第41話 スタンピード相手には大規模な魔法。ランクアップ試験にも出るよ。

「首ば――寄、こ、せ、やぁ!」


 引き絞られた矢の如く駆け出した六郎が、一瞬のうちにスタンピードの横合いへ――


 奇襲とは何なのか……と言うほどの大声とともに、剣を振るう六郎が集団と接触。


 爆発のような衝撃音とともに、グールが数体宙を舞った。


 それとほぼ同時、レオンがぶつかった周辺でも、同じように吹き飛ばされるゾンビの集団。






「……どっちも莫迦ね」


 その光景を遠巻きに眺めていたリエラが、呆れたように苦笑いを浮かべている。


 大群を前に一歩も引くどころか、一歩踏み込むごとに加速を見せた六郎とレオン。どちらもブレーキなど初めから踏むつもりは無かったのだろう。


 そしてそれは、接敵を果たした今でも変わらないようだ。


 既に集団の中に飲み込まれ姿を消した六郎やレオンであるが、ポンポンと吹き飛ばされるグールやゾンビ、ワイトなどが、二人の健在さを殊更にアピールしている。


「……まあ目立っていいけど」


 そう言ってリエラが杖を掲げると、先程より規模が小さい光が降り注ぐ――それは六郎やレオンが暴れるフィールドよりも王都側。二人をすり抜けた敵にリエラが呼び出した光線が降り注いでいく。


「後は……あのへんかしら?」


 リエラの視界に移る、六郎やレオンとは相性の悪い敵――リッチやファントムと言った存在が曖昧な者たち。


 浮いているだけあって目立つそれらに、リエラが薄く笑う。


「良い的ね――」


 杖の先端からレーザーのごとく照射される白い光。

 一本ではなく、二本三本と増えるそれが、宙を舞うゾンビに程近いファントムを貫いていく。


 紫の靄を纏った、騎士のような霊体。光線の出どころへと狙いを定めたように、飛行してくるそれが、何本目かの光線に打ち抜かれその姿を消滅させた。


「十……何本かしら……まあ、今はこんなものね」


 言葉とは裏腹に、頬をふくらませるリエラ。思った以上にファントムが事に自分の実力不足を感じているのだ。


 とはいえ、霊体の中でも中位種であるファントムを単体で、しかもこの遠距離で撃破するのだ。すでに駆け出し冒険者とは一線を画す強さなのだが、本人は満足出来てはいない。


「とりあえず、出来る事だけ頑張るわ――」


 杖を横に、溜めを作る――杖の先端から伸びるのは先程よりも更に強い光。


 それが地面と水平にある程度伸びた所で、杖を一閃――大群の頭上を通過する一筋の光。


 光が走り、目につく下位ゴーストが薙ぎ払われていく中、地上からは何度目かになるゾンビの花火が打ち上がった。







 頭上を通り過ぎた光の剣に、ゾンビを打ち上げた六郎が口の端を上げた。


「妖術は派手やのぅ――」


 そう笑う六郎の言葉通り、六郎の方はもっぱらだ。


 突っ込んでグールを吹き飛ばした後は、目につくゾンビ、グール、ワイトなどの腐った人型死体を始め、犬、狼、猪、馬などなど腐った動物型死体を次々に吹き飛ばしている。


 吹き飛ばす理由は単純――吹き飛ばしたモンスターで、を図っているのだ。


 吹き飛ばす方向は、必ず六郎の進行方向かつ、だ。

 王都を右手に見て、モンスターに突っ込んでいるので、左斜め前に吹き飛ばしている。


 倒したモンスターを吹き飛ばす。

 六郎の進行方向に僅かな穴ができる。

 その穴に飛び込み、新たなモンスターを吹き飛ばす。


 という綱渡りとも言える、攻防一体の暴れっぷりを見せているのである。


 この大群を前に気を抜けば、一瞬にしてその物量に押し流されてしまうであろう。


 極限状態の綱渡りを、笑いながら進んでいく六郎だが、それが本人にとっては通常だ。その極限状態こそ、生き抜いてきた日常なのだから、「」と笑みが溢れてしまうのも無理からぬ事だろう。


