第54話 出発前に忘れ物の確認を怠ったら駄目
「おぉい。早うせねば騎士やらがようけ来るぞ?」
「少し待ちなさいよ……もう――」
呆れ顔の六郎に手を挙げ「分かってる」と意思表示をするリエラは、長い通路を行ったり来たりしている。通路の片側から顔をのぞかせるのは馬の頭だ。
意気揚々と玉座を出た二人は中庭を抜け、城門へと向かう途中で
リエラが「折角だし馬に乗っていきましょ」と何故かキラキラした顔で言い出したのだ。
既に人外の粋に達し、馬より早く走れる六郎からしたら、必要性を感じない。
そう渋っていた六郎に、リエラは「馬は一緒に強化できるのよ」と中々面白そうな話をチラつかせ、興味を惹かれた六郎が、それならばと立ち寄ったのだが――
「どん馬でも一緒やろうが?」
「一緒じゃないわよ!」
――事ここにきて、リエラが馬の厳選に思った以上に手間取っているのだ。
「うー。なんで王城なのに白馬の一頭もいないのよ」
頬をふくらませるリエラに、溜息をつく六郎。
その二人の耳に、遠くから「ガチャガチャ」と近づいてくる音が――
「時間切れじゃ。こん馬でいくぞ!」
六郎が一番近くにいた馬の手綱を引き、厩から出し跨った。その毛並みは真っ黒だ。
「……ああ! もう! 仕方ないわね」
非難を示すような表情を一瞬こぼしたリエラだが、既に近くなってくる足音に覚悟を決めたように、手を伸ばす六郎に掴まり馬の背へ――
厩から飛び出した二人は、そのまま正門へ向けて手綱を握りしめた。
「やっぱり白い馬が良かったんだけど!」
「仕方なかろう? 茶色と黒しかおらんかったんやけ」
真っ黒な馬に跨る二人の前には崩れた跳ね橋。そしてその前に集まる無数の騎士たちだ。
どうやら湖へと向かっていたカートライト派の騎士たちが、騒がしい王城の異変に馬を走らせてきたのだろう。
崩れた巨大な跳ね橋に立ちすくむ騎士たち。その前に悠然と現れた六郎とリエラ。
巨大な堀を挟んでザワつく騎士たちを無視するように「ちょっと白く塗りましょう」と喚くリエラと、「んな時間ねぇわい」と片手で耳を塞ぎ苦笑いをこぼす六郎。
「もう口ば閉じとけ――」
口を尖らせるリエラの髪の毛を、六郎が簪でまとめ上げる――見慣れたハーフアップに六郎が口角をあげ「舌噛むけぇの」とリエラの頭をポンと叩いた。
不貞腐れたような、それでいて少し嬉しそうな表情で六郎を振り返ったリエラがその身体から魔力を迸らせる――リエラに「馬は自分と一緒に強化できるわよ」と聞いたものの、六郎の魔力操作では無理だったのだ。
「鍛錬しがいがあるの」
立ち昇る陽炎が真っ黒な馬を包んでいく中、六郎が嬉しそうに笑う。
未だ見ぬ境地に心が湧いている事も、そして「白がいい」と駄々をこねられた事も、六郎としては不思議と同じくらい楽しい気持ちだ。
六郎は気がついていないが、これがこの世界における六郎の日常になりつつあるのだ。
鉄と血で彩られた前世の日常。こちらの世界でもそうだと思っているが、実はそれだけじゃないエッセンスがある。
六郎も気が付かぬうちに染められているその日常に、今は笑みをこぼし手綱を握った。
「――ほな、行くぞ!」
六郎の手綱に誘導され駆け出した馬が堀を飛び越える――水面に煌めく太陽を横切り城門前に着地。その前に集まった騎士たちを掻き分け高速で進んでいく。
「こらぁエエの!」
高速で走る馬に気を良くした六郎が、雨上がりに増え始めた人通りの中、胸のうちから旗を取り出し片手でそれを翻し通りを爆走する。
「エエ街じゃった! またの!」
「バイバイ! 王都!」
楽しそうな六郎とリエラの声が通りに木霊する――
過ぎていく街並み。
小さくなっていく王城。
込み上げてくるよく分からない感情に、リエラは小さく呟いた――「またいつか……お父さん」――リエラは自身の呟きを掻き消すように
