第74話 オジサンと有能な女性部下って良いよね

 登場人物


 クロウ:秘密をかかえたオジサン。どうやら本当の名前はクラウスというらしい。


 衛兵(女性):クロウの部下っぽい人。怒ってる。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 六郎達の暴れた後に何だかんだアシストをしていたクロウとジン。六郎達が(暴れないか)心配で合流しようとするクロウに近づいて来た謎の人影。


 路地裏に連れ込まれたクロウの運命は――


『オジサン。部下の女性に怒らーれるの巻き』


 ☆☆☆




 暗い路地裏で頭を掻くクロウに、女性は腕を組んで不機嫌さをアピールしている。


「……に来ないので、何事かと思ったら。何をしているのですか? 


 兜を被ったままだというのに、不機嫌さが滲み出る声に、クロウは肩を竦めて見せた。


「ちょっと、トラブルでね……と言うか君の方こそ、その格好は?」


 指さすクロウのそれに倣うように、自身の格好を見た女性が「している者と、今だけ入れ替わっております」と再びクロウに顔を向けた。


「そう言う意味じゃなかったんだけど……ま、いいや。どうせ大体は把握してるんでしょ?」


 頭を掻きながら、悪びれた様子のないクロウの言葉に――


「貴方がターゲットに接触しに行ったきり、帰ってこない……かと思えば、の主人を裏切る証言を、楽しそうに叫んでいた事だけは把握しております」


 ――再び淡々と答える女性。兜で声が籠もっているものの、怒っているようにトゲトゲしい雰囲気だけは伝わってくる。


 そんな女性に「楽しそうではなかったでしょ?」と精一杯の抵抗をするクロウ。


「いいえ。満面の笑顔だったと


 一歩前に進み出た女性に、少しだけ後ずさるクロウが、両手を上げて口を開く。


「全部分かってるじゃん。そういう事だし……じゃ――グェ」


 踵を返そうとするクロウの襟を、女性が思い切り掴み引っ張った。


「『じゃ』じゃあありません。しっかりと報告してください」


 怒っているだろう女性に、「今はそれより大事な事があるんだって」と懇願するように、手を合わせるクロウだが、女性は頑として首を縦に振ってはくれない。


 脳裏に浮かぶのは、衛兵相手に暴れまわる六郎とリエラの姿だが、この女性が一度言い出したら聞かないのは承知している。


 とは言え、天秤は六郎たちに傾いているのだ。


 決心したクロウが、右足に力を込めようとした瞬間――


「暴れていたお二人が心配なら問題ありません。尋問は少なくとも明日になると衛兵隊長が言っていました」


 全てを見透かすような女性の声に、「さて、何から話そうか……」とクロウは声と顔を整え女性に向き直った。




 ☆☆☆





「なるほど……ギルバート商会を潰す。ですか……」


 考え込む女性を前に、「いや、僕が潰すわけじゃないよ?」と焦ったようなクロウの声。


「だからと言って、正面から乗り込むなんて、いくら何でも無謀すぎませんか?」


 女性の声に交じるのは明らかに呆れだ。


「そう思うかい?」


 クロウの優しく諭すような声に、女性は一瞬言葉につまったように「モゴモゴ」と言うものの、居住まいを直して「はい。無謀です」とクロウを真っ直ぐ見返した。


「なら、君だったらどうするかな? も完全に把握してるんでしょ?」


 クロウの質問に、考え込むように女性が顎に手を当て暫く――


「私なら……外に助けを求めます。というか外に協力者を作らない限り、のクラルヴァインでは戦えないでしょう?」


 首を傾げる女性の声に、「その位貴方でも分かるでしょ?」という疑問がありありと聞こえてくる。


 そんな疑問たっぷりの女性の声に、頷いていたクロウがゆっくりと暗い夜空を見上げ――


「僕もそう思ってたよ……でもさ、違うんだよねぇ」


 ――ポツリと呟いた。


 空を見上げるクロウに届くのは、更に疑問を増した「違う?」という女性の声だ。その声に応えるように、ゆっくりと女性に向き直ったクロウがヘラりと笑う


「ギルバート商会の土台ってなんだと思う?」

「土台……ですか?」

「そ。


 子供扱いするようなクロウの言葉に、一瞬「ムッ」とした雰囲気を出しながらも考え込む女性。それを横目で見ながら、クロウは背中を路地の壁に預けた。


「……食料品では? 塩の専売で名を上げてますし。飲食店などでも成功しています」


 暫し流れた沈黙を、女性の落ち着いた声が破る。


「違うよ。僕も君も、いや全員が……ギルバート商会の土台を勘違いしてたんだ」


 壁に身体を預け、腕を組んだまま応えるクロウに「勘違い?」と、女性の怪訝な声が突き刺さる。


「そ。ギルバート商会は、ただの商会じゃなくて……商会なんだ」

「はい?」


 ヘラヘラと笑うクロウに、若干苛立ったような声を上げた女性が一歩近づいた。「馬鹿にしてるんですか?」とにじり寄る女性に、「ちょっと怒らないでよ」とクロウが壁から身体を起こして後ずさりながら説明を始めた。


「君の言う塩や食料品ってさ。確かにギルバート商会の土台ではあるんだよ――」


 塩や食料品が違うと言いながら、それが土台だと矛盾した事を言うクロウに、「意味が分かりません」と女性が更に一歩前に踏み出す女性。

 距離を詰めてくる女性に、「……ちゃんと説明するから圧かけないで」とタジタジのクロウ。


 不服そうに、だがどこか気恥ずかしそうに距離を開けた女性に、クロウが小さく溜息。


「――えっと……そうそう塩や食料品は、ギルバート商会の土台なんだけど、それはの土台……とでも言えばいいかな」


「外面?」


 首を傾げる女性に、「そ。外面」とクロウが頷く。


「ギルバート商会の本質的な土台は、ギルバート・エメットという悪徳商人が振りかざすだよ」


 雲間から漏れた月明かりが、一瞬だけクロウの真剣な表情を照らして消えた。


 クロウの言う通りギルバートは、今まで商人として目をみはるような手腕を発揮してきているが、金に物を言わせ、私兵にライバルを襲わせたりと裏では汚いこともしてきている。