 飛びかかってきた犬を叩き斬り、その後ろから迫った死体の腹を斜め前方に蹴り飛ばす。


 再び宙を舞うゾンビだが、少し浮遊時間が長かったようで、次に飛び込むべき穴が出来ない。


 迫るのは六郎を掴もうとする無数の手――その一つを躊躇いなく掴んだ六郎。


 腐った肉が「ブチャッ」と耳障りな音を立て、六郎の掌に何とも言えない感触をもたらすが、それすら気にせず六郎がその場で旋回。


 腐った死体を持って、腐った死体を弾き飛ばした。


 ほぼ一回転するより前に、手に持つ腐った肉がその骨の上を滑る。


 六郎の手から解き放たれるゾンビ。


 勢いがついたそれは、前を進むモンスターに衝突し、それらの上を跳ねるように、モンスターの進行方向――王都側へと吹き飛んでいく。


 ゾンビが吹き飛ぶ先で、一際大きな音と共に弾けるように打ち上がったのは、腐った狼の群れだ。






 レオンは自分を取り囲もうと、回り込んだ狼の群れ相手に剣に魔力をまとわせ回転斬りを放っていた。


 衝突の際に魔力を放出し、狼の群れどころか、レオンの周囲のモンスターを尽く吹き飛ばしたその一撃。


 その一撃に「フゥ」と一瞬息を整えたレオンの元に、飛来する何か――慌てて身構えれば、身体中がおかしな方向に曲がり、片腕だけ骨になったゾンビだ。


「……ロクローだな」


 自身の左前方を見ると、景気よく打ち上がるゾンビやグールの姿。


 景気よく吹き飛ぶその死体を横目に、レオンは自分の足に力を込めた。

 周りにポッカリと空いていた空間は、徐々にその範囲を狭め、今にもレオンを飲み込もうと――迫る集団が再び上空へと吹き飛ぶ。


 踏み抜いた足元で起きた魔力の小爆発が、周囲を巻き込み吹き飛ばしていく。


 剣を振るう度。

 足を踏み込む度。


 レオンは自身を強化するために身に纏った魔力を、様々なインパクトの瞬間にエネルギーとして放出している。


 それは魔術師に比べ、魔力量が少ない騎士達が使う一般的な技術であり、この世界で多数を相手にする場合であれば、何ら珍しい事ではない。


 ただ、他と違うのはその一撃、一投足ごとに一切の無駄がなく洗練されている事だ。


 六郎とは違うが、長年モンスターと戦い続けたレオンもまた、この異様な状況が日常の一部と言って差し支えない。


 剣を一振り、踏み込み、殴打――移動型の爆弾よろしく、突き進む先を、道を切り開いていく。


 何度目になるのか、吹き飛んだモンスターの先に見えたのは、だだっ広い草原だ。


 そこに転がり込んだレオンの視界の端に、同じように転がり込むのは六郎の姿。


 今も終りが見えないその群れを前に、一旦距離を取る二人。


「数が多すぎて実感がねぇの」


 笑う六郎は、まだ元気そうだ。


「流石にこの大群相手に、たった二人では知れているさ」


 腰につけたポーチの中を探るレオン。二本持ってきた魔力ポーションの感触を手に、再びそれらを虚空へと返した。


 体力は問題ないが、魔力はもう一度同じことをしたら殆ど無くなるだろう。


 つまり同じことが出来るのはあと五回ほど……。


 とはいえ、ダンジョンの規模的に、ここから最初の丘に戻る頃には、終わりが見えるはずだ。


 この場での魔力への心配はない。


 問題はこの後はだろう。今やっているのは、精々少し数を減らす程度で、本番は通り過ぎたスタンピードを追いかけ、王都の防衛隊と挟み撃ちにする時なのだ。


(一本か……少々心許ないが……)


