第三章 ??? ミーツ サムライ

第59話 こいつらの事、ちゃんと覚えてた人は凄い。

 月明かりが差し込む暗い部屋。窓から差し込むそれが照らすのは、執務机と豪華なソファ――


 ――そしてワインを横に、執務机の上で手を組む人影。


「……失態だな」


 男性の声が暗闇に響くと、何処からともなくもう一つの影が現れた。


「思っていた以上の手練でした。そして何よりもが分かりません」


 何処かで聞いた事がある声。だが抑揚のない声はまるで感情がないと言われても納得してしまえる。


 暗闇にその顔を隠した男性が、カメオで止められた首元のスカーフを緩めた。


「失われた一族とはその程度か? よ?」 


 袖口の金のカフスが月明かりを反射し、その紋章を隠す。


「……返す言葉もありません。ただ――」

「ただ?」

「――言い訳をしても良いのであれば、倒されたのは、あくまでもとも言えます」


 月明かりが照らし出したジルベルトの表情は、完全にだ。


 無表情のジルベルトに反して、影に覆われたままの男性は背凭れに身体を預け、大きく天井を仰いでいる。


「結局目的を果たせていないないのだ。その言葉が慰めになるとは思えんが?」


 男性がついた盛大な溜息に、「ごもっともです」と無表情のまま答えるジルベルト。


「……まあ良い。どの道潰すつもりだった王国は沈没間近……


「お褒めに預かり光栄です」


 恭しく礼をするジルベルトに、「……皮肉だったのだが?」と男性は再び溜息をついた。


 王国転覆の為にジルベルトの影を使い、フォンテーヌ公を唆した。


 薬の製造方法。

 王子達の暗殺。

 カートライト家の抑え込み。


 それら全てがターゲットとその仲間によって砕かれた。だが何の因果か、その二人によって本来の目的であった、王国の自力を落とすという事は達成している。


 あまりにも皮肉めいた結果に、嫌味の一つも言いたくなったのだが、それをジルベルトに受け流されてしまった。


「……皮肉ですか……皮肉と言えば、ターゲットと行動を共にしている男……」


 考え込むように、顎に手を当てるジルベルト。


「これ以上の問題か?」


 机に置かれていたワインに、手を伸ばす男性が、吹っ切れたのか楽しそうに声を弾ませ、ワインに口をつけた。


「……男が羽織っていた派手な服ですが……恐らく【女神の衣】かと――」


 その言葉に男性はむせ返り、机の上にワインを撒き散らす。咳き込む男性にも、吹き出されたワインにも、ジルベルトは眉一つ動かさない。


「……ゴホッ……本当だろうな?」

「恐らく、ですが。あの男、を背負っていましたので」


 吹き溢したワインに人を呼ぼうと机の上のベルに手をかけた男性――が、逡巡ののちそれを放し、椅子から立ち上がった。


「纏めて手に入れられる……そう思う方が利口か?」


 壁にかけられた白い服。その懐から一枚のハンカチを取り出した男性が机の上を自ら拭き取る。


「二人ともの使い途を知らぬので、そう考えても差し支えないかと」


 無表情のままのジルベルトに、「それでも男の方は、を降ろしているのだろ?」と溜息混じりで再び椅子へと腰をおろす影の男。



「それで……? ターゲット二人の動向は?」

「は、現在は都市国家連合に入り、帝国を目指しております」


 月が傾きジルベルトも暗闇の中へ――響く声に抑揚はない。


「……連合か……どこで仕掛けるか……」


「様子見しつつ、可能であれば確保に移っても良いかと」


 ワインに伸ばそうとしていた手を、男性が止めた。


「えらく消極的だな?」


「焦らずとも良いかと。男の方が降ろしているのは、見たこともない異形です。つまり――」

「止めておけ」


 暗闇の報告に暫し手を止めていた男性が、ワインを口につけ、残りを一気に飲み干した。


「それ以上は言うな。女神様への冒涜だ――」

「……申し訳ございません」


 苛立ったような男の声だが、ジルベルトは相変わらず淡々と答えている。


「やり方は任せる。何としても二人をここへ連れてこい――」

「御意に」


 暗闇から聞こえてきた無機質な声に、男性は大きく息を吐き立ち上がった。


「後少しです……あと少しであなた様に――」


 月明かりが男性の背中と、その前にある白い服を照らしている。



 ☆☆☆



 降り注ぐ陽の光を浴びて、馬車がゆっくりと進む。


 幌付きの馬車には一人の御者。荷台に積まれた沢山の荷物は、商人に類する人物であることを教えてくれている。


 そんな荷物で一杯の荷台の片隅で――


「馬車の旅もいいわね」

やら云うのがあればの」


 ――快適そうに伸びをするリエラと、眉を寄せ尻を擦る六郎。



「お、お二人ともすみませんが――」


 不意に御者台からかけられた声に、リエラも六郎も即座に荷台から飛び降り、馬車の前へ――


 六郎達の視線に飛び込んできたのは、巨大なだ。


「げぇー。アタシはパス」


