第31話 ようやくダンジョン行けるってよ!

 いつものギルド、いつもの受付に顔を出したリエラと六郎。二人を迎え入れたのは、「おはようございます!」と元気いっぱいに挨拶をする、これまたいつものジゼルだった。


 ただいつもと違うのは――


「ジゼルさん、私達に指名が入っていると思うのですが?」


 ――でジゼルに話しかけるリエラの姿だろうか。


 わざわざ朝から六郎に纏めて貰ったハーフアップと、そこから覗く簪を見せつけるようなその仕草を、六郎はジト目で眺めている。


「あ、リエラさん。ダンジョン調――わぁ! 髪型変えたんですね!」


「あら? 気づかれました?」


 何に対するマウントなのか……薄笑いのリエラがわざとらしくその首を振ると、髪に刺された簪がキラキラと輝く。


「わぁー! 素敵です! 飾りも綺麗ですし、どうやって纏めてるんですか?」


「これ? 大したことじゃ無いんですよ」


 相変わらず薄笑いで「ホホホ」と笑うリエラを、「お前キモチワリぃの」と、こちらも相変わらずジト目で眺める六郎。


 そんな暴言六郎の足の甲を打ち抜くリエラの杖。蹲る六郎。


「ちょっとコツがあるんですが、慣れたら誰でも出来るものなんですよ」


 まるで自分がやりました。とでも言わんばかりのその仕草に、立ち上がった六郎がその簪を抜き去った。


「あ、ああ!」


 パサリと音を立てて崩れる髪型に、リエラが情けない声を上げながら視線を後ろに――


「ちょっと何すんのよ!」


 頬を膨らませるリエラに「コツがあるんじゃろ?」と、打ち抜かれた足のお返しとばかりに、六郎が悪い顔で笑っている。


 そんな六郎から簪をぶんどったリエラが、恨みがましく六郎を睨みつけながら髪の毛を簪で纏め上げ――


 纏め上げ――


 ……纏め上げ――られない。


 クルクルと髪の毛を巻き取るものの、一つも簪にかかること無くハラハラと落ちる髪の毛がリエラの背中を叩く。


 何度目かの失敗の後――


「……やって」


 ――膨らませた頬を赤らめ、若干の涙目で六郎を振り返ったリエラ。


「泣くことはねぇやろうが?」


 簪を受け取り、リエラの髪を触る六郎に


「はぁ? 泣いてませんー! ちょっと髪の毛が目に入っただけですぅ!」


 安心したようなリエラが、いつもの調子を戻している。


 一瞬で綺麗に結われた髪に、ジゼルが目を丸くし二人を見比べて微笑んだ。


「ロクローさんとお揃いなんですね。仲睦まじくて羨ましいです」


 笑顔のジゼルにリエラが若干頬を染めつつ「ろ、ロクローがどうしてもって云うからね」と、はにかんで見せた。


 ちなみにその発言を「お前が、どうしても欲しい。やら云うたんじゃろうが」とは否定しない六郎。


 それは女心が分かっている……からではなく、長年戰場で培われた勘が、その発言はダメだという警鐘を鳴らしているだけだ。


 そんな六郎の思いなどつゆ知らず、今も目の前では


「男ってどうしてこうなのかしらね……」


 と再び斜め四十五度で薄笑いを浮かべるリエラと


「いいなー。私もそんな人が欲しいなー」


 と目を輝かせ、耳をピコピコ動かすジゼルが姦しく盛り上がっている。


「盛り上がっとる所わりぃが、レオンから荷物持ちポーターの依頼が来てるっち思うんじゃが?」


 リエラに任せていては話が進まないと、六郎が姦しい空間へ割って入った。


 その発言で漸く仕事を思い出したように、ジゼルがその耳と居住まいを直す。


「そ、そうでした。『リエラとロクロー』のお二人に王国騎士団王都守備隊より正式な指名依頼が入ってます」


 ジゼルが用紙を手渡しながら詳細を説明する。


 王都近郊にある、ゴールドランクダンジョンへの荷物持ちとしての同行。


 本来であればウッドランクの二人は、アイアンまでのダンジョンにしか同行できない。


 今回は騎士団からの正式依頼という事

 前二回の騎士団からの依頼への貢献度

 知識はともかくとして、腕っぷしだけなら問題ない事


 という三点から特別に許可が降りた形だ。


「絶対に無理しないで下さいね。お二人の強さは知っていますが、ダンジョンは強さだけじゃ攻略できない危険な場所なんですから」


 真剣な表情のジゼルに


「応。もう油断はねぇの」


「ありがとうございます。気をつけますね」


 と二人して笑顔を見せる。


「本当は、騎士団じゃなくて、そちらに行って欲しかったんですが……」


 残念そうに垂れ下がるジゼルの耳。


「紹介できるって……私達を連れて行っても良いって、パーティがあったんですか?」


「はい。ですので調査が終わったら是非紹介させて下さいね!」


 嬉しそうに笑うジゼルの目の前では、驚いたように顔を見合わせるリエラと六郎。


?」


……でエエんやないか?」


「それもそうね……」


 一頻り顔を見合わせていた二人だが、ジゼルに向き直りリエラが破顔する。


「ありがとうございます。是非、今回の依頼が終わったらご紹介下さい」


「はい。お任せ下さい! そして調査頑張ってきて下さいね! 絶対に無理だけは駄目ですよ」


 自身の胸の前で両拳を握りしめるジゼルに「ありがとうございます」と頭を下げたリエラと「応、行ってくるの」と軽く手を上げた六郎が扉の向こうへと消えていく。





 二人の背中を見送ったジゼルに、隣の受付嬢が声をかけた


