第53話 忘れてたわけじゃないよ。ホント……ちょっと忘れてたけど

 大穴から吹き込んだ雨と木の葉、そして崩れ落ちた玉座真後ろの壁。いつの間にか上がった雨に、雲間を割る穏やかな光が、崩れた壁から差し込んでくる。


 そんな光を背に、リエラがレオンを癒やしている――


「……アンタの事だから首飛ばすんじゃないかって、ヒヤヒヤしたわ」


 レオンを癒やしながら、六郎へ非難の視線を投げるリエラ。


 そんな視線を背中に受ける六郎は、嬉々として国旗の半分を回収中だ。


「一度見逃されとるけぇの……こいでじゃ」


 拾い上げた旗の半分をクルクルと丸めて、自分の胸元へ――


「それにの……戯けん武器がけぇの」


「え? それって――」


 眉を寄せたリエラの足元で、レオンが「知っていたのか?」とその瞼を開いた。


 そのまま起き上がろうとするレオンを、「頑丈なやつじゃな」と笑う六郎。


「知ってはおらなんだが……最後の突き――での」


 その言葉にレオンが「敵わないな」と大きく溜息をついて笑った。


 六郎の言う通り、レオンが使っていた武器は予備の剣だ。


 、咄嗟に訓練用の剣と入れ替えるために、いつも使用していた剣を隠す必要があった。


 そしてこの城にそんな場所はなく――故にレオンはその剣を湖へと放り投げたのだ。


 苦楽を共にした一振りと、友の命を天秤にかけた時、傾いたのは六郎の命だった。


 湖へ放り投げて、その後剣を探すまもなく今に至り、予備の剣を持ち出したというわけだ。


 予備と言えど、業物には違いないが、普段使っている剣と比べるとどうしても劣ってしまう。


 そしてレオンの脳裏にあったのは、六郎を突き刺した、あの訓練用の剣の末路だ。


 カートライト公をして、違和感を覚えさせた一撃。その違和感は六郎に突き立てた時に刃先を潰した剣先が更にひしゃげ、突き刺すと言うより押し出す形になってしまったもの。


 レオンの突きと六郎の身体に剣が耐えられず、使い物にならなくなった末路がどうしても頭を過ぎったのだ。


 仮に受け止められたら?

 武器をなくし六郎と戦うのか?


