第71話 ――全てを理解した上で馬鹿と言われる行動に移れる奴。

 前後編なので登場人物は省くよ


 ☆☆☆


 前回まで(前編)のあらすじ


 脳◯メーカー『首』一色だと思われた六郎が、まさかの軍師ムーブ。普段難しい話をしないから長くなって前後編に……ちゃんと二部で終わるよね……中編とかじゃないよね?


 ☆☆☆



 六郎の策を聞きながら、クロウは頭を抱えていた。


(嘘でしょ……)


『絵に書いた餅』が思った以上に、クッキリと浮かび上がっているのだ。


(なんで王国に伝手があるかねぇ……一声で動かせるって何もんだって話だよ)


 を眺めるクロウの目は虚ろだ。


 クロウ自身、六郎の立てた策と殆ど変わらない内容を考えていた。


 ギルバートの土台を崩そう。

 王国なら食料は腐るほどある。

 議員にも賄賂を渡して――


 六郎が立てた策と殆ど変わらない。というかこの状況ではそのくらいしか打つ手がないのだ。……流石にギルバートと軍を仲違いなどまでは考えなかったが。


 とにかく、このくらいしか浮かばない。浮かばないゆえに、ジンやサクヤも納得して『絵に書いた餅』に食らいついてくれただろう。


 どれだけ練った所で、この作戦には大きな穴がある。だからこそ六郎が「王国から食料を入れて――」と言った瞬間、内心ほくそ笑んだのだ。


 


 緊張状態にある敵国に、兵站となる食料を渡す馬鹿がいるわけがない。


 この状況だからこそ、その後の立案も綺麗に立てた所で問題ないと思っていた。


 ……思っていたのに――


「食料ば入れるんじゃが……いかんせん戦ん緊張にある……ま、こん問題は、後で話す、リエラに一筆書かせりゃどうとでもなろう」


「そうね」


 軽くそれを乗り越える二人に、「え? 何で? おかしくない?」と疑問を呈したクロウに待っていたのは――


「え? アタシだもの。譲ってくれるわよ」


 ――まるで自分が世界の中心かと言わんばかりの、リエラの答えだった。


 あまりに自身に満ちた発言に、ジンもサクヤも「リエラ殿は凄いな」「そうですね」と簡単に納得してしまう始末だ。


(疑えよ……そういう所が駄目だって言ってんのに)


 頭を抱えるクロウの本心は伝わることはない。


 加えて六郎は食料と共に、王国から人材も入れると言ってのける。


「裏工作が得意なんが居るじゃろ……コウシャクんとこの――」

「ああ、フォンテーヌのお抱えたちね……確かに残ってるはずよ」

「どうせレオンも、ガイアス殿も使いあぐねとるじゃろ」


 納得するように頷く二人に、クロウ以外の誰もがついていけない。が、クロウはと言うと――


(え? フォンテーヌって? ……レオンって?)


 王国の影を担っていたフォンテーヌ公。そのお抱えと言えば、暗殺、諜報、裏工作。そういったものに長けた者達だ。


 それを軽く「呼びつける」と言い、あのレオン・カートライトを呼び捨てる二人に言葉も出ない。


 その後もクラルヴァインと仲が悪い、ハイノを取り込んだルートの開拓説明。

 王国から来た人材の使い途。

 ここにいるそれぞれの役割なども説明し始めた。


 一聴したクロウの感想は……


(何なの……この子)


 と頭を抱えてしまうものだ。穴が見当たらない。ルート、人員の配置、議員への根回し、王国への利益まで――


 参加する商人に転がり込む名声と利益。

 現状を打開できるサクヤ達。

 安く良質な食料が手に入る市民。

 懐が潤う議員。

 行き場のない王国諜報部への仕事の斡旋。

 都市国家連合軍に間接的な打撃を与えられる王国。



 ギルバート以外は、作戦に練り込まれた勢力や人々全員に、利があるように立てられた策。


(参ったねぇ……これじゃ僕が何のためにあの二人の元を――)


