第58話 幕間 大工レオン〇〇を立てる
六郎達が王都を去って三週間ほど――王都ではボロボロになった王城の修復が急ピッチで行われていた。
一番最初に直された跳ね橋。そこの前に待機しているのは、多くの建材を乗せた馬車の数々だ。
「……よし、通っていいぞ」
急ピッチで工事を進めるとは言え、何でもかんでも王城へ入れるわけにはいかず、跳ね橋での検問は今日も大盛況だ。
その検問をほぼ顔パスで通る人物が一人――
「これはジゼルさん。本日もご苦労さまです!」
――笑顔で検問の兵士に手を上げるのは、ギルド受付嬢人気ナンバーワンのジゼルだ。
「ご苦労さまです」
笑顔のジゼルが頭を下げると、そこかしこから騎士や兵士達がその姿に手を挙げて答えている。
トンカチの音が響く王城をジゼルが歩く。彼女に気がつく度、様々な人間が笑顔でジゼルに手を挙げ、ジゼルもそんな人々に一人ずつ笑顔で応えていく。
人気者である事を自覚しながら、それを鼻にかけたりしせず、誰に対しても平等に接する彼女の美徳だろう。
城の中に入ってもそれは変わらない。大工仕事に精を出す男性以外にも、床や壁に染み付いた汚れを拭う侍女たちですら彼女に対しては好意的だ。
漸く目当ての人物を見つけたジゼルが、その肩を叩いた。
「あ、ジゼルさん、今日もすみません」
「いえいえ……一応、冒険者の仕出かしたことですので」
振り返った侍女の一人に、苦笑いのまま手を振り応えるジゼル。
「ホンっと、『リエラとロクロー』でしたっけ? こんなこと仕出かして逃げるなんて最低です」
頬を膨らませる侍女に「……アハハハ、そ、そうですね」と、ジゼルは苦笑いのまま頬を掻くことしか出来ないでいる。
「それにギルドもギルドですよ。冒険者の仕出かした問題の尻拭いに、受付嬢であるジゼルさんを寄越すんですから……そりゃ私達は助かりますからありがたいですけど」
頬を膨らませたままの侍女の愚痴は止まらない。そして、ただ笑って聞いている事しか出来ないジゼル。
「本来なら支部長や、それに次ぐ人が来るべきじゃありません?」
と今も自分のために怒ってくれている侍女に、「ま、まあ私も楽しんでますから」とよく分からないフォローを入れている。
侍女の言うことは最もで、既に『リエラとロクロー』が仕出かした事は、街で噂になっている。
王宮からの正式な発表があったわけではないが、ギルドが非公式に王宮へと謝罪に訪れた事で、噂に信憑性を与えてしまったのだ。
そしてギルドは謝罪の意味も込めて、ギルドより王城の修復作業に人を出すとしたのだが――特に好かれてもいなかった六郎とリエラの尻拭いを、買って出る人間などいるわけもなく……。
必然的に担当受付嬢のようなポジションにいたジゼルにその話が回ってきたのだ。
ちなみにジゼルは、六郎とリエラが何の目的もなく王城を襲ったなどと、信じてはいない。
彼らは向こう見ずなところがあるが、彼らなりの筋を通して生きている事を知っているのだ。
もちろん二人のせいで散々な目に合わされてきた事は事実だ。主に何度言っても、首を持ち込む六郎のせいだが……。
それでも憎みきれない、妙な親近感を持っていた。
だから二人がボロボロにした、王城の修復作業も受け入れたのだ。
とはいえ、王城で働く人々からしたら、六郎とリエラはどんな事情があれど城を破壊した張本人であり、愚痴の一つも溢したくなるだろう。
六郎とリエラは悪い人間ではない。
侍女たちも悪い人間ではない。
ただ誤解があるだけなのだが、それによる愚痴を聞かせられるのだけは、少々億劫だったりする。
「――あ、ごめんなさい。話しすぎちゃって。今日は王国旗の刺繍をお願いできますか? 三階の応接室でやってるので」
