第79話 外も中も問題だらけ
登場人物
六郎:巨大な虫も素手で倒すよ。この物語の主人公。
リエラ:魔法を操る女の子。その正体は女神様だけど、お金と高価な物が大好き。
クロウ:ジンと何かしらの縁があるオジサン。階層主との戦いで何してたかって? それは秘密。
ジン:大剣を担いだこの物語の良心。ようやく敵を斬ったけど、その姿を見たものは誰もいない。
ギルバート:六郎にお供をボコられ凹んでるよ。悪徳商人。
☆☆☆
前回までのあらすじ
ダンジョンに入ったかと思えばそこはジャングルだし、虫ばっか出てくるし、六郎は考えなしに突っ込むし……。
とりあえず階層主を倒したんだけど、今日は疲れたから街に帰るわ。
☆☆☆
四人がクラルヴァインに帰って来たのは、太陽が殆ど沈みかけた頃だった。
街に入る疎らな人も、閉まりかけの門も。夜の帳がすぐそこまで来ていることを教えてくれている。
とは言え、夜でも明るいのがクラルヴァインという街だ。城壁の向こうを煌々と魔導灯の明かりが照らし、壁を隔てても聞こえてくる人々の活気ある声は、熱気すら感じられる程だ。
そんな熱気にあてられ、ダンジョン探索の疲れなどどこ吹く風の四人。
思い思いに口を開き――
「腹が減ったの」
「とりあえず、魔石を換金しにいかないか?」
「オジサンは大人なお店に行きたいねぇ」
「え? アンタに配分ないわよ?」
「嘘でしょ? え? 何で誰も何も言わないの? ちょっと――」
少々騒がしく、だが意気揚々と門をくぐる。
食、物、性。様々な欲と少々の疲労を抱える四人を迎え入れたのは――
「なんか変じゃない?」
――リエラの言葉通り、普段とはどこか雰囲気の違う街の空気だった。
人出は多く賑やかな通りは一見何の変哲もないのだが……。
皆の気持ちを代弁したリエラの言葉通り、溢れる活気の中にどこか緊迫した雰囲気を漂わせている。
「思ったより早かったねぇ……」
肌がヒリつく空気に、後から追いついてきたクロウが、苦笑いで頬を掻いた。
そのクロウを怪訝な表情で振り返るジンとリエラだが、六郎だけは「遅いくらいやねぇか?」と欠伸を噛み殺しながら呟いている。
「いやいや早いでしょ。元凶が大きすぎたんでないの?」
「さあの。ただワシならあの場で動いとるがの」
呆れ顔のままのクロウと、ヒラヒラ手を振りながら歩き出した六郎。
「ちょっと、どういう事よ――」
いまいち状況が飲み込めていないのか、リエラが六郎の肩を掴んだ瞬間――通りの向こうから悲鳴と怒声が響き渡った。
「くそ、まただ――」
「どうなってるのよ?」
悲鳴と土埃が舞う中、通りを行き交う人々が我先にと逃げ惑う。騒然とする大通りは、昨晩の騒動を彷彿とさせるが、あの時より人々の反応が過敏だ。
逃げる人の波に逆らうように、騒動の中心へと向かった四人が見たのは、穴を開けられ、ひっくり返された一つの屋台だった。
逃げ出した人々の勢いに対して、あまり大きくない被害。
そして先程から遠巻きに聞こえている「またかよ」と言う声。
つまりこういった騒動が何回も起きている事で、人々にある種の緊張が生まれているのだろう。
六郎としては予想通りの流れではあるものの、思ったより控えめな動き方だ、というのが感想だ。
いや、こういった末端を狙わないといけないほど、拮抗していると見たほうが良いのだろうか。
どちらが正解か分からないが、転がりだしているという事だけは間違いない。
とは言え――背を丸める店主らしき男には、少々同情の念があるが……
「後手後手やねぇか?」
怪訝な表情でクロウを振り返った六郎。
「だから早いって言ったじゃん。まだ準備が出来てないのに動いたんだろうねぇ」
そんな六郎に溜息をこぼすクロウ。
その言葉に六郎も小さく溜息をこぼした。なるほど、これは異世界だと。少々認識が甘かったと。
実際は異世界も何も関係なく、六郎の六郎による六郎基準が、ぶっ飛びすぎているだけなのだが……。
とにもかくにも、巻き込まれたのだろう屋台の店主。
疲れた顔で、必死に屋台を起こそうと頑張っているが、人々はそれを遠巻きに見るだけで助けはしない。
クロウの言う通り、元凶として巻き込んでしまったとも言える状況に、六郎は「ハァ」と短い溜息だけをこぼして、ジンの肩を叩いて屋台を親指で指す。
一緒に起こすぞ。
言外にそう匂わせる六郎に、ジンは「あ、ああ」と若干驚きながらも六郎に続き、屋台に手をかけた。
屋台を起こす六郎に向けられるリエラの視線にも、納得の二文字が見て取れる事から、自身の相方も事の顛末に気がついたようだ。
「いやぁ、すまないね。お兄さん方――」
バツが悪そうに頭をかく店主に、「お互い様じゃ」と六郎はそれだけ言い残して、店主に頭を下げるリエラを伴いその場を後にする。
六郎の隣を歩くリエラの、「ホンっと莫迦な生物ね」と溜息をついた背中に――
「屋台の組合が、ギルバート商会と手を切ったらしいぞ?」
――予想通りの解答が届いた。
今回の騒動、いや街を包む緊張感の原因はギルバート商会が雇ったゴロツキたちだ。
いや、クロウに言わせたら元凶は六郎らしい。六郎が衆人環視のもと、ギルバートの暴力を叩きのめしたからだ、と言いたいのだろう。