「アハハハハハハハハ!」
一際大きな声で楽しげに笑う。そして六郎もそれに呼応するように
「ハハハハハハハハ!」
楽しげな二人の笑い声は、雨上がりの王都の通りにいつまでも響いていた。
後の世において【国崩し】と言われる事件は、冒険者『リエラとロクロー』によるオルグレン王国簒奪計画として広く知られている。
二人が引き起こした事件の中でも一、二を争う大事件であり、白昼の大通りを破れたオルグレン王国旗を、これみよがしに翻した二人が王都を去る姿で幕を閉じている。
ロクローがスタンピードを引き起こし、リエラがその危機に乗じて当時のライナス王の『落し子』として王宮へ潜伏。
リエラの詐称がバレたと分かるやロクローが単騎で王城へ突入し、当時の騎士団にリエラ共々追い返されたとして伝わっている。
その騒動の折、当時王国の片翼を担っていたフォンテーヌ公は失踪、騎士団にも大きな被害が出たとして、王国は【国崩し】の通称通り、崩壊寸前まで追い込まれたのだ。
だが、その後病床にあったライナス王はメキメキと回復。辣腕を振るい周辺国家からの侵略をはねのけ、残ったカートライト公爵家とともに王国を立て直した事は有名な話だろう。
元気になりすぎた王に、新たな后と子が誕生した事も。
だが、近年の研究では、リエラは本当に『落し子』だった可能性と、ロクローがスタンピードの誘発に関わっていない事実が発見されている。
とは言え、その二人がオルグレン王国を壊滅状態まで追い込んだことは事実なのだが……。
詳しい真相は今も分かっていないが、旗を翻す姿を目撃した多くの人々が「まるでこの国が終わったのかと思った」と口々に言った事から、義侠心などの正義感から起こされた事件でない事は確かだろう。
白昼の王都を震撼させた【国崩し】の真相。そして――彼らがこれから起こす問題を、この世界はまだまだ知らない。
☆☆☆
「……くそ、まさか王が復帰するとは……どんな手品だ」
一人馬車に揺られるフォンテーヌ公が、親指の爪を噛む。
「とにかく逃げねば……未だ関所は封鎖されていまい」
混乱のさなかこっそり抜け出し、何時でも逃げ出せるように準備していた馬車に乗り込み王都を密かに脱していた。
少数の護衛と、馬車の中には隠し財産。
領都にも王都の屋敷にも数え切れぬほどの財産があるが、そんなものより命が大事だ。
常に危険を察知し、それを回避することで生き延びてきた。フォンテーヌ公の引き際の良さはある意味才能だろう。
改良を施し、高速で移動できる馬車。
馬を強化できる御者。
信頼のおける護衛――
(完璧だ。あとは一番近い国境線を超え、隣の都市国家連合にでも亡命すれば――)
大きく揺れた馬車と、馬のいななきがフォンテーヌ公の考えを中断させる。
外から聞こえてくるのは争うような音と悲鳴――
すぐに止んだそれに、ホッと胸を撫で下ろしたフォンテーヌ公。だが――
無理やりこじ開けられた扉から覗いたのは、明らかにゴロツキだった。
「へっ……ほ、ほほほ本当に少数で逃げてきやがった……ああああああの野郎の言う通りだったな」
何を言っているか分からないが、完全にゴロツキたちに取り囲まれてしまっている。
「わ、私が誰だか知っているのか?」
「ああ、しししし知ってるぜ? 天下のここ公爵様だろ?」
ニヤニヤと笑うゴロツキに、炎を浴びせる。が、顔面を火傷したはずのゴロツキは痛がる素振りすら無い。
「アンタがくれた薬のお陰で、おおお俺たち全員人間やめてんだ……な、なあ辛いんだよ……そろそろ。くくくく薬が切れちまうんだよ」
荒い吐息に混じる狂気に、フォンテーヌ公が声にならない悲鳴を上げる。馬車から引きずり出されてゴロツキたちに取り囲まれ、逃げ場すら無い。
