第29話 別の会話しながら仕草だけで意思疎通取れると、長年の相棒感あるよね
「だんじょんくらいしすぅ?」
「ダンジョンクライシスね」
大金を手に入れてホクホク顔のリエラが、スキップしながら六郎を振り返った。
二人は今、昨日の
もちろん六郎の武器が出来たら支払いもあるし、ダンジョン突入のための道具や保存食などの買い込みもあるため、そこまで自由に使えるというわけではない。
それでも懐が温かいという事実に、リエラが「アタシもイメチェンしたい」と言い出したので、一番簡単そうなアクセサリーを見に露店が軒を連ねる通りへと足を向けたのだ。
「ダンジョ……何か? そん訳の分からんやつは」
「アンタは大体が訳分からない事ばっかでしょ」
スキップを止めて六郎の横に並ぶリエラが、露天のアクセサリー、その中からネックレスを手に取り、そのまま首にかけた――
「ダンジョンってのは、モンスターが常に湧いてくる場所ってのはこの前話したわよね?」
語尾に合わせて小首を傾げるリエラ。「話したよね?」「似合ってる?」と言う二つの意味が込められている様なその仕草に
「応。それは聞いたのぅ」
と六郎は眉を寄せてみせた。
どうやら先程の意思表示は合っていたようで、肩を竦めたリエラがそのネックレスを元に戻した。
「で、そのダンジョンの説明なんだけど――」
リエラが手を伸ばした別のネックレスを遮り、六郎が掴んだその一つをリエラの首へとかける。
「ありがと……」
少し照れたように呟いたリエラがダンジョンの説明を始めた。
ダンジョンとは、この世界にある特殊な空間のこと。
深部にコアを持ち、モンスターを生み出し続ける装置。
ちなみに別次元と繋がる事もある。
ダンジョン内にある宝物は、別の次元から呼び寄せたもので、逆にこの世界の物も別世界のダンジョンへとトリップしている事。
そして一種の生命体のような存在であること。
「生きとるっち云うんか?」
説明を聞きながら、リエラの首にかけ続けた十本を超えるネックレス、更に増えそうなそれに、リエラが「要らないわよ! 全部戻して」と声を荒げる。
ネックレスをそそくさと戻す六郎と、迷惑そうな顔の店主。
話を仕切り直すために、リエラが溜息をついて今度は指輪を触る――
「生きてる……のかしら。私もよく分かんないのよ……最初っから有ったし」
ガバガバの指輪を元の位置に戻したリエラが、その露店へと背を向けた。
「唯一つ言えるのは、ダンジョンクライシスは、ある種の防衛反応みたいな感じよ」
振り返ったリエラが六郎の手を取り、次の店へと引っ張っりながら説明を始める。
ダンジョンクライシスとは、モンスターの大量発生の事。
発生する鍵は二つ。
一つはダンジョン内のモンスターが一定値を下回ること。
内部のモンスターを狩りすぎると、ダンジョンコアの機能が一時的に低下し、モンスター補充が間に合わなくなることがあるのだと言う。
もう一つはそのタイミングで、一度に大量の人間がダンジョンに侵入すること。
「体内に侵入したウイルスに反応して高熱が出るみたいな感じかしら……っつっても分かんないわよね」
首を傾げる六郎に「アンタの時代じゃ、ウイルスとか分かんないか」と苦笑いだ。
幾つかの露店を眺めるだけで通り過ぎるリエラが六郎を振り返る。
「そして、ダンジョンクライシスの反応が大きすぎると、ダンジョンは内部のモンスターにも反応して更にモンスターを作り出しちゃうのよ……ほら、増えすぎた白血球が――ってこれも分かんないか」
再び見せるリエラの苦笑いに「とりあえずモンスターば沢山出てくるんじゃろ?」と半ば諦め気味の六郎。
「まあその認識で合ってるわよ。そしてそのモンスターが止めどなく溢れてダンジョンの外に出ちゃうのがスタンピードって現象ね」
次の露店へと辿り着いたリエラが、再びアクセサリーを物色しながら事も無げに語る。