漸く長い愚痴が終わり、ホッとしたジゼルは「わかりました」と一礼して侍女の元を去る。
(刺繍は初めてだわ……いつもは廊下や壁、窓の拭き掃除なんだけど)
ボンヤリと考えながら歩く廊下は、初めて来た日と比べると、驚くほど綺麗になっている。
最初は至る所に血がこびり付き、壁にも床にも穴が空いていたのだ。話を聞く限り死体もゴロゴロ転がっていたと言う話だったが、ジゼルがそれを目にすることはなかった。
綺麗になった廊下を歩き、こちらも綺麗になった階段を昇る。階段にこびり付いていた死体を引きずったような血の跡もなくなり、王城は日増しに綺麗になっている。
「いらっしゃい。貴女がジゼルさんね――」
たどり着いた応接室でジゼルを迎えてくれたのは、見目麗しい貴婦人だった。
纏め上げられた濃紺の髪に、透き通るような白い肌。
ドレスを着こなす凛とした姿は、まさしく何処か高位なお貴族様であることだけは間違いない。
「は、ハジメマシテ……」
あまりのオーラに声を裏返しながら頭を下げるジゼルに、「楽にしてちょうだい」と女性が笑った。
女性が座るソファの向かいにチョコンと座ったジゼル。
耳がシュンと垂れ、目が異様なスピードで泳いでいる。
(今気がついたけど、旗の刺繍なんて、一平民がする仕事じゃないわよね)
普通であれば職人、そうでなくとも王家に縁がある人間が手掛けるのが普通だ。
「刺繍も出来ると聞いたわ」
そう微笑んだ女性が渡したのは、小さな王国旗だ。玉座の間に等間隔で垂れ下げられている旗の一つで、流石に切り取られたという巨大な旗でない事に、ジゼルはホッと胸を撫で下ろした。
暫く糸が布を通り抜ける音だけが、部屋に響く。
その沈黙を破ったのは――
「母上! アレンから手紙が届いたと聞きましたが――」
――ドカドカとノックもなしに部屋に飛び込んできたレオンだ。
「……レオン。仮にも王城で、しかも淑女のいる部屋へノックもなしに入るとは何事ですか!」
ピシャリと音が聞こえそうなほどの言葉に「申し訳ございません」とレオンが項垂れる。
「まさかこの部屋に母上以外が居たとは……失礼しました。レオン・カートライトと申します」
「はい。大変よく存じ上げております。ジゼルと申します。ギルドからの要請で王城の修復作業のお手伝いに来ております」
丁寧に頭を下げるレオンとジゼル。
「ギルドから……という事は、貴女がロクローとリエラ嬢の担当をされていた方ですか。今回は何というか……不運でしたね」
少しだけ哀れんだような表情のレオンに、ジゼルは「そりゃそうよね」と内心肩を落としている。
実際レオン・カートライトと言えば『リエラとロクロー』の暴挙を止め、追い返した英雄として王都でも有名人だ。
逆に追い返したという事は、最前線で二人の被害にあった人物でもある。
だからこそ、ジゼルに対して「六郎たちに迷惑かけられて大変ですね」と哀れんでしまうのも無理からぬ事だろう。
だが、ジゼル自身、あまり迷惑だとは思っていない。確かに何度言っても首を――以下略だが、少し彼らとの日常を楽しんでいた節もあったのだ。
そんな思いなどこの国の誰とも共有できない……そう思っていた。
続くレオンの言葉――
「あの二人のこと、恨まないでやって頂けませんか?」
――それを聞くまでは。
弾かれたように顔を上げたジゼルの前で、レオンは恥ずかしそうに頭を掻きながら、
「これは機密事項なので余り話せないのですが、あの二人に落ち度は一つも無いんです」
笑うレオンが「まあ王城をぶち壊したのは事実ですが」と続ける。
「まあこんな事言っても、信じて貰えは――」
「私も――!」
思わぬ理解者に、立ち上がったジゼルが相手の身分を思い出し、縮こまるように座る。
「わ、私も……彼らがそんなに酷い人だとは……」
