動した六郎が、上空へ向けて踏み切る。


 壁を蹴り、はるか上空に空いた穴へ向けて飛ぶ六郎。


 穴から飛び出した六郎は、そのまま神殿の屋根に着地――


「……何のようじゃ?」


 ――暗闇に向けて静かに呟いた。


 何もない暗闇。そこから聞こえてきたのはゆっくりとした拍手。「パチパチパチ」と乾いた音が、神殿の屋根と洞窟の天井の間に響く。


「よもやこの距離で気づかれるとは――」


 影が揺らめき顕れたのは、


 仕立ての良い燕尾服。

 伸びた背筋。

 鍛え抜かれた身体。

 白髪交じりだが整えられた髪と髭。


「おうおうおう、爺……やねぇの。よう似た別人か?」


 殺したはずのジルベルトの出現だが、その本人が放つ圧や雰囲気から六郎は別人と判断している。実際六郎が殺したのは、ジルベルトが魔法で見た目を変えた影武者なので、強ち間違いでもない。


 因みに顔は覚えているが、名前は忘れている。


「さてね。気になるならいずれ教えてやろう」


 六郎を前に、今までと違う口調は素を隠すつもりがないのだろうか。


「ここで死ぬ奴ん戯言に興味なんぞねぇの」


 刀の柄に手をかけた六郎に、ジルベルトが嘆息。


「止めておけ。これ以上暴れると、ここに入れなくなるぞ?」


 ジルベルトの言葉に六郎の眉がピクリと動く。「に入れなくなる」恐らく六郎たちが挑んでいるダンジョンの事を言っているのだと直ぐに理解したが、なぜ目の前の老人がそれを知っているのかが分からない。


「貴様、ここん関係者か?」


「関係者ときたか」


 六郎の言葉を鼻で笑うジルベルト。その行動に含まれた「そうじゃない」と言う言葉を理解した六郎が「ほな何ね?」と眉を寄せた。


「そうだな……端的に言えば……敵対者か」

「まぁた訳ん分からん事を」


 顎を擦るジルベルトに、六郎の面倒くさそうな顔。にらみ合う二人の間に流れる微妙な沈黙。


 ジルベルトとしては「どういう事だ?」等の返答を期待しているのだろうか。

 兎に角会話のボールは六郎にあると考えているが、当の六郎は興味がないので、ただ腕を組んでジルベルトを睨んだままだ。


 暫く沈黙が続いたあと、ジルベルトが眉を寄せながら口を開く。


「何も聞かないのか?」

「興味なか。敵ば叩っ斬るんに面倒くせぇ背景なんぞ要らんめぇが」


 ジルベルトの瞳を真っ直ぐ見返す六郎。その様子にジルベルトは呆れたように小さく溜息をついた。六郎が今言った言葉が、本心からきていると理解したのだろう。


 


 戦うことに理由を求めないという、獣のような思考が。


 戦うために生きる。

 生きるためだけに殺す。

 楽しむために戦う。


 もはや獣よりも性質がわるい。



 考える頭を持ちながら、戦いという物を楽しむだけにしか使わない六郎。今までそんな人種を見たことのないジルベルトが、考え込むようにその眉根を寄せた。


 ……何の思想も考えもなく、気に食わないから敵対する。


 本来ならばただの戯言と流せば良い。そんな考えでは人はついてこないし、暴れるだけで相手にする必要もない。


 だが、目の前の六郎はジルベルトの計画にとって、ある意味キーパーソンだ。

 神器により限定的ではあるものの降神をなし得た男。


 計画を実行する上で、必ず六郎たちから神器を奪わねばならない。つまり敵対する事は確定だが、その根底にあるのは思想でも、理想でも、願いでも、ましてや野望などでもない。


 ただ単純に「ムカつくから」と言う信じられない思考だ。


 考えなしの馬鹿と断じてしまいたい。それ程六郎の底は、ジルベルトには浅く見えている。


 だが、それを信じるべきではないと本能が警鐘を鳴らしているのも事実だ。


 評価の難しい男。どうすべきか……考え込んでいたその思考だが、ジルベルトはそれを放棄した。


「やめておこう。今日の邂逅は偶然だ。お前たちが


 ジルベルトの恨み節を信じるなら、六郎達はダンジョンの機能で別の場所に強制的に転移させられているという事だろう。……ただ六郎には全く意味が通じていない。


 とはいえ、「何云いよんじゃ」とは言わない。言った所で分かるか微妙だ。そしてそれ以上に興味がない。


「いずれ会う時は、相手をしてやろう」


 初めて見せるジルベルトの笑みは、想像を越えて獰猛だ。その笑顔に六郎も似たような笑みを返す。


「年寄が張り切りなや」

「誰に向かて物を言っている小僧」


 睨み合っていた二人の間に流れる静かな殺気。暫く空間を支配していたそれを楽しんだように、ジルベルトが静かに笑い指を鳴らす。


 ――パチン


 その音に空間に出来る歪。オケアヌスが入れたヒビとは違い、歪んだ空間がゆっくりと渦を巻いていく。


 歪んだ空間に手をかけたジルベルトが六郎を振り返り――


「一つ良いことを教えてやろう。ここのオケアヌスを殺したのは私だ。いや……正確にはオケアヌスの魔石と肉体を媒体に、を作ったという方が正しいか?」


 ――意味深に笑う。


「そうか。よう分からんが、貴様があんデカブツよか強ぇっち事でエエんやな?」


 腕を組んだままの六郎に、ジルベルトが笑いながら頷く。


。さっさと攻略して宝を揃えろ。そうしたら私が奪いに来てやろう」


 それだけ言いうと、ジルベルトは空間を潜るように姿を消した。後に残ったのは、遠くから聞こえてくる水が滴り落ちる小さな音だけだ。





 滴る水の音だけが空間を支配して暫く、それに混じる六郎の小さい溜息。


「……で? 主は知り合いなんか? あん爺と」


 振り返らずに口を開いた六郎の言葉に、屋根の影に隠れていたクロウの肩がビクリと跳ねた。


 驚きそれでいて諦めた様な表情のクロウが立ち上がり、六郎の前に姿を現す。


「気づいてた?」

「最初からの」


 腕を組み振り返った六郎に、「ホント嫌になるねぇ」とクロウが肩を竦めた。


「で、どうなんじゃ?」

「知ってると思う?」

「ホンなら何故コソコソ聞いとったんじゃ」

「それはアレ、もしもの時の伏兵的な?」


 ヘラヘラ笑うクロウに、「ま、何でんエエわ」と六郎が小さくため息をつく。


「どのみち立ち塞がるんなら、主やろうが、爺やろうが叩っ斬るだけじゃけぇ」


 笑いながらクロウを素通りし、昇ってきた穴へ――


「出来ると思ってんのかい?」


 ――向かう六郎の背中に投げられた、いつになく真剣なクロウの言葉。


「出来る、出来ねぇやのうて、やるんじゃ。それしか道を知らんけぇ」


 振り返った清々しい六郎の笑顔に、苦虫を噛み潰したような表情で視線をそらすクロウ。

 そんなクロウをチラリと見るだけで、「ほな先に戻っとるぞ」と六郎は興味を示すことなく穴の底へと降りていった。



 六郎の気配が遠のいて暫く――


「確かジルベルト・モートン……だったか。…………アンタ何がしたいんだ」


 ――虚空を見つめるクロウの呟きは、滴る水の音に紛れて洞窟の天井に吸い込まれていった。

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