第57話 幕間 オルグレン王国国境防衛戦の真実(後編)

 騎馬隊を編成するアレンに、他の騎士たちは「籠城ではなく、突っ込むのですか?」と半信半疑だ。


 一先ず彼らを纒める隊長格二人と一緒に、相手の目的と増援の可能性を説いたものの、六郎のように上手く騎士たちの気持ちを乗せられた訳でない。


 それでも渋々ながら整列してくれる騎馬隊に「頼むぞ、必ず勝てる」と情けない言葉しかかけられない状況に、ただただ自分の不甲斐なさを思い知っている。


 カートライトの一族として、恥ずかしくない武勇を誇ってきたつもりだった。


 それがどうだろう。自分が今までやってきたことはママゴトなのではと思うほど、兄やその友を名乗る謎の男は高みにいるのだ。


 とは言え、それを嘆いた所でどうしようもない。


 今はこの砦の皆で相手を押し返し、いつかまた来るだろう敵の本隊に備えなければならない。


 階段を昇りながら、気合を入れ直すため両頬を叩いた。


 ――パチン


 という乾いた音に少しだけ気が引き締まった気がする。


 少しだけヒリつく頬に、吹き付ける風が気持ちいい。


 再び塀の上へと顔を出したアレンを待っていたのは――


 ――


 一人風に髪をなびかせるリエラと、呆けたようにを見る騎士たちの姿。



「ろ、ロクローとか言う男は――?」


 上ずるアレンの声に、リエラが砦の前に広がる斜面を指差した。


「あそこ」


 短いその言葉に、アレンが弾かれたように視線を向ける。そこには、敵軍に向けてゆっくりと歩いていく六郎の姿。


「な、何をしてる……?」


「さあ? 『ちと話してくるけぇ』って言ってたわよ」


 何でも無いことのように言い切ったリエラが、「ま、多分無理でしょうけど」と笑いながら歩く六郎を見ている。


「くそ、止めねば……だれか俺の馬を――」

「大丈夫よ。それよりも戦いの準備をしといたほうが良いわ」


 笑うリエラに一瞬見とれたアレンだが、「戦い? それは一応出来ているが……」と呟きながらもう一度六郎へと視線を投げた。


 大軍の前に立つ六郎が、何かを話している。


 この距離と向きでは聞き取れないが、都市国家連合軍が騒ぎ出している事だけは分かる。


「……あ、誰か出てきたわね」


 リエラの言葉通り、六郎の前に一人の男が出てきた。距離は少しあるが、それでも先程見たマキシムという男で間違いはないだろう。


 マキシムと話し合う六郎。暫く話合っていた二人だが、途端にマキシム大きな声を出し始めた。


「――証拠は?」

「お前の命で――」


 全てが聞き取れる訳ではないが、『不義を成す輩』だと名乗った六郎に怒っているのだろう。


 大声を張り上げ、怒り狂うマキシムに対し、片耳に小指を突っ込み面倒くさそうな六郎。


 その構図が暫く続いたかと思うと――「あ」――リエラの上げた声とほぼ同時にマキシムが地面へと減り込んだ。


「あーあ。やっちゃった……」


 苦笑いのリエラだが、アレンはその問題行動以上に、


(殴り倒した……のか?)