 そこまで考えて、クロウははたと思いとどまった。これだけ緻密な作戦を考えて尚、六郎は「正面突破が一番いい」と言っていた事を思い出したのだ。


 とりあえず、それを言うか迷ったものの、このままでは『餅』が完成してしまうと、重たい口を開くことに。


「あー、盛り上がってる所悪いんだけどさ……青年はそれでもんだよね?」


 クロウの言葉に、全員が「そうだった」と思い出したように六郎を見る。


「応。そうじゃ。聞いて分かったろうが。ワシん策、正面突破が一番やっち」


 嬉しそうに腕を組む六郎だが、それを眺める皆はどう考えてもそうは思えない。


「ロクロー殿……ここまで緻密で完璧に立てた作戦があるなら、そちらを使った方がいいのでは?」


 おずおずと発言するジンに、ウンウン頷く周囲。


「完璧やと思うか?」


 片眉を上げる六郎に、「はい」と短く答えるジン。


「ならば、尚の事こん作戦は使えんの」


 六郎の大きな溜息に、「何故だ?」と疑問の声が方々から上がる。


。こげなもん、どっかが崩れたらそん時点で終いぞ?」


 更に六郎は続ける。


 この策は大規模に部隊を運用しなければならない事。

 その範囲も日数も大きくなる事。

 そうすると必ず不測の事態が起きる事。


。それに主らに云うて聞かせたんは、策なんて大層なもんやねぇ。ただんじゃ」


 射抜くような六郎の視線に、全員が押し黙る。


 そもそも仕入れた塩が売れなかったら?

 仕入れの途中で野盗に襲われたら?

 天候不順で到着が遅れたら?


「前提段階で破綻した策なんぞ、使えんめぇが」


 既にお通夜状態の皆に、六郎の説明が更に突き刺さる。


 武器を販売しても見向きもされなかったら?

 議員が賄賂を受け取らなかったら?


「策は単純な方がエエ。そん意味は、そいが頓挫した時、すぐに捨てらるっ事と、代わりが出しやすいことじゃ」


 続く六郎の説明に、皆が力なく頷くしか出来ないでいる。


「初めに云うたの。こいは籠城戦にして攻城戦……やと。そいは例えやねぇの」


 頷く皆を見回す六郎が、徐に懐から昼間に刈り取った冒険者タグを広げた。


 敵はこの街全体。

 それを倒すために部隊を増やし、戦場を広げれば、必ず不測の事態が起こる。

 そして不測の事態に備えられる程、


 ……こちらの取れる手は、現状では限られている。


 説明しながら、それらをドミノタワーのように器用に積み重ねていく。ゆっくりと。慎重に――


「主らん状況はこいと一緒じゃ。緻密で、穴のない計画ば立てねばならん状況……。光が見えたち思うたか? 違えの。追い詰められ、追い立てられ、こん道しか見えんジリ貧なんじゃ」