アクセサリーの露店が並ぶ通りを、楽しげに会話しながら歩く二人の男女。美しい見た目に人々が振り返る中、その二人を前にした店主だけは「物騒な話なら他所でやれ」とドン引きだ。
「ほんで、敵ん目的はそんすたんぴーどっちやつか?」
「スタンピードね……ま、十中八九そうでしょ」
肩を竦めるリエラ。敵の目的などよりも、目の前にあるアクセサリーにピンと来るものが無いだけだ。
「昨日も、そしてさっきも。換金所に並んでる時に、ダンジョンのモンスターが少ないだとか云う話が聞こえてきてたし」
ブレスレットを手に嵌めたものの、どうもしっくり来ないようで残念そうな表情でリエラがそれを元に戻した。
ネックレスにイヤリング、指輪にブレスレット。
どれもこれも、リエラが気にいることは無いだろう。
なぜなら既に六郎によって、知らず識らずのうちにその価値観を変えられてしまっているから。
杖術を叩き込まれるという過程で。
ネックレスやイヤリングは体を捌く時にジャラジャラと邪魔になり、指輪は杖の滑りを悪くする。ブレスレットも杖の前後を入れ替える時に邪魔になる。
リエラは自分では気がついていないが、身に付ける度言い知れぬ違和感を覚えて、それらを元に戻しているのだ。
なんかしっくり来ない……でもまあ楽しいからいいか。そういう意識へとシフトチェンジしつつあるリエラの意識を六郎がダンジョンへと引き戻す。
「ほーう。ほな敵ん目的はレオンかも知らんの」
驚くように振り向いたリエラの横で、六郎が端に追いやられている一本の棒に手を伸ばした。
「なんで隊長さんが目的なのよ?」
「そらぁレオンやったら、スタンピード? までは辿り着くじゃろうて」
そう言いながら、六郎はリエラの両肩に手を置き、前を向かせ僧帽を取った。
「な、なに――」
慌てるリエラを無視し、背中まで伸びるその髪の毛を手に取る六郎。
「ちょ、ちょっと――」
「まあ見とれっち」
一本の長い棒――桜に似た花飾りがついた
普段は風にサラサラと揺れる美しい金髪が、今はリエラのうなじ付近で一つに纏められ、その端からは桜の花が覗く。
陽の光に煌めく金髪と桜の花。見たこともない組み合わせだが、お互いが上手くその美しさを補完し合うよう絶妙なバランスだ。
「へー、そうやって使うんだな」
と小太りの店主が物珍しそうに髪の毛を上げたリエラを見ている。
「ちょ、ちょっとどうなってんの? 見えないんだけど?」
後ろを振り返ろうとクルクルするリエラに、六郎は先程の話の続きとばかりに口を開く。
「気がついたレオンなら、恐らく少数で調査に行くじゃろ? レオンをダンジョンに引き入れたいんか、それとも街から引き離したいんか……そのどっちかじゃ」
片眉をあげる六郎の視線の先、リエラは店主から鏡を渡され「なるほどねー」と頬を朱に染め、満足そうな笑みを浮かべている。
綺麗にまとめ上げられ、髪の端から覗く桜に見惚れるその表情から、「なるほどねー」が六郎の言に対してではない事は明らかだろう。
「どうかしら?」
話の内容はどこへやら……ドヤ顔のリエラが六郎の前で一回転。まとめ髪をこれでもかと見せびらかすように、六郎に背を向けて止まった。
「応、似合うとるぞ! そいがありゃ何時でん兜割ん代わりに困らんの」
そしてそんな女心が分からない六郎が、余計な一言。
……兜割? なんだっけ……
どっかで聞いた気が……たしかゴロツキの――
「はあ? 嫌よ! 絶対貸さないから!」
首を落とす時に使っていた鉄串を思い出したリエラが、弾かれたように振り返る。
そのリエラの耳元で小さく音をたてる簪の飾り。
「あ、これ凄いわね。頭振っても全然崩れないじゃない」
先程の不穏な発言など聞かなかったかのように、リエラが楽しそうに首をふりがなら鏡を見つめる。
「似合うとるし、気に入ってるとこ悪いんじゃが……駄目じゃな――」
溜息をついた六郎がリエラの頭から簪を引き抜くと、その纏まっていた髪の毛が一瞬で風に攫われキラキラとたなびく。
「ちょ、ちょっと! せっかく気に入ってたのに」
