第82話 リターンが大きい時はリスクもデカい

 登場人物


 六郎:主人公。ダンジョンの敵は、刈り取った首が消えるから嫌い。


 リエラ:ヒロイン。敵を倒すより魔石を集めるほうが好き。現在効率よく魔石を集められる魔法を開発しようか本気で悩んでいる。悩んでいる理由は「自分で拾ったほうが実感があって楽しいから」と言う欲望丸出しの理由。


 ジン:サクヤの護衛。護衛対象をほっぽり出してるけど、そこに触れたら駄目。


 クロウ:魔法も体術も使える基本スペック高めの器用なオジサン。でもこういう奴に限って女心とか分からない。……分からないでいてくれ。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ダンジョンアタック二回目。三層目に急遽出現したモンスターの溜まり場、通称【牧場】を突破したのも束の間、四人を待ち受けていたのは連続で出現した【牧場】だった。


 ゴブリンキングを単独で倒し、自信をみなぎらせるジン。それを優しく見守るクロウ。そして――


 六郎は魔石を沢山拾っていた。


 ☆☆☆


 ゴブリン達が残していった無数の魔石。中央付近に大量にあったものはキングやジェネラルに変換されたものの、部屋の隅などにはまだいくつもの魔石が残っている。


 それをリエラに「あっちにもあるわよ!」と顎でこき使われ、黙々と拾う六郎たちメンズ三人。


 既に大部屋の中央には巨大な宝箱が出現し、ジェネラルの死んだ場所には大ぶりの魔石と素材が出現している。


 だが、それを触る事はリエラが許さない。曰く――「お楽しみは最後にとっとくもの」だとか何だとか。


 漸く大部屋全体に散らばっていた魔石を回収し終えた四人が、中央に出現した宝箱の前に。


「さーて、開けるわよ――」


 指をワキワキさせるリエラが、宝箱の縁に手をかけゆっくりと開いた。中から出てきたのは――


「黄金の塊に、魔石、そしてまた袋ね」


 前回と代わり映えのしない内容に、小さくため息をついたリエラが、同封されていた紙を掴んだ。


「『この試練を作りし物』って前と一緒――ん?」


 紙に書かれていた内容を読み上げていたリエラが、怪訝な表情で。前回同様の内容かと思ったところに、二枚目があったのだ。


 二枚目にも視線を走らせたリエラが、眉を寄せ暫く固まっている。


「何ち書いとんじゃ?」


 覗き込む六郎が、その文面を見て黙り込む。


「ちょっとオジサンにも見せてよ」

「お、俺もいいだろうか?」


 六郎に続き、クロウとジンも紙を覗き込むが――


「読めない……」

「……よねぇ」


 顔を見合わせる二人に、六郎が「ワシは読めるぞ?」と首を傾げた。

 六郎の意外な言葉に、ジンとクロウが目を丸くして六郎を見るが――


「読めるが、意味は分からんの。そもそも二五っち何ね?」


 肩を竦めた六郎の言葉に「四分の一の事よ」とリエラがすかさず反応した。


「というか二人共、何で読めるのさ? これダンジョン文字だよねぇ?」


 目を見開くクロウの驚きも無理はない。クロウが『ダンジョン文字』と呼ぶこれは、ダンジョン内部でのみ見られる文字で、基本的に解読されていないのだ。


 もしかして解読方法などがあるのか、と期待を寄せるクロウに――


「知らん」

「そりゃ読めるわよ。アタシだもの」


 ――ブレない二人の回答が突き刺さる。


 答えになっていない回答に、ガックリと肩を落とすクロウだが、これ以上追求しても無駄だろうと小さく溜息をつくだけで諦めた。


「それで? 結局何が書いてあるんだ?」


 クロウほど事の重大さが分かっていないジンは、内容が気になるのだろう。ソワソワしながら紙と六郎、リエラを見比べている。


「復旧進行度が二五に――」

「『復旧プログラム進行度が25%になりました。秘密の質問に答える事で、残りのプログラムをスキップする事ができます。挑戦しますか?』って書いてるわ」


 紙をピラピラするリエラが、三人を見回す。


 その言葉に黙り込む男三人……何故なら誰ひとりとして、。『復旧プログラム』だの『スキップ』だの『秘密の質問』だの……兎に角分からない単語のオンパレードなのだ。


「……仮に挑戦するとしたら、どうしたら良いのかな?」


 漸く口を開いたのはクロウ。意味もわからないが、行動の有無もどうしたらいいのか分からないのだ。


「あ、それは下に『はい』、『いいえ』の選択肢があるわね」


