第66話 適当に名前を付けると被るから気をつけろ
☆☆☆
登場人物
六郎:世界に落とされた頑固な汚れ。人も物も荒々しく染める事に定評がある。ちなみに主人公。
リエラ:紅茶ばかり飲んでる女神。でも腹の中はブラックコーヒーくらい黒――グェ
サクヤとジン:もうこいつらが主人公でいいんじゃね? って思うくらい良い人達。苦労人。ちなみに心は澄み切った水よりも清らか。
☆☆☆
前回までのあらすじ
六「あなたが探してる国宝はコレでしょう」
サ「……いや、ちょっと汚ぇんで分からんっす」
六「それでも国宝――」
サ「汚ぇんで要らねっす」
六「国……」
サ「汚した代わりに、他のやつ探してこいよ」
六「…………」
サ「…………」
六「ちょっと表の連中、腹いせにぶち殺してくるわ」
☆☆☆
リエラの紅茶がなくなり、サクヤにと注いだ紅茶の湯気が殆ど見えなくなった頃。圧力を持った空気は霧散し、外から絶えず聞こえていた悲鳴も静かになった。
怯えていたサクヤや側仕えたちも、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間――今度はあまりにも静かすぎる状況に、誰も彼もが落ち着きを忘れ、ソワソワと扉を見ている。
……戻ってこないのだ。六郎が。
静かになっても戻ってこない六郎に、オロオロするサクヤと、「大丈夫なのか?」とリエラに問いかけるジン。
「大丈夫よ。ちょっとした病気みたいなものだから」
答えるリエラの苦笑いに、サクヤもジンも首を傾げ顔を見合わせている。病気だなどと言われたら、心配するのが筋なのだろうが、その発言をした本人が何ら気にした素振りもないのだ。気持ちをどこに持っていけば良いのか分からないのだろう。
ジンもサクヤも、何度か口を開きかけては閉じる。
そんな二人に、「貴方たち、人が良すぎるわよ」と笑うリエラは、空になった自身のカップに二杯目を注ぎ、軽く口をつけた。
「サクヤさんもどうぞ……って、もう
リエラがサクヤに出したカップに触れる――まるで時間が巻き戻っているかのように、消えかけていた湯気が勢いを増して立ち上ってくる。
「――今度は温かいうちにどうぞ?」
リエラの言葉に、サクヤが観念したように扉に視線を投げながら紅茶に口をつけた。
その様子に満足したように頷いたリエラが、ティーカップをテーブルに置き、再び扉へ――
「ロクロー! 首は要らないからね?」
扉を開いたリエラの言葉に、サクヤが口に含んだ紅茶を盛大に吹き出した。
咳き込むサクヤに、側仕えや護衛達が「姫様」と駆け寄る中、それをチラリと振り返っただけのリエラがもう一度頭を扉の向こうへ――
「あー、後で燃やすから纏めておいといて」
☆☆☆
再び椅子にリエラが座って暫く……軋む音を立て、ゆっくりと開いた扉から顔を出したのは――
「――弱すぎやねぇか」
――出ていく時以上に何処か不機嫌な六郎の姿だ。
「おかえり。で、結局何だったの?」
六郎に視線だけを向けたリエラ。大体の予想はついているが、一応の答え合わせをしておこうというところだ。
「さあの。『呼び出し』がどうやら、『ぎる何ちゃら』がどうやら云うとったの」
リエラの出した焼き菓子に手をのばす六郎に、「ギルバートでしょ」とリエラが溜息をついた。
「……ギルバートだと? ……他に何か言っていなかったか?」
急に申し訳無さそうな声を発したジルに、六郎とリエラが首を傾げる。
「いんや。そもそも何か云う前に殆ど殺してしもうたからの」
再び焼き菓子に手を伸ばす六郎。
「だから、ちゃんと情報を聞いてから殺しなさいって云ってるじゃない!」
そしてその手を叩くリエラ。
焼き菓子を巡って攻防を繰り広げる二人の前で、「そうか……」と呟いたジン。その様子に六郎は内心「ああ、そういう事か」と納得している。
自分たちを呼び出したギルバートという商人と、ジンやサクヤは敵対関係にあるのだろう。
自分たちを昨夜から尾行していた理由は、ギルバートと繋がって脅威が増えるかどうかの調査。そして可能であれば、自陣営に引き入れを狙っていたという所だろう。