 グラグラと揺れるタグのタワーを眺める全員が、生唾を飲み込んだ。


「こん道を行き、一歩でも間違えば――」


 六郎がタグのタワーに軽く触れる――途端に崩れて円卓の上に乾いた音をバラ撒いた。


「――こげな具合じゃな」


 脆くも崩れ去ったタグタワーに、全員が絶望の表情を浮かべている。それでも瞳に宿した光をジンが奮わせ口を開く。


「……たとえ針の糸を通すような策でも、皆が真剣に協力したら――」

「阿呆。ワシは戦やと云うたんぞ? 相手が居るんぞ? そん相手は主より阿呆なんか? ……違うの。恐らく


 六郎の告げる事実に、ジンは奥歯を噛み締め、リエラは「やり手商人だしね」と頷くいている。


「例えばやが……価格が下がっても悪徳商人が、買付価格を下げんかったらどうなる?」


 事実ギルバートは賢いだろう。やり方は強引だが一代で巨大な商会へと成長させた手腕は、紛れもなくギルバートの力なのだ。


「相手は商いん玄人ぞ? 相手ん土俵で戦ってどうするんじゃ? ワシが考えつくことくらい、相手なら即座に思いついて対策ばしてくるぞ?」


 六郎の大きな溜息に、円卓の上の蝋燭が揺れる。


「対策どころか、主らにこん道しかねぇ事も掴んどるかも知れんの」


 裏工作や、王都との取引までは予想していなくとも、外に助けを求めるくらいしか道がないことは間違いなく把握しているだろう。


 そのくらいの予想が出来なければ、商人として成功するなど出来るはずがない。


「だとしても、何も正面突破じゃなくても――」

「阿呆。正面突破やけエエんじゃ。向こうもまさか真正面から来るなんち思うとらんめぇが?」


 誰かが発した非難の声を、六郎が一蹴。


「策ん本質はの……相手が『こげん事はせんやろ』と思う所ば突くことじゃ」


 ニヤリと笑う六郎に、「そりゃ正面を選ぶのなんて、アンタくらいよ」とリエラが苦笑い。


「分かったか? 正面突破が一番じゃと云う意味が――」


 その言葉に、誰かがゴクリと生唾を飲み込む音が響いた。


「つまりアンタは、相手の意表を突きつつ、自分の土俵に引っ張り出す。って言ってるわけね?」


「そう云う事じゃ。血湧き肉躍り、魂ん叫びが響く、ワシらん土俵に引きずり出そうやねぇか」


「血と屍肉と怨嗟の声渦巻く土俵の間違いでしょ」


 不敵に笑う六郎と盛大な溜息で呆れ顔のリエラ。


 完全に気圧されるジンやサクヤに護衛や側仕え達だが、それでも頷く事が出来ないでいる。


 その理由は単純明快――正面突破でギルバートを殺せば、その時点で全員がお尋ね者になるからだ。


 国を興そうと言うサクヤ達が、お尋ね者になるわけにはいかない。


「まあ主らん心配事はよう分かっとる……正面突破云うても、今日はくらいじゃ。危害は加えん。


 六郎が見せた獰猛な笑いと、「危害を加えないなら……」と頷くサクヤやジン達。そんなやり取りを眺めていたクロウは、目を伏せてから天井を仰いだ。


 天井を照らしているボンヤリとした明かりが、ユラユラと動いている。円卓の上の蝋燭が隙間風に揺れているのだろう。


(こりゃだねぇ)


 そんな天井を照らす明かりを眺めながら、クロウは小さく溜息をついた。


(全て理解した上で、馬鹿とも思える案を出す胆力。そしてそれを実行に移せるだけの能力……ギルバートにゃ悪いけど……ここらが引き際かねぇ)


 ユラユラと椅子を揺らすクロウの耳には、


「アンタそこまで考えてたんなら、ちゃんと言いなさいよ」

「お前の莫迦な頭で理解できるっち思わんくての」

「ムッカー! この程度の案ならアタシも考えついてたし」

「へーへー。分かっとる分かっとる。分かっとるけぇ、話しすぎて喉ば乾いたワシに酒ば出しちゃらんね?」


 本当に正面から喧嘩を吹っかけに行くのか……と思える程呑気な二人の会話が聞こえている。


 クロウは痛感している。恐らく近いうちにギルバート商会は叩き潰される……六郎の言う「挨拶」が持つ意味を理解してしまったからだ。


 馬鹿とも思える行動に込められた、真の意味。それを理解した今は、初めから「正面突破だ」と言い続けた六郎という男に、底しれぬ恐ろしさを感じているのだ。それでも、いやだからこそ――


「本当に大丈夫なのかねぇ? 危害を加えなくても、衛兵に捕まる可能性はあるんじゃない?」


 ――ジンやサクヤを、


「そん時はこん街ごと叩っ潰せば良かろう?」


 カラカラと笑う六郎を、「ちょーっと! だからアタシが育てた世界を壊そうとしないでよ」とリエラが頬を膨らませながらポカポカ殴っている。


 ひとしきり殴られた六郎が、リエラの頭を押し退け、クロウに視線を合わせた。


「心配せんでも大丈夫じゃ。が、証言ばしてくれよう?」


 全てを見透かすような六郎の視線に、クロウは「参ったねこりゃ」と誰に聞こえるでもない声で呟き、頷くだけで意思を示した。


「ほな、サクッと挨拶に行くかの」


 意気揚々と腕を振り上げる六郎だが、誰もそれに続くことはない。


「仕方ないわね……アタシが付き合ってあげるわよ」


 六郎の横で盛大な溜息をつくリエラに「お前は強制参加に決まっとろうが」と六郎が眉を寄せながら歩き出した。


「あー、そうよね。アンタってそういう奴よね」


 呆れたように六郎に続き歩き出すリエラ。


「ちなみに正面から突っ込むのって、そっちの方が楽しそうだからでしょ?」

「おお! よう分かっとるの。流石じゃ――」

「それと正面から突っ込むってだけで、その後どうするかも決まってないんでしょ?」

「何故分かるんじゃ?」

「そりゃ分かるわよ――」


 扉を出ていく二人の会話は、本当に今からこの街最大の商会に乗り込むとは思えないほど気安い。


 そんな会話に呆けていたジンやサクヤだが――


「それじゃ、ジンくん。嫌だろうけど……オジサンたちも行こうか」


 クロウのいつになく真剣な声に、ジンはその横顔を眺めるしか出来ないでいる。


「大丈夫だよ。ギルバート商会の弱体化は、オジサンにとってもメリットだし、オジサン達は


 立ち上がり、扉へ向けて歩き出すクロウの背中が、昔憧れたまま大きく見えてしまったジンは、それを打ち消すように頭を振ってその後を追う。





 後の世に【クラルヴァインの悪夢】として伝わる事件。そのキッカケとも言われているギルバート商会襲撃事件は、穏やかな南風と虫の声に包まれる中、ひっそりと幕を開けたのだ。


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