第70話 行動力のある馬鹿よりも恐ろしいのは――

 登場人物


 六郎:主人公。将を射るなら早いもの勝ち。でも横取りする奴は味方でも殺す。


 リエラ:ヒロイン。将を射るなら馬ごと爆破。巻き込んじゃったらゴメンね。


 クロウ:やれやれ系オジサン。裏切りの裏切り中。「目立ちたくない」とかムニャムニャ言って実力を出さない派


 ジンとサクヤ:レオン以来となるこの物語の良心。将を射るなら場を整えて一騎打ち。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 馬が先か、人が先か……どうでも良い事で会議を白熱させた六郎とリエラ。馬鹿の汚名を晴らすため、六郎は脳◯メーカー『首』一色の脳みそをフル回転させる事に――


 ☆☆☆



 ジンによる状況の説明は、思った以上に長くなっていた。


 その最大の理由は、分からない事が出る度に、ジンへ質問する六郎のせいだ。


 普段の六郎からは考えられない程真剣な表情で、「元老院っちゃ何ね?」や「ん店について教えちゃらんね」など、都度都度質問が飛び出すのだ。


 この国の状態やギルバート商会の詳細だけでなく、果ては周辺国家の情勢などにも及んだ質問の数々。


 真剣にギルバートの周辺状況を聞く六郎に、周囲の人間は「もしかして」と期待を寄せていたが、質問の内容が余りにも壮大になっていくに連れ、「コイツ……何も知らないじゃん」と、そのテンションはドンドン下がっていくことに。


 期待から絶望へと移る雰囲気の中、様々な情報を聞き終え、六郎が満足した頃には既に日が傾き始めていた。


 灯されるランタンと蝋燭の明かりが、ぼんやりとその場の人々を照らし出す。


 全員が余りにも長い尋問に疲れ果て、途中に挟まれた休憩から、多くの側仕えや護衛の人々は、食料などの買い込みに出かけたり、夕餉の支度を始めてる始末だ。


 唯一残っているのは、サクヤとジン、クロウにリエラそして数人の護衛だけ。


 途中リエラによって出された椅子に全員が腰を降ろし、予想外の長丁場にクロウやサクヤ、リエラに至っては舟を漕ぎだしている。


 うつらうつらと、前後に揺れるリエラを、円卓の上に置かれた蝋燭の炎が穏やかに照らす。


 時折吹く隙間風が運ぶのは初夏の香りと、虫の声。ウトウトするサクヤを気遣ってか、抑えられたジンの声。


 時折挟まれる六郎の「そいは――」という質問の声だけが、相変わらず大きくて、その度に舟を漕ぐ人々が夢の河から戻ってくるが、即座に河が舟を運んでいく。


 流れるのは間違いなく穏やかな時間――


「相わかった」


 ――静かな時間は、一際大きな六郎の声で終わりを告げた。全員がその目を瞬かせながら、上げた視線の先には腕を組む六郎の姿。


 腕を組み、考え込むように目をつむる六郎。何処からか吹いてきた隙間風に、円卓の上の蝋燭の炎がユラユラと揺れる


「やはり、正面突破が一番エエ策じゃな」


 放たれた一言に、全員がガックリと肩を落とし、「アンタって人は――」とリエラがプンスコ怒る中、唯一クロウだけは真剣な表情で六郎を見ている。


「……青年、そう至った経緯を教えてもらえるかな?」


 蝋燭の炎に照らされた真剣な眼差しと、落ち着いた声のトーン。静かな部屋に響いたそれは、その場だけでなく各自の仕事に戻っていた人々の意識も、こちらへと向けるキッカケになっった。