そう思えば中々声を掛けてこなかったことの合点が行く。
そして――
「ぎるなんちゃらと冒険者――いやギルドは同盟ば結んどるんか?」
――思い至った疑問に、ジンが驚いたように目を見開いた。
ジンの反応に、正解を引き当てたと確信し――
「おうおう、敵ん方は大きかの」
――面白そうに笑う六郎に、「え? どういう事よ」とリエラが眉を寄せ、その裾を引っ張っている。
「ぎるなんちゃらと、こいつらが敵対しとるんは分かるの?」
六郎の言葉に「それくらいは」とリエラが頷く。
ギルバートの手先が、サクヤ達の隠れ家を取り囲んでいたのだ。仮にリエラ達との交渉が失敗に終わっていたならば、サクヤ達とギルバートの繋がりを疑うが、今回は逆だ。
サクヤ達は取り囲まれていた事すら知らなかった。つまりリエラ達もろとも襲撃しようとしていたのだろう。
だが、ギルドがギルバートと通じているという事は分からない。
「襲ってきた連中ん中に、冒険者が混じっとった」
六郎が懐から取り出したのは冒険者のタグだ。十を超えるそれらがリエラの出したテーブルの上に無機質な音を立てて転がった。
「そりゃ子飼いの冒険者くらいいるんじゃない?」
眉を寄せ紅茶に口をつけたリエラが、そのタグを一つ掴み上げて一瞥――興味をなくしたようにもう一度机に落とした。
「そらぁ居るじゃろ。そうだとしても、こん襲撃ん早さは説明がつかん。尾行もされとらんかったしの」
タグを集め、懐に戻す六郎の説明に、リエラは少しだけ考え込む。
ギルドを出てから襲撃まで時間が早すぎる事。
その間尾行の気配はなかった事。
「……通行人に聞き込みとかは?」
「そらぁねぇの」
笑い飛ばす六郎に「何でよ?」と眉を寄せるリエラ。リエラ的には結構考えて穴をついたつもりだったのに、間髪を入れず否定されて面白くないのだ。
「理由はいくつかあるが――」
そう言って六郎がリエラの目の前に手を差し出し――
人の量が多すぎて、目撃者を特定することが困難な事。
特定したとして、人混みの中でどっちに向かったかなど分からない事。
――説明の度に指を一本ずつ折っていく。
「――それにワシらん見た目なぞ誰も知らんめぇが」
六郎の言葉に、リエラは昨晩ギルドで聞こえてきたヒソヒソ声を思い出している。……「黒髪と金髪の二人組だ」という情報だけしか出ていなかった。
「しかも今回は三人組で歩いとったしの」
片眉を上げた六郎が、親指で人を指した。
その言葉でリエラにも合点がいった。通行人に「金髪と黒髪の男女二人組」を聞いた所で、辿り着けない。
「つまり――」
「ギルドを出た時点で、ワシらとジンが連れ立った事が筒抜けっち訳やな」
笑う六郎に「アンタ面倒事よ?」と溜息をついたリエラ。
ちなみに六郎が言った「いくつか」はまだ出尽くしていない。
ギルドの部屋という個室にいたにも関わらず、ジンが場所を移した事。……サクヤに会わせたかったからと言えばそうだが、それでは説明がつかない。
礼儀を重んじるサクヤが、わざわざ呼びつけた事が。
外に出られないとは言えないだろう。サクヤの草鞋のような履物に真新しい泥汚れが見えるからだ。
外に出られるならば、サクヤの性格上ギルドまで来そうなものだ。……それがわざわざ呼びつけて、ギルドの個室を避けた。
そして極めつけは、昨晩から今までは中年男性の伝言しか無かった襲撃だ。
これもギルバートの意向で止められていた。と考えると筋が通る。
冒険者全員が子飼いという事はないだろう。にもかかわらず、昨晩も今朝も襲撃が無かった。あれだけ酒場で啖呵を切ったのだ……荒くれ者たちであれば、その噂を聞きつけ、すぐに来てもおかしくない。
それがない。つまり誰かが情報を操作したか、冒険者全体に待ったをかけたか。
あの場の連中に口止めが出来る、もしくは冒険者全体を引き止められるとしたら……ギルドからのお達し以外ないだろう。
つまり冒険者と言うより、ギルド全体が敵と考えた方が辻褄が合う。
