第86話 大体の事は、自分たちの知らない所で起きてる

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。クロウをして警戒を抱かせる二人だが、実際はあまり深く考えていない。行きあたりばったり。


 クロウ:何らかの目的を持って六郎達に接近したオジサン。魔法も体術もあつかう器用な人。


 ジン:一行の中では一番の常識人。サクヤの護衛であり、クロウとは浅からぬ因縁も……。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 サハギン達との戦いで、彼らに認められた六郎たちは、その奥に続く巨大な神殿へと進む。


 彼らは……いや誰しもが知らない。「知らない」という事すら知らない。


 ☆☆☆




 昏くどこまでも続く深淵のような入口をくぐった四人。神殿の外も明るいとはいい難い雰囲気だったはずだが、今は入口から入り込むその僅かな光が四人の影を大きく伸ばしている。


 先の見えない暗闇に、その先から流れてくる妙に冷たい空気に、四人がその居住まいを正す……訳もなく。


「真っ暗やわ、さみぃわで、氷室んごたるの」


 カラカラと笑う六郎の緊張感皆無な例えに、「氷室なんか出すくらいなら、雪山出すでしょ」とリエラが口を尖らせている。


「とりあえず進まない? 突っ立ってても何だしさ」


 既に内部へと数歩入り事んだクロウが、呆れ顔で振り返った。


 確かにクロウの言う通り、こんな所で突っ立っていても仕方がないとばかりに、残った三人も暗闇へと歩を進めた。


 先導する様なクロウを追うこと数歩――不意に四人の背後で大扉が音を立てて閉じる。四人を包むのは完全なる暗闇。


 光が一切届かないその空間では、目が慣れるなどという事はない。いつまで経っても変わらない『無』が支配する空間で、六郎は自身の立ち位置を確認しようとすり足で一歩踏み出した。


 その一歩が合図だったかのように、四人の左右で小さな音を立てて灯る瑠璃色の炎。それが、ゆっくりと前方へと伝播していく――「ボッ、ボッ」という音がやけに大きく空間に響き渡れば、完全な暗闇はいつしか瑠璃色に照らされた異質な空間に。


 切り出された大きな石で出来た壁と床は幾何学模様で覆われ、石の大きさに反して、その模様は細かく繊細だ。


 どこまでも続く幾何学模様を瑠璃色が照らし出せば、眺めているだけで吸い込まれそうな錯覚に陥ってしまう。


「雰囲気があるの」


 嬉しそうに笑うのは六郎だけだ。

 見たことない壁や床。勝手に灯る不思議な色の炎。まるで御伽噺の中に聞く、閻魔の御殿や鬼の住処を想像してしまう。


「アンタは呑気でいいわね」


 大きく溜息をついたリエラだが、言葉とは裏腹に呑気な六郎のお陰で普段の調子を取り戻したという方が正しい。


 リエラに限らず、クロウもジンも少し雰囲気に飲まれていた。不思議な壁と揺れる炎。見つめるだけで――「パン」と耳元で鳴らされた手の音に、ジンとクロウがその顔を上げた。


「直視しちゃ駄目よ。これ、一種の魔道具だから」


 顔を上げた先には、叩いた手をそのままに眉を寄せるリエラ。


「魔道具? どんな?」


 首を傾げるジンに、「さあね」とリエラも首を振った。リエラにも詳しくは分からないのだ。なんせ調査しようにも、直視すると目眩がしてくる。施された幾何学模様が何かしらの魔術要素を含んでいるのだろうが、調べようがない。ただ――



「分かんないけど、ずっと見てたら多分……よくて失神。最悪死ぬわよ」


 リエラの言葉に、ジンがゾクリと肩を震わせた。直視していたら死ぬ魔道具など聞いたことがない。だが見ているとボンヤリと力が抜けていった感覚は覚えている。つまり、対象の気力や活力を削いでいくという効果が考えられる。


「……そんな危険な物が何故……?」


「そりゃ、ここに居る何かをためでしょ」


 振り返ったリエラの真剣な表情に、ジンはおろかクロウもその生唾をゆっくりと飲み込んだ。

 前後左右、四方八方、周囲をぐるりと危険な魔道具で囲み、少しでも意識をそちらに割くと、力を吸われ続ける。そしてそれを知っていて尚、模様には目を向けさせるだけの不思議な力がある。


