第78話 草には炎。これは何処行っても真理
登場人物
六郎:久々の巨大生物を前にテンションうなぎ上り中の主人公。
リエラ:階層主が虫じゃなくてホッとしてるヒロイン。多分虫だったら階層ごと焼き払ってた思う。危ない。
クロウ:荒ぶるリエラにドン引き中のオジサン。暗躍中。
ジン:いっつも大剣を握りしめるだけで、なかなか抜剣させてもらえない。いや、抜身だから抜剣はしてるんだけど。
☆☆☆
前回までのあらすじ
逆ピラミッドの入口を抜けたら、ジャングルだった。
襲い来るむし、ムシ、虫、蟲……それらを焼き払ったリエラ達の前に現れたのはまさかの巨大植物。
虫じゃねぇの?
ってぇ野暮な突っ込みは無しだ!
ザ・階層主を前に四人での初戦闘が始まる――とりあえず連携とか大丈夫か?
☆☆☆
鞭の様に振り下ろされた蔦を、左右に飛び退いて躱す四人。
打ち付けられた蔦が樹木を薙ぎ倒し、土埃と落ち葉を舞い上げる――
衝撃で倒れた木々の間を飛び越え、一際大きな樹木の幹を思い切り踏みつけた六郎。
他の木に被さるように倒れたそれが、下敷きの木を支点に大きく
「いよっしゃ! 一番槍は貰うた!」
踏切と、樹木の反発を射出機代わりに、笑う六郎が高速で巨大花に向けて飛ぶ。
「ろ、ロクロー殿!」
「馬鹿なのか、大物なのか……」
空を往く六郎を見るジンとクロウは呆けている。
なんせ見たこともないモンスターに向けて、特に打ち合わせも様子見もなく真正面から特攻しているのだ。驚き呆れるのも無理はない。
ただ一人リエラだけは――
「はいはい。あの莫迦は放っといて、作戦立てるわよ」
――通常運転だ。「パンパン」と手を叩き、巨大花と六郎に向いていた二人の意識を自身に向けさせ、なぎ倒された木々の陰を指さした。
隠れて作戦会議というわけだ。
リエラからしたら見慣れた光景なので、気にする必要は欠片もない。どうせヤバくなっても何とかするだろうから、今は六郎が引き付けている間にこの三人であの巨大花を叩く算段を立てたいのだ。
見たことがない以上、考えうる事態は想定しておきたい。
そんな見たこともない巨大花も、六郎が視界に入ったのか――そもそも目があるか分からないが――その蔦を槍の様に突き出す。
一直線で飛ぶ六郎に、真正面から合わせられた蔦のカウンター。
六郎が刀を真正面に立て、その峰を左手で抑える。
六郎に、いや六郎の立てた刀に蔦がぶつかるが、衝撃の音はなく、突き出された蔦の勢いも止まらない。
傍目には六郎が飲み込まれたかのように見えるそれも、真正面から見ると全く違った光景が広がっている。
蔦は、六郎を中心に左右に割けてそのまま通過しているのだ。
真っ直ぐに構えた六郎の刀が蔦を切り裂き、あまりの切れ味に蔦の勢いは止まることなく、逆に六郎の跳躍の勢いも相まって先端からドンドンと切り裂かれている。
とはいえ、相手からしたら無数にある蔦の一本。
大してダメージがないのか、切り裂かれて尚その蔦を押し込んでいる。
その理由は――
「チッ、届かんの」
――六郎の足止めだ。舌打を漏らした六郎が急速に失速し、そのまま地面に降り立った。
木々の合間に落ちたはずの六郎だが、相手は六郎の位置を感知しているのか、空から無数の蔦が槍の様に降り注ぐ。
それを前進して躱しながら、六郎も木々の合間を縫って巨大花の方へ――
生い茂る樹木も、足元に纏わり付く草花も六郎の勢いを止めることなど出来ない。
それどころか木々を蹴り、加速していく六郎が再び木々の上に出現。
六郎の視界に現れたのは、鎌首をもたげたような無数の蔦を持つ巨大花だ。
先程より近くなり、より大きく見える巨大花。
その左右と上に伸びる蔦は、出てきた六郎を待っていたと言わんばかりに、構えられていた。
花の後方にあった蔦が、無数の槍のように六郎に襲いかかる。
遠目には小さな六郎が、蔦の渦に巻き込まれたようにしか見えない。一瞬焦ったジンだが、蔦の渦を抜けた先に人影を見つけ――
「蔦の上……を走ってる?」
――呆けた声を上げた。
