第60話 異世界って結構すんなり街に入れるじゃん? アレって危ないと思うんだよね

 美しい僧侶。

 派手な見た目の男。

 人の良さそうな商人。


 そんな三人が、都市国家連合の首長国クラルヴァインについたのは、日が既にその姿を半分ほど山の端へ隠す頃だった。


 御者台に座る六郎とリエラ、そしてなぜかその後ろの荷台から、顔を覗かせている商人の姿。


「な、なんとか日暮れに間に合いましたね」


 人の良さそうな商人、トマスが胸を撫で下ろした。本来の日程ならあと二泊は野営をして、明後日の午前中くらいに着く予定を、


 日が暮れてしまえば街に入る事は出来ないため、間に合ったトマスの喜びはだろう。


「リエラ殿、助かりました」


 御者台に座るリエラに頭を下げるトマスに、「いえいえ、追加報酬をいただけるとのことですので」と振り返ったリエラはホクホク顔だ。


 トマスに明後日までの分の護衛費用プラス、追加報酬を払うから馬を強化して旅程を早めてほしいと頼まれた二人。


 それに快く頷いたのは、言うまでもないだろう。


 別に急ぐわけではないが、早いに越したことはない。それに追加の報酬もくれるというのだ。


 「やらない」という選択肢などなかった。


 そうしてリエラに馬を強化させ、旅程を短縮させたのだ。


「それにしても、トマスさんお急ぎだったんですね」


 街へと続く短い列の後ろに馬車を陣取り、その御者台から飛び降りるリエラ。


 それに続くように飛び降りた六郎も「商人はどん世界でも忙しかの」と伸びをしながら、御者台へ移るトマスを振り返る。


「ええ、まあ色々ありますから」


 力なく笑うトマス。


 言えるものか。急いでいた理由が、二人となるべく早く別れたいからなどと。


 若干引きつり気味のニコニコ顔。だが二人は、そんな小さな変化に気づくような人間ではない。


 二人で顔を見合わせ「大変ね」「じゃの」と肩を竦めるだけの二人に、トマスは気づかれぬように小さく息を吐いた。


「それにしてもが折れっしまうとはの」

「素材屋さんが買い取ってくれるわよ……二束三文でしょうけど」


 肩を落とした六郎が「ま、仕方なかろう。また暫くは、かの」と腰に差した鉄扇を叩いている。


「刀使えばいいじゃない」


 ポシェットから刀を取り出し、柄を見せるリエラ。


「や、今はエエわい。……刀ば使うと、時々になるけぇ」


 まるで何かが憑いているかのように、首だけ振り返った六郎が肩を払っている。その『おかしか感覚』に心当たりのあるリエラは「あー、アレね……」と納得顔だ。


 実際は刀のせいではなく、その羽織っている振袖のせいなのだが、リエラ自身その仕組を知っているわけではない。


 ただ唯一分かっているのは、尋常じゃないが宿っているという事だけだ。


 六郎が初めてそれを買ったあの日。

 路地裏でゴロツキ達を返り討ちにする時に、預けられたあの日。


 リエラはそれに触れた瞬間、何かしらの神か、それに準ずるものが作った物、だということだけは分かった。


 それにどんな効果があるか分からなかったが、それの使い方だけはしっていた。


 神器と言われる物を使いこなすには、それに宿る神気と自分の魔力を、融合させねばならない。


 それだけは女神伝に聞いて、知っていた。


 故に六郎の魔力を鍛えたのだが――神器の効果は、どうやら【人ならざる者】をその身に降ろすようだ。


 不安定ながら【阿修羅】【夜叉】と戦いに生きる異形を降ろした六郎は、その瞬間だけ力にブーストがかかっていたのだ。


 その事を六郎に教えてはいない。何故なら神器を扱うための、魔力融合が完璧ではないからだ。


 教えてしまえば、より早いのでは? と思わなくもないが、恐らく六郎の純粋に強さを求めるその思いと、神器がいい具合にリンクしているっぽいのだ。


 余計な知識を入れ、目的がブレてしまえば遠回りになりかねない。であれば時が来るまで黙っていたほうが良い、とリエラは判断した。


「ま、好きになさいよ。アンタ素手でも鬼みたいに強いし」


 少しずつ進む列に追随しながら、リエラが苦笑いをこぼした。


 実際ここに辿り付く前、槍が折れた後に体術だけでグレートボア巨猪を文字通り殴り殺している。


 そしてその言葉に、御者台のトマスは――


(はははは……そんな事もありましたね……)


