第42話 忘れてたけど、真の本番は海千山千の政治屋相手です
六郎とレオンに向けて開かれた
アンデッドガルムの
「
迫る瘴気を前に六郎が、踏み込みの足をわざと内に捻る――移動のエネルギーを捻った足で回転に変換しつつ、続く二の足で更に回転を加速させていく。
肩に掛けた振袖を左手で引っ掴み、速度を増す回転に合わせて周囲を薙ぐように振り回した。
巻き起こる風が瘴気を弾く――その様子を、魔力の放出で起こした爆発で瘴気を吹き飛ばしたレオンが、唖然と見ている。
瘴気を弾き、舞い上げた六郎が回転を止め、振り回していた振袖を勢いよくもう一回転。
「バサリ」と音を立てて再び自身の肩へと収め、そのまま加速。
「躾のなってねぇ犬っころが――」
振袖を棚引かせ、再び六郎がアンデッドガルムに肉薄。
「――お座りせぇや!」
飛び上がり、アンデッドガルムの額目掛けて振り下ろされる剣閃。
そんな六郎の視界、左端で煌めく何か――身体を捻り、そちらに剣を振るう。
甲高い音とともに、弾かれる六郎の身体。
崩れた体勢を立て直すように、空宙でクルクルと回転した六郎が、地面を捉えるも、その勢いに押され滑っていく。
「戯けが……だあーれが『お手』やら云うたんじゃ」
悪態をつく六郎の脇を固めるように、レオンとリエラが駆け寄った。
「アンタ、無策にも程があるわよ……」
呆れ顔のリエラに、レオンも同じように苦笑いで頷いている。
「ガルムは本来俊敏なモンスターだ。まずは敵の機動力を削ぎたい」
掲げられたレオンの剣の先、アンデッドガルムが顔をさげ、前足をゆっくりと踏ん張っている。
「くるぞ――!」
ガルムの姿が消えた瞬間「ダンッ」と地面を踏み抜く音が辺りに響く。
音を置き去りにする突進から振り抜かれるのは、六郎を弾き飛ばした『お手』――
振り下ろされたその一撃を、レオンが迎え撃つ。
振動する空間。
円状に靡く草原。
「ロクロー!」
レオンの叫びを聞くより前に、動き出していた六郎が死角の左後脚へ。
踏み込みの直前で振り上げられた直剣。
腰を少し捻り左手も柄へ添える。
捻った腰を戻しつつ、力を腰から背中そして腕へ。
移動の速度も乗せた一撃を振り下ろすと同時に、六郎の右足が地面を踏み抜いた。
力のベクトルを平行から垂直へと切り替える踏み込み。
それが齎すのは神速の振り降ろし――。
空気を斬り、音すら出ない一撃が、アンデッドガルムの左後脚を縦に切り裂いた。
耳障りな悲鳴。
口から撒き散らされる体液に涎。
「あら? 痛みは感じるのね――」
杖を掲げたリエラの前方に出現するのは巨大な炎球。
地面すれすれを草花を焼きながら這うように飛ぶそれが、レオンを通り過ぎると急上昇――未だレオンにしなだれる右前脚の付け根に当たり爆発。
その勢いでアンデッドガルムが後ろへとよろめいた。
「すまん。助かったリエラ嬢」
「お互い様よ」
肩を回すレオンと、ウインクで返すリエラ。
最初の一撃をレオンが受け止めていなければ、リエラの身体強度ではあの威力を受け止めきれなかった。
左後脚を引きずるアンデッドガルムが、それでも六郎を捉えんと、健全な左前脚を振り降ろしている。
振り下ろされる高速の一撃を、六郎が身体を流しながら剣でいなす――
「腰が入っちょらんの!」
いなした勢いそのまま、その場で回転する六郎が左前脚を斬りつけた。
先程のように加速や全ての力を込めた一撃とは違うものの、しっかりと傷を与えたその一撃に、アンデッドガルムが怯えたようにその足を引っ込める。
「畳み掛くっぞ!」
六郎の掛け声に呼応するように、飛来する複数の炎球。
顎や首を執拗に狙うように、下側から突き上げるその炎。それを嫌がるように、アンデッドガルムが、右前脚で飛来し続ける炎を弾き消した。
「それは悪手だな」
無防備になった左前脚が文字通り吹き飛ぶ――魔力を込めたレオンの一撃。
バランスを崩したアンデッドガルムの頭上で閃く桜花――
「そおら! 伏せぇや!」
自由落下に回転を加えた一撃が、アンデッドガルムの額を叩き割りる。
地面へ強制的に這いつくばらせられた、アンデットガルムの視界に移るのは、光り輝くレオンの剣。
