第30話 火の粉を山火事にするのがお仕事です

 爆発と土埃を発生させていたのは、一人のゴロツキだった。毛皮のベストに編み上げのブーツ。腰に短剣をき、顔に傷がある見るからに「ザ・ゴロツキ」の代表と言った出で立ちの男。


 ただ、普通のゴロツキとは違う異様な雰囲気を放ってはいるが……。


 ギラギラと光っているのかと思うほど鋭く力強い眼光。

 口の端から溢れる涎と泡。

 全身に浮き上がる血管。特に頭はメロンと見紛うほどだ。


 そして血だらけで、ボロボロになった拳。


「何やコイツは?」


 明らかな異常者に、六郎が眉を寄せた。戦場で似たような目をした人間に会った事はある。死への恐怖から錯乱した人間が似たような目をしていた。


 そんな狂人達だが、それでも目の前にいるゴロツキのように、全身から迸るような圧力は放っていなかった。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 半狂乱のようなゴロツキが壁に向かって腕を振り抜く――轟音とともに壁に開く大穴と立ち昇る土埃。


「ウソ……さっきの爆発も物理って事?」


 壁を吹き飛ばした、血まみれの拳を見るリエラが固まる。


 血まみれの拳……つまりリエラ達が来るキッカケになった爆発は、ゴロツキが何かを殴った衝撃だったということだ。



「うぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁ!」


 リエラの言葉に反応したのか、六郎と目があったゴロツキが、雄叫びを上げ、身体を沈ませた――瞬間六郎の目の前に現れるゴロツキ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 雄叫びとともに振り抜かれた右腕が六郎を捉え、その身体を吹き飛ばす。