 ――普通なら驚くべきことなのに、何故か大したこともないと思えてしまっている。


 なんせ事ここに至るまで、常軌を逸した行動を見続けていたからだ。


 旅を初めて数時間、最初にあったキラーベア巨大熊が駄目だった。アイツがもう少し頑張ってくれたら、


 そう思えてならないのだ。


 キラーベア巨大熊からしたら完全な八つ当たりだが、六郎達の常軌を逸した行動を目の当たりにしてきたトマスからしたら、


 キラーベア巨大熊と遭遇し瞬殺した後、なんとモンスターを呼び寄せ始めたのだ……。暇だと言って音を鳴らして。


 だが今になってみれば、暇だと言って、リエラの杖をシャラシャラ鳴らし、モンスターを呼ぶことなどは未だ可愛かった。


 遭遇した野盗に、別の野盗の縄張りを吐かせ、そこに嬉々として突っ込む事……一回。


 往来を塞ぐ兵士をボコボコにする事……二回。


 その兵士たちの身ぐるみを剥いで、崖下へ放り捨てる事……一回。


 身ぐるみを剥がされ、ギャーギャー騒ぐ兵士の頭を叩き割る事……一回。


 都市国家間の関係が微妙な場合、境付近で自国もしくは隣国の兵士が、嫌がらせのように旅人から通行税を取る事がよくある。


 通行税の徴収などは本来違法行為であるが、請求される額は少額である。


 そのため旅人の多くは払ってしまうが、先にも述べたとおり、それは野盗行為と変わらない。


 ただ両国家が兵士のガス抜きに加え、人の流出もある程度防げると、黙認しているだけなのだ。


 つまり。……誰もやらないが……


 ちなみに冒険者相手に税を請求することはないが、護衛対象である商人が税をせびられることは良くある。


 だが、六郎達は良くも悪くも目立ちすぎていた。


 トマスは金を。そして二人には金ではなくリエラを要求された途端、兵士が宙を舞った。……本当に宙を舞った。勢いよく回転しながら。


 財布を開こうとしていたトマスの前で「下らん事ば抜かす口はいらんの」と倒れた兵士の顎を踏み砕いた六郎に、トマスの目が点になった事は言うまでもないだろう。


 そんな兵士たちを近くの崖下に放り捨て


「生きとったら、改心するじゃろ」と笑う六郎と


「ま、多分来世で改心するんじゃない?」とアクビを噛み殺しているリエラ。


 そんな二人を前に、目が点のままトマスは、商人としての勘が正しかったことを痛感していた。


 ちなみに二度目の兵士襲来の折は、「通行z――」まで言った瞬間、兵士が宙を舞っていた。


 その後は以下略で、顎こそ踏み抜かれなかったが、身ぐるみを剥がされ放置されかけた兵士たちから「お前たち覚えとけよ、絶対にぶっ殺してやる」的な捨て台詞のオンパレード。


 そしてそれは禁句だった。。


「なんや殺し合いがしたかったんか」


 と首を鳴らした六郎が、今奪ったばかりの直剣で一人の頭を叩き割り、それに腰を抜かした残りの兵士の頭も叩き割った。


 もうこの時点で生きた心地などしていなかったトマスだが、極めつけに――


「これってトマスさんの所で、買い取ってもらえたりしますか?」


 ――リエラが満面の笑みで、身ぐるみを剥ぎ奪った装備を見せてくる始末だ。


「そ、そそそそそれは無理だと思いますぅ……」


 何とか絞り出した答えに、「そうですか」と瞳のハイライトを消したリエラに「あ、終わった」と自分の最期を悟ってしまった。


 肝が冷える。

 玉が縮み上がる。


 昔の人は上手いこと言ったものだと、現実逃避に走った自分を、攻めることなど出来ようか。


 来たるべき最期の時に、瞳を閉じたトマス。その耳に届いたのは――


「売れんのんなら仕方なかろう? ピニャんとこば持って行って、素材として売りつけたら良かろう?」


「えー? 帝国まで結構あるのよ? 長いこと要らない物なんか入れときたくないわよ」


 ――意外にも気にしていない二人の会話だった。


 しかもどうやら帝国まで行きたいらしい。そして出来るだけ早ければ、より良いのだろう。


 その会話を聞いたトマスの脳内で、様々なシミュレートがなされる。


 導き出された結果は――


「あ、あのぅ……もし急ぎでしたら、馬を強化していただいて構いませんよ?」


 その言葉に「グルン」と音がしそうなほどの勢いでトマスを振り返る二人。


「あ、ああああの、ももも勿論。強化代として追加報酬も払いますし、当初の予定どおり日数分の報酬もお支払いします」


 頭を抱えてうずくまるトマス。


 その肩にそっと置かれるリエラの手。


「トマスさん。そのお話を詳しく――」


 そうして急いで来たお陰で旅の日程を二日ほど早め、なんとか日暮れ前に街へと滑り込めそうなのだ。


(ようやく離れられる)