 殆ど見えなかったが、一瞬六郎の手元がブレたかと思った瞬間、マキシムが地面に減り込んでいたのだ。


 騒がしくなる都市国家連合サイド。


 六郎を取り囲む屈強な獣人達――が舞い上がった。


「な、なんだは?」


 吹き飛ぶ獣人達、その中央で六郎の背後に、アレンは異形を見ている。


「オーガ……ではないな……」


 陽炎のように揺らめく異形。縮れた髪の毛から覗く二本の角と耳までつり上がった口。敵を射殺さんばかりの鋭い眼光に、筋骨隆々の身体。


「……夜叉……かしら」


 隣で呟くリエラの言葉に反応する事すら出来ない。


 異形を背負った六郎が暴れる度、そこかしこで都市国家連合の兵たちが宙を舞い、土怒号と悲鳴が鳴り響く。


 人が紙くずのように宙を舞い、そこかしこで鍋が倒れ、熱湯がかかった敵の悲鳴が砦まで響いてくる。


 それでも体勢を整え始めた都市国家連合軍。後方から弓や魔法が飛来し、六郎を少しずつ砦へと押し返し始めた。


 六郎を抑えるためか、重装歩兵を全面に、その後ろに歩兵、弓・魔法兵。そして最後尾に少ない騎馬だ。


 流石に攻城戦に向かない騎馬の数は少なく、その殆どが恐らく何らかの隊長格なのだろう。


「ほら、戦いの準備――どうせやるんだから何時でも一緒よ」


 リエラの言葉にアレンは自身と同じように呆ける騎士たちへ「戦闘準備――」声を張り上げた。


 押し返され、いやゆっくりと引いてくる六郎。

 騒がしくなる塀の上には魔法兵や弓兵。

 砦の大扉の前には準備万端の騎馬隊。


 六郎を狙って飛来した魔法が砦の前に着弾――


「今の一撃を持って、都市国家連合軍よりの宣戦布告とする!」


 アレンの言葉に各所で弓を引き絞る音――


「全隊攻撃! 目標は都市国家連合軍!」


 振り下ろされたアレンの手に合わせるように、一斉に放たれる弓や魔法。


 連合軍に対して数こそ少ないが、地の利のある攻撃が確実に敵の数を減らしていく。


 砦から飛来し始めた魔法や弓に対抗すべく、連合軍の魔法や弓が砦上部へと照準を合わせた瞬間、一際大きな音が周囲を包んだ。


 音の方向にアレンが視線を向けると、六郎が腰の剣を抜きうったのだろう格好と、その前に削り取られたような崩れた陣形が飛び込んできた。


「妖術! 鎧武者ば撃っ殺せ」

「はいはーい、魔法部隊は敵前方に集中砲火ー」


 翻訳しつつリエラが重装歩兵へ魔法を降り注がせる。


 それに倣うように、重装歩兵を襲う砦からの魔法。


 瓦解する重装歩兵隊――


「騎馬ぁ! 突っ込め!」


 ――下から響く六郎の声に、肩を跳ねさせたアレンが「騎馬隊突撃!」とそれを復唱する。


 開いた扉から駆け出した騎馬隊が、六郎を素通りし陣形が崩れた中央を一気に食い破っていく。


「妖術、後ろん騎馬隊ば抑え! 弓兵、騎馬武者ん道! リエラぁ……あんやかましか笛ば黙らせたってくれ」


「はーい、魔法兵は相手の騎馬隊の足止めねー。弓兵は歩兵の相手ね」


 六郎の指示をリエラが翻訳しながら、同時に魔法を相手歩兵の後列に陣取るへと降り注がせる。


 連発して魔法を放つリエラに、呼応するように砦からも魔法が降り注ぐ。


 中央は騎馬に押し破られれ、それを回り込もうとすれば弓が飛来し、六郎にも襲われる。

 降り注ぐ魔法に完全に足を止めた騎馬隊を、魔法兵たちごと食い破るのは、王国の騎馬部隊だ。


 戦力の半数以上を騎馬部隊に振ったアレンの采配で、局所戦では人数も練度も上回る騎馬隊が、相手騎馬隊を一気に蹂躙した。


 そうなってしまえば都市国家連合軍は完全に挟み撃ちの状態だ。


 後方にいたはずの味方はいつの間にか敵の騎馬に――


 弓兵や魔法兵は、今や王国騎馬隊の格好の的だ。


 弓をつがえる兵の胸を槍が貫いた。

 魔法を放とうと魔力を練る兵が馬に弾き飛ばされ、腹を踏み抜かれた。


 騎馬を狙おうにも、味方の距離が近すぎて下手な魔法は放てない。そして一瞬でも躊躇えば、強化された馬ごと突っ込んでくる騎馬隊に蹂躙されてしまう。


「くそ! 陣形を立て直せ! ラッパ隊、指示を――」


 騎馬隊の突撃を逃れ、歩兵の後ろへ騎馬で駆けつけた一際豪華な鎧の男が叫ぶ。


 だが既に指示を出す鼓笛隊はリエラによってその殆どが沈黙。完全に混乱の最中で浮足立った連合軍は、一人、また一人と確実にその生命を落としていく。


 何とか体勢を立て直そうと、そこかしこで各部隊の隊長らしき人間が声を上げるが、各部隊の連携は全く取れていない。


 そもそも本隊が来るまで戦うつもりはなかった。本隊が来たら大軍で押しつぶすという、楽勝ムードからの苦戦。完全に混乱しきった戦場に、上がるのは都市国家連合の兵たちが上げる恨み節や悲鳴だ。