「先輩、あの二人を招き入れていいパーティなんてよく見つけられましたね」


 既に朝のピークは過ぎ、閑散としたギルドは後輩のヒソヒソ声ですら大きく聞こえてしまう。


「ん? パーティって言っても臨時みたいなの……もともとソロやコンビの人たちが『意気投合した』とか言ってパーティを組んだみたいよ」


 後輩に一瞬視線だけを向けたジゼルが、パーティとして申請された用紙を後輩に渡す。


「……ゴールドランクにシルバーランク……このランク帯で『意気投合した』って珍しいですね」


 用紙を眺める後輩にジゼルも頷く。


「低ランクなら珍しくないんだけどねー」


 実際後輩の言う通り、もともとソロやコンビでやってきた高ランク人間がパーティを組むという事はあまりない。


 今までそのメンバーで上手く行っていたのに、他の要因を入れるリスクのほうが大きいのだ。


 だが、前例が無いわけではない。


 より高ランク帯を目指す場合、自分の限界を感じた場合などはそうやってパーティを模索したり人員を増やしてみたりと言うこともある。


 それと珍しくないのが、だろう。


 今までの活動拠点から移ってきた人間が、意気投合して……と言うのが一番多い理由だったりする。


 新しい場所ではそういう出会いもあるだろう。


 そして今回の臨時パーティも――


「あ、このゴールドランクのお二人は領の領都から来てるんですね」


 と別の街からの拠点移動者が中心なのだ。


「そういう事。なんでも王都で上を目指すのに、パーティを組むんだって。手始めに連携の確認とかしたくて、アイアンランクのダンジョンに潜るんだって言ってたわ」


「その人達大丈夫でしょうか……あの二人の事教えてあげたほうがいいんじゃないですか?」


「大丈夫。ちゃんと最初に説明したら『面白え』って笑ってたし」


 心配そうな後輩にジゼルが笑顔を見せた。


「ゴールドランクとシルバーランク相手に、あの二人も無茶はしないわよ」


 笑うジゼルの目の前に人影一つ――


「おはようございます! ご要件をお伺いします!」


 ――現れた冒険者の男に、六郎やリエラの事は一旦忘れて仕事に戻るジゼルであった。



 ☆☆☆



 通りを歩くリエラと六郎は、少しだけ申し訳なく思っている。


 それはそうだろう。


 物事に鈍感なリエラと六郎と言えど、自分たちが異質で周りから遠慮されている……端的に言えば嫌われている事くらいは肌で感じているのだ。


 そんな自分たちを同行させても良い。など仏か苦行中の行者くらいのものだ。……どちらにしろ、こんな所にいる人間では考えられない。


 つまりそんな自分たちを誘うという事は、


 六郎をして「ツキが回ってきた」という言葉が示すように、わざわざ敵を探してウロウロせずとも向こうから接触してきてくれたのだ。



 喜ばしいと言えばそうなのだが――


「で? どうすんの?」

「そらぁ……。じゃろうて」


 太陽を隠した雲を、ボンヤリ見上げるリエラが「ま、そうよね」と呟き笑う。


 喜ばしいと言えばそうなのだが、それに巻き込んでしまう形になったジゼルには、少しだけ申し訳なく思っている。


 完全な善意で方々を当たってくれた彼女の頑張りは知っているし、そして漸く引き当てたが謀り事の一端なのだ。


「本音を云やぁ、消えてくれりゃエエんじゃが」


 同じように雲を見上げる六郎に、リエラが視線だけ向けて「そうね」と答えた。


 自己中心、傲岸不遜、唯我独尊……それを体現する六郎だが、その根底には一つの理念がある。


 己が信じる道理には反しない。


 彼女には落ち度はない。それでも自分たちに。と知ることになったらショックは受けるだろう。


 彼女の善意につけ込んで、接触してくるなど六郎の道理に反しているのだ。文句があるなら、嫌いであれば真正面から来い。それが六郎の道理である。


「まあ、全力で頭ば下げるしかねぇの……巻き込んでしもうて悪かったと」


「そうね。そもそもコソコソ襲ってくるほうが悪いわ」


 何だかんだ言って、リエラも六郎もジゼルを気に入っている。


 異質である自分たちに接してくれる、数少ない人間なのだ。そんな人間を利用されるというのは、正直気持ちのいいものではない。


「とりあえず調査が先じゃな。後んことは後で考えるとしようや」


 漸く見えてきた王都の正門。その前に腕を組んで立っているレオンに、手を挙げる六郎の言葉にリエラが頷く。




「二人とも今日はすまないな」


「いんや、ワシらからしても願ったり叶ったりじゃ」


 手を挙げ返し二人を迎え入れたレオンに、六郎が笑いかける。


「そうか。そう言ってもらえて助かる……準備はいいか?」


「大丈夫ですよ」


 リエラの女神スマイルに、口角を上げるレオン。もう胡散臭そうな顔をすることもない。こういう存在なのだと、慣れたものだ。


「では、行くか……いざダンジョン調査へ――」


 レオンの言葉に従い正門を潜り抜ける調査隊。見上げる空を覆い隠さんとする流れる黒い雲。


「降り出すまでに着けばいいわね」

「そうじゃな……」


 季節に似合わない涼しい風に、二人どちらともなく溜息をついてレオンを追いかける。


 後の世に『国崩し』と呼ばれる大事件。その引金が静かに引かれた瞬間だった。

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