第84話 チームは組んでもチームプレイは出来ません。

 登場人物


 六郎:主人公。水没都市で気なっているのは、ちゃんと強敵が出るかどうかという事。


 リエラ:ヒロイン。水没都市で気になっているのは、水の底にお宝とか眠ってるんじゃないかと言う事。


 ジン:亡国の復興を願う好青年。水没都市で気になってるのは、水の上を歩けるかどうか。


 クロウ:怪しいオジサン。水没都市で気になっているのは、風邪とか引かないかどうか。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 アクセス権限復旧プログラムの難易度上昇後、初の階層移動。四人の前に立ちはだかったのは、地底湖に半没した荘厳な神殿とそれを守る遺跡群。

 誰一人として、この光景の儚さ、美しさに触れないと言う残念メンバー。『原始のダンジョン』よ泣くんじゃない。


 ☆☆☆



 フロアに降り立った四人を迎え入れたのは、煩いほどの静寂だった。


 時折聞こえてくる水滴の音以外は、何もない。生命の息吹すら感じられない静寂は、まるでここだけ時が止まっているかと錯覚する程だ。


 その静寂を破るように、リエラが地面に杖を一突き――高い音とともに、一本道の左右が二、三メートル程凍っていく。


 急激に凍っていく水があげる悲鳴の様な音が、フロア全体に不気味に反響していく中、まるで止まっていた時が動き出したかのように、フロア全体から無数の気配が漂ってくる。


 波紋をあげる湖面

 水中で蠢く何か

 跳ねる水しぶき


 静けさは先程までと然程変わらない筈なのに、明らかにフロア全体から発せられる呼吸の様な生温かい気配が感じられる。


「……もしかして怒らせちゃったかしら?」


 自分が湖面を凍らせてから、明らかに変わった気配にリエラが苦笑いで三人を振り返った。最初は普通に歩いて、どうにもならなければ凍らせても良かったかも……そんなリエラの心配を吹き飛ばすのは、もちろん――


「エエやねぇか。斬りでがありそうじゃ」


 ――満面の笑みの六郎だ。


 リエラの頭に手を置いた六郎が、そのままフロアを踏み切って加速。凍った部分を一歩で飛び越え、湖の上へ――


「本当に走れるんだねぇ」


 水上を軽々と駆け回る六郎を、真剣な表情で見つめるのはクロウだ。正直六郎に対して、異常な男だという評価であったが、ここに来てその評価に拍車がかかっている。


「ま、オジサン達も出来る事をやろうか」


 既に水中から飛びかかってくる巨大魚を叩き斬っている六郎から目を離し、クロウはジンの肩を叩いて六郎と反対側の湖面に恐る恐る足をつけた。


 何度か足でチョンチョンと湖面を触ったクロウが、おっかなびっくり湖面に立つ。


「ああー、ナルホド。コツを掴めば何とか……って所かな」


 そう言いながらクロウは水中から襲ってきた半人半魚のモンスター――サハギンの銛を躱し、その首をへし折った。


 あらぬ方向に首が曲がったサハギンが、水しぶきを上げ、水中へと落下。一旦浮上してきたその死体が、まるで湖に飲み込まれるように静かに沈んでいく。


「……ここで死んだら、なるのかぁ」


 昏く冷たい水の底に沈んでいく事を想像すると、少しだけ肝が冷えたクロウ。とは言え、戦わねばそれが現実となってしまう。今もまたクロウを水中に引きずり込もうと、新たなサハギンが水中から飛び上がる。