全員目が虚ろで、吐息も荒く、見た目に狂っていることが分かる。
「な。なあ薬くれよ……」
「な、ない! あれは――」
「ない? 無いないナイないナイ! じゃ、じゃ、ししししし死ね――」
フォンテーヌ公の瞳に移ったのは、煌めく無数の刃と――その向こうで傍観するように佇む黒い騎馬。
それを最後にフォンテーヌ公の意識は闇に閉ざされた。
☆☆☆
「レオン卿、前方に襲われている馬車が――」
「くそ、この忙しい時に」
フォンテーヌの足取りを追って、王都を出たレオンは少数の騎兵を伴い王都を出たという馬車を追っていた。
その矢先で野盗の集団に襲われていると思しき馬車を発見してしまったのだ。
「致し方ない、全員抜剣。馬車を助けるぞ――」
剣を抜き、襲われている馬車へと近づいたレオンたちがその異常に気がつく。
馬車を取り囲む野盗達は、レオンたちが近づいた今も狂ったように剣を突き立てているのだ。
「お前たち、やめないか!」
声を荒げるレオンを一瞥した野盗が「……ききききききき騎士! にに逃げるぞ」と声を上げるが、全員の思考が鈍いのか逃げる足もまばらだ。
「捕えろ!」
レオンの言葉で足元が覚束ない足取りの野盗たちが捕まっていく。それを尻目にレオンは野盗たちが剣を突き立て続けた亡骸へと近付く。
余程の恨みだろうか、顔も含め全身が滅多刺しにされた遺体は、誰のものなのか判別が――
「まさか――フォンテーヌ公……」
――判別がつかないほど変わり果てた亡骸だが、その指につけられた紋章つきの指輪はその遺体がレオン達カートライト家の政敵であることを教えている。
「……政敵とは言え、こんな最期とは――」
視線を下げたレオンの目に映ったのは、泥濘んだ地面に浮かぶ一つの蹄の跡。
「……馬? それも一騎だけ……?」
――では次じゃ
不意に脳裏で響いた六郎の声。
――これはワシが海を越えた先で見た光景なんじゃが
その言葉にハッとする。
「あ、あの野郎……」
ワナワナと震える拳と、漏れてしまう苦笑い。
「やりやがった……ここで再現しやがった」
――野盗のような男達が十人以上、倒れた馬車を囲んでおった。馬車を守るのは数人の騎士。そして馬車の中には貴人が一人。どちらが悪い?
脳裏に響く六郎の言葉に「殺りやがった……トンデモナイ方法で」と込み上げてくる妙な感情に拳が震える。
それは怒りではない。もちろん嬉しさなどでもない。例えるとすると……畏れだろうか。理解の及ばない物に対する最大限の敬意だ。
蹄の跡にレオンは、馬に跨り傍観する六郎とリエラの幻影を見ている。
「見てやがった! いや、助けるつもりもなかったな」
――道理がどちらにあるか分かるまい?
そんな幻聴が、凄惨な殺人現場とは程遠い晴れ渡った空に響いていた。
☆☆☆
「見て! 虹! キレー」
リエラが指差す先、王都の南に広がる湖から王城へ掛けて虹が出ている。
「なかなかに風流じゃな……ぬお!」
笑っていた六郎の上げた奇声に、リエラが肩をビクりと跳ねさせ「何よ?」と振り返った。
「……城ん廊下に首ば置いてきてしもうた……取りん帰るぞ!」
「だから首は要らないって云ってるでしょ!」
※
これにて第二章終了です。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
沢山の星とハート、コメントにギフトまで……。
本当にありがとうございます。
モチベに繋がりました。非常に感謝です。
まだ星を投げてないよ。って方はこの機会に是非投げて頂けると、大変喜びます。
ハート、コメントもお待ちしてます。
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