第77話 ダンジョンって何でもありだよね

 六郎&リエラ:主人公とヒロイン。人を修羅の道に引き込む。因みに本人たちにその自覚はない。厄介。


 クロウ:影でコソコソ企んでるオジサン。六郎を相手に「勝機がある」と言い切るだけの実力の持ち主。でも部下には弱い。


 ジン:今の所やったのは変装して衛兵にチクっただけ。……おかしい。コイツの活躍は何時になるのだい。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 六郎の口車に乗せられた商人トマスは修羅の道へ。意図せず後方支援を手に入れた六郎達はついにダンジョン探索に乗り出す。



 ☆☆☆





「はい、もう一度!」


 腰に手を当て、ジト目のリエラが六郎を前に声を張り上げた。


「ダンジョン内の壁は殴らない!」

「ダンジョン内の――」


 口を尖らせながらも、リエラの上げる声を復唱する六郎。


「あれ、何してるんだ?」

「さあ。嬢ちゃん曰く、ダンジョンに入るのに必要なことらしいけど……」


 呆けるジンに、苦笑いのクロウ。その二人の耳には今も「宝箱は投げない!」「宝箱は――」とリエラと六郎のやり取りが聞こえている。



 中天に差し掛かった太陽に照らされる四人は、現在『原始のダンジョン』入り口近くに陣取っている。


 ピラミッドのような四角錐の建物を逆さにして、頂点を地面に突き刺したような遺跡。

 高さも幅もそこまである訳ではないが、異様な雰囲気を持つ建造物はそれだけで目立つ。加えてそこまで高くない上空を霧が覆っていれば怪しさは尚の事だ。


 そんな上空の霧に向けて伸びる階段。ダンジョン入口へと続く階段の前でリエラは六郎に注意事項を復唱させていた。



 朝イチから衛兵たちの尋問と言う名の聞き取りを終え、トマスに手配してもらった非常食等を買い込んだ六郎とリエラがクロウやジンと合流し、今からダンジョン探索に出かけようとしていたのだが――


 リエラは思い出してしまったのだ。あの、王国でのダンジョン調査の時を。


 宝箱は投げつけるわ、壁を破ったら早いと壁を殴るわ、無茶苦茶やった六郎を野放しにしては、今度こそ六郎が原因でスタンピードが起きてもおかしくない。


 本来であればダンジョンへの進入を禁止したい所だが、六郎抜きで『原始のダンジョン』を攻略できるとは思えないのも事実だ。


 故に、先程のような『ダンジョン内で守ること』を復唱させるという行動に移ったのだが……その結果は、行き交う冒険者たちからの奇異の視線である。


 ダンジョン入口前で、よく分からない事を叫ぶコンビがいたら嫌でも見てしまうだろう。



 漸く確認事項が終わったリエラの、「じゃ行きましょうか」という声に、解放された喜びの溜息をついた六郎。


 そんな二人を先導するように、ジンが入口へと歩き出した。


 入口と言っても、ここは入口へと通じる長い階段の入口。


 この階段を登りきった先、少し高い場所に本当の入口はある。


 階段を登りきった四人が振り返ると、少し遠くにクラルヴァインの街。そしてそこに伸びる街道や草原が飛び込んでくる。


「……さすがにこのくらいの高さでも見晴らしが良いわね」


 風に揺れる髪を掻き上げたリエラが、一瞬だけ覚えた頭痛を振り払うように、視線をダンジョン入口へと戻した。


「それじゃ行こうかしら?」

「今日は様子見だな。五階層まで行けるといいんだが……そこまで行けば、次回から転移で五階層までは一気にいけるからな」


 リエラの言葉に答えるジン。ちなみに六郎はよく分かっていないが、リエラから「分からない事は後で纏めて聞きなさい」と言われているので黙っている。


 様々な思いを胸に、六郎達はダンジョンの入口を潜る――逆ピラミッドの上部にポッカリと空いた真っ暗な入口を。






 ――アクセス権限が失効しています。アクセス権限復旧プログラムを実行しますか?




