第72話 挨拶に行くならお土産って必須じゃん?
登場人物
六郎:ジャパンが誇る凄腕ヘッドハンター。直ぐにヘッドをハンティングしようとする。ハンティングされた人は死ぬ。
リエラ:神界が誇るセルフィッシャー。世界の中心でワガママを叫ぶ。
ギルバート:悪徳商人。
☆☆☆
前回までのあらすじ
散々ひっぱったくせに、結局いつもどおり真正面から殴り込むことになりました。
☆☆☆
日が暮れ、夜になってもクラルヴァインの通りが眠ることはない。
昼には劣るものの、それでも通りを埋め尽くす人の波を六郎とリエラは路地裏の影から眺めている。
「どれ行くかの――」
「ちょーっと待ったぁ」
歩き出そうとする六郎の肩をリエラがガッシリと掴んだ。振り返る六郎は怪訝な表情だ。
「――首」
声を抑えて尚、怒りと困惑が見て取れるリエラが指をさすのは、六郎の手に握られた縄に繋がるいくつもの首だ。
ランクの高かった冒険者から、六郎が選んだゴロツキまで――襲撃者全員ではないものの、ランダムにピックアップされたそれらの口に縄を通したものを、六郎が握っている。
非難めいたリエラのジトッとした視線に、「こいがどうしたんじゃ?」と六郎が縄を持ち上げると、それに倣って首がユラユラと揺れる。
「『どうしたんじゃ?』じゃないわよ! そんなもの持って通りを歩く気?」
腰に手を当てたリエラの呆れ顔が六郎に突き刺さっている。
「アカンのんか?」
「駄目に決まって――?」
この期に及んで常識というものが振り切れている六郎に、頭痛を覚えたリエラだが、含みのある六郎の表情に、それが必要なのだと察した。
「――アンタって意外と目立ちたがりよね」
諦めたようなリエラの溜息を、「そらぁ傾奇者じゃけぇの」と六郎が笑い飛ばしている。
実際は「目立つ」と言う事に大きな意味がある……そしてそれを六郎が語らなくとも、リエラは何となく必要な事だと察している。
「こいが終わったら、飯でん食いに行こうやねぇか」
カラカラと笑う六郎が、暗い路地裏から明るい通りへと一歩踏み出した。
賑やかな通りを練り歩く派手な意匠の男と、美しい僧侶――目を奪われた通行人だが、その視線は直ぐに男の持つ首の束に釘付けとなる。
日が落ちたとは言え、未だ宵の口。
普段は活気あふれる通りだが、今はまるで葬列を見守るように静かに。
普段はごった返す人波は、海が割れるかの如く左右に割れていく――
(……道を開けるため? じゃないわね――)
首を持ち堂々と歩く六郎の背中と、周囲の人々を見比べるリエラは、その意味を考えている。
怯えた表情で六郎とリエラを見る人々。
そんな人々が上げる
(ああ、成程。そう云う事ね……土俵に引っ張り出す……言い得て妙だわ)
ようやく六郎の真意に気がついたリエラが、頬を膨らませ六郎の横へと足を速めた。気に食わなかったのだ。正面突破と言いながら、持たされている真の目的に気が付かなかった自分が。
そんな気持ちを隠すように、ジト目で六郎を見上げるリエラ。「テキメンじゃろ?」と笑う六郎に、「知らないわよ」と口を尖らせるだけしか出来ないでいた。
そんな二人の前に、再び出現したのは今朝方ぶりの巨大な石造りの商会館だ。
巨大な建物を見上げた六郎が、首を鳴らして口の端を上げた――
「ほな、行くかの」
――言うが早いか、巨大な両扉をゆっくりと押し開く六郎。
宵の口という事もあってか、館内の人はそこまで多くはない。が、それでも多くの商人と思しき男女が忙しなく行き来し、会話を交わしている。
「なんか冒険者ギルドの商人版って感じね」
呟くリエラの感想通り、扉の正面にある巨大なカウンターと、何かしらが書かれた巨大な掲示板。そして無数の商人――。
唯一違うのは目の前にあるカウンターが『総合受付』と書かれている事くらいだろうか。恐らく上階はそれぞれ分野に応じた受付になっているのだろう。
そんな総合受付まで真っ直ぐ歩く六郎に、一人の商人が気付き、「うわッ」と情けない声を上げた。
その声で六郎達の存在に気がついたように――
