第83話 魔力って言う便利な物があるじゃないか

 登場人物


 六郎:犬より猫派。自由気ままでプラプラしている所に自分と同じ物を感じる主人公


 リエラ:飼うならドラゴンみたいな大きいのが良い。理由は載ってみたいからというヒロイン


 ジン:犬派。というか犬系男子。サクヤに忠実なので余計にそう見える。


 クロウ:犬にも猫にも懐かれない派。胡散臭さを動物にすら嗅ぎ取られる男。裏がある事を見抜かれているのに、誰にも突っ込まれないオジサン。



 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ペットの名前に苗字をつけるのは止めましょう


 ☆☆☆



 難易度が上がるという無情なアナウンスが響いてた大部屋。流れる「やっちまった」と言う何とも言えない雰囲気の中、四人はこの部屋で一度休息を取る事にした。


 既にダンジョンに侵入してから結構な時間が経過している上、このフロアにはもうモンスターが出現しない。つまり安全に休める空間なのだ。


 であれば、休息を取ろうとなったのだが、いざ蓋を開けてみると――


 ダンジョン内で盛大に、鍋を始める六郎に驚き

 リエラが出した巨大なベッドに呆然とし

 酒盛りまで始める六郎に頭が痛くなり

 自分専用の風呂を作るリエラに言葉もでない


 ダンジョン探索とは何なのか……そんなジンとクロウの思いを乗せて、探索一日目が終わっていく。





 悪夢だったのでは…と思えた休息だが、目に入る場違いな天蓋付きベッドが、現実であったと教えてくれている。とにかく休息と言う何かは終わり、四人は身支度を整え部屋の隅に集まった。