 名を上げた商会の乗っ取りも、私兵による暗殺だとのもっぱらの噂だ。


 そしてそれは今も変わらない。私兵をチラつかせ、独占契約を結ばせたり、販売ルートへ圧力をかけたりと、裏の顔は今でも健在なのだ。


「ギルバートの本質……土台はね。なんだよ。それを上手く商人という衣で隠して、で立ち回ってるんだよ」


 クロウの言葉に「なるほど」と女性が再び考え込んだ。


 そう。皆勘違い、いや思い違いをしていたのだ。


 ギルバートは

 商売という舞台に暴力を持ち込んでいるから、商人としての立ち回りの一つ、として考えてしまうから見落としていたが、思いついてしまえば何てことはない。


 その土台を崩すには――単純にで、ギルバートの持つ暴力が大したことないと見せつけてやれば良い。


 暴力が支配する世界に引きずり出して、叩きのめせばいい。

 それがの中であれば、効果覿面てきめんだろう。


 暴力と恐怖というギルバートが纏うメッキ。そのメッキに六郎はいち早く気づいていた。


 だから――六郎は言葉通り引きずり出したのだ。



 六郎が立つ土俵舞台に。


 本当の意味で暴力と恐怖が支配する、戦いという舞台の上に。




 商売という舞台で、暴力を傘にやりたい放題していた男が、本当の意味で暴力の中で生きてきた人間に勝てるわけがない。


 そんな単純な力比べの世界で、六郎は文字通りその力を見せつけ圧倒した。


 ワザと人目を引くように、首を提げ通りを歩き、扉を蹴破ることなく会館に入ることで商人たちの耳目も損なわずに。


 あれが扉を蹴破ろうものなら、商人たちはその異様な光景に我先にと逃げ惑っていただろう。


「つまり無謀に見えた正面突破は、ワザと耳目を集め、逃げられないように舞台を整え、ギルバートの持つ暴力をねじ伏せて見せるというパフォーマンスだったと?」


 考えが纏まったのか、顔を上げた女性の解答に、「ま、そう思ってくれたら良いよ」とクロウが乾いた笑いを上げた。


 クロウは、この騒動がと確信している。


 恐らくギルバートを見逃したことも、六郎なりの考えがあったのだろう。そうでなければ、あの小屋で「挨拶だけで十分だ」と不敵に笑った意味が分からないのだ。


「……明日からのでは?」

「明日からいきなりって事はないだろうけど……遠からず荒れるだろうねぇ」


 他人事な口ぶりのクロウに、女性が怒った様に「他人事ではありませんよ?」と一歩踏み出した。


「結果的には、を達することになるじゃん」


 情けない声を上げて両手を上げるクロウに、女性はつまらなそうに溜息だけついて、踏み込んだ一歩を戻した。


「確かにギルバート商会の力は、大きく落ちるでしょうね」


 不服そうな女性の声に、「でしょでしょ?」とクロウがヘラヘラとした笑顔を返している。


 女性の言う通り今回の騒動自体は単純な一撃だが、その効果は絶大だろう。

 暴力と恐怖というメッキが剥がれたギルバートに待つのは、間違いなく今まで押さえつけていた商人たちからの反逆だ。


 心の奥底で恐れていたギルバートの暴力が、目の前で叩きのめされたのだ。

 それに抑えられていた人々の思いはタガが外れたように、吹き出すのも時間の問題だ。


 ……いや、既に吹き出している。今も大通りで行われている大規模な聞き取りがその証左だ。


