第65話 汚すより綺麗にするほうが大変
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登場人物
六郎とリエラ:問題児コンビ。直ぐに問題を起こす、大きくする。作者が一番手を焼いているのに、主人公とヒロインだという悪夢。
ジン:露出狂。今の所置物
サクヤ:亡国の王族。滅んでから結構経ってるのに、連綿と血を受け継いできた苦労人。
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前回までのあらすじ
ジンに連れられて来た先で、六郎とリエラは亡国の王族であるサクヤと出会う。
サクヤ達が探している国宝が、自身の羽織る振袖っぽい雰囲気に気がついた戦闘狂。嬉々として相手を煽りヘイトマックスで現在一触即発
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「そいが、主らん応えっち事でエエんやな?」
笑う六郎の声が響く中、男たちの殺気が一気に膨らむ。
「我慢なら――」
「止めなさい!」
護衛の一人が剣を抜き去ろうとした瞬間、サクヤの凛とした声が小屋の中に響き渡った。
「ひ、姫様……ですが」
「ですがも何もありません。私が客として招いた御仁に狼藉を働くつもりですか?」
射抜くような視線に、護衛たちの殺気は霧散し、全員が項垂れるように下を向いている。
「……ただん小娘やねぇの?」
笑顔のまま腕を組んだ六郎に、「いいえ。私など小娘同然です」とサクヤも笑顔を返している。
「そうか――」
大きく頷いた六郎が、右手で振袖を脱ぎ去り、そのままサクヤへと突き出した。
「ろ、ロクロー様……? これはどういう――?」
「どうもこうもねぇの……主ん気概と胆力に応えとるだけじゃ」
困り顔のサクヤに六郎が歯を見せ笑う。目を白黒させるサクヤに、「他意は無いわよ。ロクローだもの」とリエラが溜息混じりの呆れ顔を見せている。
事ここに及んで、六郎の真意を理解しているのはリエラだけだ。とは言っても、理解したのは「それがお前たちの答えか?」と六郎が聞いた時なのだが。
単純に知りたかったのだろう。どれほどこの振袖に対する思いがあるのかを。
ジンが見せた完璧な主従関係。それに倣うように、ヘイトを溜めながらも男たちは我慢をしていた。
つまり、男たちも理解はしていたのだ。六郎達が自分の主の客分だということを。
そんな客人相手に、恥を承知で剣に手をかける程の品物。そしてそれ程の品を前に、
六郎からしたら、神器などと大層なものではなく、単なる振袖なのだ。代わりがあるなら、何でもいいのだろう。
ただ思い入れがある以上、「はいどうぞ」と言うわけに行かず、試すような真似をしたのだ。
その結果は、今もサクヤに向けて振袖を突き出している六郎が示している。
コイツになら渡してもいい。そう思っているのだろう。
知らず識らずの内に力の一端を使用していた六郎だが、仮にそれ知っていたとしても、今のように差し出すだろう。
(……むしろ六郎の性格からしたら――)
想像を掻き消すように、頭を振ったリエラの耳に、「ま、主らが探しとる物かどうか分からんがの」と六郎の声が響き渡る。
「確かに何かしらの力が込められた……と言う話でしたものね」
脱ぎ去った振袖を、更に突き出した六郎が――
「どうじゃ? 調べてみるけ?」
――笑顔で口を開いた。
「……し、失礼しても?」
突き出された六郎の振袖。それを恐る恐るサクヤが受け取る。
暫く固まっていたサクヤだが、眉を寄せ困り顔のまま首を捻る。振袖を広げてみたり、羽織ってみたり、細かいところまで確認するサクヤだが、どうも表情が優れることはない。
「ロクロー様……これを何処で?」