 サハギンの首を折り、高速で水面に叩きつけていくクロウ。それをチラリと振り返った六郎が口角を上げる。


「流石にやるの」


 早々にコツを掴み、自分の技術としたクロウの底知れなさに、六郎は嬉しさしか感じない。


 恐らくクロウは、六郎が言っていた「空中を歩く」と言う方法も確立するかも知れない。歩くというより、足場を作りそれを蹴って飛ぶというのが正しいが。


 兎に角あの男ならその技術を身につけるだろう。そして六郎自身もほぼ自分のモノにしている。次に戦う時は、前回のような腹の探り合いには成らないだろう。


 その事が今は何より楽しみですらある。


 思わず口角が上がってしまった六郎を、斜め下から突き刺さんと、サハギンが二体、その銛を持って水中から高速で飛び上がった。


 前と後ろ、交差するように迫る銛

 回転しながら、前後の銛を掴み取る六郎。

 力任せに水上で回転。

 勢いに負けたサハギンが、銛から手を離し、水上を数回跳ねて再び水中へ。


 両手に銛を得た六郎が、右手の一本を弄ぶ様に回転させ肩に預けた。


「どっからでも来い……


 左手の銛で突き指す先には、湖面から頭半分を覗かせている無数のサハギン達だ。


 言葉が通じているのか、怒りを顕にしたようにサハギン達が一斉に水中へ――一拍の後、六郎を中心に湖面に巨大な渦が発生する。


「ツマラン小細工ばしなや!」


 その渦を加速させるように、六郎が銛を両手にその場で高速回転。

 巻き上がる水が、巨大な水柱となりサハギン達を道連れに虚空へ向けて立ち昇っていく。


 六郎が回転を止めると、周囲に大量の水滴とともにサハギンや巨大魚が降り注ぐ。


「次――」


 銛で肩を叩く六郎の獰猛な笑い。その殺気にあてられたように、周囲から無数のサハギン達が飛び出した。


 真下からの攻撃

 横っ飛びとともに、銛でその頭を薙ぎ払う。


 着地付近を貫く突進。

 右手の銛を手放しその頭を抑え込む。

 サハギンの上を回転するように躱した六郎

 回避の手でエラに指をかけて、勢いそのまま水面に叩きつけた。


 その腕を引っ張ろうと別の二匹。

 掴まれた瞬間「捕まえた」と逆に笑った六郎が、二匹を無理やり水中から引きずり出し、放り投げる。


 宙を舞うサハギン二匹。その一匹を縫い止めるように放られた左手の銛。


 空中で串刺しになった一匹が湖面に水しぶきをあげる中、もう一匹は蹴り飛ばされ、遠くに見える遺跡の壁に大穴を開けて消えていった。


 六郎の周りを一定の距離を開けて、グルグルと回るサハギンの群れ。


 流石に飛び上がっては、分が悪いと判断したのか、周囲から頭だけを出したサハギン達が口から高速で水を吐き出す。


 高速で吹き付けられる水。

 それを躱した六郎の後ろで遺跡の壁に小さな穴が空いた。


「とんでもねぇ水鉄砲やの」


 笑った六郎だが、前後左右から飛来する無数の水鉄砲に防戦一方だ。


 間合いを詰めれば相手は逃げ、後ろから水鉄砲が高速で迫る。


「流石に飽いたわい」


 何度目かの水鉄砲を躱した六郎が、ヒラリとその身体を遺跡の屋根の上に。


「飛び道具は好かんのんじゃが……」


 そう言って遺跡の屋根を軽く踏み抜いた六郎。踏み抜いた足を引き上げると、それに釣られて小石が六郎の前を舞う。


 舞う小石を目の前に六郎が笑うと――


 大きな音とともに、水面から出ていたサハギンの顔が一つ吹き飛ぶ。


 何が起こったのか分からないように、固まった別のサハギン達の頭も順に飛んでいく。


 それが六郎のだと気づいた時には、既にもう数体の頭が飛んでいた。


 石を投げるのではなく、高速で張り飛ばす。投擲より動作が小さく、また狙いが分かりにくい。


 このままでは拙いと判断したのか、一箇所に集まったサハギン達が一斉に水鉄砲を発射。


 その勢いは先程までの比ではなく、遺跡を砕いてしまいそうな程だ。


 大きなウネリとなった水鉄砲が、遺跡を襲う――が


「悪手じゃ」


 笑った六郎が、水鉄砲の着弾と同時に遺跡を踏み砕いた。


 巨大な瓦礫となった遺跡の一部が湖面に大きな波を立てる。


「ちょーっとロクロー! アタシ達が濡れるじゃないの!」


 リエラの怒りが示すように、大きくうねる湖面にサハギン達の水鉄砲がユラユラと揺れる。

 上に下に、右に左に揺れることで、六郎へと真っ直ぐ水鉄砲を照射出来ない。


 サハギンの放つ水鉄砲の威力の真髄は、高圧で続く水の圧力あって話だ。ユラユラと揺れ、一箇所に圧力を掛け続けられない水など、少し強い水しぶきと変わらない。


 そんな水しぶきの合間を縫って駆ける六郎が、一匹のサハギンの頭を掴み水中から引きずり出した。


 そのまま近くにある遺跡に叩きつけ、身体がひしゃげたサハギンを湖面に放り捨てる。


 揺れる湖面に水しぶきを上げて、サハギンの死体が消えていく。


「次――」


 笑う六郎に、サハギン達はユラユラ揺れながら一定の距離を取り始めた。


 恐らく六郎を脅威と認めたのだろう。その周囲を暫くグルグルと回っていたサハギン達が、再び水中へと姿を隠した。


 ユラユラと揺れる湖面が少しずつ静寂を取り戻していく中、再び遠くから――


「ロクロー、アンタ後で覚えときなさいよ!」


 ――リエラの怒り狂った声が聞こえてくる。


 そちらをチラリと振り返れば、般若の如く眉を吊り上げたリエラと、大波の形のまま凍った湖面。そして恐らく腹いせに殺されたのだろう、氷に貫かれた早贄のようなサハギン達だ。キラキラと輝き出したそれは、湖底ではなく、ダンジョンの虚空へと消えていく。


「濡れてねぇからエエやねぇか!」


 呆れながら叫ぶ六郎に、「そういう問題じゃないの!」と腕を振り回すリエラ。


「アンタ、湖の底にお宝とか有ったらどうすんのよ!」

「誰がそげなもん取りに行くんじゃ」

「そう、だ、け、ど! ロマンって物があるじゃない!」


 叫ぶリエラに向けて飛び上がったサハギンを、ジンが一刀両断。

 別角度からのサハギンは、早贄の仲間に。


「相も変わらず俗物やの」


 その様子を見て小さく笑った六郎だが、その意識を再び目の前に湖面に移す。静かになった湖面とは裏腹に、強い殺気がいくつも向かってきているのだ。


 完全に静寂が湖面を覆ったのは一瞬だった。殺気の膨れと同時に、六郎の周囲で一際大きな水しぶきが上がる。


 そこに現れたのは、上半身が馬、下半身が魚のモンスターに跨った色が濃いサハギン達だ。


「おお! 騎馬武者までおるんか」


 口角を上げる六郎に、馬上のサハギンがその銛を突き出し構えた――

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