第73話 その想像は間違ってない。急げジン!

 登場人物


 クロウ:オジサン界が誇るキングオブやれやれ。やる気がない風を装って、やる気があるようで、でも実はやる気がない。


 ジン:真面目界が誇る露出狂。お腹が冷えそうだが今は初夏なのでセーフ。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ギルバートにお土産(首)を持っていきました。


 ☆☆☆




 騒然とするギルバート商会会館前で、クロウは人混みに紛れて溜息をついている。


 先程ドカドカと会館に入っていった衛兵に、ギルバートは「早く彼奴等を捕まえろ!」と口角泡を飛ばしていた……のだが、その思惑通りにはいっていない。


 目撃者が多数いた事が、ギルバートの思惑、六郎とリエラの早期逮捕に多大なる足枷となっているのだ。


 ギルバートの言葉に従い、六郎たちを追いかけようとした衛兵たちだが、彼らとて少ない情報での捜索よりも、より詳細な情報があったほうが良いに決まっている。


 逃走した方角、見た目、特徴……。ギルバートやその取り巻きからの情報を補完し、捜索の合理化を図るため、目撃者に六郎とリエラの特徴を聞き込み始めたのだ。


 それ自体には何ら問題など無かった。どこからともなく「あれ? 悪いのはギルバートさんの私兵じゃないの?」と声が上がりさえしなければ。


 もちろん声を上げたのは変装し人混みに紛れたジンだ。


 たった一言、だがその声を皮切りに、至るところから


「私兵達が先に襲いかかった」

「訪問者は首こそぶら下げていたが、最初から話をしにきている風だった」

「その首も、訪問者を襲った奴らだと言ってた」


 などなど無数の証言が飛び交うことになったのだ。


(狙ってた……んだよねぇ)


 混沌とした状況を見守るクロウは、六郎という男への評価を改めている。


 考えなしの猪突猛進かと思えば、数刻前のような策を立てて見せ、そしてそれをひっくり返してのこの騒動だ。


 やっている事は一見無茶苦茶で力任せの無法者だ。


 正面から首を持って乗り込んで、その場でギルバートの私兵を叩きのめして衛兵が来る前に逃げる。


 典型的な無法者にしか見えないそれは、ジンたちに「正面突破しかない」と説得したのは、自分が楽しく暴れたかっただけと言われても納得できる。


 実際にあの小屋を出る前にリエラが「楽しそうだからでしょ?」と口走っていた事からも、もあるのだろう。


 一見すると無茶苦茶な行動だが、六郎の真意に気づいたクロウからしたら、どれもこれも理にかなっている。

 ……いや理に叶いすぎている。実際に気づくまで、クロウですら思いつきもしなかったのだ。


(こんなだったのにねぇ)


 真実は至極単純明快だった。


(とは言え、なかなか実行できるもんじゃないけどねぇ)


 だが、それを思いついて実行に移し、この騒動の様に成果を上げられるかどうかは、また別の話だろう。


 実際、遠目に六郎とリエラを見ていたクロウからしたら、六郎が話して聞かせた策のほうが、何倍も気楽なのではという感覚だった。


 首を持って通りを練り歩く六郎。

 その横に並ぶリエラ。

 ゆっくりと押し広げられた扉。


 大胆不敵と言えば聞こえが良いが、何も考えていないという言葉が、これほど似合う光景は見たことがなかった。……六郎の真意に気づいていなければ。


 実際はどれもこれも、行動の一つ一つに意味があったのだろう。


 生首を持ち人々に自分の存在を印象付ける六郎も。

 その生首の恐怖感を紛らわすために、そちら側に並んだリエラも。

 目撃者となる商人達に見せつけるために、ゆっくりと開かれた扉も。


 ルール無用に見えて、実はそうではない。


 冷静なのだ。

 常に。


 周囲の人間に危害を加えない姿勢を示すことで、人々が逃げ惑わず、六郎という存在を嫌でも認識させる。


 いや、それすら六郎の真意の一端でしかないのだが。


味方の方が何かと無難……かな)


 騒がしさを増す会館前の空気に、クロウは何度目になるか分からない大きな溜息をこぼした。

 ギルバート商会の弱体化。

 自分にあてられた任務のうちの一つが、自分の手を下さなくとも達成できそうなのだが、それを喜ぶ気持ちは少しも湧いてこない。


 この混沌した空気は、これからクラルヴァインが辿る未来に見えて仕方がないのだ。少しでもこの混沌が収まり、どの方向にこの騒動の顛末が転がるかを見届けたい所だが、あまり長居してはギルバートと鉢合わせの可能性もある。


 後ろ髪は引かれるが、兎にも角にも証言を撒き散らし、周囲が賛同し始めた事で、クロウとジンの仕事は終わったのだ。

 後は、ここに居た人々が、を紡ぎ、六郎に非がない事を証明してくれる。


 もちろん六郎達にも尋問が行われるだろうが、ここでの証言で直ぐに開放されるだろう。

 そう思った瞬間、微妙な悪寒に襲われる。


(……ちゃんと尋問に応じるよね?)