サクヤが眉を寄せたまま六郎を見る。
「王都ん古着屋じゃの。ワシが着とった服と交換して貰うたんじゃ」
悪びれる様子もない六郎の笑顔に「……ふ、古着屋」とサクヤの困り顔が一層曇っていく。
もう一度広げ、そして羽織り直したサクヤ――薄っすらとサクヤの周りを靄が包み込む。
サクヤが魔力を練っているようで、髪や着物の裾、振袖までもがユラユラと宙に舞う。
暫くユラユラと舞っていたサクヤの髪や着物の裾が、ゆっくりと重力に帰っていく中、サクヤはその閉じていた瞳を開いた。
未だ迷いのあるような瞳のまま、羽織っていた振袖を脱ぎ去ったサクヤは、それを六郎へ――。
「? エエんか? 主が探しとった物やねぇんか?」
その行為に、首を傾げる六郎とリエラ。
「……分からないのです」
力なく項垂れるサクヤに、「分からん?」と更に首を捻る六郎。
「神器なのは確かです。間違いありません。……ただ、その神気というか、気配というか……」
言いよどむサクヤに、更に首を傾げる六郎と、何が言いたいのか分かったように苦笑いを浮かべるリエラ。
「そいがどうしたんね?」
「神気が……何と言いますが……荒々しいと言いますか……禍々しいと言いますか」
困り顔のまま俯くサクヤに、「そりゃ六郎だもの」とジト目で六郎を見るリエラ。そして当の本人は、何のことだか本気で分かっていない。
六郎の放つ闘気や魔力にあてられ、神気が変性したのだろう。
頭では理解しているものの、神の気配を変性させるほどの荒々しさに、リエラはもう「は、ハハハ」と乾いた笑い声を上げるしか出来ないでいる。
「こいは探し物と違うんか?」
「断定できません。……ただ仮にそうだとしても、使い物にはなりません」
残念そうに首を振るサクヤに、「何故じゃ?」と眉を寄せる六郎。
「これ程の強い気配……全てを清廉な気に戻すには、恐らく十年近くはかかるかと……」
力なく笑うサクヤに、六郎も大きく溜息をついた。
「なるほどの。仮に年月かけて浄化ばしても、外れやったら意味ねぇけの」
あまりにも変質した神気であるため、そもそも本物かどうかも分からない。そして本物か分らない物に、何年も時間をかけている余裕はないのだ。
(ま、実際は本物なんだけど……言った所で意味は無いわよね)
項垂れるサクヤと、「しゃあねぇの」と苦笑いする六郎を眺めながら、リエラも溜息をついた。
本物だと言った所で、実際証明する手立てがない。それにサクヤの言う通り、振袖の変性した神気を戻すのには時間がかかる……普通は。
六郎が異常なのだ。人の身でありながら、こんな短期間で神気を変性させるなど、異常と言う事しか出来ない。
普通なら身を清め、神器を纏い、神と対話するかの如く、ゆっくりと時間をかけることで、初めて神気というものをコントロールすることが出来るのだ。
それがどうか……。
己の荒ぶる魂と、降り注いだ血の雨。そして殺してきた相手の怨嗟の声を持って、この短期間で神気を侵し、自分に合うように変性させているのが六郎だ。
だからこそ阿修羅や夜叉といった、戦いに身を置く異形を不完全ながらその身に降ろしている。……しかも振袖単体で。
(ホント……無茶苦茶だわ……)
何度目になるか分からないリエラの大きな溜息に、六郎もサクヤも振り返った。
そんな二人にリエラが「何でも無いわ」とヒラヒラ手を振り口を開く。
「それで、結局は代わりの国宝を探すって事でいいのかしら?」
「あ、はい。そうですね――」
言い淀んだサクヤが六郎とリエラの顔を見比べ、意を決したように一度深呼吸――
「――原始のダンジョン……その最奥にあると言われる【女神の冠】。それを手に入れて頂きたいのです」
何度目かの頭を下げたサクヤに、どちらともなく頷いた二人。
「ま、エエんやねぇか?」
「そうね。アタシも興味あるし」