 そう言いながら六郎の後ろに隠れるリエラに、「お前はホンに虫は駄目じゃの」と六郎が溜息をついている。


 紫色の芋虫が鎌首をもたげ、その口を開く――丸く開いた口の中にはグルリと生え揃った牙。開かれた口が糸を引き、牙の間から滴った唾液が地面を溶かした。


「キモッ! 何アレ。キモ!」

「こおら引っ張んなっち」


 六郎の裾を引っ張り、「マジであんな生物作ったヤツは死刑よ!」と怒るリエラ。


「……お前やねぇんか?」


 と六郎は呆れ顔だ。


「よし、ロクロー。アタシが許すわ。アレは絶滅させましょう」


 指差すリエラに「んな面倒なことやってられんわい」と六郎が、つい最近で入手した槍を構えた。


 日本にいた頃に見かけた十文字槍に似たそれは、最近の六郎のお気に入りだ。


 ウゴウゴと蠢く芋虫が、六郎を敵と認めたように飛びかかかる。


 全身筋肉のような芋虫の体当たり。

 それを六郎は石突で下から跳ね上げる。


 青い空に舞い上がる紫の芋虫――

 落ちてくるそれを六郎の槍が真横から貫いた。


 口から唾液や体液を撒き散らし、槍の穂先で暴れまわる芋虫。


 唾液が落ちる度地面がポツポツと溶け、辺りには何とも言えない芋虫の体液臭が立ち込める。


「いやー! 臭い! 無理!」


 掲げたリエラの杖から発せられる巨大な炎の渦。


 それが芋虫を焼き尽くし、撒き散らされた体液を蒸発させ吹き飛ばしていく。


 残ったのは穂先に残った芋虫のだけだ。


「……食うか?」

「要らないわよ!」


 穂先を向けようとする六郎に、リエラが眉を吊り上げている。


 笑う六郎とプンスコ怒るリエラ。いつもの二人の様子に――


「すみません。助かりました」


 そう言って割って入るのは、人の良さそうな商人だ。


「いえいえ。依頼ですし、私達も目的地まで運んでもらえるんで助かってます」


 一瞬で営業モードになったリエラに、商人は若干引きながらも「そ、そう言ってもらえて何よりです」と笑顔だけは絶やすことはない。


「それにしても、お二人とも強いですね。こんなに強くてウッドランクとは信じられません」


「そらぁ試験にお――ッグフ」

「私達はランクに頓着がないんです」


 笑う商人に、真実を伝えようとした六郎の脇腹を、リエラの杖が貫いた。


 今も「ホホホホ」と笑うリエラと「おま、これ折れとりゃせんか?」と身を捩る六郎。


「な、仲がよいのですね」


 強いがあまり関わりたくない二人だ。商人の男性がそう思ったのも無理はないだろう。


 とは言え、彼も無い袖は振れなかった口だ。


 「必ず勝てる」との言葉を信じ、連合軍に赤字覚悟で物資を提供した。


 これをキッカケに、今後の繋がりを強くするため在庫も抱えた。


 そしてそんな彼を待っていたのは、見るも無惨に負けた連合軍の姿だった。


 新設された先遣隊。未だ懇意にしている商会がないそこに、目をつけたまでは良かった。


 これから始まるだろう戦争特需。

 いち早く投資先として飛びついた先遣隊。



 ここまでは何一つ間違えていなかった。一万を超える部隊が、たった数百によってほぼ壊滅に追い込まれるまでは……。


 提供した物資は尽く王国軍に接収され、後詰とともに物資を準備していた商人を待っていたのは、「退に必要だ」という理不尽による物資の奪取であった。


 最後に残ったのは僅かに残った在庫と、それを抱える為に作った借金だった。


 借金のカタに店を抑えられ、残ったのはこの馬車一台とその荷台をなんとか埋める事が出来る程度の商品だ。


 元いた街では、噂が広がり、商売など出来ない。


 心機一転別の都市国家へ向かおうにも、護衛を雇うだけのお金も無い。


 そこに転がり込んだのが、このウッドランクコンビという訳だった。


 肉の壁くらいにはなるだろう――そう思っていたのは旅が始まってから数時間ほど。


 最初に現れたキラーベア巨大熊に走馬灯を見た商人。その横を突風が駆け抜けたと思った瞬間、目の前のキラーベア巨大熊が吹き飛んでいたのだ。


 力なく崩れるキラーベア巨大熊の死体の前で、「なんじゃ。虚仮威しやねぇか」と槍を回す六郎を見て初めて何が起こったのかを悟ったのだ。


 その後は語る必要もない。


 二人のお陰でモンスターだろうが、盗賊だろうが、何も恐れずに目的地付近までたどり着いた。


 普通の人間であれば、この二人と仲良くしておけば何かと便利だと思うのだろう。が、彼の……商人としての勘が言っている。


 なるべく早く、二人とは別れるべきだと。


 巨大なリターンを持ってくるかも知れない二人だが、それ以上にリスクのほうが大きすぎるのだ。悪ければ破滅、そして……つまり二人と付き合うには己の命を掛けねばならぬと、勘が言っている。


(早く街についてくれ)


 そんな商人の願いは聞き届けられず、新たなモンスターが道を阻み、一瞬で街道のシミとなっていくだけだ。

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