第88話 そりゃ長くなるよね
同日公開だから前置きは省くよ!
☆☆☆
咆哮を上げるオケアヌスを見る六郎が眉を寄せた。
「アレって、見間違いじゃないよね?」
クロウにもそれが見えているようで、隣から引きつった様な笑い声が聞こえてくる。
「見間違いであって欲しい所だな……空間が裂けるなど」
ジンの強張った声が示すように、六郎達の目の前で、オケアヌスは空間に浮かぶ亀裂へ手を突っ込んでいるようにしか見えない。
「青年が腕を落としたって事で良いんでない?」
クロウの願いを嘲笑うかのように、何かが割れる様な音が辺りに響き渡った。
音に比例するように空間に入っていたヒビが少しずつ大きく――そして右腕がそのヒビの中から引き摺り出したのは、巨大な三叉の鉾だ。
黒く禍々しい鉾。柄に付いた装飾も、又部分に施された装飾も、何もかもが真っ黒に塗りつぶされたように、シルエットしか分からない。
唯一分かるのは、その周囲には紫の靄が纏わりつき、見るからに危険だという事だけだ。
「怒らせちゃったんでない?」
「……クロウの態度が悪いからだろう?」
軽口を叩く二人だが、その顔は真剣そのものだ。そのくらい鉾が発する邪気は恐ろしく強い。
その鉾をオケアヌスが掲げる――中空に浮かび上がる無数の魔法陣。
「やば! 全員避けるか防御!」
リエラの声とほぼ同時、魔法陣から繰り出されたのは、水色の軌跡。
直進し、放物線を描き、縦横無尽に降り注ぐ水の暴力。仕組みはサハギンの水鉄砲と同じだが、その威力は比べ物にならないどころか、カーブしても威力が落ちない特殊な術式だ。
まるで生き物のように四人に襲いかかる超圧縮水流。
「こらぁスゲぇの」
笑う六郎が半身になれば、その正面と真後ろからカーブしてきた水流が襲う。
それを横に飛べば、その方角から別の水流。
滑り込む。
飛び上がる。
捻る。
その度に六郎の肌を、服を掠める水流に「おうおう、危ねぇの!」と笑顔を振りまいている。
この状況で笑顔を振りまく六郎に、ドン引きしながら大剣の腹で水流をいなすジン。
そして――
「いやー、死ぬ! オジサン死ぬなら女の子の膝枕の上って決めてるの!」
弱音を履きながらも、六郎のように躱し、躱せない水流は腕で器用に受け流すクロウ。
「アンタ達、緊張感持ちなさいよ!」
そして眉を釣り上げるリエラは、安定の強力防護壁だ。
飛び、捻り、回って、躱す六郎。
時に躱し、時に受け流すクロウ。
時に躱し、時に大剣の腹でいなすジン。
防護壁を展開するリエラ。
四人それぞれが、水の軌跡を捌く中、オケアヌスがその腐った口角をゆっくり上げる。
鉾を床に一突き。
地面から吹き出す間欠泉のような水しぶき。
前後左右は圧縮水流、加えて地面からも間欠泉。
とはいえ、間欠泉に関しては予備動作のように地面に水が出現するので六郎達は難なくかわせる。そう、六郎達は――
「やっば――」
一人防護壁で身を守っていたリエラの真下に、間欠泉の兆候。
慌てて飛び退いたものの、防護壁の大きさ分、回避が間に合わなかった。
丸い防護壁の横を打ち上げられ、斜め上空へと放り出されたリエラ。
「リエラぁ――」
振り返った六郎の目の前には、防護壁こそ健在だが無防備なリエラ。
それ宙に縫い留めるように、全方位から飛来する圧縮水流。
リエラの防護壁を破るには至らないが、空中で一瞬だけリエラの動きが止まった。