 そしてそれを掻き消す程のが木霊する。


 あまりにも異様な声。


 耳をつんざき、腹の底に響いて、根源的な恐怖を煽るような声。


 その、六郎を皆が一瞬見た――その瞬間六郎の左足が地面を捉え、その姿を一気に歩兵隊の中央で指示を出していた男の元へ。


 一瞬で目の前に現れた六郎に「な――」口を開こうとした男の首が、驚愕の表情のまま宙を舞った。


 振り抜かれたのは、重装歩兵の死体から奪い取った斧槍ハルバートだ。


「武者ん首、貰たぞ!」


 宙を舞う首を槍部分で突き刺し、それを掲げる六郎に都市国家連合軍の動きが鈍る。


 崩れた陣形、武器として振り回された総隊長に、討ち取られた歩兵の部隊長。それに加えて――


「勝鬨ば上げえ!」


 その言葉がダメ押しだった。


 そこかしこで上がる王国騎士の勝鬨に、未だに人数で勝っているはずの都市国家連合軍の


! 主らん恐ろしさば叩き込め!」


 叫ぶ六郎が、斧槍ハルバートの石突を地面へ突き刺し、代わりに歩兵隊長の槍を拾い上げた。


 その行動に、その場の敵兵全員が生唾を飲み込む――次は自分がああなる番かもしれないと。


 恐怖で動きを止めた歩兵の首を、六郎が刎ね飛ばした。


 晒される隊長の首に、吹き飛ぶ雑兵の首。今も砦から聞こえる勝鬨、そして「逃がすな」という一言に、都市国家連合軍の兵士たちは


 自分たちは負けて、今から撤退せねばならないと。


 崩された陣形のせいで上手く連携が取れていなかったこと。

 指示を通す鼓笛隊が壊滅したこと。

 相手が勝鬨を上げていること。

 今も首が宙を舞っていること。


 様々な要因が重なり、数では勝っているはずの連合軍は這々の体で逃げ出し始める。


「まて、逃げるな! 未だ負けては――」


 声を張り上げた次席指揮官。その言葉は最後まで紡がれることはなかった。


 なぜなら――


「大将首、もろうたぞ!」


 首と胴が分かたれ、その首を高々と六郎に掲げられているからだ。


 その首が歩兵隊長と同様に、槍ごと地面に晒された瞬間、勝負は完全に決した。


 伝播する死の恐怖に、軍の瓦解は止まらない。


 逃げ惑う魔法兵が後ろから槍で突き刺され、落馬した騎士を味方の騎馬が踏み抜き、後退する歩兵同士が団子になった所に魔法が飛来する。


 そこかしこで上がる悲鳴と怒号、阿鼻叫喚の地獄の中、嬉々として拾った槍を振り回す六郎。


 それを見るアレンの顔は完全に引きつっている。


「……な、なんだアレは……」

「サムライって云う、戦闘民族よ」


 塀の縁で頬杖をつくリエラが溜息をついている。


 その横顔から、再び戦場に視線を落としたアレンは生唾を飲み込んだ。


(信じられん……)


 六郎単体の強さもだが、それ以上の戦上手ぶりに舌を巻いている。


 陣形を崩すタイミング。

 騎馬を突っ込ませるタイミング。

 魔法や弓兵での支援。


 それらは勿論アレンでも可能だろう。だが――


 敵将を討ち取るという意味。

 勝鬨の使い方。

 混乱する相手に「負け」を認めさせる指示の出し方。


 アレンでは考えつくことすら無い。


(一体どれだけ経験を積んだら……)


 そう思い額を流れる汗を拭うアレンの横で


「はいはい。分かったから、首はもう良いわよ」


 嬉しそうに首を掲げる六郎を、苦笑いで見下ろすリエラ。


 こんな異常者相手でも変わらぬリエラの姿に、アレンはその背筋が寒くなるのを感じていた。






 ☆☆☆




 国境砦の防衛戦について、都市国家連合軍はその失態を隠すために、嘘の報告を上げている。


 王国への

 相手の戦力分析から、攻め入るにはより準備が必要である。

 特に今回砦を守っていた十三隊には、レオン・カートライト同様の注意を要する。


 この報告が嘘だとバレたのは、それこそ彼らが攻め入るよりも早かった。


 王国騎士団第十三隊の数百人だけで、一万の軍を押し返した事実は、逃げ遅れた商人によって瞬く間に世界中に広められてしまったのだ。


 たった数百の騎士で一万の軍を押し返した王国。


 特に商人は「指揮を飛ばしていたの男が凄かった」と熱っぽく語り、噂が噂を呼び、当時砦を守護していたアレン・カートライトの髪色が暗い青だったことも相まって、その功労はいつしかアレンの物となっていた。


 もちろん今の世の人々が、この快挙を信じていない事は、先に述べたので知っているだろう。


 最近発見されたアレン・カートライトの日記には


 ――あんな事、俺達だけで出来る訳ないだろ。


 そう記されており、彼だけの手柄でない事が有名だからだ。


 そんなアレン・カートライトだが、その後も都市国家連合軍の猛攻を防いだことは事実である。


 そういった功績があるというのに、あえて砦でのことも「自分たちだけで出来るわけがない」と自分の功績を誇らぬアレンの姿が、今の世の人々を魅了してやまないのだろう。



 ちなみに、先程のアレンの日記であるが、該当するページは下のような言葉で締められている。


 ――サムライとか言う異常者が跋扈していた国があったらしい。……絶対に行きたくない。


 彼が戦場で何を見て、何を思ったのか……。それは彼にしか分からない。

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