「何かしらあれ?」
「ヒッ! く、首よ――」
「何で首なんか?」
「あの首何処かで見た気が……」
――商人たちが遠巻きに六郎達を眺めながら、異様な光景にザワつき始めた。
生首を持つ男が、フロアの中心を堂々と歩く。あまりにも現実離れした光景に、誰も彼もがただ見守るだけしか出来ないのだ。
近づいてくる六郎に、受付に座る女性は青ざめた顔のまま震える口を開く。
「ご、ご用件は――」
「……主ん親玉に話しば通しちゃらんね?」
「ギルバートさんにお目通りを願いたいのですが?」
六郎の言葉を即座に翻訳したリエラに、「あ、アポイントはお持ちでしょうか?」と声を震わせる受付嬢。
その言葉に眉を寄せる六郎に「約束のことよ」とリエラが溜息まじりに呟けば――
「約束っちな? ただ借りたもんを返しに来ただけじゃ――」
笑う六郎がカウンターの上に首をごろりと転がした。
受付嬢も遠目の時点で分かっていたそれだが、目の前に転がされたインパクトは格別だったのだろう。「ヒィィィっ!」と一際大きな悲鳴が周囲に響き渡った。
その声に反応したように、受付奥にある扉から出てくる無数のゴロツキたち。
「どうした?」
声を荒げるゴロツキに、受付嬢が顔を伏せたまま「へ、変な人が首を――」カウンターの上を指さした。
視線を首に移したゴロツキ達は――
「ボッシュ!」
「……その緑髪はヘレンか?」
「テメェ、俺達の仲間を――」
――自分たちの仲間の変わり果てた姿に、驚き怒りを顕にしている。
肩を怒らせ、鼻息荒く六郎とリエラに近づく男たちを眺めるリエラが、「はい、ギルティー」と呟けば、六郎も「想像以上の阿呆ばかりじゃ」と溜息をついている。
予想通りすぎて、ジンやクロウを仕込む必要すらなかった。
あまりの馬鹿さ加減に、大きく溜息をついた六郎だが、話をせねば進まないと口を開く。
「こいは主らん仲間でエエんじゃな?」
「だったら何だってんだよ――」
館内に響き渡る怒声にと共に、ゴロツキがその拳を振り抜いた。
ゴロツキの拳を顔面で受けた六郎に、ゴロツキは「仲間の敵だこんなもんじゃ済まさねぇぞ!」と鼻息荒く、再び拳を振り抜いた。
二発目の拳を軽くいなし、バックステップで距離を取った六郎が再びの溜息。
「リエラぁ、こん場合はどうなるんじゃ?」
遠巻きに見ている商人たちをチラリと振り返り、再びゴロツキに視線を戻した。
「コイツらん仲間が、ぎる……ぎる――」
「ギルバートよ」
「――そいつん命令でワシらん事襲ってきた。そん理由を聞きに来ただけやのに、殴られた場合は?」
ゴロツキの声同様館内に響いた六郎の声。その内容に遠巻きに見ていた商人たちのザワつきが一際大きくなる。
そこまで来て初めて、自分の失言に気がついたゴロツキが慌てたように「し、知らねぇな。こんな首なんて俺たちは知らねぇ」と喚き立てる。
「そらぁ無理じゃろう。名前も呼んで、仲間やと公言してしもうて殴りかかったんじゃ」
笑う六郎が自分の後ろを親指で指す。その先には無数の商人の姿。ギルバートの息がかかった商人ばかりだが、中には行商などギルバート傘下ではない物もいる。
「ギルティね。殺しちゃっても良いわよ。相手が全面的に悪いから」
冷たく言い放たれたリエラの言葉に、「漸くじゃな」と肩を回す六郎。
「街ごと潰してしまえば、こげん面倒な寸劇なんぞ要らんかったんに」
「それ言っちゃ駄目でしょ。さっさと済ませなさいよ」
口を尖らせる六郎を叩いたリエラは、興味がなさそうに遠巻きに見ている商人たちの方へ――
リエラが離れた瞬間、六郎の立っていた地面が陥没し、その姿が消える。
六郎を殴ったゴロツキが「なっ――?」と目を見張った瞬間、その隣から「ガフッ」と苦痛に満ちた声と、ポタポタ何かが滴る音が響き渡った。
弾かれる様にそちらに視線を移したゴロツキの瞳には、背中から手を生やした仲間の獣人とその前に立つ六郎の姿。
床を踏み切った六郎の貫手が、獣人ゴロツキの腹を貫いたのだ。
その腹から腕を引き抜いた六郎が、
「キャーーーーーー!」