ポツリと呟いた言葉。初めて共有してしまった言葉に、ジゼルは恐る恐る顔を上げた。
目の前にあったのは驚いたような顔を、ゆっくりと柔らかい笑顔に変えたレオンの姿だ。
「よかった。あの二人に私以外の理解者が居て」
笑うレオンに「も、もちろん大変なこともありましたけど」と何故か気恥ずかしくなったジゼルが赤らめた頬をかく。
「それは私もですよ。あの二人のせいでここ最近は胃薬が手放せなくて」
「私もです! 何度言っても首は持ってくるし、ランクアップの試験には落ちるし、喧嘩もするし……」
「どうしようもない奴らだな……街でもゴロツキを殴るし、ボッタクリの店を叩き潰すし、門番と揉めるし……」
六郎とリエラに対する、他の人達とは違うベクトルの愚痴。
それに気がついた二人がどちらともなく笑い「一緒ですね」と声を揃えた。
「貴方たち……二人の世界の所悪いのだけど」
そんな二人の間に入ったのは、「やれやれ」という表情のカートライト夫人だ。
その表情に「すみません」と頬を赤らめ小さくなるジゼルと、「二人の世界などでは」とこちらもウブな反応のレオン。
「レオン、アレンからの手紙を貰いに来たのでしょう?」
立ち上がったカートライト夫人が、ソファの背もたれに挟んでいた手紙をレオンに手渡した。
既に開かれた手紙を見るレオンの顔が真剣なものから、段々と苦笑いに――
「兄弟ともに助けられては、母親としても彼らの存在を認めねばなりませんね」
上品に笑うカートライト夫人に、小首を傾げるジゼル。
「すまないジゼル嬢。まだまだ話足りないが、そろそろ向かわねばならない」
「え?」
呆けるジゼルにカートライト夫人がそっと耳打ちする。その言葉にジゼルが夫人の顔を見る。
ゆっくり頷く夫人に、困惑した表情のジゼル。そして小首を傾げるレオン。
「……ご、ご武運を……か、帰りをお待ちしております」
その言葉にレオンはハッとした表情で「母上! ジゼル嬢をからかうものではありませんよ」と少し頬を赤らめた。
レオンとカートライト夫人のやり取りに小首を傾げるジゼルだが
「それでは行ってきます。帰ってきたら、ぜひまたお話を――」
笑いかけるレオンに「はい!」と破顔し大きく頷いた。
笑うジゼルに手を挙げ、足音を遠ざけていったレオン。再び部屋に静寂が――
「ジゼルさん。やりましたね。あの挨拶は、戦地に赴く夫に毎回言っていた言葉ですよ」
「……………えーーー?」
――訪れることはなかった。
「そ、そんな私なんかがレオン隊長に――」
「あら、私の息子では不満かしら?」
含み笑いを浮かべるカートライト夫人に「ふ、不満なんて」と耳がもげそうな程頭を振るジゼル。
「……それは良かったわ。あの子も満更じゃなさそうだったし」
その言葉に「満更じゃない」とジゼルがその顔を真っ赤に染める。
「まあ、キッカケだと思って頂戴な。あんなに楽しそうに話すあの子は初めて見たの。これも『リエラとロクロー』のお陰かしら?」
笑うカートライト夫人に「ど、どうなんでしょう?」と上の空の返事しか出来ないジゼル。
六郎とリエラに散々迷惑をかけられた二人。そんな状況にありながら、その二人を何処か憎めないでいるレオンとジゼル。
意外な所に理解者とはいるものだ。
「まずはお友達からでも良いんじゃないかしら?」
「はい……」
楽しそうに笑うカートライト夫人と、ゆでダコのようなジゼル。
六郎とリエラが暴れていた一方、王城の修理を命じられたはずの大工レオンは――王城の修理ではなく、自分の恋愛フラグを立てていた。
それを六郎とリエラが知って、お祝いと言う名のからかいに来るのはまだもう少し先の話。
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