第69話 会議は踊らない。もちろん進まない。


 登場人物


 六郎:最近合気道っぽい投げ技を覚えた。とりあえず試したくてウズウズしてる。道ですれ違っても目を合わせちゃ駄目。


 リエラ:ダンジョンに入りたかったのに、障害が多すぎて少しだけご機嫌斜め。とりあえず何処かで魔法をぶっ放したくてウズウズしてる。道ですれ違う時は壁の方を向いておこう。


 クロウ:ジンやサクヤを裏切った男。その頭脳に期待を寄せられ内心ドキドキしてる。ちょっと逃げ出したい。


 ジンとサクヤ:自分たちの悲願を、裏切り者や外の人間に頼らざるを得ない状況に無力さを感じている。それでも折れない心の持ち主。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 喧嘩して めちゃくちゃ怒られ ビビったよ


 ジン&クロウ 心の俳句


 ☆☆☆




「さてと……とりあえず状況の確認かしら?」


 大きな円卓をポシェットから出したリエラが、椅子に腰掛け周りの皆を優雅に見渡している。


 そんなリエラを唖然と見つめるのは、六郎以外の面子だ。


 なんせ手のひらサイズのポシェットから、巨大な円卓が出てきたのだ。加えてサクヤ達は先程コーヒーテーブルが出てきた事も知っている。


 明らかに旅には不要な道具を入れているリエラに、全員が「普通、円卓って出てくるものなのか?」と呆けているのだ。


「ほら、とりあえずサクヤさんも座ったら?」


 リエラに勧められるまま、自分の椅子に腰を降ろしたサクヤ。その後ろに控えるようにジンが立った。


 リエラの横に立つ六郎や、サクヤの向かいで顎を擦るクロウ。そして側仕えや護衛達に椅子はなく、立ったままだが全員が円卓を囲みリエラの方向を見ている。


「ジン達は、ギルバート商会と敵対してるって事で間違いないかしら?」


 リエラの言葉に、ジンが躊躇いながら頷いた。


「……正確には敵対していると言うより、敵視されている……敵に回してしまっている状況だな」


 その言葉に、リエラも六郎も顔を見合わせた。


 彼らは特にギルバートと敵対したいわけではなく、単純に相手がジン達に嫌がらせをしているだけだという意味にとれる。つまりは一方通行の悪意なわけだ。


「それって、理由は――」

「そりゃ、ギルバートの豚と同じ宝を狙ってりゃねぇ」


 小さくため息をついたクロウに、リエラが視線を向けた。その視線に「仕方ないだろ?」とでも言いたげに、肩を竦めながら片手を持ち上げるクロウ。


「ま、良いわ。こっちの思惑はどうあれ、相手が敵対する気満々なら、気兼ねなくぶっ潰していいわよね?」


 満面の笑顔のリエラ。その顔と発言のギャップに、全員が再び唖然。


「ぶっ潰すって……穏やかじゃないねぇ」


 苦笑いのクロウにリエラが視線だけ向けて、薄く笑った。


「そりゃぶっ潰すわよ」


 笑うリエラが全員の顔を見回し、深く深呼吸――


「ジン、あなた言ったわよね? 『ギルバート商会を敵に回した』って」


 微笑むリエラの美しさを直視できないように、ジンが頬を染めて頷いた。


「それは違うわ。正確には――」


 微笑むリエラの顔はどこまでも美しく、サクヤも護衛たちも、クロウでさえその笑顔に見惚れている。


「――ギルバートとか云う商人が、アタシを、


 立ち上がったリエラに「間違いではねぇの」と六郎も笑っている。


 世界の中心が自分だと、自分たちだと言いたげな傲慢な発言にもかかわらず、その場の誰もがそれを指摘することが出来ない。


 そのくらいリエラが見せた笑顔と、自信に満ちた発言は、その場の全員の心にストンと落ちてしまったのだ。……良くも悪くも神の持つ言霊の力とでも言うべきか。



「……いやぁ。最近の少年少女は怖いね。オジサン引退したくなってきたよ」


 苦笑いのクロウを、「あら? アタシはあなたより年上よ」とリエラが笑っている。


「……え? その冗談流行ってんの?」


 リエラから視線を外したクロウが、他の面子を見渡すが、全員が怪訝な表情のまま首を振るだけだ。


「オーケー。王国流のジョークって事で流しとくよ」


 よく分からないが、コレ以上は突っ込むべきではないとクロウが降参したように両の手のひらを見せてヒラヒラ振っている。


「ちょっと話が逸れたわね。状況としては、ギルバートの圧力でギルドも、街のお店も協力的じゃない……ってことで良いかしら?」


 再びリエラの視線が刺さったジンが、「そうだ」と頷いた。


「オッケー。この状況を打破しないと、満足にダンジョンにも潜れないんだけど……」


 周りを見渡すリエラに、全員が大きく頷いている。


 素材の買い取り、武器の手入れ、物資の調達。それら後方支援がままならない状況で、難関ダンジョンへのアタックなど自殺行為に等しい。


「そこで、この状況を打破する策を、元参謀のオジサンに立ててもらおうって事」


 リエラの笑顔に「そういうことね」と頭を掻いたクロウが、再び皆を見回した。


「因みに……だけど、君たちは何か案があったりするの?」


 先程までとは違う種類に鋭い眼光に、全員がその瞳を合わせることなく下を向く――


「お、青年! 君は何か策があるみたいだねぇ」


 嬉しそうに笑うクロウ。


「応! ワシん策は――」

「あー! ハイハイ。良いからアンタは黙ってなさいよ」


 クロウ同様に嬉しそうに笑った六郎だが、その開いた口は面倒くさそうな顔をしたリエラに塞がれてしまった。