それ目掛けて振り抜かれる黒い鉾――
リエラに向けて思い切り飛ぶ六郎。床石が摩擦で焦げ、勢いに絶えきれず砕け散る。
巨大な鉾が残像でブレれ、切り裂かれた空気が振動と唸りを上げる。
それがリエラに届くよりも、六郎が辿り着くほうが、一瞬だけ早かった。
だが早かっただけだ。
リエラをかばおうとする六郎もろとも吹き飛ばす無情な一撃。
空気を振動させた轟音は、二人を叩いた音か、それとも二人が壁に叩きつけられた音か。
兎に角二つの音がほぼ同時に聞こえる程の速度と威力だ。
「青年!」
「リエラ殿!」
振り返ったクロウとジンだが、その一瞬が命取りだった。
ジンに迫るのは、リエラを吹き飛ばした黒い鉾。
気が付き大剣を構えるジンを、嘲笑うかのようにその鉾が吹き飛ばした。
「くそ!」
吹き飛ぶジンを受け止めるクロウだが、クロウの技術を持ってしても殺せない勢いに、二人して壁へと突っ込んだ。
背後に魔法陣を浮かべたまま、勝ち誇ったように嗤うオケアヌス。
神殿内部に反響するのは、それが上げる不気味な嗤い声――
その嗤い声に混じって、カラカラと小石が壁と床を叩く音が響き渡った。
「くぅー、痛えの」
それに続くのは、どこか嬉しげな六郎の声だ。壁の中から響いてくるそれに呼応するように、ガラガラと大きな音を立てて崩れた壁が床に落ちていく。
「リエラぁ、大丈夫け?」
「え、ええ。アタシは何とか……」
リエラを片手で抱きかかえ、脚を引きずる六郎が、壁に空いた穴から顔を出した。
「でも、アンタその腕と脚――」
「流石に折れとるの」
ダラリと垂れ下がった六郎の右手は、中程で赤黒く変色し大きく腫れ、左脚はあらぬ方向に曲がっている。
オケアヌスの一撃を迎え撃ち、そのまま身体を捻って壁との衝突からリエラを守ったのだ。腕と脚一本と肋数本で済んで幸いだ。
オケアヌスを見て「こりゃぁ斬りでがあるの」と笑う六郎を淡い光が包み込む。
「迷惑かけたわね」
俯くリエラの頭に六郎が「気にしなや」と手を乗せた。
それでも顔を上げる事の出来ないリエラ。
「ワシん方こそ迷惑かけて、今まさに治療中じゃけぇの……お互い様じゃ」
リエラが「でもそれは――」と上げた視線の先には、相変わらず生意気そうに笑う六郎の顔。
「ツマラン事気にしなや。お前を庇うんに迷惑なんてねぇの。それともお前はワシん怪我治すんに迷惑やと思うんか?」
六郎の言葉に「思わないけど……」頬を膨らませ、不服そうなリエラ。
「ホンなら、いつもどおり堂々としとれ。『助けるのが遅い』っちな」
頭に手を置いたまま笑う六郎に、「何よそれ」と言いながらもリエラは嬉しそうだ。
「まあ笑って見とれ。久々の獲物じゃけぇ……誰にも渡さん」
獰猛に笑う六郎に、リエラが小さくため息をつき
「怪我したら許さないわよ」
とその頬を抓った。
「ほな久々に本気で気張らなアカンの」
笑って首を鳴らした六郎が、オケアヌスに視線を戻す。
自由に動くようになった右腕と左脚。
痛みの消えた身体。
体験したことのない強敵。
六郎のテンションはマックスだ。
「どれ……怒られるけぇ久々に本気で行くかの――」
腰を落とした六郎の身体を、蜃気楼のような靄が包み込んだ。
練り上げられた魔力の密度に、六郎の周囲の温度が上がっていく――
「ワシを素通りして、リエラに手ぇ出すたぁ……行儀ん悪か奴じゃ」
笑った六郎が、壁を穿ち一瞬で地面へ。その衝撃で床が砕け、大きく飛び散る。