「……次で五層目かぁ」


 クロウが覗き込んでいる階段の先は、途中から薄暗く先が見えない。


 通常であれば、「キリ番だし気を引き締めていこう」くらいのテンションで良いのだろうが、昨日難易度が上昇したと言われたばかりだ。十中八九特殊層に飛ばされるだろう。


 休息も取ったし、体調も万全、後は突き進むだけなのだが、その一歩目が出ない。いや、正確には六郎だけは「早う行くぞ」と既に階段を数段降りているが。


「迷ってても仕方ないわ。行きましょ」


 大きく息を吐いたリエラの言葉で、クロウとジンも覚悟を決めたように階段へと足を踏み入れた。


 何の変哲もない長い階段を降りていく――時折リエラが「ロクロー、勝手に先に行っちゃ駄目よ」と叫ぶ声が足音に混じって響く。


「ストーップ!」


 終わりが見えた所で、一層声を張り上げたリエラ。最後の一歩を踏み出そうとしていた六郎も、たたらを踏んでリエラを振り返った。


「ロクロー、何が見える? あ、フロアに降りちゃ駄目よ。脇からコソッと覗いて」


 リエラの言葉に眉を寄せるものの、大人しくフロア入口の縁に手を掛ける六郎。その背中に「降りちゃ駄目よ、コソッとよ」とリエラの声が突き刺さる。


「何が見える?」


 自分で見に行けば良いのだが、何故かリエラもクロウも、そしてジンもその場から動かず、どこか間抜けな六郎の格好を眺めている。


「……デケェ建物たてもんが見えるの」


 そして間抜けな格好のまま返ってきた言葉も、どことなく間抜けだ。


「デカい建物って何よ?」

「知らん。デケェけ、デケェ建物じゃ」


 顔を戻し眉を寄せる六郎に、「もう良いわ。アタシが見る」そう言ってリエラが六郎の横まで――

 六郎より小さいリエラが、自然と六郎の頭の下からフロアを覗き込むことに――


「……ホント、デカい建物ね」

「じゃろう?」


 ――納得するリエラと六郎の目の前に広がるのは、薄暗い空間に聳える巨大な建造物。


 まるで神殿か遺跡のような建造物の数々だが、ただの遺跡群とは違う。その半分が水没しているのだ。


 地底湖に沈んだ古代の遺跡群……とでも言えば良いのだろうか。


 入口から神殿のような巨大な建物に伸びる一本道、その両脇は一本道とほぼ同じ水位の広大な湖。


 その湖面の所々から遺跡の屋根や柱が顔を出している事から、目の前に聳える巨大な神殿も、実は池の中にいくらか沈んでいるのかもしれない。



 呆然とその様子を見つめる二人に痺れを切らしたか、ジンとクロウが「俺達にも見せてくれ」と六郎とリエラのコンビと交代する。


「……普通、建物より水没とかのほうが優先じゃない?」

「俺もそう思う」


 見る人が違えば印象も違う。クロウとジンからしたら、巨大な神殿よりもフロアの殆どが水没していると言う事の方が一大事だ。


 水没しているということは、それ即ち――


「水棲モンスターかぁ……嫌いなんだよねぇ」

「俺もだ」


 ――出てくるモンスターの種類が、水にまつわる物になる可能性が高いという事だ。


 陸上を闊歩するモンスターに比べ、水棲モンスターや飛行系のモンスターは脅威度が上がる。彼らが得意とするフィールドが、本来人間が活動するフィールドと違うからだ。

 特に水棲モンスターについては、その脅威度は計り知れない。


 水中に引きずり込まれては、呼吸も行動も大きく阻害されるため、相当の実力がないと水中でモンスター相手に立ち回る事など出来ない。と言われている。


 ……なぜ「言われている」かと言うと、実際に戦って戻ってきたという事例が極端に少ないのだ。そしてその多くが眉唾物で、事実として捉えるには余りにも抵抗がある。


 とにかく飛行系、水棲、そのどちらにも当てはまるのは、こちらのフィールドに引きずり出すこと。つまり空から落とす、水中から引きずり出す、と言うことが理想なのだが――


「あの狭い一本道で戦う?」

「かなり難しいな」


 ――もう一度フロアを覗き込んだ二人が、大きな溜息をついて顔を戻した。


 フロアまで残り数段、そんな微妙な位置で見つめ合う四人――


「よぉし、行くぞ!」


 ――腕を振り上げ突き進もうとする六郎を、「ねぇ、話聞いてた?」「ロクロー殿待ってくれ」とクロウとジンの二人がかりで抑え込んだ。


「早う行かねば時間がねぇぞ!」


 クロウが羽交い締めにし、ジンが腰に抱きつき何とか抑えている六郎だが、それを振り払い今にも暴れだしそうだ。


「ロクロー、駄目よ。ジンとクロウに聞きたい事があるの」


 真剣なリエラの顔に、六郎がつまらなそうに鼻を鳴らしながらも、腕に込めていた力を抜いた。


「……因みに、二人は水棲モンスターと戦ったことは?」


 リエラから向けられた視線に――


「なくはないけど……雑魚ばっかりかなぁ」

「俺も雑魚ばかりだな」


 ――クロウもジンも肩を竦めた。


 曲がりなりにもミスリルランクの冒険者ジン。そんなジンより経験豊富なクロウ。その二人をして、強敵との経験はないという。そのくらい水棲モンスターと戦うという事は、この世界では少ないのだ。