 先程からジンもクロウも意識して模様を見ないように心がけているが、少しでも気を抜けば意識を持っていかれそうなのだ。


 そんな危険な檻を作らないといけなかった存在。それがこの先に居るというのか。


 そう考えただけで踏み出す一歩が重い。


 そんな重苦しい空気の中、唯一状況が分かっていないのが――


「おおい! 向こうが、ちと明るぅなっとんぞ!」


 ――炎の先を指差す六郎だ。


「青年は何であんなに元気なの?」


「さあ? 野生のカンってやつじゃない?」


 呆れたリエラが答えたように、六郎は肌で危険を察知している。壁に描かれた模様が何かは分からない。が、恐らく呪いの類だと、肌で感じている。


 模様が放つ妙な魅力より、六郎は己の粟立つ肌の感覚を信じているのだ。まさに野生の獣の如き習性だが、幾度の修羅場を潜り抜けてきた六郎だからこそ身につけられた感覚だろう。


 一人元気に歩く六郎の背を、頼もしいやら、馬鹿らしいやら、複雑な表情で見守っていたリエラが杖を掲げる。クロウやジンを青い光が包み、ゆっくりと二人の肌に浸透していく――


「たまには僧侶らしい事でもしとかないとね」


 短く息を吐いたリエラが、「もう大丈夫でしょ? 行くわよ」と六郎の後を追う。


 その言葉の通り、クロウもジンも妙に引き付けられる感覚は薄れ、少々の時間模様を直視しても身体に影響がなくなっていた。


「やれやれ……嬢ちゃんも大概だねぇ」

「ああ。凄い効果だ」


 呆れた声のクロウと、頷くジン。その二人の会話は表情の通り微妙にズレている。


 ジンが驚いているのは、リエラのかけた魔法の効果が凄いこと。

 クロウが感心しているのは、そんな魔法をリエラは自分にかけた素振りが無かったこと。……つまり野生のカンでも、魔法での相殺でもなく、自力でこの魔道具の効果に適応していると言う事だ。


 前を歩く六郎に追いつき「置いてくわよ」と振り返り眉を寄せるリエラ。


「とりあえず行こうか」

「ああ」


 頷きあった二人は、なるべく壁や床の模様に焦点を合わせぬように、奥へ奥へと続いていく炎を目掛けて足を踏み出した。



 ☆☆☆



「……なにコレ?」


 ポツリと呟いたリエラが示すように、四人の目の前には、白骨化した巨大な骨の化け物が鎮座している。


 頭を地につけ、手を投げ出すように倒れ伏す姿から、人型の「ナニカ」であることは分かるが、大きすぎて全貌がよく分からない。


 炎に導かれた四人は今、広い空間の真ん中で首を傾げていた。


 周囲を円形に巡る炎と、中心に向けて先程以上に緻密に張り巡らされた幾何学模様。


 そして上を見上げれれば――


「穴……開いとりゃせんか?」


 ――六郎の言葉通り、暗闇の中に薄っすらとだが浮かぶダンジョンの明かり。あまにも建物が高すぎるせいで、下まで光が届いてはいないが、確かに穴が空いているのは間違いなさそうだ。