 文の下に書いてある文字にリエラが触れると、交互にその文字列が淡く光る。


「……この紙自体が魔道具なんだな」


 書いてあることの珍妙さもだが、触れる文字が光るという見たこと無い現象にジンが唸る。


「それで? どうするの? 挑戦する? しない?」


 肩を竦めて再び三人を見回すリエラに、ジンとクロウは顔を見合わせ、六郎は「そらぁ『する』一択じゃろうて」と腕を組んで笑っている。


「アンタ、意味分かってんの?」

「知らん。……が、『挑戦しない』やら云う選択肢は、ワシには無ぇの」


 胸を張る六郎に、「アンタはそう云う奴よね」とリエラは盛大な溜息だ。


 未だに顔を見合わせるジンとクロウを他所に、「ワシが『はい』っち選択したるわい」「アンタは駄目よ!」と紙を奪い合う六郎とリエラ。


「青年みたいにバシッと決められたら良いんだけどねぇ……如何せん意味が分からないものは――」


 紙を引っ張り合う二人に、クロウが重たい口を開いた。正直全くもって意味が分からないので、答えようがないのだ。


「それもそうよね……良いわ。これはあくまで予想なんだけど――」


 リエラが六郎から紙を奪い返し、クロウとジンに今までの事を説明し始めた。


 最初に侵入した時に、不思議な声が聞こえてきたこと。

 今回も聞こえていたこと。

 その声は六郎とリエラにしか聞こえていないこと。

 そして恐らくそれは、二人が神器を持つが故だと予想されること。

 恐らくダンジョンのコアに、アクセス干渉出来るのではないかと言うこと。


「つまり、嬢ちゃんと青年が神器を持っていて、その二人にだけ、このダンジョンに干渉アクセスする権利を有しているって事?」


 話を纏めるように、空中に視線を彷徨わせるクロウ。その隣でジンもブツブツ言いながら考えを纏めているようだ。


「平たく云うとね……あくまで予想だけど」


 そんな二人の前で小さく溜息をついたリエラ。


「神器をもつ二人だけが、あくせ……アクセス? 出来るのであれば、ダンジョンの最奥に神器がある事も簡単に確認出来るのでは?」


 下を向いていたジンが上げた顔は、心なしか明るい。実際ここに神器があると言われているが、それを確認したものはいない。雲を掴むような話に現実感が出てきたのだ。顔が綻んでしまうのも仕方がないだろう。


「ま、普通に考えたらそうよね」


 そしてそれにリエラも同意する。ダンジョンというシステムにアクセス出来るのなら、そこに眠っている物を検索するくらい容易だろう。


「……これは凄いぞ。今まで誰一人として攻略できなかったダンジョン。それに干渉出来るかもしれないのか!」

「人類史に残るくらいの偉業だよねぇ」

「あくまでも予想よ?」


 盛り上がる三人を他所に、六郎一人は「サッパリ分からん」と口を尖らせつまらなそうだ。


「結局どうするんじゃ? 挑戦するんか? せんのんか?」


 口を尖らせる六郎に視線を移した三人が、再び顔を突き合わせる。


「やっても良いんじゃないだろうか?」

「でも、秘密の質問って何だろうねぇ……間違えた場合ってどうなるんだろう?」

「そうよね。ペナルティが気になる所よね」


 再び始まった作戦会議に、六郎は腕を組み足で床をトントンと叩く。ダンジョンに入ってから、少し戦っただけで、後は魔石拾いしかしていないのでイライラはピークだ。






「何を迷いよんじゃ。どうせ間違えたとて、進行度やらが零に戻るだけやねぇんか?」


 声を張り上げる六郎を三人が振り返り、頷きあった。


「確かに可能性としては、それが一番大きいな」

「でも、四分の一だし……最悪取り戻せなくは無いんじゃない?」

「そうね……駄目元でやってみましょうか!」


 再度頷きあった三人が、六郎を手招き――眉を寄せながらも、六郎は三人の元へ。


「ロクロー、『やる』って云いたかったんでしょ? これ選択させてあげるわ」


 リエラが畳んでいた紙を六郎へ突き出した。もちろん優しさなどではない。何が起こるか分からないが、六郎なら大丈夫だろうと言う安全マージンをとっての行動だ。


 そして六郎もそれを分かっている。分かっているからこそ「お前は……」と溜息をつくが、それでも紙を受け取り下に書かれている『はい』の文字を力強くなぞる。



 六郎の指に反応したように、文字が強く光り輝き、その光が紙全体へ――光り輝く紙が、宙へ浮いたかと思えばそのまま霧散し、光の粒となりダンジョンの壁へと吸い込まれていく。