 何となく応じない気がしてきたのだ。先程まで「常に冷静なのだ」と思っていた手前おかしな話だが、六郎もリエラも何となく尋問を蹴りそうな気がしてならない。……それも物理的に。


 先程まで六郎とリエラという二人が、深謀遠慮に長けた智将に見えていたはずなのに、何故か今はそのイメージがガラガラと崩れ落ち、考えなしに暴れ回る二人の姿しか見えない。


 宙を舞う衛兵の姿と、高笑いする六郎の姿。

 それを仕方ないという顔で見つめるリエラが、近づいてきた衛兵の顔面をその杖で強かに殴り飛ばしている。


(いやいやいや)


 余りにもリアルなその光景に、クロウは頭を振る。


(そもそもあの嬢ちゃんが、杖で戦うファイターなわけないでしょ)


 僧服に身を包んだリエラが、戦っている姿など見たことないクロウだが、何故か物理で衛兵を叩きのめすリエラを想像してしまった。

 恐らく六郎をポカポカ殴っていたせいだと、自分の中で一応の辻褄を合わせたものの、何故かリアルな想像に背筋が凍る。


 リエラは兎も角、六郎の想像に関してはあながち間違いではないだろうと、頭を振ったクロウの視線の先に、人混みからそっと抜け出そうとしている変装したジンの姿が――


「ジン君、あの二人を探して――」


 ――肩を掴んだクロウの焦り顔に、ジンは怪訝な表情を返すだけだ。


 そんなジンに、六郎達が尋問に応じないかも知れない可能性を、説明するクロウは必死だ。


「そんな訳な――」

「あるよ。何か言いそうじゃん? あの二人……『何で悪くないのに話しをしないと駄目なのか?』とかさ……」


 食い気味に返されたクロウの言葉に、ジンが視線を左下へ下げて暫く――


「リエラ殿が、杖で衛兵を殴ってるんだが……」

「あ、やっぱり? オジサンもそう――」


 青ざめたジンが、「いくら何でも、この想像は失礼だろ」とよく分からない優しさを発揮しているが、クロウはそれを片手を上げるだけで制止する。


「嬢ちゃんはさておき、青年の方はヤバそうじゃない?」

「……探してくる」


 青ざめたままのジンが、その身体能力をフルに発揮し、人混みの中を風のように駆け出した。


「……とりあえず僕も――」

「失礼、貴方も目撃者ですよね? 証言をお聞かせ頂けますか?」


 人混みに消えようとした瞬間、クロウは背後からかけられた声に、困惑顔で振り返った。


「いえ、私は――」

「目撃者ですよね?」


 聞き覚えのある女の声に変わったそれに、クロウは大きく溜息をついて「そういえばそうですね」と答えながら頭を掻いた。


「隊長の指示により、個別での聞き取りとなっています。こちらへどうぞ」


 目の前の女性隊員に促されたクロウは、騒動の渦中であるギルバートをチラリと見て、隊員の後に続く。


 証言が上がり始めた瞬間、「今言った奴は誰だ?」とギルバートの脅しが入ったため、衛兵の隊長が気を利かせ、目撃者からバラバラの位置で証言を聞き取るようにしたのだ。


 誰が証言したか分からないようにする簡易的な措置だが、衛兵の数は増えるものの、一向に六郎達の捜索に人を割かない様子からも、かなり功を奏している事が分かる。


 そんな事を考えていると、目の前の女性隊員がピタリと止まった。


 暗い路地裏で人通りはおろか、人の気配もない。


「いやぁ、女性にこんな所に連れ込まれるなんて、長生きするもんだねぇ」


 ヘラヘラと笑うクロウを振り返った女性。兜で顔は見えないが、真っ直ぐクロウに向き直る様子は、まるで睨みつけているかのようだ。


「下らない事ばかり言ってると怒りますよ――


 兜越しで籠もっているものの、怒りを滲ませる女性の声に、


「その名前は好きじゃないんだけどなぁ」


 とクロウはヘラヘラ笑いながら頭を掻いた。

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