そういう点も加味しての「いくつか」発言だったが、リエラが納得した事でそれ以上は口にしていない。
これ以上面倒な説明を要求されない事に、安心したように小さく溜息をついた六郎。その溜息に「アンタまた何か隠してるでしょ?」とニアミスな解答をするリエラに六郎は口角を上げるのを抑えられないでいた。
(よくもまあ……ワシん考えとる事が分かるの)
ただ単に二人で過ごす時間が長く、連れ添ってきた夫婦のようになっているのだが、それに二人が気づくことは無い。
「……ま、良いわ。その顔は大した事じゃないわね」
六郎に興味をなくしたようなリエラが、冷えた紅茶を一気に飲み干し、ジンとサクヤに視線を投げる。
まるで「何で言わなかったの?」とでも言いたげな瞳に、ジンやサクヤも居心地が悪そうに口を僅かに震わせ、どちらともなく頭を下げた。
「すみません。ギルドから風当たりが強い事は、最初に言っておくべきでした」
サクヤの謝罪に、護衛や側仕えたちも二人に倣い頭を下げる。
「いえ、これは俺がギルドで最初に説明すべきことだったんです……サクヤ様は悪くありません。悪いのは二人を騙すように連れてきた俺の責任です」
膝を付き、頭を下げるジンに、「こん世界にも土下座があるんやの」と六郎は笑っている。
笑う六郎をジト目で見たリエラが「笑い事じゃないんだけど」と言いながら、小さく溜息をついた。
「……ま、アタシ達もギルドからの覚えは目出度くないから良いけどね」
「笑い事じゃない」と言いつつも、リエラが肩を竦め自虐的に笑う。
「それで? あなた達は、どうやってイジメられてるのかしら?」
机とティーセットをポシェットに吸い込みながら、リエラはジンとサクヤを交互に見た。
その言葉に顔を見合わせたジンとサクヤや側仕え達。代表したようにジンが口を開く――
「ブラックリストとか言うのに登録され、依頼の受注はおろか素材の買い取りも拒否されている」
悔しそうにタグを指でイジるジン。
「ギルバートは、冒険者ギルド クラルヴァイン支部に多額の寄付金を収めている。ギルドだって慈善事業だけではやっていけないだろう……そういう事だ」
ジンの言う通り、ギルドは依頼にかかる手数料以外に寄付も大きな収入源だ。国家から補助金を出しているところもある。軍では手が回らない細々とした事を解決してくれるので、そこに充てる兵士を養うより、ギルドに補助金を出したほうが安上がりなのだ。
そしてこのクラルヴァインでは、ギルバート商会がギルドのスポンサーという訳だ。
ギルドと言えど、一社提供のスポンサーの意向には逆らえない。というのが現状なのだろう。
故に直接的ではなく、間接的にジンたちを攻撃しているのだ。
「これ、もしかしなくて街の商店とかも非協力的じゃないの?」
ジト目のリエラに「すまない」と謝るジン。全てを表すその言葉に、リエラは盛大に溜息をついた。
街最大の商会が目をつけ、冒険者ギルドからも爪弾きにされている相手と、誰も喜んで商売などしたくないだろう。
商人なら己の利する方に動くものだ。天秤にかけるまでもない。
「思ったよりジリ貧ね……ロクロー! 何かいい案ある?」
自身を振り返るリエラに、六郎は腕を組み考え込むように目を瞑った。
「そうじゃな……とりあえず真正面からぶっ殺――」
言葉の途中で、弾かれたように扉を振り返った六郎。その行動に全員が六郎へ視線を向ける中、行動の理由を察したリエラは「……またぁ?」と呟きながら苦笑いだ。
「――今日は客ん多かごたるね」
扉へ向けて口角を上げ、尋常じゃない殺気を飛ばす六郎。
「出てきいや。もうバレとるんに気づいとるじゃろうが」
「……いやぁ参ったね。オジサン今度は本気で気配を消してきたんだけど」
声が聞こえゆっくりと開く扉――そこから顔を覗かせたのは――昨晩六郎たちの目の前に現れた中年男性。
「……クロウ……」
その男性を見て呟いたジンの言葉が、静かな部屋に響いて消えていった。
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