「なーんするんじゃ!」

「うっさい! アンタのは策じゃないでしょ」

「まだ何も云うとらんやねぇか!」

「云わなくても分かるわよ!」


 ギャーギャー言い合う二人に、全員がオロオロする中、クロウが溜息をついて口を開く。


「嬢ちゃん。こういう時ってさ、色々意見を出させるべきなんだよねぇ。それをして初めて良い策が練られるんだよ」


 クロウの言葉に、全員が頷いた。醸し出される「話させてやれよ」という空気の中、「グヌヌヌ」と唸るリエラ。


「九郎、主ゃ話せるやねぇか。次殺る時は、苦しまんようにスパっち首ば落としちゃるけぇの」


 笑顔の六郎に「え? ナニソレ。どんなお礼?」とクロウが引きつった笑いを浮かべている。


「どうすんじゃリエラ? 参謀ん九郎がああ云っちょんぞ?」


 勝ち誇った顔の六郎と、未だ「グヌヌヌ」と唸るリエラ。――そして「ねぇ、さっきから言おうと思ってたけど、オジサンの名前の発音おかしくない?」とよく分からない所に食いつくクロウ。


「……いいわ。発言を許可してあげる」


 渋々言い放ったリエラに、「最初からそう云うたらエエんじゃ」と勝ち誇った六郎と、「ねぇ、だからオジサンの名前の――」誰も取り合ってくれないクロウの叫び。


「エエか、よう聞け。ワシん策は――」


 声を張り上げる六郎を前に、皆が固唾を呑んでいる。


「――こんまま、ん所ば乗り込んで、そん首刎ねっしまおうやねぇか」


 流れる沈黙。

 目が点になるクロウやジン。

 頭を抱えるリエラ。


「どうじゃ? 完璧な策で皆、感動してしもうとるやねぇか」


 満足したように大きく頷く六郎。


「ど、こ、が、よ! 呆れてんの! 皆、アンタの莫迦さ加減に呆れてんの!」


 腕を振り降ろしプンスコ起こるリエラに、「だーれが莫迦じゃ」と六郎が口を尖らせた。


「アンタよアンタ! どうせそんな事だと思ってたわよ! だから発言させたくなかったの! この莫迦!」


 詰め寄ってきたリエラに、少し後退った六郎だが、「まーた莫迦やら云いよったな」と眉を寄せてリエラを見下ろした。


 見上げるリエラと、見下ろす六郎。


 睨み合った二人が


「何度でも言ってあげるわよ。ばぁーか!」

「ワシん完璧な策が分からん方が莫迦じゃ」


 と言い合う中、フリーズから復帰したクロウが、片手で頭を抑えながら二人を止めるように、もう片方の手を上げた。


「あー、あー。と、とりあえず青年……その正面突破だけど、もちろん誰が、どうやって、とかの詳細はあるんだよね?」


 何故かやつれた様に見えるクロウを、リエラと六郎が同時に見て、再びお互いに見つめ合い、その視線をこれまた同時にクロウへと投げた。


「「無ぇの無いわよ」」


 妙なところでハモった二人に、クロウは……いやその場の全員が頭が重たくなる感覚に襲われている。


 先程六郎が発した闘気よりも感覚的には重たい。


(え? なに? 何なのこの子たち)


 そんな中クロウの頭痛は一入ひとしおだ。


 別に正面突破が悪いわけではない。が今回は採用出来ない……。


 相手は悪徳とは言え、犯罪者ではない。正確には犯罪として露見していないだけだが、とにかく一市民相手なのだ。


 正面突破で首切りなど、こちらが犯罪者として追われてしまう。なので今回は採用はできない。


 採用は出来ないが、それでもそこに至るまでの侵入経路の確保や根回し、そう言った案に期待を込めての質問だったのに、それに対する答えは「無い」という無慈悲なものだった。


 ……しかもハモって。


 そんな仲良しコンビは、今も皆の前で


「ほら、策なんかじゃないじゃない」

「やかましか! 策は単純な方がエエんじゃ」

「そりゃアンタが莫迦で覚えられないからよ!」

「だーれが莫迦じゃ!」


 と未だに言い合いを続けているのだ。


 その様子を横目で見ながら、溜息をついたクロウは、円卓の真向かいで唖然としているジンやサクヤの方へと身を乗り出した。


「ジンくんも、サクヤちゃんも……仲間に引き入れるの早まっちゃったんじゃない?」


 苦笑いのクロウの言葉に、二人がクロウへと視線を投げ、気まずそうにその視線を床へと落とした。


 そんな二人の意思表示を見て、クロウは「やれやれ……こりゃ放っといても大丈夫かねぇ」と再び言い合いをする六郎とリエラに視線を戻した。


 そんな二人は――


「大体ね、アンタの国に、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』って諺にもあるじゃない!」

「阿呆! ワシん故郷クニの諺は『馬は射るな! 落馬した将ん首を横から掻っ攫わるっぞ!』じゃ!」

「影も形もない! 諺ですらない! それただの蛮族の格言!」


 ――相変わらず言い合っている。


「そこまで云うんなら、分からせちゃるわい!」


 そう言って肩を怒らせた六郎が、円卓に手をついた。


「……分からせるって、アンタ今から突っ込むとか云わないわよね?」


「それもエエが……お前がワシん事、莫迦莫迦云うけぇの……。ワシん策が最善やとな」


 不敵に笑った六郎が、ジンを振り返り「とりあえずば話ちゃらんね」と声を張り上げた。


 その言葉が持つ妙な圧力に、「あ、ああ」と頷いたジンが、六郎に請われるまま、様々な情報を話しだす――

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