 チラリと六郎を見ると、まだまだ余裕そうだ。


 本番では六郎とリエラに活躍してもらう必要が大いにありそうだと、レオンは何故か笑みがこぼれた。


 そんなレオンの思いを知ってか知らずか、六郎もレオンに視線を投げた。


「主とやり合う時は、難儀しそうじゃな」


 片眉をあげ、ニヤリと笑う六郎が「なんせ剣が爆発するけぇの」と続ける。


「それはこちらのセリフだよ……一体どんな手品だ? 魔力放出なしに、この波を乗り越える方が信じられん」


 未だ口角を上げる六郎に、肩を竦めるレオン。実際六郎の方からは魔力放出の反応は一切なかった。


 つまり六郎は膂力と、己の技術一本のみでモンスターがひしめく波を乗り越えてきたということだ。


そんなもん魔力無しで戦ってきた時間が長いけぇの。昔取った杵柄やら云うやつじゃな」


 再び剣を構え腰を落とす六郎に、「君は私より若いじゃないか」とレオンが苦笑い。


 再び二人の間に流れるのは、来たるべき戦闘への高揚――


 今度はどちらとも言葉すら発せず、ほぼ同時に踏み切り大群へと接触。


 再び吹き飛ぶ死体達を尻目に、六郎とレオンは、一体でもモンスターを減らそうと、その剣を無心に振るうのみだ。




 六郎が敵を放り投げ、リエラが光で浄化し、レオンが魔力の放出で弾き飛ばす――


 が見えたのは、三人の攻勢が往復を終えた頃だった。




 少なくなる土煙と、小さくなってきた地鳴りの音――レオンの予想通り、地平を埋め尽くしていた黒い影に、漸く終わりが見え始めていた。


 そしてそんな黒い波の終わりと同時に現れたのは――


「デケェ犬じゃな……」


 型のゾンビだ。それも大型の。

 水晶甲クリスタルビートルと同程度はあるだろうか、確実に人を丸呑み出来そうな大きさは、六郎をして「異世界じゃな」という感想だ。


 肉が爛れ落ち、骨が顕になった肋骨。

 口から垂らすのは血が混じった様な黒い涎。

 真っ黒な眼孔に浮かぶ真っ赤な瞳。


 見るものに不快感を与えるそのシルエットと、鼻を刺すような強烈な腐敗臭。


 それでも申し訳程度に残った白銀の毛から、ゾンビ化する前はある程度等級が高いモンスターだったことが伺える。


「アンデットガルムだな……」


 腕を鼻に当て、顔を顰めるレオン。

 先程まで腐った死体の真っ只中にいたレオンでさえ、鼻を摘んでしまうほどの臭いなのだ。


「ガルムってことは、ミスリルくらいのランクって事かしら?」


 顔を顰めるレオンとは対照的に、リエラは涼しい顔だ。それもそのはず、リエラは周囲の気流を操り、自分が常に風上になるようにしている。


 そんなリエラを「器用なものだ」と少し羨ましげに眺めるレオン。


「とりあえず、あん犬ば叩きのめしとったがエエじゃろうな」


 そして何の小細工もしていないのに、一人平気そうな六郎。そしてそれを変態を見るような瞳で見る残りの二人。


「アンタ平気なの?」


「ちとキツいが、慣れるじゃろ」


 と笑う六郎に、リエラは「は、ははは……」と乾いた笑いを浮かべ、レオンも「いや、慣れないと思うのだが」と呆れを通り越して無の境地だ。


「なんでん良かろう? とりあえず、あん犬ばここで抑えねば、街に出る被害は測り知れんぞ?」


 六郎の檄に二人が頷いた。こんな強烈な臭いを振りまかれたら、それだけで兵士の士気は下がるだろう。耐性のない王都の住民は下手をすれば倒れかねない。


「さて、スタンピードの中盤戦――二人とも頼むぞ!」

「応さ!」

「えー、アタシはパスしたいんだけど……」


 ボヤきながらリエラが杖を掲げ、犬に向けて光を落とす。


 それを合図に、再び駆け出す六郎とレオン。近付く度に臭いを増すその巨大狼が、三人を敵と認めたように、その視線を六郎たちへと向け口を開いた――

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