 その疑念が技の威力をほんの僅か鈍らせ、六郎に弾かれてしまう結果となった。


「……ってことは、武器の差でギリギリ勝てたって事?」


 引きつった笑いのリエラに、レオンがゆっくりと首を振った。


「いや――経験、覚悟、そして実力……何もかもが大きく負けていたよ」


 諦めたような笑いのレオンに「エラい殊勝やの」と六郎も笑う。


「お前が俺の立場なら、例え剣が折れたとしても全力で叩き込んだだろ?」


「そらぁの……所詮道具じゃ。潰れっしまう事をビビっても仕方がなかろう?」


 笑う六郎に、レオンが呆れたような溜息をついた。


「思い知らされたな……『いつだって全力だ』と言っていたお前の言葉の重みをな」


 粗方の傷が癒え、リエラに「もういい」と言うようにレオンが手を上げた瞬間――


「冒険者ロクロー、ここが貴様の墓場だ!」


 ――空気が読めない闖入者が……部隊を引き連れたフォンテーヌ公だ。


 全員おそろいのローブに身を包み、杖を持つ彼らは魔法部隊なのだろう。


 杖を掲げる魔法師達の後ろで勝ち誇ったように笑うフォンテーヌ公を「そう言えば居たわね」とリエラがジト目で見ている。


「ハッハッハッハ! 女神は私に微笑んだのだ。いかに貴様らが強いと言っても、お互いに消耗しあった後にこの人数の魔法を受けては一溜りもあるまい?」


 掲げられた杖の先端に急速に集まってくる魔力――


「フォンテーヌ公、その発言はロクローだけでなく、我々やガブリエラ姫も……という事か?」


 射抜くようなレオンの視線に、一瞬たじろぐフォンテーヌ公だが、「当たり前じゃないか!」と再び口角を上げた。


「貴様ら脳筋親子に、わがまま王女。どいつもこいつも、私の国には要らない! お前たちは皆、冒険者ロクローの餌食になったとしようか」


 フォンテーヌ公の合図で一斉に放たれる魔法。


 弾幕となって飛来するそれら――を六郎が叩き斬り、リエラの防御壁がレオンやカートライト公を守る。


 六郎に斬られ、その脇を通り過ぎる炎や氷が、床を焦がし穴を穿つ。

 リエラの防御壁に打つかった魔法が、盛大な音を残し霧散する。


 静かだった玉座に今再び、戦いの銅鑼が――


「……へ?」


 ――一瞬で止んだ銅鑼。残ったのは部屋に響くフォンテーヌ公の間の抜けた疑問符だけ。


 呆けるフォンテーヌ公や魔法部隊を尻目に、六郎はつまらない物を斬ったとばかりに、クルクルと回した刀を鞘に収め、リエラは防御壁の内側で盛大な溜息をついた。


「そいで? わざわざ首ば斬られに来たんか?」


 六郎の放つ殺気に、フォンテーヌ公が「撃て! 撃て!」と半狂乱になりながら叫ぶ。


 最早隊列の意味があるのかどうかというバラバラな射撃に、六郎は刀すら抜かず、その体捌きだけでそれらを躱し、リエラはリエラで防御壁の内側でつまらなそうにフォンテーヌ公を見ている。