「何ちな?」

「はい?」



 妙な感覚と不思議な言葉に包まれた六郎とリエラだが、聞こえてきた妙な声に疑問符を返した瞬間視界が切り替わった。


 黒から緑へ――


 キョロキョロと辺りを見渡せば、乱立する樹木が映り込む。


 よく分からない建造物に進入したはずなのに、今いるのは鬱蒼とした森の中だ。いや、熱帯雨林といったほうが良いほど木々が生い茂り、蒸し暑い空気が空間を支配している。


「……面妖な」


 ポツリと呟きながらも嬉しそうな六郎とは対照的に、残りの三人の顔は強張っている。


「いやぁ、もんだねぇ」

「まさか一層目から、特殊層とは――」


 苦虫を噛み潰したようなクロウとジン。そして無言だが大きく溜息をついたリエラ。


『原始のダンジョン』が未だ踏破されていない理由の一つとして、階層がランダムであると言う事がとして上げられる。


 森林、平原、洞窟、といったものは勿論。溶岩溢れる火山口、雪原、水没しそうな都市、巨大な樹木の枝々、等の普通は近づかないようなフィールドも展開される事がある。


 通常なら五、十、十五、とキリのいい数字で、それら特殊なフィールドが展開されることがで、大体は王国で潜ったような遺跡のような階層が一般的だ。


 だがまれにしか発生しない特殊層が、それもキリ番ではない階層でも出現することがある。


 そもそもキリ番ですら発生する確率がある。くらいの特殊層が、更に低い確率でキリ番以外に発生する。


 そういう場合、冒険者は『ダンジョンに嫌われた』『ダンジョンの機嫌が悪い』と表現している。どの様な基準か分からないが、キリ番以外で特殊層に飛ばされるのは、パーティ毎でランダムなので、別パーティと相互関係を築くことすら難しいのだ。


 もしそれに遭遇してしまえば、そそくさと帰る事が多いのだが――


「まさか一層目からとはねぇ」


 ――長く続く『原始のダンジョン』攻略においても、一層目から特殊層が出現したことはない。


 特殊層は、その名のごとく特殊な構造であり、階層クリアの条件はその階層にいる主の撃破だ。


 特殊層に足を踏み入れた途端、来た道は途絶え、階層主を倒す以外の選択肢はなくなる。


 だが、通常であれば階段を踵を返し、降りてきた階段を昇れば良い。階層間の階段前にある転移装置で戻れば済む……のだが……一層目だけは入口からランダムで転移させられる為、帰るにしてもこの層を攻略しなければならない。


