第81話 ゴブリンって上位種とか言う便利な存在もいるから好き

 登場人物


 六郎とリエラ:PCが馬鹿すぎて『六郎トリエラ』とか『吐露クロウと六郎が』って変換したりする度にイラッとくる。そのくせ主人公とヒロインなので変換頻度が高いという罠。


 ジン:忘れた頃に『人』って変換される。そして皆忘れてるだろうけどコイツは露出狂。ダンジョンの中は涼しいけど、さらけ出したお腹は大丈夫。意味はちょっと違うけど鉄の胃袋の持ち主。


 クロウ:裏切ると思われている胡散臭いオジサン。単純に『苦労』ってなる。一応苦労してるので、「うーん、まあ」って微妙な気分になるので辞めて欲しい。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 二回目となる『原始のダンジョン』探索に乗り出した四人。そこで判明した衝撃の事実!


 ――オジサン、いずれ裏切ることバレてぇら。


 ☆☆☆





「……つまらんの」


 仏頂面の六郎が呟いた。


 ダンジョンアタック二回目……六郎は殆ど


 モンスターが出てきていないと言う訳ではない。ちゃんと出てきているのだ。その証拠に呟いた六郎の視線の先には、転がる無数のモンスターたち。


 淡く光り輝き、ダンジョンの虚空へと消えていく。


 魔石と一部の素材を残して消える現象に、本当に生物なのか疑いたくなるものだ。


 そんな魔石を「ま、塵も積もれば何とやらってやつかしら」と拾い集めるリエラ。そして――


「そっちは俺たちが倒したやつだぞ?」

「馬鹿か! お前らはもっと向こうで戦ってただろ?」

「魔法と弓でも戦ってたんだ!」


 ――言い争いを続ける冒険者の集団。



 現在六郎たち四人は、『原始のダンジョン』三層目に出現した巨大な空間にいる。来た時はモンスターひしめく空間だったのだが、今はその全てが魔石と素材とに変わってしまっている。


 冒険者たちから通称【牧場】と呼ばれる空間だ。


 普通なら大量のモンスターが待ち構える最悪の罠であり、六郎からしたら願ったり叶ったりの空間だ。


 ただ今回は間が悪い事に、複数の冒険者チームが戦っている場所に後から突っ込む形になってしまった。


 加えて二人の存在だ。


「ジンくん、大剣の扱い中々になってきたじゃない?」

「……まあな。あれから沢山鍛錬したからな」


 続くジンの「お前が居なくなったお陰だ」と言う言葉に、やぶ蛇を突いた事を知ったクロウ。今は慌てながら取り繕っているが、何だかんだジンとの連携は中々のものだった。


 六郎達のチームだけでも、実力者だらけなのだ。そこに別の冒険者チームまで絡んでしまえば……敵が出たとしても一瞬でダンジョンのシミになり魔石を残して還っていくだけで、六郎としては全くもって面白くない。


 とはいえ残りの三人からしたら、順調な滑り出しというのは嬉しい限りだ。


 入る度にリセットがかかる『原始のダンジョン』において、敵の殲滅速度というのは探索スピードにも重要な事項になってくる。


 いかに道を間違えずに、いかに敵を素早く倒すかが肝なのだ。


 そうこうしているうちに、魔石の採集もちょっとした小競り合いも終わり、冒険者一行はフロアの奥に見えている階段へと歩を進めている。


 その後を付かず離れずの距離で歩く六郎達。


 ボンヤリとした明かりが、前を歩く冒険者の背中を照らす。長い階段が終わりを告げたのだろうか、彼らの背中が闇の向こうへと溶けていった。


 彼らの背中が消えてすぐ、六郎達の眼にも次フロアの様子が飛び込んできた。

 目に入るのは石造りの床。四層目もどうやら普通のダンジョンだとそこへ一歩足を踏み入れた途端――



 ――進行度が15%になりました。次シーケンスに移行します。



 もう反応する事も面倒になった声が、六郎の頭に響いた。


 一瞬風景が霞んだが、踏み込んだ先は確かに石造りの床。


 ただ壁は見えない。……何故なら部屋全体が無数のモンスターで埋め尽くされているからだ。


 子供ほどの大きさの緑の体躯。この世界でも雑魚の代名詞と言っていいゴブリンの群れが、四人の目の前に広がっている。


「二回連続【牧場】ってことあるの?」


 笑顔が引きつるクロウに、「聞いたことはないな」とジンが素早く背中の大剣を抜く。


「どうやらみたいよ」


 振り返るリエラに倣って、ジンとクロウが振り返った先は、階段があったはずの場所に撤退を許さない様に出現した壁だ。


「今って四層目だよね?」

「ああ」


 前回同様キリ番以外での特殊層との遭遇に、笑顔が引きつるクロウと顔を顰めるジン。そして――


「なかなか粋な計らいやねぇか!」


 ――いつの間にかゴブリンの群れへ突っ込み、笑顔でゴブリンを放り投げている六郎。


「……ロクロー殿はブレないな」

「ああは成っちゃ駄目だよ――」


 呆れた表情の二人だが、それも無理はない。大量にいるとは言え相手はゴブリンだ。ソルジャーやメイジと言った上位種と呼ばれるものも混ざっているが、この四人を前にするとその強さは誤差程度だ。