霞に構えたその剣が一瞬煌めいた瞬間、アンデッドガルムの前後の草原が一文字に割れる。
抉られた地面のその先で、剣を一振りし鞘へと収めるレオン。
レオンの背後では朽ちた肉体が維持できないように、崩れていく巨大な狼の腐乱死体。
「相も変わらず、凄まじい突きじゃな」
背後から掛けられた声に、振り返るレオン。そこには折れてしまった剣を、プラプラとさせる六郎。
アンデッドガルムの一撃を弾き、いなし、そして最後の強打だ。よく持った方だと言えるだろう。
折れてしまった剣を、仕方がないという風に放る六郎に
「君こそ、とんでもない身のこなしだ」
と苦笑いで応えるレオンが、ふと六郎の後方、リエラへと視線を移した。
動いたレオンの視線を追い、振り返る六郎の視線の先ではリエラが杖を掲げ、崩れ去ったアンデッドガルムの死体を浄化している。
「忘れがちだが、何だかんだ言って僧侶なんだな」
肩を竦めるレオンに、「生グサじゃがな」と六郎が笑った。
「だーれが生臭よ! ちゃんと敬いなさいよ! バチが当たるわよ」
眉を吊り上げるリエラに「しかも地獄耳じゃ」と六郎が肩をすくめ、レオンがそれに吹き出している。
リエラの浄化を待って、レオンが口を開いた。
「さて、少し休憩も取れたことだし、スタンピードを追うぞ」
ちなみにその間に最後の魔力ポーションも使用済みである。あとは王都の防衛隊との挟撃だけになるので、出し惜しみは無しというやつだ。
剣が折れ、連戦に続く連戦の六郎。
魔力のストックがなくなったレオン。
そして一人ケロリとしているリエラ。
正直言ってこれ以上の戦闘は、リエラ以外は危険と言っても差し支えない。とは言えそれを聞く二人ではないので、リエラも何も言わない。
「では行くぞ!」
再び簀巻きの男を抱え上げるレオンと、リエラを背負おうと腰をかがめる六郎。
「アンタ、戦いばっかで疲れてんじゃないの?」
差し出された背中に素直に乗れないのは、言っても聞かないと分かっていても、出来たら体力を温存してほしいと思っているからだ。
「疲れてはおるが、こっちが疲れているからと待ってくれる相手じゃなかろう?」
いつぞやのように、足を取られ、有無も言わさず背負われるリエラ。
いつもなら嬉しいその行為だが、今は何となくお荷物感がしてあまり嬉しくはない。
とは言え六郎の言う通り、相手が待ってくれるわけではない。自分の足では疲れているはずの二人についていくことすら出来ない。
少しだけ感じる嫌な予感を抑え込むように、リエラは六郎の肩をしっかりと掴んだ。
「こんな所で死んだら許さないわよ」
「当たり前じゃ。まだまだ強いのと戦いたいけぇの」
笑う六郎に、「ホントだからね」と呟くリエラの声は、駆け出した声に掻き消されて誰も耳にも届くことはなかった。
スタンピードに追いついてからは、付かず離れずの距離を保ちつつ、リエラがチマチマと魔法で厄介そうな敵を掻い摘んでいく。
そうして暫く、見えてきた王都の城壁と、慌ただしく動く兵士たちの姿。
どうやら警戒こそしていたものの、なかなか訪れないスタンピードに、気を抜いてしまっていたのだろう。
それでも暫くすると、降り注ぐ矢の雨や魔法が、展開するモンスターたちを薙ぎ払っていく。
「我々も続くぞ!」
抜剣したレオンに頷いた六郎が、駆け出した。
近くにいたグールを蹴り飛ばし、拾い上げた錆びた鉄剣で、その近くのゾンビ犬を叩き潰す。
前は王都の城壁と敷かれた防衛陣。
後ろは人外二人と魔力お化けの僧侶。
三人がチマチマと数を減らしたことも相まって、見る間に数を減らしていくモンスターたち。
レオンが剣を振るえば数体が一度に弾け飛び。
六郎がゾンビを武器にゾンビを叩く。
リエラの魔法が宙を行く敵を撃ち抜けば
城壁から飛来した絨毯爆撃がモンスターの群れをすり潰す。
最初は遠巻きに見えていた城壁がだいぶ近づいた頃――
「これで終いじゃ!」
六郎のハイキックがワイトの頭を吹き飛ばし、レオンの突きがグールの群れを消し飛ばした。
城壁の上から聞こえる勝鬨に、レオンと六郎がその場に倒れ伏す。
「なかなかに……しんどい戦じゃったな」
「ああ、こちらももう空っぽだ」