受付嬢の上げた盛大な悲鳴に、それまで遠巻きに見ていた商人たちも慌てふためき、我先にと外へと逃げ出していく。
「ほれ、早うかかってこんか」
血がついた手で手招きする六郎に、ゴロツキ達はその腰の物を抜く。
「テメェをぶっ殺せば――」
叫びながら剣を振り下ろすゴロツキ。
迫る剣――それを握る拳を、六郎は頭上に上げた右手で受け流し、
同時に左手で下から相手の肘を押し上げ、身体を滑り込ませ放り投げる。
ゴロツキの振り降ろしの勢いを、加速するような投げ技。
受け身すら取れないその一撃で、上下が反転したゴロツキは、頭から床に叩きつけられた。
館内に響く「グシャ」と言う鈍い音。
その音に怯んだ男の元へ六郎が一直線――その右側頭部を、六郎の右手が捉える。
頭を掴んだ六郎が、足を払うと同時に、その手を思い切り右側へかく――
頂点を右側、足元を左側へ払われた男は、力の方向に抵抗なく激しく回転。
風車の様にぐるぐると回転する男を尻目に、その真横の男の腕を掴み、力任せにフルスイング。
別のゴロツキに当たり、鈍い音を立てた二人が沈黙すると同時に、重力に逆らえなくなった風車が鈍い音を響き渡らせ、床石へとめり込んだ。
「て、テメェ――」
横合いから六郎の頭上めがけて振り下ろされた剣。
半歩下がる六郎。
目の前を通り過ぎる刃が、六郎の前髪を掠めて揺らす。
剣が下まで振り下ろされる事なく、ゴロツキが膝をつく。
横向きのまま六郎が放った肘鉄で、鳩尾を打ち抜かれたのだ。
その手から滑り落ちた剣が、乾いた音を響かせる。
無機質な音と、広がる血の臭いにゴロツキ達が後ずさ――
「何事だ! 儂の会館で何をしている?」
――逃げ腰のゴロツキ達の後ろから聞こえてきた怒声に、全員の視線が集まる。
そこにいたのは、キラキラと輝く悪趣味な服に身を包んだ豚――
「ぎ、ギルバート様。この男が――」
「おうおう、
笑う六郎が視線だけはギルバートに固定したまま、リエラに手招き――それに答えるように、六郎の横まで歩いてきたリエラが、ポシェットを逆さに上下に降る。
ボトボトと音を立てて落ちてくるのは、六郎に殺された襲撃者達の首。
「そ、それは――し、知らんな。何だそれは?」
一瞬目を見張ったギルバートだが、今は知らぬ存ぜぬと言った雰囲気で、首を振っている。百戦錬磨の商人だけあって、卓越した腹芸に六郎は「おお、流石じゃな」と何故か嬉しそうだ。
「まあ親玉ん顔も見たしの。この辺で帰るわい」
そう言って六郎が放り投げた首を顔を顰めて避けたギルバートが、「このまま帰れると思ってるのか?」と怒声を張り上げた。
「阿呆が……こんまま帰す方が利口ぞ――」
「ストップ。もうそろそろ時間がないわ」
再びゴロツキ達に向かおうとする六郎に、リエラが呆れたような声を上げた。
騒動が起きてから暫く時間が経っているため、そろそろ衛兵が来てもおかしくないのだ。
今回の事は罪に問われないだろうが、それでも尋問は免れない。出来ればその辺りの証言は、別の人間にお願いしたいというのがリエラの本心だ。
「ちっ、仕方ねぇの」
踵を返した六郎だが、ふと思い立ったようにゴロツキを振り返り、「リエラぁ、あいつ――」と六郎を殴ったゴロツキを指さした。
「もう……分かったわよ。そいつだけよ?」
リエラの言葉とほぼ同時に踏み切られた床。
音を置き去りにしたそれで、六郎がゴロツキの前に出現。
ゴロツキの顔が恐怖と驚きに染まった瞬間、六郎の手刀がゴロツキの首を叩き斬った。
噴水のごとく吹き出す血。
力なく膝をつく首無し死体。
転がる恐怖に歪んだゴロツキの首――
青ざめるギルバートを一瞥した六郎が「またの……」と意味深に笑うと、振袖を翻して入り口から堂々と外へ出ていく。
その姿を呆然と見ていたギルバートやゴロツキが、慌てて追いかけた頃には、六郎の姿は人混みに消え、遠くから走ってくる衛兵の姿が目に映るだけであった。
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