六郎から簪をもぎ取り、頬を膨らませるリエラ。
「悪くはねぇが、ワシは髪の毛下ろしてる方が好きやの」
簪を元に戻せと言わんばかりに、六郎が置いてあった場所を顎でしゃくる。
「好きって……」
頬を染めるリエラだが、それでも簪を離そうとはしない。普段とは違う自分にテンションが上がっていたのが表の理由。そして本人は認めたがらないが、六郎の振袖と同じ意匠という事が実は一番大きい。
「じゃ、じゃあハーフアップにしてよ……」
頬を染め、六郎から視線を外しながらリエラが簪を六郎へと突き出した。が、当の本人は「はーふあっぷ、っちゃ何ね?」と勿論分かっていない。
「半分だけ、纏めるの……アンタ下ろしてるのが好きなんでしょ? アタシはこれ使いたいし、丁度いいじゃない」
相変わらず照れたように視線を外すリエラに、「お前何照れとんじゃ?」と訝しげな六郎。
「は、はあ? 照れてないわよ! ……ただアタシの美しさに磨きがかかってビックリしてるだけよ……」
口をとがらせたままのリエラに「へーへー。そうかいな」と六郎が肩を竦めながらその簪を受け取る。
「んー。半分だけ……のぅ」
何度か試行錯誤して、リエラの上半分の髪の毛をまとめ上げた六郎。
「こんなもんかの?」
少しトップにボリュームをもたせたハーフアップ。光る簪と普段とは違う髪型にリエラはご満悦で鏡を見ている。
「どうかしら?」
「エエんやねえか? 似合うとるぞ」
ニヤリと笑う六郎に、リエラが太陽の様な笑みを返す。それに見惚れる通行人や露天商だが、二人がその視線に気がつくことはない。
「ハーフアップ……これと同じで半分……かもね」
「何の話や?」
簪の代金を支払ったリエラが、六郎の隣でポツリと呟いた。
「さっきまでのスタンピードの話……正解は半分かもってこと」
「ああ、あれかいな……半分っち云うと?」
「目的の事よ。隊長さんを引き離すのも、スタンピードも、どちらも手段なんじゃないかしら?」
隣でスキップ気味のリエラに、六郎が腕を組んで考え込む。
「レオンがおらんなら、手薄な街で悪さする」
「スタンピードが起きちゃえば、街は混乱。その間に悪さする」
二人で導き出した答えに、どちらともなく「悪さって
「街でも落とすんか?」
「物騒ね……まあスタンピードを起こすくらいだから、案外そうかもね」
一応最悪の事態を想定してみたものの、それが正解かは分からない。ただどう転んでも、今回の黒幕は王都で何かを、やらかすつもりではいるらしい。
「どうすんの?」
「決まっとる。火の粉ば降りかかるんなら、打ち払うだけじゃの」
基本的には傍観だが、自分やリエラに害があるようなら全力で叩き潰す――もちろん真正面から。今までと何ら変わらないスタンスだ。
「とりあえずワシらが考えても仕方がねぇやろう」
通りに並ぶ露店が、食べ物へとシフトチェンジしていく中、少し先にある串焼き屋を六郎が指さした。
昼をとっくに回った時刻であるが、まだお昼を食べていないのだ。
「それにの――もし王都ば落とすんなら、ちと役者が足らんの」
「役者?」
「応。もしワシがココを落とすんなら、外だけやねぇ、中からも同時に――」
六郎の言葉を遮るように通りに響いたのは爆発音――
急に聞こえたそれに、逃げ惑う人々の悲鳴をかき消すように、再び六郎達の視線の先で、土埃と盛大な爆発音が通りに広がった。
「中も来たわね……」
「来たの……が、妙じゃな――」
顎を擦る六郎の隣で「妙って何がよ?」とジト目のままポシェトから杖を取り出すリエラ。
「……ま、それは追々じゃ。とりあえず行くぞ――」
「もう! トラブルに首突っ込むのに嬉しそうにしないでよ!」
今も土煙を巻き上げる爆発現場に向けて、駆け出す満面の笑みの六郎と、それを追うリエラ。
逃げ惑う人の波に逆らうように突き進む二人の姿を、三度目に起きた爆発とその土埃が覆っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます