第80話 ダンジョンアタックって表現カッコいいよね

 登場人物


 六郎:傭兵として海外に渡った戦国期のサムライ。傭兵という設定のくせに、金に靡かない困った男。金は奪えば良いと思ってるフシがあるから更に手に負えない。主人公。


 リエラ:六郎を呼び出した女神。色々残念だが、女神としての権能なのか無尽蔵の魔力を誇る。お金は「出しなさい?」と言えば、皆が喜んで出すものだと思い込んでいるフシがあるので手に負えない。ヒロイン。


 ジン:滅んだ国の再興を目指す青年。年齢的には六郎と変わらないが、心は清らか。お金は頑張って稼ぐ。いい人。


 クロウ:影と裏がありまくりの胡散臭いオジサン。何処かの何かの隊長らしい。なのでお金はいっぱい持ってる。恵んで欲しい。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


『原始のダンジョン』から返ってきた四人を待っていたのは、商人たちが始めた仲違い紛争だった。

 紛争のキッカケとなった六郎からすると狙い通りという事だが……


 ☆☆☆



「さーて、二日目行くわよ!」


 腕を突き上げるリエラの目の前には、朝日を背に受け後光が輝く逆ピラミッド。


 昨日と比べると少なく感じる奇異の視線は、慣れたからというよりも単純に人出が少ないからだ。


「珍しいな。いつもなら朝早いこの時間でも混んでいるんだが」


 周囲を見渡すジンと「そう言えばそうだねぇ」と顎を擦るクロウ。


 訝しげな二人と対照的なのは――


「今日ん敵は何やろうな。斬りでがあるんがエエの」

「敵とかどーでも良いわよ。目的はお宝なの」


 ――どこまでも通常運転の二人だ。


 逆ピラミッドから覗く後光に照らされる二人だが、その姿が神々しく映ることはない。何処までも欲にまみれ、逆光でできた影の如く真っ黒な二人にジンもクロウも若干引き気味だ。


「さあ行くわよ! 今日もお宝ゲットよ!」


 腕を振り上げたリエラが階段へと進んでいく。少々目的が変わりつつあるが、それは仕方がない。なんせ昨日手に入れた巨大な魔石とよく分からない素材の数々を、トマスがかなりの値段で買い取ってくれたからだ。


 ハイノで事業を失敗し、クラルヴァインで事業すら起こせなかったトマスだが、今この瞬間は中々の小金持ちだったりする。


 その理由は、屋台の組合とギルバート商会の決裂の影にトマスがいたからだ。


 ハイノで連合軍に売りつけるために仕入れた数々の物資。借金のカタに殆ど抑えられたそれだが、食料品は大量に余っていたのだ。それも馬車一杯に。


 加えてリエラが所持していた大量の物資。……ダンジョン調査の名目で騎士団から掻っ払ったアレやコレ。


 それをトマスに託したら屋台の組合に売りつけていた。


 その事でギルバート以外の仕入先を見つけたと思った組合。ギルバートから食料を仕入れなくて良くなったと反発を開始したのだ。


 結果、トマスには纏まったお金が手に入り、ギルバートの目は屋台の組合に向き、リエラは素材を大金に変換することが出来た。


 本来なら素材などは冒険者ギルドに卸すのが一般的だ。だが、この街では冒険者ギルドを通すことは無い。ギルバートと通じている組織など知ったことではない。


 因みにリエラからを持ちかけられたトマスは、嬉々としてそれを受け入れ既に動き出している。それを見ていたクロウやジンは「また荒れるだろうな」と真顔になっていたのは別の話。



 兎も角ボスが金になると睨んだリエラは、おそらくジンやサクヤ以上に『原始のダンジョン』攻略に熱を上げている。


 そしてそれは六郎もしかり。いきなり遭遇したボスが、中々歯ごたえのある植物だったので、これから出てくるだろう強敵にワクワクしているのだ。


 ダンジョンを攻略して、興国の足がかりとしたいジン。

 目的自体が不明なクロウ。

 とりあえずお宝が欲しいリエラ。

 何でも良いから強者をぶった斬りたい六郎。


 パーティとして大丈夫かと言うほど目的がバラバラな四人が、ダンジョンへと足を踏み入れた――



 ――アクセス権限復旧プログラム……実行中……次シーケンスに移行します



 入口へ足を踏み入れたと同時に、六郎の頭に響く無機質な声。


 ただ前回のようにいきなりジャングルという訳ではなく、前回帰還したのと同じ入口広場に繋がっていた。


「相も変わらず面妖な建物やの」


 ポツリと呟いた六郎に、クロウとジンが一瞬怪訝な表情を返したが、六郎は「気にしなや」と手を振って二人の視線を散らした。


 これで三度目になる声だが、気配も何も感じないそれは、六郎とリエラにしか聞こえていないようだ。昨日帰りがけにクロウやジンに確認したが今までそんな声など聞こえたことすら無いというのだ。


 もう一人、声が聞こえているはずのリエラは眉を寄せているので、今回の声も聞こえていたようだ。


 頭痛がするのか。それとも本来の目的を思い出したのか。

 漲っていたテンションは少々落ち着かせたリエラが三人を振り返った。


「ま、今日は……というか今回はいけるところまで行きましょう」


 リエラの言う通り、今回は最短二日、最長で四日程の探索を想定している。昨日トマスから仕入れた物資は使わずじまいだったので、少々長いこと潜って探索深度をあげようという腹づもりだ。


「時間もないし、急ごう――」


 真剣な表情のジンが、先陣を切って階下へと足を進める。


 最長で四日潜る予定だが、トマスやサクヤなど気になる部分もあるというのが本音だ。特にサクヤを置いてきているジンの気持ちは想像にかたくない。護衛達がついているとは言え、今のクラルヴァインは治安があまり良いとは言えないのだ。


 あまりサクヤの元を離れたくはない、だがサクヤのために一刻も早くダンジョン攻略もしたい。


 リエラや六郎とは違うベクトルで、一生懸命なのがジンが足早に降りる階段を三人も続く。






 階下へ降り立った四人を迎えたのは、ヒンヤリとしたダンジョン独特の空気。少し湿気て肌に纏わり付くようで、そして――


「血ぃの臭いがするの」


 ――口角を上げる六郎の言葉通り、若干


 異空間であるはずのダンジョンだが、長年染み付いた血の臭いはリセットがかからない。


「下に行くほど、濃厚な臭いがするよ」


 辟易とした雰囲気のクロウに対して、「そらぁ期待出来るの」と嬉しそうに笑う六郎がダンジョンの奥へと歩を進める。


「ちょっと、勝手に行かないでよ。道知らないでしょ?」


 その後を慌ててついていくリエラと、「嬢ちゃんも知らなくない?」と苦笑いのクロウとジンが続く。


「そういやぁ……下ん方は珍妙な作りや云うとったの」


「みたいね……アタシも又聞きの又聞きだから詳しくは知らないけど」


 そう言いながら振り返ったリエラの視線に、まるで知らないとばかりに肩を竦めるクロウの脇を、ジンが肘で小突いた。


「ちょっと、ジンくん痛いじゃん」

「……お前がそのだろうが」


 ジンの言葉に「何で言っちゃうかなぁ」と口を尖らせるクロウ。


「へー。何でそんな重要なこと黙ってたのかしら?」


 笑顔なのに何処か圧のあるリエラに、クロウが苦笑いしながら後退り――


「い、いやぁ……そのうち言うつもりだったんだって」


 ――両手を上げて降参のポーズをしている。


「そうなの? じゃあ今話しなさいよ」


 笑顔のリエラから発せられる圧に、「はいはい。分かりましたよお姫様」とクロウが観念したように話しだした。


「下層……って言っても、どのくらい下なのかは分かんないんだよねぇ……だって、僕達たまたま辿り着いただけだから。転移の罠でね――」


 頭をかくクロウが説明を続ける。


 今から半年ほど前、ギルバートの肝いりメンバーで『原始のダンジョン』探索をしていた時、宝箱の罠解除をミスして全員が転移させられたこと。


 転移した場所は――


 見たこともない金属の壁で出来た空間だった事。

 ダンジョンの様に長い廊下が続いていた事。

 廊下の脇にはいくつもの扉のようなものがあった事。

 そのうちの一つに近づくと、扉の上のランプが緑に光り勝手に開いた事。


 ――今まで見たことも聞いたこともない空間だった。


「最初は特殊空間かと思ったんだけどねぇ」

「違ったのか?」


 ジンの反応に頷いたクロウが、「上に行く階段がすぐ近くにあったんだよ」とそこが通常のフロアであった事を説明している。


「まあ結果的にその階段のお陰で助かったんだけど」

「助かった?」


 訝しげなリエラに、クロウが真剣な表情で頷く。


「見たこともないモンスターに襲われたんだよ」


 いつになく真剣な表情のクロウに、ジンは生唾を飲み込み、リエラは若干胡散臭そうに、そして興味の無かった六郎は、今や一番興味を示して……それぞれが真剣なクロウを見ている。



「全身が金属で出来た空飛ぶモンスター。真っ赤な一つ目と、筒状の腕から魔法を乱れ打ちしてくるモンスターだ」


「なぁんかそらぁ!」

「ゴーレムではないのか?」


 テンションが上がるメンズ二人に反して、リエラは盛大に溜息をついて――


「どこがモンスターよ。ただのガードボット――」


 ――呆れた声を発した瞬間、考え込むように黙ってしまった。


 リエラは今驚いている。


 ……何故そのモンスターもどきの名前を知っているのか。


 実際にそんな見た目の存在は、あの『輪廻の輪』にいる時に聞いたこともあるし、そういった物が闊歩している世界も知っている。


 だが、ここまでクッキリはっきりと、名前も姿形も想像できるのはおかしい。


 なんせ、自分が管理を始めてからここ千年。この世界での文明の進みはゆっくりなのだ。


 この世界の未来の話?


 いやそれはない。何故なら、『輪廻の輪』を形成している数多の世界は


(未来が見えないのに、魂を呼び寄せられるのは何でだっけ……)


 激しくなる頭痛を抑えるように、リエラが頭を抱える。六郎の「おい、リエラ――」と呼びかけてくる声がやけに遠くに聞こえる。


(違う……私達はアクセスできる……でも……何で?)


 リエラが思い出したことは神がアクセス出来る未来は、『輪廻の輪』に隣接する世界、所謂六郎が生きていた世界に限ってだ。


(『輪廻の輪』は――)


「リエラぁ、大丈夫け?」


 肩を叩かれた衝撃で、頭痛が霧散しリエラの意識はハッキリしてきた。


「……大丈夫よ。ちょっと考え事してただけだから」


 思い出せそうで思い出せない。だが、恐らくこの下まで行けばこの頭痛の正体も分かるのだろう。


 そう思ったリエラが「話の腰を追って悪かったわね」とクロウに向き直った。


「いや……嬢ちゃんが大丈夫そうなら良いんだけどさ」


 面食らったクロウが頬を掻き、「続けても?」と口を開くと、リエラが頷く。


「そのモンスター……ジンくんの言う通りゴーレムかな? に襲われた僕達は、二人が死亡。残りの三人で何とかそれを倒したんだけど……」


「……だけど?」


「新手が現れてね……しかもゴーレムが三体だ」


 苦笑いのクロウ。その表情から察するに中々手強かったのは事実だろう。


「とりあえず、倒した一体を担いで這々の体で階段を駆け上がって、その上にあった転移装置で帰ったってわけ」


 肩を竦めるクロウに「敵前逃亡やねぇか」と口を尖らせる六郎に――


「ほら、オジサンってどちらかと言うと対人特化じゃん? 使、そして獲物もコレだし――」


 ――腰に差した短剣をポンと叩いたクロウが再び苦笑い。


「確かに相性は悪そうね」

「だな……」


 納得する二人を他所に、六郎だけは――


「九郎、主ゃ妖術まで使うんか?」


 ――思わぬ情報に嬉しそうだ。


「だから牽制程度だって……それに嬉しそうにされても戦わないからね?」


 困り顔のクロウだが、ニヤリと笑った六郎は「主ゃどうせやろうが?」とクロウの肩を叩いた。


「うわっ、酷くない? オジサン傷ついちゃうよ?」


 慌てるクロウの肩を更に叩いたリエラが――


「裏切る時は、ちゃんと一ヶ月前には言いなさいよ?」


 ――よく分からないアドバイスと呆れ顔を残し、その後を「また裏切るつもりか」と軽蔑したような視線を飛ばすジンが歩いていった。


「ちょっと! オジサンの待遇改善を所望する!」


 クロウの魂の叫びは先を歩く三人の背中と、ダンジョンの薄暗い空気に溶けて消えていく――遠ざかっていく楽しそうな笑い声と、「ちょっと置いてかないでぇ」と繰り返される情けない声。


 二度目のダンジョンアタックが始まる――

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