第33話 そりゃ知らない物ばかりだもの……テンション上がっちゃうよね

「――! これは我々の手に負える物ではないんだ!」


「阿呆! 男が壁を目の前にして、逃げるなんち選択肢はねぇやろうが!」


 レオンに羽交い締めにされながら暴れる六郎。


「ロクローいい加減にしなさい! アタシ達じゃ無理だってば!」


 そんな六郎に向かって叫ぶのは、どこか必死な表情のリエラ。


 三人は今、ダンジョンの小部屋で混乱のさなかにある。




 時は少し遡り――




 ダンジョンへの入口という洞穴へと入った三人。緩い坂を背後から入ってくる僅かな光を頼りに少し進むと、眼前に見えてきたのはボンヤリとした明かり。


 背後からの光が無くなる頃には、ボンヤリとした明かりが足元を照らし、その正体を顕にする。


 石造りの巨大な入口。リッチのような意匠が掘られた巨大な両開きの石扉。それを照らす青緑色の炎を両端に侍らせ、来るものを迎え入れるように少しだけ開いている。


「こらぁ凄いの……地面ん中にこげん巨大なもんがあるんか」


「んー。……やっぱアタシの趣味じゃないわね。ダサいわ」


 それをワクワクした表情で見上げる六郎と、自分なら「もっとシンプルで格好良くする」とブツブツ不満げなリエラ。


「この先が正式なダンジョンだ。いいか? なるべく騒がずに最短で行くぞ」


 未だ門を見上げる六郎とリエラを振り返ったレオン。


 騒がず最短に。なるべくモンスターと遭わずに、最深部であるコアを目指したいのだ。


「行くぞ――」


 門を押し開くレオンに六郎とリエラが続く。


 門を抜けた三人を迎え入れたのは、門と同じ石造りの床と壁の空間だ。


 ボンヤリと光る床と壁も不思議なことながら、何より不思議なのはということだろう。


 暗くどこまでも続く深淵が頭上には広がっている。


 そしてそんな不思議空間において、一人それを受け入れられない存在が――


「なぁんかこら! 壁が光っちょんぞ!」


 光る壁に興味津々の六郎が、声を張り上げ壁をペタペタと触っている。


「ろ、ロクロー。静かに行こうとあれほど――」


 口元に指を当て「シー!」とするレオンをよそに、六郎の興味は先の見えない頭上の深淵へ――


「あん上はどうなっとんじゃ? いや、見てきたがはええの!」


 言うやいなや壁を蹴り、通路を上へと昇っていく。


 馬車がすれ違えるほど広い通路にも関わらず、右、左と器用に壁を蹴る六郎が深淵の中へ消える。


「……帰ってこないわね」

「……来ないな……」


 六郎の姿が見えなくなって暫く、上ではなく六郎が飛び立った床石を眺めるリエラとレオン。


 その呟きが合図だったように、不意に六郎の姿が現れた。


「ん? なんや二人とも……ワシより先に……っち最初の場所やねぇか」

「強制的に転移させられたのよ……言ったでしょ? ある種の生命体みたいなものだって」


 呆れたような表情のリエラに、「生きもんや云うても、瞬間移動させるんはむりじゃろうて……」と呟く六郎。


「そんなこと云われても知らないわよ」


 頬を膨らませるリエラに、苦笑いのレオン。


「と、とにかく静かに行くぞ――」


 漸く大人しくなった六郎に、胸をなでおろしたレオンが再び通路を進む。


 ボンヤリと明るい通路に、三人の足音だけが響き渡る。



「分かれ道か……」


 暫く歩いて出現した左右に分かれる通路を前に、レオンが固まる。


 懐から出した紙を暫く眺めるレオンだが、諦めたように首を振り、その紙をもう一度懐へと戻した。


「最悪のタイミングだな……リセットがかかっている」


 レオンの言葉に「あーあ」と片手で覆うリエラと、「まーた訳の分からん事を」とボヤく六郎。


「ダンジョンってのはね。ある周期ごとにその中の構造が変わるのよ。そして今このダンジョンは、