「はいはい。あの莫迦は無視して詰めの確認よ」
リエラに肩を叩かれたジンの耳には、楽しげに笑う六郎の声が小さく届いている。
「ハッハー! エエ足場じゃ!」
笑う六郎が刀を引きずり蔦の上を走る。切っ先が触れた所から組織液のような物を飛び散らせ、高速で迫る六郎に、今度は後方から襲い来る蔦の渦。
後ろから迫るそれを、まるで後ろに目がついているかのように飛び上がり、続く攻撃は片手で抑え込み、勢いを殺すようにその上を転がる。
襲来する蔦を、別の蔦に飛び降りることでやり過ごし、横合いから突き出された数本をスライディングからの片手馬跳びの要領で躱していく。
一つ一つが巨大で恐ろしい速度と言えど、結局は一点を狙ってくる攻撃だ。六郎からしたら躱す事など造作もない。
漸く射程距離に入った巨大花を前に、六郎が口角を上げ、足元の蔦を思い切り踏み切った――
六郎の踏切に絶えきれず、大きく
高速から神速へと速度が変わった六郎。
変化に対応しきれない無数の蔦が、全て宙を貫いた瞬間。
六郎の大上段からの一撃が、巨大花を上から下まで切り裂いた。
耳障りな悲鳴を上げる花に、「何じゃ、花んくせに声が出るんか」と笑う六郎が別の蔦に着地――しようとした瞬間、巨大花がその口を大きく広げた。
耳鳴りの様な高い音。
一瞬で明るくなる巨大花の口腔内。
周囲に捕まる物はない。
無防備な六郎へ向けて――
「南無三――」六郎がその手の刀を巨大花に向けて放り投げた。
――放たれる光線。
身体を丸め、ありったけの魔力を纏う六郎の右肩を、巨大な光線が掠めていく。
一か八かで投げつけた刀が、巨大花の花弁に突き刺さり、その痛みで光線の狙いがズレたのだ。
ズレたとは言え、肩に受けた衝撃だけで六郎は大きく吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ放物線を描き落下する六郎が、木々の枝葉を貫き、地面を転がる。
転がった勢いそのまま飛び起きた六郎。
その横から飛び出してきた蟷螂型のモンスター
六郎の視界に現れた瞬間、頭部を弾き飛ばされたそれが力なく崩れ落ちる。
そんな雑魚には目もくれない六郎が、未だ暴れまわる巨大花を見ながら血の混じった唾を吐き捨てた。
右肩を痛めてはいるが、掠めただけのお陰か動きはする。
武器は巨大花に刺さったままだが。
六郎に斬られたからか、それとも光線が避けられたからか、無軌道に暴れまわる蔦が周囲の木々を薙ぎ倒している。
「やはり踏み込みがねぇと駄目やの」
踏み込みもだが、踏み切った蔦が六郎のそれに絶えきれず
踏み切りの力がそれに吸収され、間合いが思ったよりも詰められず浅い一撃になってしまったのだ。
「さて……どうしたもんかの」
腕を組む六郎が見つめる先には、暴れまわり、花粉のようなものまで飛散させ始めた巨大花の姿。
「……毒。やろなぁ」
毒々しい色をした……具体的には紫の粉は吸えば間違いなく駄目だろう事だけは見ただけで分かる。
とりあえず、リエラ達に合流するかと、六郎が思った瞬間。巨大花の周囲に無数の火球が発生した。
数が増えていくそれに「おうおう、妖術は派手やねぇ」と腕を組んだまま嬉しそうに笑う六郎。
出現し続ける火球を蔦が薙ぎ払っていくが、それ以上の速度で火球が増えていく。
増えていく速度が目で追えなくなった頃、巨大花を囲んでいた火球が全て地面へ落下――かと思えば、巨大花を包み込む火柱が地面から立ち上った。
離れた位置にいる六郎にさえ伝わる熱気。
それが止むと、表面が黒く焦げ、いくつもの蔦が炭化して崩れ落ちる巨大花。
残った蔦をユラユラ動かすだけの巨大花は、明らかに元気がない。
その頭上で何かが煌めいた――
空気を割くような高く乾いた音と、一拍遅れて届いた衝撃波――地鳴りのような音とともに、巨大花を中心に土埃が舞う。
先程まで一応動いていた巨大花が、その動きを止め、ゆっくりと左右に分かたれ倒れていく――木々を薙ぎ倒し、土煙を舞い上げながら。
「……やるやねぇか!」
