第65話 汚すより綺麗にするほうが大変

 ☆☆☆


 登場人物


 六郎とリエラ:問題児コンビ。直ぐに問題を起こす、大きくする。作者が一番手を焼いているのに、主人公とヒロインだという悪夢。


 ジン:露出狂。今の所置物


 サクヤ:亡国の王族。滅んでから結構経ってるのに、連綿と血を受け継いできた苦労人。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ジンに連れられて来た先で、六郎とリエラは亡国の王族であるサクヤと出会う。

 サクヤ達が探している国宝が、自身の羽織る振袖っぽい雰囲気に気がついた戦闘狂。嬉々として相手を煽りヘイトマックスで現在一触即発


 ☆☆☆





が、主らん応えっち事でエエんやな?」


 笑う六郎の声が響く中、男たちの殺気が一気に膨らむ。


「我慢なら――」

「止めなさい!」


 護衛の一人が剣を抜き去ろうとした瞬間、サクヤの凛とした声が小屋の中に響き渡った。


「ひ、姫様……ですが」

「ですがも何もありません。私が客として招いた御仁に狼藉を働くつもりですか?」


 射抜くような視線に、護衛たちの殺気は霧散し、全員が項垂れるように下を向いている。


「……ただん小娘やねぇの?」


 笑顔のまま腕を組んだ六郎に、「いいえ。私など小娘同然です」とサクヤも笑顔を返している。


「そうか――」


 大きく頷いた六郎が、右手で振袖を脱ぎ去り、そのままサクヤへと突き出した。


「ろ、ロクロー様……? これはどういう――?」


「どうもこうもねぇの……主ん気概と胆力に応えとるだけじゃ」


 困り顔のサクヤに六郎が歯を見せ笑う。目を白黒させるサクヤに、「他意は無いわよ。ロクローだもの」とリエラが溜息混じりの呆れ顔を見せている。


 事ここに及んで、六郎の真意を理解しているのはリエラだけだ。とは言っても、理解したのは「それがお前たちの答えか?」と六郎が聞いた時なのだが。


 単純に知りたかったのだろう。どれほどこの振袖に対する思いがあるのかを。


 ジンが見せた完璧な主従関係。それに倣うように、ヘイトを溜めながらも男たちは我慢をしていた。


 つまり、男たちも理解はしていたのだ。


 そんな客人相手に、恥を承知で剣に手をかける程の品物。そしてそれ程の品を前に、己の道理礼儀を貫いたサクヤの気概。


 六郎からしたら、神器などと大層なものではなく、なのだ。代わりがあるなら、何でもいいのだろう。


 ただ思い入れがある以上、「はいどうぞ」と言うわけに行かず、試すような真似をしたのだ。


 その結果は、今もサクヤに向けて振袖を突き出している六郎が示している。


 コイツになら渡してもいい。そう思っているのだろう。


 知らず識らずの内に力の一端を使用していた六郎だが、仮にそれ知っていたとしても、今のように差し出すだろう。


(……むしろ六郎の性格からしたら――)


 想像を掻き消すように、頭を振ったリエラの耳に、「ま、主らが探しとる物かどうか分からんがの」と六郎の声が響き渡る。


「確かにが込められた……と言う話でしたものね」


 脱ぎ去った振袖を、更に突き出した六郎が――


「どうじゃ? 調べてみるけ?」


 ――笑顔で口を開いた。


「……し、失礼しても?」


 突き出された六郎の振袖。それを恐る恐るサクヤが受け取る。


 暫く固まっていたサクヤだが、眉を寄せ困り顔のまま首を捻る。振袖を広げてみたり、羽織ってみたり、細かいところまで確認するサクヤだが、どうも表情が優れることはない。


「ロクロー様……これを何処で?」


 サクヤが眉を寄せたまま六郎を見る。


「王都ん古着屋じゃの。ワシが着とった服と交換して貰うたんじゃ」


 悪びれる様子もない六郎の笑顔に「……ふ、古着屋」とサクヤの困り顔が一層曇っていく。


 もう一度広げ、そして羽織り直したサクヤ――薄っすらとサクヤの周りを靄が包み込む。

 サクヤが魔力を練っているようで、髪や着物の裾、振袖までもがユラユラと宙に舞う。


 暫くユラユラと舞っていたサクヤの髪や着物の裾が、ゆっくりと重力に帰っていく中、サクヤはその閉じていた瞳を開いた。


 未だ迷いのあるような瞳のまま、羽織っていた振袖を脱ぎ去ったサクヤは、それを六郎へ――。


「? エエんか? 主が探しとった物やねぇんか?」


 その行為に、首を傾げる六郎とリエラ。


「……分からないのです」


 力なく項垂れるサクヤに、「分からん?」と更に首を捻る六郎。


「神器なのは確かです。間違いありません。……ただ、その神気というか、気配というか……」


 言いよどむサクヤに、更に首を傾げる六郎と、何が言いたいのか分かったように苦笑いを浮かべるリエラ。


「そいがどうしたんね?」


「神気が……何と言いますが……と言いますか……と言いますか」


 困り顔のまま俯くサクヤに、「そりゃ六郎だもの」とジト目で六郎を見るリエラ。そして当の本人は、何のことだか本気で分かっていない。


 六郎の放つ闘気や魔力にあてられ、神気が変性したのだろう。


 頭では理解しているものの、神の気配を変性させるほどの荒々しさに、リエラはもう「は、ハハハ」と乾いた笑い声を上げるしか出来ないでいる。


「こいは探し物と違うんか?」

「断定できません。……ただ仮にそうだとしても、使


 残念そうに首を振るサクヤに、「何故じゃ?」と眉を寄せる六郎。


「これ程の強い気配……全てを清廉な気に戻すには、恐らく十年近くはかかるかと……」


 力なく笑うサクヤに、六郎も大きく溜息をついた。


「なるほどの。仮に年月かけてばしても、外れやったら意味ねぇけの」


 あまりにも変質した神気であるため、そもそも本物かどうかも分からない。そして本物か分らない物に、何年も時間をかけている余裕はないのだ。


(ま、実際は本物なんだけど……言った所で意味は無いわよね)


 項垂れるサクヤと、「しゃあねぇの」と苦笑いする六郎を眺めながら、リエラも溜息をついた。


 本物だと言った所で、実際証明する手立てがない。それにサクヤの言う通り、振袖の変性した神気を戻すのには時間がかかる……普通は。


 六郎が異常なのだ。人の身でありながら、こんな短期間で神気を変性させるなど、異常と言う事しか出来ない。


 普通なら身を清め、神器を纏い、神と対話するかの如く、ゆっくりと時間をかけることで、初めて神気というものをコントロールすることが出来るのだ。


 それがどうか……。


 己の荒ぶる魂と、降り注いだ血の雨。そして殺してきた相手の怨嗟の声を持って、この短期間で神気を侵し、自分に合うように変性させているのが六郎だ。


 だからこそ阿修羅や夜叉といった、戦いに身を置く異形を不完全ながらその身に降ろしている。……しかもで。


(ホント……無茶苦茶だわ……)