 吹き飛んだ六郎が民家と思しき建物の壁に打つかり、轟音と砂埃を巻き上げた。


「ろ、ロクロ――」


 六郎を振り返ろうとしたリエラの目の端に、ゴロツキの歪んだ笑顔が映った。


「ヤバ――」


 気がついた時には既に眼前に迫るその拳。やけにスローモーションに見えるそれに、リエラは走馬灯という物がある、と聞いたことを思い出している。


 訪れる衝撃に身を固め、ありったけの魔力で身体を覆う――不意にに感じる違和感。


 それは一瞬で、後ろへの浮遊感に変わる。


 目の前を空振り通り過ぎていく大振りの拳。

 後ろに視線をやれば、自分を引っ張っている様な六郎の姿。


「ろ、ロクロー!」

「すまんの、油断したわい!」


 一瞬でリエラと位置を入れ替えた六郎に、ゴロツキは構わず左の拳を振り上げる。


「戯けが――」


 六郎が右拳でゴロツキの左脇を打ち抜く。

 伸び切った無防備な脇、通常であれば痛みで攻撃が止まるはずだが、ゴロツキは構わずその拳を振り下ろした。


 ――ズン。


 と重たい音が通りに響き、衝撃で何度目かの土埃が舞う。


 吹き付ける風が土埃を攫う中、音の発生源には、ゴロツキの左腕を受け止める六郎の姿。


「なかなかの怪力じゃの――」


 丸太のようなゴロツキの腕に浮き上がる血管、その数が増え、よりくっきりと現れる。


 少しずつ押し込まれる六郎の右腕――。


 六郎の目の前で、ゴロツキがニヤリと嗤う。


 打ち付けていた左拳を開き六郎の右肩を、そして右腕を伸ばし六郎の左肩を――それぞれを掴んだゴロツキが、六郎を引き寄せながら自身の頭を思い切り打ち付けた。


 ――グシャリ。


 骨と肉の潰れる嫌な音。


 それが収まると、六郎の足元にポタポタと落ちる鮮血が、やけに煩くその存在を主張している。


「ホンに……我ながら情けねぇの」


 口角を上げる六郎の視線の先、同じように嗤うゴロツキの


 完全に固められ、逃げ場を失った六郎だが、左手で逆手のまま抜いた鉄扇を構えて頭の間に滑り込ませたのだ。


 頭に左腕を当てがい、衝撃を受けつつ、相手の頭は鉄扇で砕く。


 咄嗟に出された攻防一体のそれに、リエラは安心したように息を吐いた。


 そんなリエラの視線の先、逆手に持った鉄扇でゴロツキの喉を突く六郎。

 一瞬呼吸が止まった事で、ゴロツキの手が緩んだ。


 その緩んだゴロツキの左腕、その肘に掛けられる鉄扇。


 鉄扇を逆手でもつ左手に右手も掛け、それと挟み込むようにゴロツキの腕を右腕で押し上げた。


 完全に極った肘に、六郎の肩を掴んでいたゴロツキの手が完全に離れる。


 肘を極めたまま、六郎が身体を捻る――枯れ木が折れるような乾いた音。


 肘をへし折ったまま、更に身体を捻る六郎に引っ張られるように前のめりになるゴロツキ。


 その顔面に、捻りで引き下げた左膝を六郎が突き刺した。


 割れた額が更に潰れる鈍い音。



 仰け反り、ヨロヨロと距離を取るゴロツキ。

 額を抑え、ドクドクと流れる血。


 流れる血はそのままに、非ぬ方向に曲がったその左肘を無理矢理戻すゴロツキに「痛みは感じんのか」と六郎が溜息をついた。


「ぐううううううぅぅぅあああああああぁぁぁぁ!」


 吠えるゴロツキが顔面を血に染めながら、六郎を睨みつける。


 再び消えたかと思う速度で六郎へ突進するゴロツキ。

 振り抜かれた右腕が六郎の顔面を――捉えたかと思ったそれが空を切り、逆にゴロツキの


 紙一重で躱した六郎のカウンター。


 掌底で突き上げた顎、そのままもう一歩踏み込み、右肘をゴロツキの鳩尾に叩き込む。

 顎が上がり、数字の『1』のような姿勢だったゴロツキは『>』の記号に。


 ゴロツキの口から撒き散らされる血の混じった胃液。


 頭上を通り過ぎるそれらに、「汚ぇの――」と六郎が眉を寄せ、切り返しの左正拳一撃。


 肘鉄の勢いで足が浮いていたゴロツキが、正拳に従い吹き飛んだ。




 六郎がぶつかった壁とは別の壁に減り込んだゴロツキが、ゆっくりと立ち上がる。


「うぅぅぅっぅっっっぅ」


 だがその雄叫びは既に弱々しく、先程までの圧も感じられない。


「主にゃ感謝しとるぞ。忘れとった感覚を思い出せた――」


 嗤う六郎が首をコキリと鳴らす。


「やはり戰場はこうでなくてはの……ヒリつく命のやり取り……忘れとったわ――」


 一瞬でその距離を詰める六郎――カウンターを狙うように振り上げられるゴロツキの右拳。


 地面を穿つ踏み込み――はゴロツキの射程ギリギリでの急ブレーキ。

 振り下ろされたゴロツキの右腕。

 それが鼻先を掠めた瞬間、で六郎が間合いを詰めた。


 急から緩。


 ブレーキから、ゴロツキの再カウンター。


 その左の振り払いも、虚しく六郎の鼻先を掠める。


 二撃を紙一重で躱した六郎の右拳が高速で二つの軌跡を描く――砕かれた両鎖骨にゴロツキの腕がダラリと力なくぶら下がった。


 自身の身体に訪れた異変に、ゴロツキが眉を寄せた瞬間、その目の前で六郎が――瞳孔が開ききったその目に映るのは、繰り出される六郎の左上段後ろ回し蹴り。


 それを最後にゴロツキの意識は途絶えた。





 六郎の目の前には、盛大に血を流す


 六郎が繰り出した本気の後ろ回し蹴りが、ゴロツキの頭部を吹き飛ばしたのだ。


「油断して、甜めとってスマンかったの……せめてもの礼儀じゃ――」


 六郎がその死体に背を向けるとほぼ同時、力なく崩れ落ちるゴロツキの死体。


 通報があったのか、それとも派手に暴れたせいか、現場へと近づいてくる複数の気配に「ホンにレオンも苦労人じゃな」と苦笑いを隠せない。


「ロクロー! 大丈夫なの?」


 駆け寄ってきたリエラに「ちと痛むがの」と笑う六郎が自分の左腕を指差す。

 腫れている手首付近を見るに、どうやら頭突きを止めた際。その勢いで左腕を痛めているようだ。


「ちょっと見せなさい――」