『アクセス権限復旧申請を承りました――』


 に響いてくる無機質な声。


「こ、これが?」

「嬢ちゃんの言ってた声ってやつかな?」


 どうやらクロウやジンにも聞こえているようなので、今回は脳に直接というより、このフロア全体に響いているので間違いない。


『秘密の質問にお答え下さい』


 続く無機質な声に、全員が息を潜める。質問内容を一言一句聞き逃さぬように――


『秘密の質問。初めて飼ったペットの名前は何ですか?』


 響く無機質な声に、全員の表情が曇った。まるで「……何その質問」とでも言っているかのごとく。唯一曇った理由が違うのは――


っちゃ何ね?」


 ――質問の意味が分かっていない六郎だけだろう。


「ペットって、飼ってる動物のことよ」


 呆れ顔のリエラに「おお、犬やら猫んことやな」と六郎が手を叩く。


「そう云やぁ、童んころに、一匹ん猫ば飼っとったぞ! 名前は――ムグっ」

「ストップ、ストーップ! 絶対にアンタの猫は関係ないからそれ以上は駄目」


 口を抑えられた六郎が不満の籠もった視線をリエラに向ける。


「駄目。そんな顔しても駄目。アンタのペットの事を聞いてるわけじゃないのよ」


 ジト目のリエラは六郎の口を抑えたままだ。


「まあまあ、折角だし聞くだけ聞いてみたら良いんでない?」


 六郎とリエラの間から顔を覗かせたクロウが、二人の顔を見比べながら続ける。


「だってヒントも何も無いわけだし、実際にペットを飼った事のある人間の意見は貴重だよ?」


 二人を見比べ「ね? ね?」と笑うクロウ。どこか見覚え、聞き覚えのある風景にリエラは難色を示している。

 少し前の作戦だなんだで、結局「正面突破」という事を言ってのけたがあるのだ。

 もちろん、それは考え抜かれた故の発言だったのだが、それでも予想通りの答えを返したという事実は変わらない。


 その前科があるが故に、リエラが難色を示している事が分かったのだろう。


「で、あればロクロー殿が、どういった基準で名前を付けていたかだけを聞いてみては?」


 ジンが出した助け舟に、「仕方がないわね」と溜息をついたリエラがその手を離した。


「では青年……君のペットの名前なんだけど、何を元につけたのかな?」


「名前は当時最強っち云われとった武将から取ったの。生涯七〇戦以上戦ってたった二敗しかしとらん云う武将じゃ(※)」


 嬉しそうに笑い「ワシも戦ってみたかったのぅ」と続ける六郎。


「七〇戦以上で二敗ってことは、上杉謙信かしら?」

「おお! よう知っとるの」


 リエラの言葉に更に顔を綻ばせる六郎。


「猫に『ケンシン』……まあ戦国時代ならそんな名前が妥当かしら?」


 笑うリエラに、六郎が「違うぞ?」と眉を寄せた。


「違う? もしかして景虎の方?」


「いんや。上杉じゃ」


 懐かしそうに目を細めた六郎が、「上杉はワシん膝の上で寝るのが好きでの」と遠くを見つめている。


「苗字! まさかの苗字! 普通は名前でしょ? アンタどんなセンスしてんのよ?」


 リエラの張り上げた声が、部屋全体に響き渡った。


「いや、迷うたんじゃがな――」

「迷わないわよ! 普通は名前一択!」



「――武田と」

「迷う方のチョイス! こっちも苗字!」


 腕を振り下ろし激しく叫ぶリエラに、小指で耳を塞ぎ「お前は意味分からんくらい元気じゃな」と苦笑いの六郎。


 今も「アンタのせいでしょ」と叫ぶリエラから少し離れた場所では――


「なるほど……憧れというか有名な人の名前か……古代で有名な人という線はアリじゃないか?」

「でも、このダンジョンがいつ出来たかなんて分からなくない?」


 一応真面目に議論するジンとクロウの二人。


『制限時間が迫っています。答えをどうぞ――』


 そして無情に響き渡る無機質な声。


「ああ、ロクローのせいで――」

「ワシは関係なかろう?」

「とりあえず何か言ったほうが良いんじゃないか?」

「え? この流れだとオジサンが言うの?」


 全員の視線が、クロウに集まった。……変なことを言うから。


「え、ええー、ええええええっと……ゆ、ユリウス!」


 苦し紛れにクロウが叫んだのは――


「それ帝国の皇帝の名前じゃない?」

「だって、仕方ないじゃん。有名人ってこのくらいしか浮かばなくて……」


 弁明するクロウの声も虚しく――


『不正解です』


 ――響き渡る無機質な声。


『正解はミュラーです』


 続く言葉に、六郎以外の全員が声を失った。……ミュラーだと? 本気で言っているのか? 言外に匂わされるのはそんな声。


「みゅらー? 何やそんおかしか名前は」


 呆れた声を上げる六郎だが、それを見る全員の顔は「お前が言うな」と物語っている。


 なぜなら――


「苗字! ミュラーも苗字!」


 ――この世界において『ミュラー』と言うのは、日本で言うところの『鈴木』、『佐藤』くらいメジャーな苗字なのだ。……いや、汎用性という点では『山田』が適当だろうか。


「ここに来て、莫迦と同じ感性!」


 何度目かのリエラの叫びが部屋全体に木霊する。


 その木霊が消えて暫く、誰ともなく呆れた笑い声をあげ――


『質問に不正解でしたので、権限への不正アクセスの可能性が検知されました。脅威度レベルが上昇します』


 ――呆れた笑い声は、ピタリと止み、全員が真顔に。


『脅威度レベル上昇にともない、アクセス権限復旧プログラムの難易度を上昇させます』


 取り返しの付かないことを仕出かした。


 六郎以外の三人がそう思う中――


「難易度がが上がるっち? 強か敵ばだしちゃらんね!」


 ――一人だけ嬉しそうな戦闘狂。


 六郎と同じ感性の前アクセス権保持者。そして嬉しそうな六郎。多分……いや確実にこれから更に苦労する事を全員が理解させられた瞬間だった。


 ※上杉謙信の戦績については諸説ありますが、一番有名なものを採用してます。

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