「長うなるが……まあエエわい。分からせちゃるっち云うたけぇ」


 頭を掻きながら六郎が、大きく溜息をついて続ける。


「まず、に思ったんは、こいはっち事じゃ」


 クロウ以外の全員が「は?」と首を傾げる中、六郎は気にせず話を続ける。


「ぎる……悪徳商人の囲い込みで、外堀を埋められとる状況。そしてそんな状況で、相手の牙城を崩さねばならん」


 追加の説明で合点がいったリエラが、「あ、なるほど」と手を叩いた。


 今の状況は、ギルバートによる締め出しを、何とか凌ぐ籠城中であり、城に籠もりながら、相手の城を攻め落とさねばならない特殊な状況なのだ。


 クラルヴァインという大きな城の中に、サクヤ達の小さな城がポツンと立っている状況だ。


「本来ならば、城ん中入りゃ勝ちやが……逆に取り囲まれてジリ貧じゃ。こいをどないかするには、大きく二つ――」


 立てられた六郎の指二本。蝋燭の炎に照らされ、やけに浮き上がって見えるそれに、全員の視線が重なった。


「一つは、正面突破で天守ば落とす方法。こいが一番単純明快で早ぇ」


 説明と同時に折り曲げられた指を眺めながら、「天守?」とよく分かっていないサクヤやジンに、「玉座みたいなもんよ」とリエラの解説が入る。


「それは、青年が提案した方法だねぇ。……で、もう一つは?」


 続きを促すクロウの表情は、ヘラヘラしたものではなく真剣そのものだ。


「もう一つは、外に協力を求める方法じゃ。外と連携して相手ん牙城ば突き崩す」


 突き出されたままの一本指と、意外にも作戦ぽい話に皆が「おおー」と微妙な感嘆符をあげる中、小さく溜息をついたクロウが「まあ……そうだよねぇ」と肩を竦め頭を掻いた。


 ユラユラと揺れる蝋燭の炎が、二人の影を大きく動かす。


 頭を掻くクロウは内心穏やかではない。自分もギルバートの牙城を崩すには、外に頼らざるを得ない事くらい分かっていたからだ。

 だからこそその提案だけをして、全員が『絵に描いた餅』に納得してくれた所で、「お役御免」とばかり逃げる算段だったのだ。


 その準備していた『絵に書いた餅』を提示し、しかもそれを分かっていて尚、正面突破の方が良いと言い張る男がいるのだ。それを納得させるには、更に突っ込んだ話をするしか無い。


 ……そうしてしまえば作戦の成功率は上がるし、クロウの抱えるへの影響も大きくなってしまう。


 何とか打開したいものの、残念ながら現状打てる手はない。仕方がないとばかりに、とりあえず話を繋ごうと口を開く。


「……それで? ジンくんに仔細を聞いたのは、その外にどうやって助けを求めるかを考えるためなんでしょ?」


 蝋燭に照らされるクロウの表情は何処か疲れて見える。それに視線を向けた六郎が、片眉を上げ――


「まあそうじゃな……云うた所で正面突破が最善やけぇ、話すだけ無駄やろうが」


 ――言い放たれた言葉に、クロウが眉を寄せ、他の全員は肩透かしを食らったような表情だ。


「あんだけ時間取ったんだから、ちゃんと話なさいよ」


 頬を膨らませ腕を組むリエラに、「よく言った」と頷くジンやサクヤ。



「時間の無駄やち思うが……まあエエわい。まずは相手ん牙城ば突き崩す。狙うんは――」


 そうして六郎による、が語られ始めた。


 クラルヴァイン最大、いや都市国家連合最大と言っても良いギルバート商会。


 武器や防具といった単価の高い商品はもちろんのこと、宿や飲食店、服飾雑貨、魔道具など様々な分野でその影響力を発揮している。


 どの分野でも成功を収める巨大商会なだけに、一つの分野で勝った所で、普通ならギルバート商会には大した打撃にはならない。


 だが唯一、絶対に落とせない重要な分野がある。


 ……食料品。その中でも塩だ。


 塩の専売で名を上げたギルバート・エメットにとって、食料品とくに塩というのは、商人としての出発点なのだ。


 もちろん今は様々な分野に手を広げ、売上自体は単価の高い魔道具が主力を取っている。


 それでも食料品を抑えているというのは、大きな意味があるのだ。


 そこに六郎は目をつけた。


 『食料品といえばギルバート商会』そのイメージを崩す事で、相手のプライドと信用ブランドに打撃を与える。

 売上云々よりも、商人としての信用に打撃を与える事に重きを置いたのだ。


 得意分野、自分が羽ばたくキッカケ、言わばお家芸だ。


 それを他の商人に奪われてはどうか……。今は好調な武器防具、その他の分野にも疑念が生まれる。


「もしかして、この分野も落ち目なのではないか」


 その疑念はギルバートが抱くものではない。


 そのタイミングで、こちらの商人に上質な武器防具の販売をさせる。


 そうなれば疑惑が疑惑を呼び、転がりだした雪玉の如く大きく膨らんでいく。


 商人とは利に敏いもの。ギルバートのお家芸を奪うような商人が現れ、新たに武器防具を扱いだしたら……間違いなく接触を図ってくるだろう。


 また食料品を抑えることで、宿、飲食店などの運営にも間接的な打撃を与えることが出来る。


 単純に利益の面だけ見ると、どうしても魔道具などを攻めてしまいたくなるが、ギルバート商会にとっては、間違いなく土台は食料品なのだ。


 上が重ければ重いほど、土台が崩れた時の立ち直りは遅い。


 そしてそれを崩すのに、王国は丁度いい取引相手だ。


 肥沃な土地で農業、牧畜が盛んであり、また王国南に広がる海からは良質な塩が採れる。


 そして最初に攻めるべき塩に至っては、岩塩が主流の都市国家連合に対して、精製の必要性がない王国産の塩に価格の面で圧倒的に軍配が上がる。


 王国は現在、都市国家連合と緊張状態にあるが、だからこそこのクラルヴァインで、いや原始のダンジョンで採れる素材の多くは、王国軍にとっても喉から手が出る程欲しい物だろう。