 その腫れた左手首を触るリエラが「折れては無いわね……」と一息ついて「あんな音で折れてないって逆に凄いわよ」と口を尖らせながらその腕に回復魔法を当てている。


「おお! ゾワゾワするのぅ」


 その感覚に喜ぶ六郎に「ちょっとジッとしててよね」とリエラが眉を釣り上げる。


 そんな二人の耳に飛び込んでくる複数の鎧が立てるけたたましい音。


「貴様らそこを動くな――」


 揃いの鎧は王都守備隊のもので間違いないだろう。ただ隊長格である騎士とは違い、簡素な鎧だけの集団に「こりゃ他でも誰か暴れとんな」と六郎が苦笑いを浮かべている。


「何を笑っている!」


 取り囲む衛兵達から突き刺さる非難の視線に、どちらともなく肩を竦めた。


 一応被害を最小限に抑えたつもりだが、それでもゴロツキ相手に暴れたので「怒られる筋合いがはない」とは言えないのだ。


「とりあえずレオンば呼んじゃらんね?」

「誰が貴様のような――」

「まあ待て」


 衛兵の怒声を遮って出てきたのは六郎が呼べと言った人物。レオンその人だった。


「おお、レオン。よー分かったの」

「『よー分かったの』ではない。君たちがアクセサリー通りに行くことは予想できていたからな。そちら方面で問題が起こったとなれば、君たちがいるだろう?」


 完全に見透かされている行動に、六郎は思わず声を上げて笑ってしまう。




「それで? 何があった?」


 一頻り笑った六郎にレオンが近づいてくる。


「さあの。よー分からん狂人に襲われた……としか言いようがねぇの」


 視線で促すその先には、首をなくし、倒れ伏す死体が一つ。


「……犯人は死亡……か。聞き取りがしたかったのだが」


 非難めいたレオンの視線に、「礼儀じゃ」と死体を見つめたままの六郎が呟く。


「聞き取りは無理よ。あれ、多分ドラッグの症状だし」


 六郎の治療が終わったリエラが杖をポシェトにしまいつつ口を開いた。


「……もそうか」


 呟くレオンは答えが分かっていたようで、顔をしかめる。


、っちゃ何ね?」

「やばい薬だよ……少し前まで流行っていてな――」


 六郎に視線を合わせぬまま、レオンが続ける。


「最初は多幸感があるらしい。ただ、非常に依存性が高く、使い続けるうちに幻覚や幻聴を誘発する……そして症状が進めば、その幻覚や幻聴に怯えるように暴力的になる」


 レオンが見つめる先、守備隊の面々が駆け回り周囲の被害状況を確認している。


「もともとは暴力性が増す程度だったそれが、最近になって身体能力の著しい向上を見せ始めた……暴力的な副作用と依存症をそのままに」


 そこで言葉を切ったレオンが大きく息を吐いた。


「つい最近、。そいつらが潰れたお陰でドラッグも下火だったんだが……」


 六郎を見るレオン。その視線の意味を六郎が分かるわけなど無く、「ほな、どっか別の奴らが捌いとんじゃろ」とレオンを見つめ返すだけだ。


「ただでさえ大変な時なのに……」


 片手で額を抑えるレオンに、「そう言えばダンジョンの調査じゃが――」と六郎が先程までリエラと話していた予想を聞かせる。





「……成程。一理あるな……ゴールドランクのダンジョンは国も関わっている。調査には必ず騎士団が同行するし、その場合は慣例的に守備隊総隊長が担うからな……」


 顎に手を当てるレオンに、「ただ誘き出してまでどうするつもりか……は分からんぞ?」と六郎が肩を竦めている。


 六郎達の横を運ばれていく首無し死体。それを目で追っていたリエラが、その視線を六郎に戻した。


「これもダンジョンをいじってる奴らの仕業なら、王都を落とすつもりなんじゃないの? だってアンタ言ってたじゃない『街ば落とすんなら中からも――』って」


 その言葉にレオンと六郎が顔を見合わせ、同時に口を開いた。


「「そりゃねぇのないな」」

「何でよ?」


 ジト目のリエラに再び顔を見合わせる二人――説明を譲り合っている様な沈黙に「ロクロー教えなさいよ!」とリエラが頬を膨らませる。


「……街ば落とす。可能性はゼロではねぇが、こん事件とダンジョンの細工は別の人間じゃ」

「どうして言い切れるのよ」


 ジト目のリエラ、その頭に手を置く六郎が続ける。


「タイミングが悪すぎるけぇの」


 それに頷くレオンと、「タイミング?」と首を傾げるリエラ。


「もし、相手が王都を落とそうと考えて、私を外に連れ出したいと考えている。と仮定すると、王都内で事件を起こすにはんだよ」


「こいつが王都から出る前に事件ば起こしたら、こいつが王都に留まるかも知らんじゃろ?」


 六郎の説明に「ナルホド」と頷くリエラ。だが、納得は新たな疑問を呼び――


「でもこんなにタイミングよく、別の勢力が何か企むなんてあるの?」

「さあの……じゃが勢力が違うのは間違いねぇの」

「どうしてよ?」

「やり口がけぇじゃ」


 再び六郎の言に頷くレオン。


「ダンジョンの方は緻密に計算して、多大な労力を払い準備しているのに対して、今回の騒動は何というか……突発的な……嫌がらせのような感じだな」


「嫌がらせって……隊長さんに?」


「そうなるな……そして相手は恐らくフォンテーヌだろう」


 面倒くささを隠さないような盛大なため息。「ジョルダーニの背後に居たのも奴らだし」と頭を振るレオン。


「隊長さん……大変ね」


 リエラの慰めに「君たちも胃痛の種の一つなんだが」と苦笑いをこぼすレオン。


「そらぁ火の粉ば降りかかるけぇ、仕方がなかろう?」

「アンタがその火の粉を、大火災にしてるんだけどね」

「君もだよ……」


 悪びれる様子のない六郎に、自覚のないリエラ。今も頬を膨らませ「アタシはそんな事ないわよ」「いや、お前もワシと同類じゃ」と言い合う二人を見るレオン。


(私ではなく、この二人を狙ってくれたら良いのに)


 複雑な関係の知り合いと、訳のわからない陰謀同士で潰し合ってくれたら良かったのに。という思いで胸を満たしながら事後処理へと向かうレオンであった。

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