 リエラの説明の後ろで、レオンが新たな紙を取り出し簡単な地図を記している。


 本来ならダンジョンリセットは喜ばしいことだ。内部の宝物などもリセットされているため、ダンジョンに潜る旨味があるのだ。


 が、今は内部のお宝より、最深部になるべく早く辿り着く必要がある。


 思わぬタイムロスにレオンが歯噛みするが、ここで嘆いても仕方がないと意を決して左側の通路へと歩を進める。


 再び続く広いだけの通路。


「幸いなのは、黒幕がモンスターを間引いてくれている事だな」


 力なく笑うレオンだが、「それのせいで、こんな場所にいるんだけどね」とのリエラのツッコミにその弱々しかった笑顔すら消えてしまう。


 モンスターが出るわけでもない退屈な通路を歩いて暫く、三人の目の前に出現したのは、行き止まりの小部屋だった。


「……外れか……」


 小部屋の先にある宝箱に対して失礼な発言であるが、事実レオンからしたら外れルートなので仕方がない。


 だが、そんな外れルートであっても、初めて見るものからしたら大当たりなわけで――


「何やこん箱は――?」


 ズカズカと宝箱に向かって突き進むの六郎。そしてそれを「ちょっと待ちなさいよ」と引っ張るリエラだが、六郎の勢いに引っ張られあまり意味を成していない。


「開けてん良かやろうか?」

「駄目よ! 罠の可能性もあるんだから」


 宝箱を前に、ワクワクする六郎と、若干疲れたようなリエラ。


「罠ぁ?」

「そ、開けようとすると矢が飛んできたり、爆発したり、ひどい罠ならどこかに飛ばされちゃうわ」


 肩を竦めるリエラの前で、六郎が考え込むように宝箱を見ている。


 かと思えば、おもむろに屈み、宝箱に手をかけた――


「ちょっと聞いてたの? 罠が――」

「応。聞いとったの。じゃけぇこうするんじゃ――」


 笑う六郎が宝箱を壁に向けて投擲――激しい音を立てて爆発する宝箱。


「おお! 爆発する罠じゃな……」


 盛大な爆発を見せたものの、宝箱自体は口が開き、横倒しになっただけで無傷だ。


「無茶苦茶だわ……」


 一歩間違えば何が起こるかわからない物を、躊躇いなく投げつける六郎。そもそも中の宝を考えたら、投げつけるという選択肢が出てくるほうがおかしいのだ。


 いくらダンジョンの宝箱は壊れない。と言っても、投げつける人間は見たこともない。ましてや壊れない事を、知らない人間なら尚更だ。


 あまりの傍若無人っぷりに、レオンも開いた口が塞がらない。


 そしてそんな二人のことなど、お構いなしなのが六郎だ。


「どれどれ中身は――ん? ん? なにゆえ『永樂通寶』がこん世界に?」


 六郎が箱の中から取り出したのは、丸に四角い穴、そして刻まれる『永樂通寶』という文字だ。


 その銅銭の束を抱える六郎に、リエラが大きく溜息をついた。


「ダンジョンの宝物は、別の世界から来たものだって言ったじゃない……アンタの世界で『失せ物』とかあるでしょ? アレの殆どがダンジョン行きになってんのよ」


 自分の説明に「そんな事も云うとったの」と笑う六郎に、「どうせ覚える気ないでしょ」とリエラは呆れ顔だ。







「さてと、宝ば手に入れたし、そろそろモンスターも出てきて欲しいんじゃが」


 来た道を戻り、幾つかの通路を抜け、下への階段を歩きながら六郎が笑う。


 気分は完全にピクニックのようだが、レオンもリエラも六郎に調査という繊細な任務が務まるとは思っていないので、突っ込むことすらしない。


 第二層に降りた三人を待ち受けていたのは、再びの分かれ道からの行き止まりコンボだった。


「くそ……引き返す――」


 踵を返したレオンの視線の先に、ボンヤリと壁を見つめる六郎。


「ロクロー?」


「こん壁ばぶち壊せばエエんやねぇか?」