綺麗に一刀両断したのはジンだろうか。弱っていた事に加え、頭上からの落下エネルギーもあったとは言え、あの巨大花を一太刀で倒すのは中々の腕前だ。
嬉しそうに笑う六郎が、巨大花の死骸に向けて歩き出す――
☆☆☆
どのような仕組みかは分からないが、巨大花が倒されて暫く。周囲を覆っていた鬱蒼とした熱帯雨林の光景が霞んでいき、よくある石造りの大部屋に変化した。
広さは然程広くない。どう考えてもあの熱帯雨林が入るとは思えない部屋だが、その部屋の真ん中にはリエラとジン、クロウが巨大な箱を囲んでいる。
歩いてくる六郎に気がついたクロウが、「青年、大丈夫だったかい?」と片手を上げて声を掛けてくる中、リエラはブツブツと宝箱を目の前に真剣な表情だ。
「なんとかの。あん光線が出た時はヒヤっちしたがの」
そう言いながら笑う六郎に「ヒヤっで済む方がおかしいんだけどねぇ」とクロウは苦笑いだ。
「そいで? こん箱とこいは何ね?」
宝箱と、その横にある巨大な水晶を指差す六郎。先程までクロウで隠れて見えなかったが、宝箱同様に異様な雰囲気だ。
「これは転移用の結晶だ」
口を開いたジンが、「あとこれ」と言って六郎の刀を手渡してくる。
「テンイよう……の何ち?」
刀を鞘に収め、眉を寄せる六郎に「帰るための道具よ」とリエラは宝箱を凝視したままぶっきら棒に答えている。
「こげなモンで帰るんか?」
繁々と水晶を眺める六郎の言葉に誰も反応しない。六郎以外の興味の対照は、間違いなく目の前の宝箱なのだ。
「ロクロー、そんなの後よ。まずはアンタも来たことだし宝箱開けるわよ」
嬉しそうなリエラが宝箱に手をかけ、ゆっくりとその蓋を開く――
中から出てきたのは三つ。
巨大な魔石。
黄金の塊。
そして大きな袋だ。
「……なにコレ。魔石は分かるけど……」
そう言いながら黄金を掴んだリエラが「ん?」と小首を傾げ、宝箱のそこに手を突っ込んだ。
リエラが引っ張り出したのは、一枚の紙。
「えー何々……。『この試練を作りし物』だって」
紙に書かれた内容を読み上げたリエラに「何かそらぁ」と眉を寄せる六郎と、同じ様に怪訝な表情の二人。
「とりえあず、その袋を開けてみたらどうだ?」
ジンの言葉に「それもそうね」とリエラが袋の口に手をかけた――瞬間、「え?」と疑問の声を漏らす。
「なにコレ……どういう仕組?」
ブツブツと呟くリエラが袋の中からいくつか素材を出して見せる。
「何を言いよんじゃ?」
六郎の声に、視線を上げたリエラが「この袋、意味がわかんないのよ」と口を尖らせ説明を始めた。
通常持ち主の魔力に応じて容量が変わる魔法の袋だが、この袋には持ち主がいない。にもかかわらず容量以上の物が収められている。
そして最大の謎は――
「中の物を出す度、容量が少なくなってるの……全部出したらただの袋になるわ」
――使い捨てだという事だ。
袋を前に「どんな仕組みかしら」と首を捻るリエラだが、これ以上考えても埒が明かないと、全ての素材をポシェットに収め直し、袋も収納した。
「とりあえず今日は帰ろうか。幸先がいいのか悪いのか分からないが」
苦笑いのジンに、全員が頷き帰途につくことに。
四人で同時に水晶に触れた瞬間、再び視界は黒へ――
――アクセス権限復旧プログラム 進行度……10%……
不思議な言葉が脳に響いたかと思った瞬間、六郎たちはダンジョン入口に続く広い部屋にいた。
六郎達のように帰還してくる冒険者達が、次々に現れては入口の扉に消えていく。
「本来はこの部屋から一階層に進むんだがな…」
振り返るジンの先には、下へ続く階段。
「面白かったけぇ、エエけどな」
「虫さえ出なけりゃね」
振り返る事なく進む六郎とリエラ。進む先には夕日が差し込む入口。
外から差し込む夕日がやけに赤く見える中、六郎とリエラの『原始のダンジョン』探索初日は終わりを迎えた。
僅かな頭痛と肩の痛さ、そして謎の言葉を残して。
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