着地のエネルギーを全て推進力へ――床を割り、破片を舞い上げ六郎が駆ける。
その速度は今のリエラを持ってしても目で追うことが出来ない。
迎え撃つオケアヌスは再び魔法陣から超速水鉄砲を――無数の軌跡が六郎目掛けて一気に降り注ぐ。
そんな集中砲火を、六郎はただ単純に走り抜けるだけで躱し続ける。六郎の速度に圧縮水流の速度が全く追いついていないのだ。
一瞬で六郎はオケアヌスの間合いに――あまりの速度にオケアヌスが嫌がるように左手を薙いだ。
六郎を捉えた左腕。吹き飛ぶ六郎――否、自ら跳びながら、更にオケアヌスの腕を蹴り勢いを付けて壁まで飛んだ六郎。
その先にあるのは――切り落としたオケアヌスの角だ。
壁まで飛んだ六郎が、勢いそのまま角が刺さった壁を蹴った。
ガラガラと崩れ落ちる壁、深く突き刺さっていた角もその壁に巻き込まれるように自由落下を――始めた角に、六郎が思い切り飛び蹴り。
オケアヌスの胸目掛けて、真っ直ぐ飛ぶ角。
水流で迎え撃つも、その勢いは止まらず。
迫る角をオケアヌスが慌てたように、鉾で払い飛ばした。
「……隙アリじゃ」
払われた角の影から出てきたのは、角同様高速で迫る六郎。
振り払ってしまった鉾。
がら空きの土手っ腹。
死角から飛び込んだ六郎は、腕で薙ぐにも既に近すぎる。
ならばとオケアヌスは、身体の前面に防護壁を展開――
その防護壁を六郎が抜刀一閃。
粉々に砕け散った防護壁に、オケアヌスが一瞬呆けたのが命の分かれ道だった。
「散れ――」
勢い止まらぬ六郎が返す刀でオケアヌスの身体を斬りつけ通り抜ける。
かと思えば、何もない宙空で六郎が反転。
再びオケアヌスを斬りつけ、再度反転。
斬りつけ、反転、斬りつけ、反転――回を重ねていく毎に、その速度は加速度的に上昇。既に斬りつける音も、六郎が宙を蹴る音も置き去りに、ただただ無数の銀閃がオケアヌスの体中を縦横無尽に走り抜ける。
遅れた音同士が連なり、連続して一つの大きく長い音に変わった頃――
一際大きな音とともに地面が弾け飛ぶ。そこには屈み、肩で息をする六郎の姿。
大きく息を吐いた六郎が、刀を一振りして納刀。
「散れ……桜ん如くの」
呟いた六郎のその真後ろで、オケアヌスの全身から勢いよく体液が吹き出した。
それはまるで一瞬で散る華の如く――
「……死にぞこないん枯れ木じゃけぇ、汚ぇ桜やがの」
笑いながら歩き出す六郎の後ろでは、力なく崩れ落ちたオケアヌスが、ゆっくりとその身体を溶かしていく。
来た時同様の白骨に変わっていくオケアヌス。その周囲に飛び散った肉片や体液が、ゆっくりと蒸発していく――
「ちょっと、その華のやつアタシのパクリじゃないの!」
壁の上から訳の分からない事を叫ぶリエラ。
「あれ? 終わってる?」
「おい、折れてるんだ! 踏むな!」
壁から転がり出てきた、意外に頑丈な二人。とはいえ骨は何本か折れているようだが。
「流石にきちぃの」
酷使した肉体が耐えられなかったのか、軋む身体の痛みに、その場に大の字で寝転がる六郎。
アンデッド化し、通常より弱体化していただろうオケアヌスだが、魔王という存在をたった四人で打ち破った快挙の瞬間は、意外にもアッサリと、そして彼ららしい幕引きであった。
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