 今も鎧で身を固めたソルジャーが「鎧武者が居るやねぇか!」と六郎にロックオンされ、その首を錆びた直剣で叩き落とされている。


「さて、オジサン達も続こうか――」

「……言われずとも」


 中央で暴れる六郎と被らないよう、左右に分かれて群れへと突っ込むクロウとジン。そしてリエラは「怪我したら言いなさいよー」とそんな三人に呑気な声をかけるだけで、動くことはない。


 弾け飛ぶゴブリンの頭。

 回転し二、三匹を巻き込み吹き飛ぶゴブリン。

 身体を引き裂かれ、吹き飛ぶ複数のゴブリン。


 時折メイジが放ったと思しき魔法が輝くも――


 ゴブリンという盾で。

 同じく魔法で。

 大剣の腹で。


 ――それぞれ防がれ、相殺され、弾かれて虚しく消えていく。





 咽返るような血の臭いが部屋全体に充満した頃、その部屋に立っているのは六郎達四人だけになっていた。

 淡く立ち昇る光と素材と魔石――およそ生物のしたいとは思えない状態の元ゴブリン達が至る所に転がっている。


「……よう分からん仕組みやな」


 己の手にある直剣と、淡く輝き虚空へと消えていく別の直剣を眺める六郎が眉を寄せている。


「最初からそういう物だからな。考えた事も――」


 笑って答えていたジンが、再び表情を真剣なものに。その視線の先で虚空へ向けて立ち昇っていたはずの光が、一箇所に集まっていく。


 集まっていく光に吸い寄せられるように、床に落ちた魔石の多くもその中心に集まっていく――


「ああ! アタシの魔石が――」


 拾おうとしていた魔石が吸い込まれ、リエラが情けない声を上げる中、光が集まり一際大きく輝いた。


 光が収まり、四人の目の前に現れたのは緑の大男。


 二メートルはあろうかという巨躯に、突き出した腹。太く長い腕は床について尚、肘が曲がり逆に足は驚くほど短い。

 立派な鎧を身につけ、巨大な大剣を肩に担ぐ様は歴戦の勇士を思い浮かべさせる。


「……ゴブリンジェネラル……いやキングだねぇ」

「……がいるし、そうだろうな」


 クロウの言葉に頷くジン。その言葉通り、キングと呼ばれたゴブリンの両脇から、一回り小さい鎧ゴブリンが二体現れた。


 槍と剣。それぞれが持つ武器を構えるゴブリンは、先程までジン達が相手をしていたソルジャーの比ではない殺気を放っている。


「いよーし。ワシがあん一番デケェ――」

「ロクロー殿、悪いがここは俺に譲ってもらえないだろうか?」


 珍しく前に出るジンに、六郎が「何故じゃ?」と眉を寄せた。


「同じ大剣使いだ。無理を承知で譲ってもらいたい」


 笑うジンを前に、一瞬だけ難色を示した六郎だが「まぁエエわい」とその肩を叩いて脇へと避けた。


「そういう訳だ。デカブツ、お前の相手は俺がしよう」


 大剣を片手で突き出したジンに、キングが呼応するようにニヤリと笑った。


 ――ミシッ


 不意に響いたその音が、床石にヒビが入った音だと気がついた時には、ジンの眼前に巨大な切先が迫っていた。


 踏み切るために込めた力だけで、床石にヒビを入れるほどの膂力。

 それによってもたらされた高速移動。

 そして長い腕による遠心力。


 高速かつ超重量の一撃を、ジンは慌てず半歩下がることでやり過ごした。

 鼻先を掠め、風圧でジンの前髪が舞い上がる。

 轟音とともに床を砕いた一撃が地面を揺らす。


 その振動を物ともせず、ジンが腰を捻りキングの横っ面めがけて大剣を振る。

 完璧なタイミングの一撃も、片手と両足を器用に使ったキングのバックステップで、空を切った。


 空を切ったジン目掛けて、突き出されるのはジェネラルの槍。

 振り切り、完全に隙だらけに見えるジン。

 その顔面に穂先が迫る――


「甘い――」


 呟いたジンの姿がブレたかと思えば、顔の横を虚しく通り過ぎる穂先。

 隙きをついたかと思ったジェネラル。

 渾身の一撃だったのか、前のめりの身体は格好の的だ。


 ジンは振り抜いた大剣の勢いを殺すことなく、その場で一回転。

「ヒュン」と言う甲高い風切り音の後に、ジェネラルの胴体が真っ二つに分かたれた。


「おお、やるやねぇか」


 ジンの振った大剣の軌跡を、嬉しそうに眺めていた六郎が、「どれ、ワシも気張らんとのう」と首を鳴らし、もう一体のジェネラルに目を向ける――が、件の剣持ちジェネラルは、今まさに回転しながら宙を舞っている最中だ。