 基本は川や海辺で戦い、水中で戦うということはまず無い。強大な敵であればあるほど、深い水の底に身を潜めている為、川辺や海辺で遭遇する事は稀なのだ。

 辛うじて船の上での接敵事例もあるが、基本的に船にはモンスター避けが施されているし、大砲などの武器も積んである。


 単独で海中や水中でモンスターと相対する事はない。


 因みに六郎もリエラも水棲モンスターと戦ったことは無い。誰も彼も経験は皆無と言って差し支えない状況だ。


「うーん」


 話を聞いたリエラがもう一度フロアを覗き見る。……なるほど確かに狭い足場に水深の分からない湖。

 湖面から飛び出ている柱や屋根を考えると、水深二メートル以上はあるだろう。いや、塔のような建物も見える事から、深いところでは十メートル以上はありそうだ。


「これって、アタシが湖に向かって雷とか落としたら良いんじゃない?」


 振り返ったリエラに、クロウもジンも顔を見合わせ首を振る。


「湖の規模が分からない以上、入口から雷を落とした所で効果は知れてるな」


「そして、ある程度進めば僕達も一本道も水浸しだから――」


「アタシ達も感電しちゃうって訳ね」


 諦めた様なリエラの溜息に、「そゆこと」とクロウが頷いた。


「うーん……凍らせてを増やしても良いけど……ロクロー? アンタくらいしか、に戦えなそうだわ」


 振り向いたリエラに、六郎が片眉を上げ、逆に残った二人は怪訝な表情だ。


「アンタ、でしょ? アンタだけよ。このフィールドで普通に走り回れるの」


 リエラの発した耳を疑う様な発言に、「え? 歩けるの?」とクロウとジンが目を瞠る。


「おお! 難易度やらが上がって漸くワシん独壇場やな」


 対する六郎は嬉しそうに笑い、「ワシに任せちょけ」とクロウとジンの肩を叩く。


 あまりにも自然な六郎に、クロウがリエラと六郎の顔を何度か見返し――


「歩けるって、水の上を?」


 ――リエラに問いただした。


「ええ。歩けるわ。


 肩を竦めるリエラも実際に見るまでは信じていなかった。だが事実、六郎は魔力を応用して水の上を歩けるのだ。


 この世界に来てから、一日たりとも怠る事の無かった魔力の鍛錬。その鍛錬の途中で六郎は気がついた。魔力を纏っている時に、肌を撫でる風の感じ方に違いが有ることを。


 魔力が外界との境界に成り得るのであれば……それを分厚く纏えば、水などを弾けるのではないか、と言う発想から生まれた技術だ。


 水浴びをする度に試して見たが上手くはいかず……漸く水に含まれる魔力を反発させる様に纏うことで、水を弾くことが出来た。


 それが出来た時、六郎は思ったのだ。これは上手く使えば水の上に浮かべるのではないかと。

 自分の体重を支えるだけの反発を起こせば、水の上を歩けるのではないかと。


 水の上は歩けない。当たり前の事象だが、魔力というなら、可能になるのではないか。


 そうして毎日の鍛錬を噴水などの水場の近くで行うこと暫く……足の裏に魔力を集中する事で、ついに水の上を歩けるようになった。


 魔力が当たり前ではない、六郎だからこそ生み出し得た技術。


「因みに今は方法も練習中じゃ」


 ニヤリと笑う六郎に「……青年が途轍もない大物に見えるよ」とクロウは呆然としながら笑っている。


「まあ、ある程度ん制御が出来れば誰でも出来るぞ?」


「アタシも出来なくは無いけど、今は未だ水の上に立ったまま魔法を使えないから、今回はパスね」


 笑う六郎とがクロウとジンにコツを教える中、リエラはもう一度フロアを覗き込み神殿を見上げる。


 リエラからしたらやはり周囲の湖より、巨大な神殿が気になるのだ。神殿という事は何かを祀るか鎮めているのだろう。

 難易度の上昇率は思った以上に高そうだ。


「リエラぁ、そろそろ行くぞ」


 六郎の声に、階段へと意識を引き戻されたリエラ。振り返ったその先には、覚悟を決めたようなジンとクロウの表情だ。


「ま、道の周囲は凍らせて、ある程度の足場を確保するつもりよ。そんなに気張らなくても良いわ」


 リエラの言葉に、ジンが明らかに胸を撫で下ろしている。


「湖ばさせても面白いかもの」


 リエラの隣に立った六郎の、あまりにもスケールのデカい発言を「えー? 時間かかるから嫌よ」と暗に出来るとリエラが答えた。


 それを聞いたジンとクロウが「え? 出来るの?」と何度目か驚きを隠せない中、六郎がフロアへの一歩目を踏み出す。


 未知の領域での戦いに、見たことのない敵。六郎だけが胸を踊らせる中、四人の背後で静かに昇り階段が消失した。


 静まり返るフロア。どこからか落ちたのか、水滴が立てた「ピチャン」と言う音が、やけに大きく響いている――

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