 明日以降、六郎達がどう動くかはクロウにも分からない。なんせ考えが読めないのだ。深く考えているようで、その実、行きあたりばったりにも見える。


「やりにくい相手だねぇ……こりゃ王国の噂も本当かも知れないねぇ」


 ポツリと呟くクロウ。再び見上げた夜空は厚い雲で月すら見えない。


「あの二人が王国を半壊させたという噂ですか? それが仮に事実だとしても、私達には何の関係もないのでは?」


「そりゃそうなんだけどさ……でもがエラそうに『王国は傾かせたぞ?』とか自分の手柄っぽく言ってるらしいのが、滑稽に聞こえるじゃん?」


 ヘラヘラ笑うクロウに女性は大きく溜息をついた。


「その理論だと、かと思いますが?」


 女性の辛辣な言葉に「それは言わないでよ」とクロウが項垂れる。


「監視をつけましょうか?」

「いや。やめとこうか」


 脊髄反射のように否定された自分の提案に、女性から不服そうな雰囲気が漂ってくる。それに溜息をついたクロウが「君の提案が駄目って訳じゃないのよ」と慌てて手を振る。


「あそこ――」


 クロウが指差すのは、路地から辛うじて見える城壁の上だ。その指を追うように、女性の顔がゆっくりと持ち上がる。


「……城壁がどうしたんですか?」


 指の先に、城壁しか認められなかった女性の不満そうな声。


「あそこの上から、僕が君のことを監視してるとして……君なら気付ける?」


「気がつける訳ないでしょう。アナタは隊長としてはダメダメですが、戦闘と隠形に関…し…ては…………まさか?」


 嘆息するような雰囲気だった女性の声が、とんでもない事に気がついたように緊迫したものに。


「その『まさか』だよ」


 城壁を見つめたまま肩を竦めるクロウに「あ、ありえません」と声を震わせる女性。


「アレは、一種の怪物だよ……監視はなし。今まで通り、すれ違ったりした時だけ軽く気にしてくれる程度でいいよ」


 未だに城壁の上に視線を固定したままのクロウに、「了解しました」と女性が短く答えた。


「心配しなくても


 城壁の上に視線を固定したまま動かないクロウ。

 騒がしかった大通りも、気がつけば少しずつ落ち着きを取り戻しているように騒がしさの種類が変わってきている。


 それに女性も気がついたのか――


「隊長、そろそろ戻ります」


 ――と城壁を向いたままのクロウに敬礼を一つ。そんな女性に「うん、また後でね」とクロウは視線こそそのままに、後ろ手をヒラヒラ振るだけだ。


 一礼した女性が路地裏から姿を消してまもなく――


「せいぜい今は、勝利の美酒に酔ってもらおうじゃない?」


 視線を戻したクロウの瞳に映るのは、どこまでも暗い深淵だ。

 クロウが放つ粘度を持つような殺気が一瞬で路地裏に張り付いたかと思えば、霧散していく。


「とりあえず、今は皆と合流しようかな」


 独りごちるクロウの表情もいつも通りのヘラヘラとしたものに――厚い雲から顔を覗かせた月が照らすのは、いつも通りの静かな路地裏だった。



※GWが終わってしまうので、再び更新頻度が下がりますがご了承ください。

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