それを見ていた奴らが早速動き出したのだ。
ギルバートの暴力は大したこと無い。と早とちりをして。
いや、実際に大した事はない。だがそれは、六郎やクロウと言った歴戦の戦士を基準にした場合に限る。
普通に考えたら、ゴールドランクやミスリルランクの冒険者を擁するギルバートの暴力は、やはり脅威といって差し支えないレベルだ。
もし立ち向かうのであれば――
「普通立ち向かうにしても、もう少し根回しとか必要なんじゃないだろうか」
大通りの喧騒を離れ、少し和らいだ空気にジンが呆れた溜息を漏らした。
騒動を間近でみていたジンからしたら、いつかはギルバートに立ち向かう勢力が出来るだろう。とは思っていたが、まさか昨日の今日で、それが起こるとは思っていなかったのだ。
「それはオジサンも同意見。もうちょっと根回しとか、相手勢力の切り崩しとか……反抗勢力同士の協力とか……色々あってからだと思ってたよ」
顎髭を擦るクロウが、ボンヤリと月のない空を見上げ――
「まあ青年が、簡単に倒し過ぎちゃうからなんだろうけど」
――嫌味とともに、視線を六郎に飛ばしている。
その視線を軽く受け流し、頭を掻いた六郎は
「そうか? ワシは遅いくらいやと思ったがの。昨日ん騒動んまま反乱でも起こしゃ良かったんに」
六郎の六郎による六郎基準からの逸脱に、盛大な溜息をつき
「機を見つけて即座に反乱起こせるのは、アンタの国だけよ」
それをジト目で睨んでいるリエラ。
ちなみに六郎からしたら冗談ではなく、本気で言っていたりする。実際それを見越して殴り込みに行ったのだ。
アレを見て、ギルバートに不満がある奴らなら、直ぐに自分が動かせる兵隊を雇い動かすと思っていた。
そして実際に屋台を管理する組合という奴らが反旗を翻している。
その組合本部に襲撃をしないあたり、どうやら組合側も武力を揃えつつあると見える。今は屋台を襲撃するという嫌がらせも、そのうち組合側は対策を打ってくるだろう。
六郎個人としては、最初から準備をしとけと言いたい所だが、相手は商売の玄人であって、暴力に関しては素人だ。いきなり予想される事態への対応を望むのは無理だろう。
逆に言えば、そこは六郎の目論見も甘かったと言える。甘かったと言うか厳しすぎたと言うか……自分の配下くらい自分たちで守るだろうと思っていたが、そこまで手は回っていなかった。
素人に任せたせいで今日一日だけでも、真面目に商売をしていただけの人間がトバッチリを受けた事は少々申し訳なく思っている。
「これからもっと荒れるよねぇ」
ボヤくクロウが、再び六郎をチラリと見るが「さあの」と答えて六郎は肩を竦めるだけだ。
正直「荒れるか?」と言われても、「分からない」としか言いようがない。あとはギルバートと商人たちとの問題なのだ。
きっかけを作ったとは言え、六郎からしたらどう転んでも、それ以上は本人たちの責任だ。
ギルバートに襲撃を仕掛けた表向きの目的は、「自分たちに構うな」と言う脅しに他ならない。
お前らの暴力など、こちらには何の影響もない。
叩き潰されたくなければ、大人しく銭の勘定だけしておけ。
そういったメッセージを与える事が、表向きの目的だった。
ギルバート商会を叩き潰すだの何だの皆は言っていたが、六郎からしたらそんな面倒な事はしなくても楽な方法があると思っていたのだ。相手が脅してきたので逆に脅し返すだけでいい。
お前などでは相手にならないと。
そしてそれを敢えて衆人環視のもとでやった理由は、概ねクロウやリエラが想像していた通りだ。
ギルバートの暴力を叩き潰し、他の商人たちにギルバート商会を潰させようという。
概ねではその通りだ。
これから荒れるかどうかは分からない。だが本心では、もちろん荒れて欲しいと思っている。
それこそが、敢えて衆人環視でギルバートを叩きのめした、最大の目的だからだ。
「まーた悪いこと考えてるわね」
自然と上がっていた六郎の口角に、リエラが溜息をついている。
「阿呆。悪いこと何かやねぇの」
六郎が返した笑顔に、ジンやリエラはおろか、クロウでさえ胡散臭そうな表情を隠そうともしない。
「……絶対に悪いことだ」
「ジンくん、あんな大人になったら駄目だよ」
ヒソヒソと言葉を交わす二人の目の前で、「ああ、もっと荒れんかのぅ」と笑顔で物騒なことを呟く六郎。
雲間から差し込む月明かりが、六郎の嬉しそうな顔を照らしている。
☆☆☆
「徹底的にやれ!」
自身の椅子に座るギルバートが、声を張り上げた。
いつもは深く腰を下ろし、堂々としているだけに、浅く前のめりの姿勢に苛立ちと焦りが見て取れる。
「まずは、儂に楯突く馬鹿な商人どもに現実を見せてやれ」
ギルバートの激で、部屋に集まっていた無数の男達が、部屋をあとにする。
残ったギルバートは、大きく息を吐いて背もたれに身体をあずけた。
「『リエラとロクロー』。儂に恥をかかせおって。見せてやる……金の力が一番強いことを。金さえあれば何でも出来ると言うこと……」
不気味に笑うギルバートの顔を、魔導灯が怪しく照らし出していた――
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