 つまり、帰ろうにも帰る手段がないのだ。階層主を倒すまでは。


 前代未聞の滑り出しに加え、いきなり熱帯雨林がスタートだ。生い茂る木々は視界を遮り、高温多湿の雰囲気は立っているだけで体力を奪う。


「とりあえず、進むしかないな」


 リエラも六郎もこのダンジョンについては門外漢なため、ジンやクロウの判断に大人しく従うしかない。


 広さも分からないこのフロアの何処かにいる、階層主を探して倒す以外の選択はないのだ。


 鬱蒼とした木々の合間から飛び出してくるのは、主に虫型のモンスターだ。


 蜂、蛾、蝿のような羽を持つものは勿論、巨大な芋虫、百足、などなどグロテスクな方々も熱烈大歓迎と言った具合に飛び出してくる。


「もー! いやーーーー!」


 何度目かに出現した芋虫を焼き払ったリエラの叫びに、木々の上から鳥が飛び立つ。


「キモいキモイキモイ!」


 完全に目が死んだリエラが杖を振り回すと――それに合わせたように炎が舞い、周囲に出現した芋虫達が燃え上がっていく。


「……とんでもない嬢ちゃんだねぇ」


 その光景を苦笑いで見つめるクロウと、無言でうなずくジン。


 周囲の芋虫を焼き尽くして尚、「もう嫌、帰る!」と喚くリエラを横目に、ジンは黙ったままの六郎に視線を移した。


「ロクロー殿、元気がなさそうだが?」


 ジンの言葉で、六郎へと皆の視線が集まった。当の本人は、その視線を気にした素振りもなく、自分の横で炎を免れた巨木の枝をへし折っている。


 へし折った枝を見、そして葉に覆われた空を見上げ、再び枝を居った巨木に視線を戻した六郎。


「リエラ、こん樹はへし折ってもエエんやねぇか?」


「へし折っ――?」


 驚き言葉が閊えたジンを他所に、リエラは「樹ぃ? うーん、どうかしら」と落ち着きを取り戻したのか、顎に手を当て考え込んでいる。


 六郎としては「ダンジョンの壁を壊すな」と言われただけに、この鬱蒼と生い茂る木々も折ってはいけないかと迷っていた。が、先程のリエラの炎でいくつか焼けたものの、何の反応もない。

 加えて枝を折ってみたものの、やはり王国の時のような唸り声は聞こえてこない。つまり『壁』ではないと判断しての発言だ。


 そしてそれはリエラも同様だった。「面倒くさいし焼き払ったほうがいいのでは?」と思っていたものの、あまり調子に乗ってクライシスを引き起こしては元も子もない。


 少し考えた結果――


「とりあえず、一発ブチかましてみて」


 ――ポシェットから六郎の刀を取り出しそれを渡す。


 それを受け取った六郎が腰を落とし、身体を捻る。六郎からジワリと滲み出る闘気の蜃気楼。


 異様な雰囲気に周囲から生物の気配が一斉に引いていく中、クロウとジンは、頬を伝う嫌な汗を拭えないでいる。


 決して暑さだけが原因ではない。六郎から立ち昇る異様な闘気が薄っすらと何かを象っているのだ。


(こりゃトンデモナイ隠し玉だねぇ)


 クロウの頬が引きつった瞬間、六郎が放った一撃が木々を吹き飛ばし熱帯雨林の中に一本の巨大な道を作り上げていく――


 道の先が見えなくなった頃、「ゴォォォォォン」と腹の底に響くような低い音があたりに木霊し、その反響で六郎達を包んでいた空気全体が僅かに震えた。


「……あ、ちゃんと壁はあるのね」


 笑うリエラに、「硬ぇし、壊しがいがあるの」と六郎も笑う。


「いや、壊しちゃ駄目でしょ……」

「と言うか壁は殴っては駄目だったのでは?」


 呆れ顔のクロウと、引きつったジンの声は楽しそうに笑う二人には聞こえていない。


 距離が離れていたからか、無数の木々を薙ぎ倒したからか、はたまただったからか。兎に角、六郎の一撃が壁に当たったにもかかわらず、ダンジョンが特に何の反応も示さないのは、六郎にもリエラにとっても僥倖だった。


 全力で暴れても問題なさそうだ。


 その事実さえ分かれば、後はどうでも良かった。


 ……なんせ、六郎の一撃の余波で、リエラ達の視界の端に目的の物が出現したからだ。


 巨大な蔦の固まりに包まれた花、とでも言えばいいのだろうか。


 真っ赤な花弁とその中央にポッカリと空いた口の様な空洞。その空洞の周囲にはギザギザと尖った牙状の突起物がこの距離でも見て取れる。


 その巨大な花をの周囲を覆うのは太く長い無数の蔦。それらのいくつかが蛸や烏賊の足のように下に伸び、そしていくつかは花の上や横から腕のように伸ばされている。


 腕代わりの蔦の先端には、食虫植物のような口まで付けて。


「何かあらぁ、風流やねぇ花やの」

「良かったぁ。虫じゃなかったわ」


 笑っている六郎と、安堵の溜息をつくリエラ。


「風流が何か分かんないけど、ありゃヤバそうだねぇ」

「見たことないな……」


 ヘラヘラしながらも、腰を落とし警戒を怠らないクロウと、大剣の柄に手をかけるジン。


「とりあえず、あん草ば刈りゃエエんじゃろ?」

「簡単に言うねぇ、まあ期待してるよ」


 笑い合う六郎とクロウを尻目に、ジンが大剣の柄に掛けた手を強く握り締める。


「――来るぞ!」


 ジンの言葉に従うように、鞭のように巨大蔦が振るわれ四人に襲いかかった――

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