 トマスは信心深い方ではないが、明日の朝になったら、教会へ行って女神へ祈りを捧げようと決めている。


 ちなみにその祈りを捧げられる女神は「何でこんなに時間がかかるのよ」と、プンスコ怒っているが、それをトマスが知ることは一生ない。


「お前たちで最後だな。身分証明証の提示を――」


 ようやく番が回ってきた三人。門番の言葉にトマスが都市国家連合の住民を表す札を。リエラと六郎が、それぞれウッドランクのタグを門番に渡した。


「……それぞれ所属と名前を――」


 その札やタグを見ながら、門番が三人の顔を見渡す。


「元ハイノ市民、商人のトマスです。こちらが移住願いになります――」


 そう言ってトマスが懐から折りたたまれた紙を一枚門番に手渡した。


「……うむ。不備はないようだな……商人トマス、クラルヴァインへようこそ」


 笑う門番にトマスは「ありがとうございます」と様々な思いがこもった言葉を返している。


「残りの二人、所属と名前を――」


 別の門番が、トマス達のやり取りが終わるか終わらぬかのタイミングで、六郎とリエラに声をかけた。


「リエラ・フリートハイム。ウッドランク冒険者です」

「ワシは六郎。同じく、ウ……冒険者じゃ」


 二人の名乗りを聞いて、門番が固まった。


「……リエラにロクローと言ったな……君たちはもしかして『リエラとロクロー』というコンビで活動していないか?」


「ええ、そうですが……よくご存知ですね?」


 小首をかしげるリエラ。本来ならその可憐さに目を奪われるだろうはずが、尾ひれのついた噂に門番がたじろいだ。


「……どうしたら?」

「どうもこうも、噂だけだし」

「そもそもギルドは正式に発表してないんじゃ」


 門番三人が固まってヒソヒソと話し合う中、状況がわかっていないリエラ、六郎、トマスの三人が顔を見合わせ首を傾げている。


 ちなみにトマスが知っている噂は「王国がたった二人の冒険者にボコボコにされたらしい」という事までだ。


 その後「その冒険者が『リエラとロクロー』というコンビらしい」という更に突っ込んだ噂が広まる頃には、既に六郎達と行動を共にしていたので二人が渦中の人物だとは知らない。


「……噂だろ? だいたいあの二人がそんなに強く見えるか?」


 一人の門番が言った言葉に、他の二人がリエラと六郎を振り返った。


「……見えないな。男の方は丸腰だし」

「だろ? 結局噂だよ」

「なら入れてしまっても問題ないか」

「そもそも入国禁止令なんて出てないしな」


 ようやく方針が決まった門番達が頷き合い、六郎たちに向き直る。


「……失礼した。クラルヴァインへようこそ」


 道を開ける門番に


「ありがとうございます」

「応、暫く厄介になるの」


 頭を下げるリエラと、手を挙げ歯を見せる六郎。


 三人が門を通過する頃、弱々しくなっていた日の光は完全に山の端に隠れ、辺りを包む暗闇に、三人の後ろで門が固く閉じた音が、やけに不気味に響いた。


 固く閉じられた扉と、魔導灯がなく薄暗い門の下――ゾクリと感じた背中に、固く閉じられた門を振り返ってしまったトマス。


 ……本来なら人々を守るはずの門が、まるで誰も逃げられない、逃さない。そう言っているようにう感じてしまう


(いやいやいや……この二人と並んでるから……錯覚だ……)


 一瞬感じた言い知れぬ不安を拭うように、前を向き歩き始めるトマス。


(見ろ、最大の都市国家。ここで私は返り咲く)


 目の前に広がるのは、魔導灯で綺羅びやかに彩られた建物達。繁栄を象徴するかのようなその光景に、トマスは大きく深呼吸をして一歩踏み出した――



 明朝、トマスが『リエラとロクロー』の噂を聞いて「商人の勘んん! そして門番仕事しろ!」と宿の机を叩いたのはまた別の話。

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