 暫く続いた魔法の雨だが、外の天気同様、次第に小雨に……そして遂には晴れ間が見えてきた。


 疲労で息が上がる魔法部隊の面々に、余裕そうな六郎とリエラ。


「どうした? 妖術ん次は? まさか妖術が使えんなったら、終わりやなんて云わんやろうな?」


 首を鳴らす六郎に


「普通はそれで終わりだ。どんな状況でも戦えるお前が特殊なんだよ」


 とレオンの苦言が突き刺さるが、当の本人は聞こえていないのか後ずさる魔法兵に一歩ずつ近づいている。


 一歩進むごとに「さあ? そん杖で戦うんか? それとも体術か?」と笑う六郎に、魔法兵の多くは顔を青くし、完全に引いている。


「――ウアァァァァァァ!」


 六郎に一番近かった魔法兵の一人が、堪らず殴りかかる――が


 大振りのフックは空を切り、代わりに六郎の拳が魔法兵の鼻っ柱を叩き折った。


 盛大に鼻血を吹き出し、仰向けに倒れた魔法兵はピクリとも動かない。


「……次」


 手招きする六郎に、魔法兵たちは戦意を喪失したように、腰を抜かし這々の体で下がっていく。


「……つまらん。殺される覚悟もねぇのに戦場に立つな……戯けが」


 吐き捨てた六郎が、刀の柄に手をかけた――


「……そこまでにしては貰えないだろうか」


 フォンテーヌ公の更に後ろ、そこから聞こえてきたのは弱々しさしか感じられない声だ。


 その声に驚いたのか、弾かれたように振り返るフォンテーヌ公と、目を丸くしているレオンの姿。


 最低限手入れがなされた、長く伸びた髭と髪。袖口から除く骨と皮だけの腕。落ち窪んだ眼孔に僅かに灯る光。


 二人の中年男性に支えられるようにして。ようやく歩ける老人。


 弱々しい一歩だが、男性が一歩踏み出す度周囲で呆けていた魔法兵たちが後ずさっていく。


「……へ、陛下?」


 レオンの言葉に、カートライト公もその身体をゆっくりと起こし、目を丸くしている。


 そして一番驚いているのは、まるで蘇った死人に出会ったかのような顔をしているフォンテーヌ公だ。


「……へ、陛下? 歩けるはずが――」

「――歩けるはずが……なんだ?」


 隣で「い、いえ。なんでも」と口を噤むフォンテーヌ公の顔面は青褪めている。


「爺、誰か貴様キサンは?」


 腕を組む六郎を、「ば、馬鹿! 陛下だ」とレオンが慌てて抑え込もうとしているが、力の入らない腕では六郎はビクともしない。


「……はじめまして。ライナス・オルグレンと申す――」


 笑う老人を前に、六郎が「ワシは六郎じゃ」とその胸を張っている。


「冒険者ロクローと言ったな……すまぬがその矛を収めて貰えないだろうか」


 息をする度、苦しそうに表情を歪める老人。その場にいる全員が「陛下、無理をなさらずに」と駆け寄ろうとする中、一人眉を寄せる六郎は――


「断る」


 と短く言い捨てた。


 ザワつく周囲をよそに、「ポッっと出の爺が、何を言いよんじゃ」と呆れた表情の六郎。その頭をリエラが盛大に叩く。


「アンタ莫迦なの? ポッっと出のジジイじゃなくて、王様なの!」


 眉を吊り上げるリエラと、固唾をのんで状況を見守るレオン。


「王やら何やらなんぞ、分かっとるわい」


 頭を擦り眉を寄せる六郎に、全員の「え?」という疑問符が突き刺さった。


「はあ? じゃあ何で――」


「王やけ何じゃ? 今しがたまで何処ぞで寝よったくせに、この期に及んで『刀ば収めろ』っちゃ何様んつもりじゃ?」


 鼻を鳴らす六郎に、全員が「いや、だから何様じゃなくて王様なんだが」と突っ込みたいが、それを六郎の雰囲気が許さない。


「ポッと出て、わがん命も賭けてねぇ爺ん言うことを、何故ワシが聞かねばならん。王じゃ? 知らん。ワシにとっちゃ見知らぬ爺に過ぎんわ」


 逆に収めていた刀を抜き、その切っ先を王へと突きつけた。


 確かにこの国の人間でない六郎にとって、しかも現在進行系で国と喧嘩中の六郎にとって、『王』だと名乗る人物の介入など何の効果もない。


「……君の言うとおりだな。では、こうしよう。私の命を持っていくと良い。君にはただの爺でも、他の者にとっては私は紛れもない王だ。トップの首を差し出すのだ。それで矛を収めては貰えまいか」


 頭を下げる王に周囲がザワつく中、六郎は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「……初めっからそう云え」


 呟いた六郎が刀を構える。


「主ん首でこの騒動の手打ちにしてくれる」


 膨れ上がる六郎の殺気に、「待て待て待て」と間に割って入るレオンとカートライト公。


「二人とも退け……こいは戦ぞ? 敗戦の将はそん首刎ねられねばならん」


「王の首を落とすなら、まず先に俺の首だ」


 真剣な表情のレオン。しばらくその顔を見つめていた六郎が、チラリと後ろのリエラを振り返った。


 視線を合わせたリエラは、黙って首を振る。


(一度助けた命、こげな形で狩るんは道理に合わんの)


 諦めたような盛大な溜息が玉座の間に広がり、六郎が王に背を向けた。



 刀を収め、「興が削がれた」と呟いた六郎が歩き出す。




 開けた大穴の前で――


「リエラぁ、帰るぞ」


 ――リエラを振り返るいつもの笑顔の六郎に「え? ちょっと、フォンテーヌは?」と目を白黒させるリエラ。


「……そんなもん既におらんめぇが」


 六郎の呆れたような溜息に、リエラだけでなく全員がフォンテーヌ公の居た場所を振り返った。


 魔法兵たちの後ろ、そこに立っていたはずのフォンテーヌ公の姿が無い。


「ど、何処行ったのよ!」


「さあの……まあ逃げるわな。ああいう手合はよう知っとる」


 既に興味が失せたように手をふる六郎に、「いやいや、アイツはとっちめないと」とリエラが眉を寄せる。


「……必要ねぇやろ。


 玉座の間と廊下を貫通した大穴をくぐる六郎、その後ろを「ちょっと待ちなさいよ!」とついていくリエラ。


 その背中に――


「リエラと言ったな」


 ――王が声をかけた。


 その声に振り返るリエラと六郎。二人の顔を見比べた王が意味深に笑い、大きく頷いた。


「私の娘とのことだが……


 その言葉にレオンとカートライト公が王を振り返り、リエラは


「君はガブリエラ・オルグレンではなく、リエラ・フリートハイムだ……好きに生きると良い」


 口角を上げた王に


「当たり前じゃない。これまでも、そしてこれからも……アタシはリエラよ」


 とリエラも口角を上げて返した。


「もし、王都によることがあれば、顔を出すと良い。茶くらい振る舞おう」


「美味しいお菓子も付けてくれるならね――」


 そう笑って手をヒラヒラ振るリエラに、王はまなじりを下げ、少しだけ潤ませた。


 その耳には――


「お前ん親父やろう? 甘えて来たらよかったやねぇか?」


「その父親を娘の前でケチョンケチョンに貶して、首を刎ねようとしてたアンタが云う?」


 という楽しそうな会話が響いていた。



「……陛下……お身体に障ります故――」


 寝所へと促すカートライト公に、「ああ、すまないな」と弱々しく笑った王が、その表情を一転真剣なものに――


「フォンテーヌの足取りと真相究明のための調査隊を結成せよ」


 弱々しかった王からは考えられない程の凛とした表情に、レオンもカートライト公も嬉しそうに「はっ!」と敬礼を一つ。


 うなだれる魔法兵達を立たせつつ、生き生きと玉座の間を出ようとする二人の背中に――


「あと、お前たち……城の修繕もな」


 刺さった言葉に、二人が顔を青くしたのは言うまでもない。




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