 炎に照らされる巨大な白骨。最初は骨のモンスターかと気を引き締め、ゆっくりと近づいたのだが、一向に動く気配が無い。それどころか近づいてみて気がついたのだ。


 頭の天辺に当たる部分が綺麗に割れている事に。


 つまり、この白骨化した巨大な骨は、モンスターの成れの果てということだろう。


「誰かが倒して逃げたって事?」


「そうなるんでない?」


 乾いた笑いのリエラに、こちらも困り顔のクロウ。


 普通に考えたら、このフロアの階層主を倒さねば次に行けない。そしてこのフロアの階層主は恐らくこの白骨死体。その主は死んでしまっている。


「……どうすんの……コレ?」


 リエラに答える者は居ない。否、答えられる者が居ない。主を倒さねば出られないはずのフロアで、その主が不在なのだ。

 そしてそれ以上にリエラが気になっているのは――


「そもそも、なんで?」


 ――ダンジョンのモンスターのくせに、死んでもダンジョンに還って居ないという事だ。


 一応この骨が素材という可能性があるが、それだと魔石がない理由が分からない。


 頭を抱えるリエラを他所に、骨の周りを回っていた六郎は、丁度一周して割れた頭蓋の部分を腕を組みながら眺めている。


 割れて飛び散った破片を見ながら、六郎はに気がついた。


「九郎、ちぃと来てみんね」


 かと思えばリエラ達を振り返り、クロウに手招き。


 手招きをする六郎を、露骨に嫌そうな顔で見たクロウだが、「だからオジサンの名前の発音が――」とブツブツ言いながらも六郎のもとへ。


「九郎。主ゃどう思う?」


 唐突に繰り出される六郎の質問に、「いや、何をどう?」と言いながらも、クロウは六郎の指を頼りに視線を彷徨わせた。


「でっかい頭に、巨大な角が沢山。そして――」


 六郎の指にならい、異形の頭蓋骨を淡々と説明し始めたクロウだが、その顔は面倒そうなものから一瞬で真剣なものに。


「――そして頭蓋骨」


 クロウの言葉に、六郎が黙って頷いた。頭蓋を割られて死んだのなら、陥没していることはあっても、破片が外に飛び散るということはまず無い。


 そもそも頭蓋を覆う皮があるので、飛び散る事自体おかしいのだ。


 それが外に飛び出しているという事は――


「中から……?」


「恐らくの」


 そう言いながら六郎が割れた頭蓋骨を覗くと、その直線上にも貫通した様な穴が見える。


「喰われた奴が、腹から頭まで貫いたってこと?」

「そいは分からん。もしくは顎ん下から思い切り突き上げたか……」


 確かに顎の骨の間を貫通すれば、出来なくはなさそうだが、それにしては争った様な形跡も他に傷跡もない。


「死に方なんてどうでも良いわよ。とにかく、ココを出る方法が先じゃない?」


 リエラの言葉に六郎とクロウは「確かに」と顔を見合わせ、肩を竦めてみせた。


「とはいえ、どうするんだ?」


「そうね……」


 ジンの言葉に考え込んだりエラが、「すーっ」と大きく息を吸い――


「ちょーっと! アクセス権限復旧プログラムさーん! トラブルなんですけど!」


 リエラの大声が神殿内部にグワングワンと響き渡る。



『アクセス権限プログラム、シーケンス上のクラッキングを検知――対象を追跡――』


 聞こえてきた無機質な音が消えて暫く。


『対象の追跡に失敗。プログラムへの不正アクセスとみなし、脅威度レベルを最大にします』



 まさかの事態に、リエラも空いた口が塞がらない。


「ちょ、ちょっと待ってアタシ達は――」


かせを解き放ちます』


 響いた無機質な声ののち、壁を覆っていた幾何学模様が有る一点を目掛けて逆再生のように戻っていく。


『……の消失に伴う一時的措置の実行――』



 無機質な声に呼応するように、神殿の中央で倒れ伏していた巨大な白骨が大きく脈打つ。


「嘘でしょぉ?」


 最早苦笑いを浮かべるしか出来ないクロウと、油断なく大剣を構えるジン。


『其は、■■が遣わし一柱。大いなる恵みにして厄災。大海の覇者、恵みの象徴、押し流す物、無慈悲なる星の奔流。名を――オケアヌス』


 無機質な声に連動するように立ち上がった、否、浮かび上がった白骨。これまた逆再生のように、体中に肉と皮が高速で作られていく。


 四人の前に立ちはだかるのは、まさに異形。


 魚の尾ひれに、筋張った人の身体。長いは地面につき、頭からはまるで冠のように無数の角が天を突き刺すが如く生えている。


 逆再生で復活した肉体は腐っているのだろう。骨と皮だけの人の身体からは、屍肉が垂れ下がり、尾ひれを彩る鱗も剥がれ、至るところから骨が見えている。


 痩せこけ、落ち窪んだ眼光はそれでもギラギラと輝き、言葉にならない声を発する度、その口からは酸のような液体を撒き散らす。



「……オケアヌスって言った?」


、かなり醜いが?」


 顔を見合わせるクロウとジン。その疑問は最もだ。なぜなら――



に載ってるの一柱じゃない……それが何でこんなところに居るのよ!」


 リエラの叫びに呼応するように、オケアヌスを冠する異形が大きく口を開け、何度めかの咆哮を上げた――

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