 激しく地面に叩きつけられたジェネラルの身体が跳ね、口から呼気に混じって血液が飛び散る。


 痙攣するジェネラルの胸にゆっくりと突き立てられるのは、ジェネラル自身が持っていたはずの剣。


「いやぁ、人型はやっぱり戦いやすくていいねぇ」


 笑うクロウに、六郎の頬がヒクついている。


「わ、ワシの……」


 六郎が見つめる先で、ジェネラルの身体が光り輝き虚空へと消えていく――こうなれば、ジンが相手取るキングを獲るしかない。


 そう思った六郎が、ジンとキングを振り返る。


 そこには大剣という超重量武器を、軽々と振り回し局地的な嵐のような風を発生させているジンとキングの姿。


 大剣同士がぶつかる度に、甲高い音と衝撃が発生し、空気がビリビリと揺れている。


 何合かの打つかり合いの後、両者の渾身の振り下ろしが、一際大きな音と衝撃を発生させ、同時に二人の足元床石が砕けた。


「床、壊れるやねぇか」


 そう言えば、先程も壊れていたなと思い出した六郎が、足元を踏み抜く。

 砕ける床石だが、そのすぐ下に硬い感触――


「莫迦ね。昨日のジャングルと同じ仕組みよ。ダンジョンの中に、遺跡を再現してるの。崩れるのは――」


 リエラが思い切り杖を床に突きつける――甲高い音が周囲に響き、一拍遅れて衝撃がリエラの身体をビリビリと駆け上る。


「――崩れるのは?」


 ニヤニヤする六郎に、「う、うっさい」と顔を赤らめたリエラ。思い切り突いたが床の硬さに跳ね返されてしまったのだ。


 恥はかくし、手は痺れるしでいい事など何一つない。


 そんな失態を隠すようにリエラは赤い顔のまま「ん、ンン――」と咳払いを一つ。


「とにかく崩れてるのは、昨日の木とかと同じ原理だと思いなさい」


 そう言いながら、ジン達を顎でシャクるリエラに、肩を竦めた六郎が視線をジンとゴブリンキングに戻した。


 打ち合ったジンとキングは、今も大剣を突き合わせ、鍔迫り合いのような形に。


 キングのほうが背が高く腕も長いため、ジンは上から抑え込まれる様な形だ。劣勢に見えるその体勢にもかかわらず、ジンの真剣な表情には負けを悲観するような雰囲気は一切ない。


 それが分かっているのか、押し込もうと体重をかけるキングの形相のほうが必死だ。


「……キングの名に恥じぬ強さ……お相手感謝する」


 呟いたジンが、腕の力を抜く。

 不意に崩れた均衡に、キングが前のめりに――


 ジンに覆いかぶさるようなキングとその大剣。

 それを自身の剣を担ぐように、キングの大剣を滑らせ――

 ジンはその身体をキングの方へと滑りこませつつ左手で顎をかち上げた。


 長い腕がアダとなった。

 剣と身体の間にポッカリと空いた空間。

 身体をすべりこませながら、剣を滑らせその勢いをアッパーカットに変換。


 前のめりになったキングは顎を撃ち抜かれ、ヨロヨロと後退。


 開いた間合い、振り上げられた大剣。

 絶好のチャンスに、ジンは息を短く吐き――


 踏み込みと同時に、大剣をキングの頭に叩きつけた。


 風切り音すらしない会心の一撃は、キングの頭蓋に吸い込まれていく。


 銀の一閃が、キングの頭から股まで――

 閃いた後、ゆっくりと左右に分かたれ倒れ伏すキング。




「よし、俺も強くなってる……」


 自身の成長を噛みしめるかのように、拳を握りしめるジン。その様子を「うんうん。強くなったねぇ」と笑って見守るクロウ。そして――


「……まぁ、今回はエエわい」


 大きく溜息をつき、小さく笑った六郎と――


「ちょっとロクロー! アンタ殆ど戦ってないんだから、魔石集め手伝いなさいよ」


 ――お金に目がくらんだリエラの声が、やたら広い空間に響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る