 何度目になるか分からないリエラの大きな溜息に、六郎もサクヤも振り返った。


 そんな二人にリエラが「何でも無いわ」とヒラヒラ手を振り口を開く。


「それで、結局は代わりの国宝を探すって事でいいのかしら?」


「あ、はい。そうですね――」


 言い淀んだサクヤが六郎とリエラの顔を見比べ、意を決したように一度深呼吸――


「――原始のダンジョン……その最奥にあると言われる【女神の冠】。それを手に入れて頂きたいのです」


 何度目かの頭を下げたサクヤに、どちらともなく頷いた二人。


「ま、エエんやねぇか?」

「そうね。アタシも興味あるし」


 二人の言葉に「本当ですか?」と破顔するサクヤ。


「協力はエエんやが、仮にそん【女神ん何ちゃら】が無かったらどうするんじゃ?」


 腕を組み眉を寄せる六郎を「【女神の冠】よ!」とリエラが肘で小突く。


「……もし……もし最奥にそれがなくとも、原始のダンジョンを踏破したという事実は、それだけで宝に勝るとも劣らない勲章になります」


 真剣な表情のサクヤに「成程の……頼光ん鬼退治ごたる扱いやな」と何となくの理解を示す六郎。

 そんな六郎に「何か微妙にズレてない?」と突っ込むリエラ。


 真剣な話をしていたはずなのに、「ズレとらん」、「ズレてるわよ」と全く緊張感のない二人に、アワアワしながらサクヤが口を開く。


「ええと……ご協力いただけるのですよね?」


「「ええ」」


 勢いよく振り返った二人に、「ヒッ」と小さな悲鳴を上げたサクヤが一瞬たじろぐも、何とか居住まいを正し、小さく咳払い――


「それでは――」


 話を続けようとするサクヤに、六郎が掌を見せ続く言葉を遮った。


「とりあえず、詳しか話は


 首を鳴らした六郎に、「あら、もう来たんだ」とリエラは面倒そうな表情。六郎の言葉で外の気配を感じ取ったのか、ジンが扉を振り返り、肩に担いだ大剣に手を伸ば――その手を六郎が掴んだ。


「主ゃ姫さんば守っとれ」


「しかし――」


「気にしなや。どうせじゃ」


 笑う六郎が手をヒラヒラと振りながら、扉に手をかけ、ジン達を振り返った。


「リエラぁ、姫さんの相手でんしといてくれ」


笑顔でそれだけ言うと、扉を開き外へと歩き出す六郎。

その背中に、「はいはーい」と投げられたリエラの返事だけを連れて、六郎は小屋の扉をピタリと閉じた。


 その様子を呆けたように見つめるジンと護衛の男たち。そして何事もないように、笑顔でサクヤに「紅茶好きかしら?」と話しかけるリエラ。


「え、ええ。好きですが――」


 ポカンとした表情で答えるサクヤに、「良かった」と嬉々として小さなポシェットから椅子やテーブル、ティーセットを出すリエラ。


 その光景に、面食らっていたジン達だが


「き、君は行かなくてもいいのか?」


 漸く思考回路が繋がったように、リエラに怪訝な表情を見せている。


「行くわけ無いでしょ。


 口を尖らせたリエラが、ティーポットにお湯を注ぐ――紅茶の豊かな香りが部屋中に広がり始める。


 芳醇な香りに全員の緊張が緩みかけた瞬間、空気が、部屋が、振動しているかのような強大な圧力が周囲を覆う。


 護衛たちやジンだけでなく、サクヤも側仕えの女たちも。全員がその強大な気配の出処を探すように、キョロキョロと周囲を伺いだした。


 部屋中を忙しなく動き回るその目に映る色は――畏怖の念だ。


「こ、これは――」


「ロクローでしょ。最近暴れてなかったから、テンション上がってんのよ。襲撃してきた人達は……ご愁傷さまってところかしら」


 外から響く悲鳴と、震える空気の中、ティーカップを優雅に傾けるリエラ。


 あまりにも異質なその様子に、誰も彼もリエラから目を離すことが出来ないでいる。優雅に紅茶を楽しんでいたリエラだが、「あ!」と何かに気がついたかのように、立ち上がり、扉の前まで――


「ロクロー! 終わったら一回帰って来なさいよ!」


 ――扉を開けて声をかけるリエラの姿は、まるで「晩御飯までには帰りなさいよ」とでも言ってるかのように、気安い雰囲気だ。


 再び扉を閉めたリエラが「よし」と一息つくと、再び優雅に紅茶に口をつけ始めるが、その様子に誰も突っ込むことが出来ない。


 また一つ、響いた轟音が小屋を揺らす中、リエラがティーカップを傾け「んー、美味しい」と一人その頬を緩めていた――

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