 壁を指差す六郎に、レオンとリエラが顔を見合わせる。


 ダンジョンの壁というのは、この世界において壊れないもの筆頭である。


 それを壊すという六郎のトンデモ発言に、「いやいや、流石に無理よ」とリエラも半笑いで首を振る。


「やって見んと分からんやろうが――」


 一瞬で魔力を纏った六郎。訓練し始めとは、見違えるほど滑らかにな魔力操作で強化された肉体が、壁に襲いかかる――


 ――ゴウン


 とダンジョン全体が唸っているかのような音が辺りに響き渡った。


「くぅー。硬えの……よっしゃもっ発じゃ!」


 繰り出された左拳が、再びダンジョンを唸らせる。


「おっし、我慢比べじゃな!」


 笑う六郎が左右交互に拳を繰り出す度、ダンジョン全体が唸り声を上げる。


 獰猛な顔で「どこまで耐えるか見ものじゃな!」と笑い声を上げながら壁を殴り続ける六郎に、呆けていたレオンが復帰、弾かれたように六郎を羽交い締めに――


「待て待て待て待て! よく分からんが、多分ダメだ! それ以上は何かダメだと思う!」


「何するんじゃ! 男と男の勝負じゃぞ!」


 羽交い締めされたまま、六郎が後ろに視線を投げた。


「相手は壁だぞ! ! これは我々の手に負える物ではないんだ!」

「阿呆! 男がを目の前にして、逃げるなんち選択肢はねぇやろうが!」


 レオンに羽交い締めにされながら、暴れる六郎。


「ロクローいい加減にしなさい! アタシ達じゃ無理だってば!」


 そんな六郎に向かって叫ぶのは、どこか必死な表情のリエラ。


 無理と言いながら、案外ぶち壊しそうでヒヤヒヤしていたりする。そしてぶち壊してしまえば、多分……いや間違いなくダンジョンの防衛機能が働きスタンピード一直線だ。


 それだけは阻止せねばならないと、リエラもレオンも必死だ。


「阿呆! 感触的には、殴り続ければ壊せるぞ!」


 その発言にリエラもレオンも青くなる。


 こいつはヤベーと。


 どうやって止めるか考えるリエラとレオンは視界の端に、通路の向こうに動く影を見つけた。


 なるべく接敵は避けてきたが、そもそも戦っても問題ない人数以下で侵入している。


 ……であるなら、気を逸らすには丁度いい。


 瞬時に判断したリエラが、来た道を指差す。


「ろ、ロクロー向こうにモンスターが出たわよ!」


「なんちな! ようやく出たか! 首ば刈に行くぞ!」


 壁のことなどすっかり忘れ、意気揚々とリエラが指さした方向へと駆け出す六郎。


「り、リエラ嬢――」


「何も云わないで……とりあえずこれが終わったら、アイツはダンジョン進入禁止よ……」


 疲れたように顔を見合わせる二人の元に


「腐った死体ばぶっ飛ばしてきたわ……じゃが汚ぇ首は要らんの」


 少しスッキリした表情の六郎が戻ってきた。


「とりあえず進もう。先に行けば行くほど、強敵が出る可能性は高いからな」


「壁ば――」


「壊さないわよ! 歩いたほうが早いし、モンスターにも会えるでしょ」


 リエラの言葉に「……ま、今度じゃな」と二度と訪れないであろう再戦を誓う六郎が、小部屋を後にした。


 ☆☆☆



「さて、潜入はどうするつもりだ?」


 虎獣人ワータイガーが強まった雨脚に鬱陶しそうに空を見上げた。


「まあ待て。潜入だけでなく、帰りの事も考えねば――」


 そう言ってフードの男が洞穴のある崖の上を睨む。


「上から入るぞ……なに、ダンジョン内は無理だが、その前の洞穴に通じる道くらいなら作れるさ」


 そう言って笑う男に、他の三人が頷く。


「僕に楯突いたこと……後悔させてやる――」


 雨の音に紛れ、四人がその場を後にする。そこに誰かいた痕跡を強くなる雨がかき消していく。

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