二人空を見上げてどちらともなく笑った。
雲間から差し込む光は、人々の勝利を祝っているかのように、草原や王都へと降り注いでいる。
「ロクロー――」
呼びかけられたその声に、六郎が視線を向けると突き出されるレオンの左拳。
その拳に「年甲斐もねぇの」と笑いつつも右拳を突き出す六郎。
「――感謝する。リエラ嬢も」
拳を突き出し寝転んだまま、視線を上へ。そこには二人を呆れたように見下ろすリエラの姿。
「まだ早ぇわい」
「そうね。全部終わったら王様に褒美を沢山貰うからその時でいいわ」
笑う六郎とリエラの言葉を体現するように、開いた城門から出てくるのは多数の騎士たちだ。
これから彼らを相手に自分たちの無実を証明せねばならないし、なんなら国を盗る必要もある。
それを思い出し、「それもそうだな」と笑うレオン。
笑う三人を、取り囲むように展開する騎士達。その姿にレオンが身体を起こし、口を開く。
「王都防衛隊総隊長、レオン・カートライト。此度の件で騎士団及び、王立裁判所判事へお伝えしたい事がある」
真剣な表情のレオンだが、取り囲む騎士達は微動だにしない。
「どうした? 今回のスタンピードの――」
「その必要はありませんよ」
騎士達の後ろから聞こえてきたのは、落ち着きのある声。
包囲の一部が開けると、そこから現れたのはどこかクリストフに似た壮年の男性と、レオンに似た壮年の男性の二人だ。
「フォンテーヌ公、父上……必要がないとは?」
眉を寄せるレオンに、レオンの父だという鎧姿の男性が大きく息を吐いた。
「言葉の意味そのままだレオン。事はスタンピードなどという事態ではないのだ」
「どう……いう?」
呆けるレオンと、「こいつぁ参ったの」と笑う六郎。
相手が準備していたカードは、六郎やレオンの想像を上回ったのだ。その上疲労困憊の二人を取り囲む騎士達にレオンの父。
逃げ出すには無謀な状況にもかかわらず笑う六郎に、「何がおかしい!」と突きつけられる槍。
「そいで? 早う手札ば切らんね。ワシらを殺せる手札があるけぇ、こげな所までノコノコと出てきたんじゃろう?」
槍を突きつけられて尚、獰猛に笑う六郎。その顔を向けられているフォンテーヌ公が、後退り生唾を飲み込んだ。
そんなフォンテーヌ公を庇うように前に出てきたのは、レオンの父だ。
レオン同様鎧姿の金髪の美丈夫。レオンに比べ、彫り込まれたシワも、髭の貫禄も大きく、身につけた鎧もどこか豪華だ。
「レオン、そして冒険者ロクロー。お前たち二人には王太女殿下誘拐と暗殺の疑いがかけられている」
六郎の殺気の中、唯一眉一つ動かさないレオンの父親。
「……王太女?」
「なるほどのぅ……そいでさっきから、リエラば庇うような布陣なんか」
振り返る六郎の視線の先で、リエラの前に出てくる騎士二人。
「ちょ、ちょっと! 王太女って何よ? 暗殺って――」
「貴女様のことですよ……リエラ・フリートハイム嬢。いや、ガブリエラ・オルグレン王太女殿下」
ポカンと呆けるリエラとレオン。先程まで煩いくらいだった草原に吹く風はやたらと生暖かい。
「こらぁやられたの……とんでもねぇ手札じゃ」
そんな風に乗るのは、六郎が上げる場違いな高笑いだけだ。
その場にいるもの全てが、その異様な男に緊張した面持ちで手に持った武器を今一度握りしめた。
【お知らせ】
久しぶりに近況ノートを書いてます。
今回は「サポーターとギフトについて」。語り手はもちろん我らがヒロイン? リエラさんです。
ぜひお読みください。
また、この場を借りて、初めてギフトを頂きましたこと。感謝申し上げます。
本当に嬉しかったです。小躍りするくらい。そしてそれを踏まえた上で近況ノートを書いております。ぜひ多くの方に私のスタンスを知って頂き、作品をより楽しんでいただければと存じます。
ここに書くには野暮だと思ったのですが、一番お礼を申し上げやすく目につきやすい場所がここだったのでご了承ください。
重ね重ねになりますが、本当にありがとうございました。
更新頑張ります!
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