二人の言葉に「本当ですか?」と破顔するサクヤ。
「協力はエエんやが、仮にそん【女神ん何ちゃら】が無かったらどうするんじゃ?」
腕を組み眉を寄せる六郎を「【女神の冠】よ!」とリエラが肘で小突く。
「……もし……もし最奥にそれがなくとも、原始のダンジョンを踏破したという事実は、それだけで宝に勝るとも劣らない勲章になります」
真剣な表情のサクヤに「成程の……頼光ん鬼退治ごたる扱いやな」と何となくの理解を示す六郎。
そんな六郎に「何か微妙にズレてない?」と突っ込むリエラ。
真剣な話をしていたはずなのに、「ズレとらん」、「ズレてるわよ」と全く緊張感のない二人に、アワアワしながらサクヤが口を開く。
「ええと……ご協力いただけるのですよね?」
「「
勢いよく振り返った二人に、「ヒッ」と小さな悲鳴を上げたサクヤが一瞬たじろぐも、何とか居住まいを正し、小さく咳払い――
「それでは――」
話を続けようとするサクヤに、六郎が掌を見せ続く言葉を遮った。
「とりあえず、詳しか話は表ん連中ば片付けてからやな」
首を鳴らした六郎に、「あら、もう来たんだ」とリエラは面倒そうな表情。六郎の言葉で外の気配を感じ取ったのか、ジンが扉を振り返り、肩に担いだ大剣に手を伸ば――その手を六郎が掴んだ。
「主ゃ姫さんば守っとれ」
「しかし――」
「気にしなや。どうせワシらん客じゃ」
笑う六郎が手をヒラヒラと振りながら、扉に手をかけ、ジン達を振り返った。
「リエラぁ、姫さんの相手でんしといてくれ」
笑顔でそれだけ言うと、扉を開き外へと歩き出す六郎。
その背中に、「はいはーい」と投げられたリエラの返事だけを連れて、六郎は小屋の扉をピタリと閉じた。
その様子を呆けたように見つめるジンと護衛の男たち。そして何事もないように、笑顔でサクヤに「紅茶好きかしら?」と話しかけるリエラ。
「え、ええ。好きですが――」
ポカンとした表情で答えるサクヤに、「良かった」と嬉々として小さなポシェットから椅子やテーブル、ティーセットを出すリエラ。
その光景に、面食らっていたジン達だが
「き、君は行かなくてもいいのか?」
漸く思考回路が繋がったように、リエラに怪訝な表情を見せている。
「行くわけ無いでしょ。巻き込まれたくないもの」
口を尖らせたリエラが、ティーポットにお湯を注ぐ――紅茶の豊かな香りが部屋中に広がり始める。
芳醇な香りに全員の緊張が緩みかけた瞬間、空気が、部屋が、振動しているかのような強大な圧力が周囲を覆う。
護衛たちやジンだけでなく、サクヤも側仕えの女たちも。全員がその強大な気配の出処を探すように、キョロキョロと周囲を伺いだした。
部屋中を忙しなく動き回るその目に映る色は――畏怖の念だ。
「こ、これは――」
「ロクローでしょ。最近暴れてなかったから、テンション上がってんのよ。襲撃してきた人達は……ご愁傷さまってところかしら」
外から響く悲鳴と、震える空気の中、ティーカップを優雅に傾けるリエラ。
あまりにも異質なその様子に、誰も彼もリエラから目を離すことが出来ないでいる。優雅に紅茶を楽しんでいたリエラだが、「あ!」と何かに気がついたかのように、立ち上がり、扉の前まで――
「ロクロー! 終わったら一回帰って来なさいよ!」
――扉を開けて声をかけるリエラの姿は、まるで「晩御飯までには帰りなさいよ」とでも言ってるかのように、気安い雰囲気だ。
再び扉を閉めたリエラが「よし」と一息つくと、再び優雅に紅茶に口をつけ始めるが、その様子に誰も突っ込むことが出来ない。
また一つ、響いた轟音が小屋を揺らす中、リエラがティーカップを傾け「んー、美味しい」と一人その頬を緩めていた――
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