 原始のダンジョン産の良質な素材を、王国で塩や食料品と交換。


 それら交換した塩の販売を皮切りに、王国産の良質な食料を低価格帯で販売。ギルバートが値段を下げれば、こちらも下げる。それと同時に、ギルバートが買い付けている農家には例年通りの価格での買付を提案。


 価格競争の混乱が起きて一番打撃を恐れるのは、ギルバート商会に食料品を降ろしている人々だからだ。


 価格を下げれば、赤字回避のために買い取り価格への圧力が予想される。それを見越して、競争が始まる前から卸業者への接触を図ることも策に組み込まれている。


 因みにこの食料だが、兵站として徴収された場合の事まで考えて六郎は立案していた。


 立案と言えば聞こえは良いが……端的に言えば、兵站として差し出しそれを、夜襲で奪ってするというのだ。


 お金を貰えて、都市国家軍に打撃も与えられて、一石二鳥。更に六郎は――


「兵站として印んついた食料ば、悪徳商人の倉庫にでん忍ばせてもエエかもの」


 と恐ろしい提案まで加えて。


 要は強奪の罪をギルバートに擦り付けるつもりなのだ。兵站を強奪された軍は、実行者の捜索もだが、兎に角すぐにでも代替品を見繕わなければならない。


 並行して行われるだろうそれで、こちらは「売ったばかりで在庫がありません」と言えば、ギルバートは嬉々として自分の倉庫を開放するだろう。その頃には在庫が余っているはずだからだ。


 その中から、奪われたはずの兵站が出てきたらどうだろうか……。


 恐らくトカゲの尻尾切りで、従業員が何人か捕らえられるだけだろうが、それでもギルバートへの不信は免れない。


 更に六郎は、稼いだお金の使い途にも言及し始めた。


「賄賂ば送る」


 ギルバートは元老院と懇意にしている。


 クラルヴァインを治めるのは、王や元首ではなく、元老院という議会に似たシステムだ。


 因みにこの元老院だが、ほぼ終身制の世襲制のため、殆ど王政などと変わらない。ただシステムとしての議会と言うだけで、現代のような民主主義とはかなり家色が違う。


 そのため賄賂が横行し、それによりギルバートのような悪徳商人が幅を利かせる事が出来るのだ。


 とは言え、形だけでも議会政治。賄賂を受け取るギルバート派以外の議員もいる。六郎はそれらに目をつけ、少しずつ賄賂を渡し、なおかつギルバート派の切り崩しも提案している。


「ほんで重要な商人やが、一人心当たりがあるけぇ、頼むんならそん御仁やな」


 六郎の言葉に「ああ、トマスさんね」とリエラも納得しているが、他の人間には商人の知り合いなどいないので、反対しようもない。


 とにかく六郎の説明は終わった。


 手配した商人でギルバート商会の足元を強襲し、体制が整う前にお上に味方を作り、軍との関係も悪化させ、他の商人たちも靡かせる。


 更に食料品の販売ルート、王国への手配方法、王国から招くべき人材の提案……。多岐にわたって立てられた策に、全員がただただ唖然として聞き入っている。




「と、まあ……状況を聞いた上で立てた策はこげな具合じゃ」


 既に小さくなった蝋燭。その燭台を入れ替える小さな音だけが部屋に木霊した。


 入れ替わった蝋燭が照らす中――


「アンタ莫迦じゃなかったの?」


 と目を丸くして呟いたリエラの言葉をキッカケに、ジンやサクヤは「いけるかも知れない」と興奮気味顔を上気させている。


 そんな中興奮が渦巻く空気の中、


 『絵に書いた餅』が予想以上に浮かび上がっている事が一つ。そしてもう一つは――


「あー、盛り上がってる所悪いんだけどさ……青年はそれでもんだよね?」


「応。そうじゃ。聞いて分かったろうが。ワシん策、正面突破が一番やっち」


 ――ここまで緻密に策を講じる男が、正面突破に移るという、言葉の重みを実感しているからだ。



 ※後半に続きます――


 キャラの行動原理を説明しようとすると、どうしても長くなってしまいますね。この辺りは力不足を特に痛感してしまいます。


 とはいえ、書かなければ薄っぺらいので……もう少しお付き合いください。

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